第3話 生徒会談義
今週の金曜日の実習試験まで、演習系の授業はなく、午後は休講となる。
つまり、所謂、自己鍛錬期間であり、身体を休めるのもよし、修練所で鍛えるのも自由だ。
無論、金曜日の実習試験には、探索者としての将来がかかっている。九割方の生徒が、修練所の自己鍛錬を望むのが通常だ。
もっとも、俺達『廃棄組』に、与えられる時間は三時間に過ぎず、大した修練にもならないだろうが。
そして、俺には、今更、そんな修練をする意義など、これっぽっちもない。
だから、本来、直ぐにでも帰宅して、《滅びの都》の攻略に着手したいのが本心だが、待ち伏せのような形で、生徒会からの使者に捕まり、現在、生徒会室へと向かっているところだ。
しかも、この使者たる三つ編み女の態度が半端じゃなく悪い。俺とは視線すら合わせず、仏頂面で、ズンズン先へ進んでいく。
こいつ、確か生徒会の現書記だったよな。名前は忘れたけど。
「会長、入ります」
生徒会室まで来ると扉をノックし、中に入ってしまう。
ウンザリ気味に小さく息を吐き出し、俺も中に入る。
部屋内は、俺達のクラスの1.5倍ほどの大きさがあり、部屋の中央には、長方形のテーブルが置かれている。
テーブルに座す生徒会の役員達から、いきなりウンザリする位の敵意をぶつけられながらも、空席につくよう勧められ、腰を下ろす。
銀二と目が合うが、すまなそうに手を合わせて来る。朱里はなぜか、俺と視線を合わせてこなかった。
「相良君、御足労かけます」
長い黒髪に白いリボンの女――神楽木美夜子が立ち上がり、優雅にも一礼する。
「いや、いいさ。それで、要件ってのは?」
周囲の敵意がさらに高まった。
「おい、相良、貴様、会長に敬語を使わぬとは、どういう了見だ!?」
激高する一色至に僅かに顔を顰める美夜子。どうも、美夜子の機嫌が今日は最悪のようだな。普段なら、自分の感情を表に出す奴じゃないし。
案の定――。
「相良君は、私がお呼びしたの。私に恥をかかせないで」
「は、はい! 申し訳ございません」
美夜子がここまで強い口調をするのがよほど珍しいのだろう。騒めきの中、あの銀二まで目を見開いていた。
美夜子に咎められ、よほどショックだったのか、一色は、口を真一文字に噤んでしまう
美夜子は俺を正面から見据えると――。
「相良君、君に、一二月に開かれる大会に出場して欲しいの」
部屋内の役員共は、動物園の猿山のサル共みたいにわあわあ、ぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた。
一二月に開かれる大会とは、一二月一八から、二五日に渡り開かれる『世界探索者選手権』における探索者の卵たる一八歳未満の部の国内予選のことだろう。
しかし、妙だな。あれは学校別じゃない完璧な個人競技のはず。原則誰が勝とうが武帝高校の運営側には大した利害などないはずだ。
「まず、二つばかり尋ねていいか?」
「ええ、どうぞ?」
「では――」
俺が口を開こうとするが、額に太い青筋を漲らせた一色により遮られる。
「会長! こんなDクラスの中でも落ちこぼれのクズに、名誉あるわが校の代表メンバーを任せるつもりですか!?」
一瞬で、一色の発言に同調する否定の言葉に、部屋中が埋め尽くされる。
「静かに!」
『恥知らず!』、『お前には、謙虚というものがないのか!』とか、『身の程を知れ!』などの罵倒が飛び交う中、ポニーテールの黒髪の女が周囲を抑えつけた。
こいつは副会長の一色萌奈香。一色至の実の姉だが、イメージ的に、美夜子と同様、中々の傑物という印象を俺は持っている。
「会長、私も現段階では、相良悠真の代表入りは反対です」
「貴方まで……理由は?」
顔を顰めて問いただす美夜子。やっぱり、普段の美夜子らしくないな。余裕が微塵も感じられない。
「私は、クラスがどうとか言っているのではありません。生徒会が、役員でもない者を推薦するにはそれなりの実績が必要なはず。彼にはまだ実績がなさすぎる」
実に全うな意見だ。俺の実習の成績は断トツのビリ。俺が萌奈香の立場でも同様の発言をしていることだろう。
「今回に限り、実績は不要よ」
「しかし、それでは、体育連や文化連に示しが――」
「体育連や文化連は、相良君の代表入りを支持してるわ。風紀委員もね。あとは私達、生徒会だけなのよ」
美夜子のこの言葉に、今度こそ、部屋内は喧騒に包まれる。
「既に、会長は実力を確認していると?」
「そうよ。その上で、八神吹雪、烏丸烈、天津祀の三名は、彼の代表入りを強く支持したの」
「なるほど、我らの意見など聞かずとも既に決定済ということですか」
「御免ね、萌奈香ちゃん」
「い~え、俄かには信じられませんが、あれほど反目し合ってる体育連、文化連、風紀委員の三者の意見が一致するのです。真実なのでしょう」
一礼すると、席に座る萌奈香。
「しかし、姉さん――」
「控えなさい、至! 君は会長のお言葉が信じられないとでも?」
「そ、それは……」
一色至が言葉に詰まるのを契機に、部屋に静寂が訪れる。
「相良君、みっともないところ、御見せしたわね」
「いいさ、俺には全く事情が呑み込めないんだがな」
「御免なさい。説明が前後したわね」
やっぱり、美夜子らしくねぇ。どうも、調子が狂う。
「あんた、さっきから謝ってばかりだな」
「そうね……」
形の良い眉をピクッと僅かに動かすが、直ぐに自嘲気味に答える。
「わかった。なら謝罪の意味も込めて、今から俺に昼飯を驕れ。話は食事の席で聞こう」
「……」
呆然と俺の顔を凝視する美夜子。
「相良、貴様ぁ!!」
ようやく俺の言葉の意味を理解した至が、激高しつつ立ち上がるも――
「至、いい加減にしなさい!」
「くっ!」
萌奈香に叱咤され、悔しそうに下唇噛みしめながらも椅子に腰を下ろす。
さらに、一方で、朱里が手に持つ珈琲カップをガシャンと落とし、それを見た銀二がプッと噴き出していた。何やってんだ。こいつ等……。
そんなやり取りを美夜子は暫し黙って眺めていたが――。
「わかったわ。そういえば、私も今日、朝から碌に何も食べてないし。今日は私が御馳走させていただきます」
クスッと普段の優雅な笑みを浮かべると、席から立ち上がる。
「ありがとさん」
未だに騒めく生徒会室を俺達は退出した。




