第159話 保護者の条件
ようやく、泣き止んだミラノを、やけに機嫌が良くなっていたクリス姉達に預け、先に祝勝会の会場である家の中に入っているように指示すると、あっさりと肯定される。
にしても、ガチガチに緊張した状態で、クリス姉に手を引かれているセレーネは、ガチの一●歳児にしか見えん。あれで、俺より年取ってるってんだから、この世界はまったく不可思議で溢れている。
リムジンの後部座席に乗り込むと、案の定、俺の長馴染みの金髪の少女が眠っていた。
「カリン、狸寝入りは止めな」
カリンの頬を両手で掴むと、グニーと伸ばす。
「う~、どうして、気付いたんですの?」
涙目で、疑問の言葉を投げかけてくる我儘娘。
「バーカ、お前のは、マジでわざとらし過ぎんだよ」
右手の中指で、カリンの眉間を軽く弾き、カリンの手を引き、車を出ると、カリンは、いつものように俺の右腕に抱きついてきた。
家の中では、一階、二階、地下全てをフル活用し、ギルドのほぼ全メンバーが、料理を食べ、酒やジュースを飲み、歌え、踊れのどんちゃん騒ぎを展開していた。
ベロンベロンの酔っぱらいの相手など、心底御免被るし、カリンの教育上よろしくない。
地下は、今も開かれているベム達、飲んだくれの地獄ゾーン。《鋼の盾》のマッチョ軍団と、警察からの出向組に、販売機侍、ウォルトまでも加わり、まさにカオスの様相を示している。正直、未成年の俺達がいていい場所じゃない。
二階の客室用の広間は、女達を中心とした、まったり飲み組のゾーンであり、二つのグループにわかれていた。
一つが、警察からの出向組の女性や、徳之助、堂島、円香や、狂虎、八雲、グスタフが、大人の落ち着いた飲みをしていた。と思いきや、完全に酔っぱらった堂島と狂虎が言い争いをして、徳之助が必死で宥めているようだ。相変わらず、不憫な奴。俺と目が合うと、必死で助けを求めて来るが、スルースキルを発動しておく。素面でも頭の上がらない二人の酔っぱらいの相手など絶対に御免被るし。
もう一方は、クリス姉達を中心に女子トークで、盛り上がっているようだ。今現在の生贄は、ミラノ。
ミラノは騙されていたとはいえ、凶悪事件――『一三事件』のボス――デスなわけなんだが、流石は俺の仲間達だけあり、その点は、完全スルーしている様子だ。
ミラノと目が合うが、なぜか全力で逸らされる。今日俺、マジでこんなんばっかだな。
兎も角だ。大人と女達の楽園である二階と地下は、踏み込まないのが吉だろう。カリンは、頭は滅法いいが、精神年齢はかなり低い。一階のセシル、アイラを中心とした子供やシスターと戯れているのが一番相応しい。
「カリンの番ニャ!」
「うん!」
俺の読みは的中し、カリンとセシル、アイラを加えた餓鬼共は、トランプで今も現在進行で熱戦を繰り広げている。
「ユウマ様」
「ん?」
「感謝します」
シスターアンジェが改めて、俺に頭を深く下げてきた。
「ギルドゲームの件か? なら気にするな。あのゲームは、結果的に俺にも重要な意義があった」
「もちろん、拘束されていた私を助けていただいたことも感謝しています。
それ以上に、あの子達に道を示していただいたことを、私は、心から感謝しているのです」
道を示すか。それも違うな。
「実際に道を作ったのは俺じゃなく餓鬼共自身だ。俺は、彼奴らに、道を耕すためのスコップとシャベルを用意したに過ぎない」
「それでも、ユウマ様がいらっしゃらなければ、あの子達は、これほどの成長を遂げることはできなかったでしょう」
おそらくシスターのいう成長とは、単にレベルが上昇したことではあるまい。単に救われるのを待つのではなく、己の力で大切なものを掴み取るという決意。それがいかに、恐ろしく、困難でも自身の力と仲間達を信じ、遮二無二前を向いて走り続ける勇気。
「言ったろ? 実際に選んだのは、あの餓鬼共だ。あんたは、保護者として、それを誇って、褒めやればいい。それが親ってもんだろ?」
確かに、餓鬼共がこの度、シスターを助け出した事は、全て秀忠の誘導に過ぎず、真の意味で、自身の力で未来を切り開いたわけではない。
だが、それでいいんだ。そもそも、未成熟は、子供の本質。その未熟は、保護者達が、補い、教え導くもののはずだから。
「……」
シスターは、無言で不思議そうに俺をマジマジと凝視していた。
「な、なんだよ?」
気まずい空気に耐えかねて、尋ねると――。
「ユウマ様には、お子様がおいでなのですか?」
そんな突拍子もない事を言いやがった。
「あのな。俺はまだ十代だぞ?」
高校生で、子持ち、どんだけだよ。
「いえ、私がいう子供とは、血が繋がっているということではなく……」
「俺に子供などいない」
少しの間、シスターは俺の表情を伺っていたが、直ぐに頭を下げてくる。
「変なことを言ってしまってすいません。ただ、ユウマさんからは、親の匂いのようなものが感じられたものですから」
ああ、そういうことか。俺の両親は、根っからの研究馬鹿で、生活力というものをどこかに置き忘れていたような奴らだった。だから、俺が幼い小雪を面倒みるしかなかったのだ。
小雪は、俺にとって、大切な妹であると同時に、手塩にかけて育てた我が子に等しい。
おそらく、シスターが俺に感じた親の匂いとは、小雪のことだろう。
「シスター! 次は『ブラックジャック』だよ! 早く、早く!」
「はい、はい」
肩を竦めると、俺に一礼し、シスターは、餓鬼共待つ戦場たるテレビ前のテーブルへと歩いていく。
「ユウマもやろう!」
カリンが満面の笑みで両手をブンブン振る。
「後でな」
今は、少し外の風に当たりたい。少し考えたいことがあるんだ。
「ぶー」
俺の返答に口を尖らせて、不満の意を示すカリンに、苦笑しつつも、軽く右手を挙げて、俺はリビングを後にした。




