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第4話 生徒会長からの依頼


 好物のカレーを注文し、口の中に放り込んでいると、対面の席の美夜子が頭を下げてくる。


「気を遣わせてしまったみたいで、御免ね」

「だからさ、今日のあんたは謝り過ぎだ。らしくねぇんだよ」


 俺のイメージでは、美夜子は取り付く島もないほど自信に溢れ、そして、関わりたくないくらい強引な奴だ。

 この女のどこか諦めたような表情は、嘗ての袋小路にいた俺を連想させる。だから、らしくもなく、遂、口を出したくなってしまっていた。


「かも知れないわね」

「余計なお世話かも知れんが、あんまり、一人で背負い込まない方がいいぞ。あんた等、一般の学生の立場なら大抵のことは何とかなるものさ」

「君の台詞、まるで、自分が一般の学生じゃないみたいね?」


 墓穴を掘ったか。まあ、年上の女に、偉そうにする年頃の餓鬼程度に思ってもらえるじゃないのか。まあ、これ以上の詮索は百害あって一利なしだな。


「それで要件は?」

「いきなり、本題なのね」


 俺に話を聞いて欲しいってか。さっきのお節介は、俺の経験則からくる単なるアドバイス。話を聞くのは俺の役目じゃない。恋人にでも頼むんだな。


「……」

「はい、はい。話すね」


 美夜子の口調に若干の棘がある。というより、拗ねているだけか。今日のこの女、非常に面倒だ。


「《世界探索者選手権》の一八歳未満の部のルールの変更でもされたのか?」

「その通りよ。今年から、大会のルールが一部変更になって、一八未満の部は、個人種目から団体種目へと大幅に変更された。そして、日本の大会委員の決定は――」

「チームワークを重視し、優勝した高校のチーム全員を選手にするとしたわけか」

「より正確には上位三高のチームの中から選抜する。そして、一位の高校からは一〇名、二位は五名、三位は二名まで代表選手の枠があるの」


 つまり、上位三チームから、合計一七名を日本の代表選手として選抜する。そして、順位事に、代表選手の数につき優遇されるってわけか。


「俺のメリットは?」


 悪いが、今の俺は覇王同士のバトルロワイヤルに目下強制参加させられており、とてつもなく忙しい。よほどのメリットがない限り、世界選手権などというお遊びに関わるなど御免被る。


「三位以内に入賞すれば、日本代表になれるかもしれないのよ?」

 

 俺の質問がよほど奇異だったのか。美夜子は、唖然とした顔で、俺にそんな当たり前のことを尋ねてきた。


「それが? 俺は代表なんぞになりたくない」

「で、でも、日本代表になれば、サーチャーの実技試験の免除が付くし、帝都大探索学部の推薦は確実につくわ。何より、最上位の探索者のギルドに入れば、将来シーカーにでさえ――」

「必要ない」


 シーカー? あの(さそり)やセト、メディアのような雑魚クズ共だろう。あいつ等のせいで、シーカーに対する幻想など綺麗さっぱり消失している。


「……」


 考え込んでしまう美夜子に、俺はテーブルに一〇〇〇円を乗せると、立ち上がる。

 今回は無理に誘った感があったしな。武帝高校の選抜メンバーになるつもりがない以上、もうこの女と関わることもないだろう。貸し借りはなしにしたい。


「食事付き合わせて悪かった。じゃあな」

「待って!」

「何だ? もう話すことはないはずだが?」

「貴方の希望する対価を教えて?」


 対価ね。この学園で俺が欲しいもの。まっ、一つだけだわな。

 俺は椅子に座り直し、美夜子の瞳を見つめる。


「あんたが俺の出す条件を全て呑むなら、今度の日本代表の選手権出てやるよ」

「わ、私にできることなら」


 口をキュッと結びながらも、美夜子は即答する。


「簡単なことさ。全部、お前に実現可能なことだ」

「な、何?」


 ゴクリッと喉を鳴らす美夜子。どうでもいいが、ただ要求を告げるだけなのに、何、こいつ、こんなに緊張してるんだ?


「まず、お前が過去に得て、未来に得るであろう今後の一切の俺についての情報の不開示。そして、俺が今後もこの学校で目立たないように全力で協力してもらいたい」


 今の俺は悪目立ちしすぎる。ここで美夜子の要求を下手に断っても、この手の要求が今後も幾度となく繰り返されるのは想像するに容易い。それなら、生徒会長たる美夜子の要求を受け入れ、その対価として俺の隠蔽をさせればいい。


「それ……だけ?」

「それだけとは、随分簡単に言ってくれるな。既にお前が俺について得た情報も隠蔽しろと言っているんだ。八神達を説得しなければならんわけだし、結構大変だと思うぞ?」


 バンッと両手の掌でテーブルを叩くと、美夜子は勢いよく立ち上がる。

 

「お冷のお替り持ってくるわ」

「お、おう」


 俺のコップを乱暴につかむと身体中で怒りを体現しながらも、給湯室へと消えていく。 美夜子の奴、どうも本日情緒不安定だよな。十中八九、何かあったな。まあ、どうでもいいか。


 二人分のお冷を持って、席に戻ってきた美夜子は一見して作り笑いと思しき表情を顔一面に張り付かせていた。目も全く笑っておらず、正直、怖い。


「頼みたいことがあるの」

「だから、それはお前次第――」

「世界選手権の国内予選は出てもらいます。貴方に頼みたいことはまた別のこと」

「何勝手な事言ってやがるっ!」

「私の願いが聞き届けられないなら、貴方が、石櫃(いしびつ)教官に勝利したことを全校生徒に触れ回るわ。私の言葉なら、誰もが信じると思うけど?」

「お、お前、俺を脅すつもりか?」

「御免ねぇ~、私も背に腹は代えられないのよ」

 

 暗い微笑みを浮かべる美夜子を視界に入れ、カリンがあれほど美夜子に怯える理由をこの時ばかりは心底実感した。

 日本代表の選抜チームに入る程度なら、戦闘とは出来る限り無関係な競技で多数点数を稼ぐことにより、目立つことなく、武帝高校を勝たせることも可能だろう。元々、武帝高校は優勝候補筆頭。それに、代表メンバーには、朱里と銀二も入っているのは、公然の事実だ。本来俺の力など必要ない。

 しかし、現役のCランクのサーチャーである石櫃(いしびつ)に勝利した噂が広まるのは、流石にまずい。間違いなく、運動系、文科系問わず、日々、勧誘の嵐で、俺の平穏は大幅に妨げられる。

 この女に俺の弱みを知られたのは痛恨のミスだった。


「頼みたいこととは?」

「私の恋人になって」

「はい?」

「正確には、今晩、恋人のふりをして欲しいの」


 今日の此奴の落ち込み具合は、そのせいか。激烈な悪寒しかしない。きっと碌なもんじゃないぞ。


「恋人のふりをする理由は?」

「今晩パーティーで、あるシーカーと婚約させられそうなのよ」

「婚約? 話が欠片も見えないが?」

神楽木(かぐらぎ)家が欲しているのは、そのシーカーの持つ血よ」

「血? それってまさか?」

「想像通り。私にそのシーカーの子供を産めってわけ。最悪、婚約ができなくても、そのシーカーの子供だけは産め。多分、それが神楽木(かぐらぎ)家の意思だと思う」

「系統能力遺伝ってやつか?」

「そう。いわば、優秀な形質を有する魔術師の開発」


 系統能力遺伝――魔術やスキルの才能は、かなりの高確率で、子に両親の形質が受け継がれる――法則のことだ。戦前は、この手の非人道的な掛け合わせが公然とおこなわれていたらしい。勿論、国際連合と探索者協議会は、この手の強制的な掛け合わせを犯罪として禁止している。

 だが、所詮、恋愛関係だと言われれば、それまでのこと。名家内でも依然として、系統能力遺伝は、行われているとの都市伝説はあったが、実際にお目にかかると、心底ゾッとする。


「お前の家、マジで鬼畜だな……」

「それが真面な神経の持ち主でしょうね」


 ドン引きしている俺に、ふふっと乾いた笑みを浮かべる美夜子。

 流石に見捨てるのは忍びないし、ここで美夜子に恩を売って、この学校での俺についての情報の漏洩の防止に協力させるのが吉だな。


「恋人のふりくらいいくらでもしてやるが、本当に俺でいいのか? 俺は、二年前の事件の相良悠真だぞ」

「相良君は、魔術師という存在の悍ましさを知らないのよ。二年前の事件? それが力を得られる道ならどこだろうと、喜んで飛んでいくような輩なの」

「確かに、それは狂ってるな」

「でしょう? 君は、その年で、既にCランクのサーチャーを圧倒できる力を得ている。将来はシーカーだって夢じゃない。そう言って、神楽木(かぐらぎ)家の形質を残す相手に相応しいと説得さえできれば、お父様達も私の恋人の方を優先させてくれるはず」

「そうか」


 まるで競走馬の理屈だけどな。


「あ、あくまで仮の恋人だからね。単なる仮定の話よ、そう、あくまで仮定の話……」


 頬を紅に染めて何度も念押ししてくる美夜子。この女のこんな餓鬼のような姿を見るのは初めてで新鮮だが、俺だって男としてプライドはある。そんな種馬に成り下がるのは絶対に嫌だ。


「当たり前だ。俺だって、お前の種馬役など御免被る」

「そう……」


 ピシッと、一瞬、美夜子の笑顔がひび割れる。また、俺、マズイこと言ったか?

 経験則上、女を傷つけたときは、平謝りするに限る。女は結構根に持つし、決まって長く引きずる。これ以上、美夜子とぶつかるのは、避けるべきだろう。


「単なるジョークだよ。悪かったって」


 美夜子の頭に掌を乗せて、そっと優しく撫でる。こうすると、大抵、クリス姉やカリンの機嫌は改善されるのだが。


「……」


 顔どころか、指先まで全身真っ赤に紅潮させつつも、勢いよく立ち上がる美夜子。


「お、おい? どうした?」


 落ち込んでみたり、照れてみたり、どうも、女って奴はよくわからん。


「わ、わ、私、よ、よ、用事あるからっ!」

「お、おう」


 妙な気迫に圧倒されつつも頷いておく。


「今晩の午後七時半に新塾駅西口改札前に来て。着いたら連絡お願いね。これ私の携帯の番号」


 早口でそう告げると、レシートの裏に自身の電話番号を綺麗な字で記入し、一目散で食堂を出ていってしまった。

 マジでどっと疲れた。とっとと帰って、迷宮探索にでも行こう。



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