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第158話 祝勝会


 芽黒中央公園での戦闘直後、久々に、俺の家の自室へ戻っていた。

 俺達の仮のギルドハウスは、悪魔のダース(デヴィルズ・ダズン)の襲撃を受けてしまっていた。当然、《傲慢》にも筒抜けだろうし、これ以上、こそこそ逃げ回るのは性に合わない。ならば、住み慣れた場所方が、落ち着くっていうもの――のはずなのだが……。


「おい、そこ、チンタラしてんじゃねぇジョ! 創造主様が見てるんだジョ!」

「「「イエッサー!」」」


 鉢巻をした工具箱が、右手のスパナを振り回し、指示を送ると、怪物達が一斉に敬礼する。

 今や、俺の屋敷とその周辺は、怪物共により、魔改造中となっていた。


「創造主様、領域内に結界を張り巡らせておいたよ」


 小便小僧が得意げに、俺に報告し、


拙者(せっしゃ)の眷属の販売機も、結界の境界線上に配置済みでござる!

 御屋敷の警護は、拙者(せっしゃ)達、販売機隊にお任せあれ!」


丁髷を生やした自動販売機が、跪き、恭しくに一礼してくる。


「あたしは、この領域内の案内の任を担いますわ~ん。いつでもどこにでも、好きな場所に、創造主様とお客様を案内してあ・げ・る」


パッチリ目の地図版が、なよなよ、板をしならせながら、ウインクしてきた。

 こいつの描かれているのは、既に芽黒公園ではなく、俺のこの家周辺。公園の地図版という名称はもはや適切ではあるまい。

 

 どうして、このようなカオスな事態となったのかを説明しようと思う。

 俺はてっきり、【怪物晩餐モンスターフィスティバル】は時間がたてば、その効果は消えるものと思い込んでいたが、この極悪スキル。そんな生易しいものじゃなかった。

 ロキがいうには、このスキル、魂を召喚し、定着させる能力。そして、一度定着した魂は、発動者とは無関係に生存し続けるらしい。要するにだ。こいつ等は、もはや、まごうことなき一つの生物であり、今更俺が消えろと望んでも消滅する類ではないわけ。

 しかも、俺の眷属となったことにより、権能も使用可能となっていた。俺は創造主として、奴等の就職口を確保する必要性があったのだ。

 ここで、本来俺の所有地は、相良家の自宅だけだったが、昨日、秀忠の指示で、不動産に詳しいギルドのメンバーがここら一帯の森を俺の名義で購入した。

 仮にも東京都の森を買い取るのだ。莫大な資金を要したのは間違いない。その資金も、一部のオーパーツを富豪のコレクターに売却することにより楽々、確保したらしい。

 こうして、晴れてこの森全体が俺の私有地となったわけだが、問題が一つ浮上していた。

 あまりに土地が広大なせいで、警備するだけの人員が足りないとういこと。特に俺の敵は覇王クラス。そんじょそこらのサーチャーでは役不足もよいところだから。

 そこで、まさに、需要と供給がドンピシャで合致し、公園の怪物達は、俺の屋敷の警備と管理をすることになったのだ。

 もっとも、俺も大きく読み違えたことがあった。それは、怪物達がどうしょうもなく、凝り性であり、糞真面目だってこと。

 俺に管理を任された怪物共は、僅かの時間でモリモリと敷地内を魔改造している。数日後には、ここら一帯、別物となってそうで怖い。まあ、俺と小雪の安全が確保されるなら、別にもうどうでもいい。

 近々、小雪も仮のギルドハウスから戻すつもりだ。この森には、数万にも及ぶ、レベル66以上の公園の怪物達がいる。小雪の警備にはこの上なく最適であろうから。



『創造主様、この森に侵入者でござる。どう対処すべきでござるか?』


 販売機侍が念話で、そんな報告をしてきた。


「どんな奴だ?」

『年配の人間の男一人に、人間の女五人と狐一匹でござる。リムジンでこちらに向かっているでござるよ』


年配の人間一人に、人間の女五人と狐一匹。心当たりなど、一組だけだ。


「俺の関係者だ。通してやれ。だが、一応、警戒だけは怠るな」

『御意!』


 カリン達には、キュウが護衛につくことになっていた。キュウと俺は繋がっており、カリンに危険が迫れば、キュウに直ぐに俺を転移するよう指示している。さらに、ロキの配慮で、当分、ミッドガルドも志摩家の護衛の任につくことになっていた。一柱(ひとり)と一匹なら、俺の到着まで持たせることができる。だから、今晩は決して志摩家から出るなと厳命していた――はずなんだが。


「それで、お前ら、全員集合ってわけか?」


 振り返ると、俺の仲間達が、次々に転移してきていた。


「おうよ、兄者! 祝勝会って奴だ」

「祝勝会ニャ、セシルも食べるニャ、踊るニャ!」


 ウォルトの背後からヒョッコリ顔をのぞかせ、ピョンピョンとはしゃぎまくる猫娘アイラと――


「そうだねぇ、でも、アイラちゃん、僕らもお料理作るの手伝おうよ」

「うにゃ! あたいも味見、手伝うニャ」

「もう! 味見は手伝いにはいらないよぉ」


 セシル、お前、すっかり、アイラのお姉さんだな。


「マスター、僕、今日、また新しい武具や魔道具を仕入れておいたよ」


 トテトテと俺の前まで来ると頭を突き出してくる。撫でろということだろう。そんな仕草してると、問答無用で、女子とみなされるぞ。まあ、若干手遅れだと思うが。


「そうか、ありがとうよ」


セシルの頭を撫でていると、黒髪の少年が不貞腐れた面で、俺達の前までくる。


「セシル姉ちゃん、シスターが料理手伝ってだって! 行こうよ!」

「う、うん。でもね、シド君、何度も言うようだけど、僕は男――」


 黒髪黒ローブの少年シドに手を引かれて、引きずられるように家の中に消えていくセシル。

 シドやシスターが来ているということは、彼奴も来ているな。きっと。

 

「何じゃ、あやつらは?」


 案の定、悲鳴のような声に肩越しに振り返ると、残念銀髪ロリっ子が、大口を開けて、今も完全に猫化したアイラに追い掛け回されている鼠に激似のゴミ箱の怪物を凝視していた。


「うにゃ、うにゃにゃ!」

「創造主様ぁ~、この猫娘しつこい! 助けてくださいな!」

「悪いな。暫くアイラの子守頼む」

「そ、そんなぁ~」


 死にかけの蝉のような哀れな声を上げながらも、アイラを引き連れ、森の中へと姿を消すゴミ箱の怪物。

 残念銀髪ロリっ子は、俯き気味に、つかつかと俺に歩み寄り、背伸びをして、俺の上着を掴むと、


「さっきのあれは何じゃ!?」


 そんな俺にもわからない疑問を投げかけつつも、ブンブン俺の上着の端を振る。ガキンチョ、ムーブありがとうよ。


「う~ん。多分、ゴミ箱?」

「アホぬかせっ! あんな、けったいなゴミ箱あってたまるか!」

「んなこと言われても、現にあるわけだし」

「これ、そこの幼女、創造主様を困らせるでない!」


 袴姿の自動販売機侍がニューとセレーネの前に姿を現し、腰に手を当て、叱りつける。

 セレーネは、普段の眠そうな目をカッと見開き、暫し、販売機侍を凝視していたが、人差し指を向けて、プルプル身体を震わせ始める。


「こ……れは?」

「自動販売機だな(多分)」


 滝のような汗を流しつつも、身体は軽い地震でも来たかのようにガタブル状態だ。え~、本日のセレーネ揺れは震度四なり――って、結構、揺れ大きいな。


「やっほ、マスター!」

「マスターが新たに召喚した配下(魔物)か?」

「まあ、そんなところだ」


 アルコールですっかり、出来上がっている二人のマッチョが現れる。

 良き兄貴分――金色の短髪ベムと、熱血漢のムードメーカー――黒髪の男ノック。

 二人とも、異世界アースガルドのギルド『鋼の盾』メンバーであり、今は俺のギルドの家族でもある。

 ベムもノックも、袴を着た販売機侍を見ても大して驚いてはいないようだ。


「そんなことより、ギルドの女の子ってみんな可愛いっスよね? ちょくちょく、幼いのが混じってて守備範囲外なのが玉に瑕ですけど」


 眼前の動く自動販売機の存在を、『そんなこと』呼ばわりし、一蹴したノックがチラリとセレーネを横目で眺め見る。

 頼むから、そんな目で見ないであげて。これでも、この子、今のロリっ子容姿を眠れないほど気にしてらっしゃるんだから。まあ、本当に眠れないかは知らんわけだけど。


「お、お主ら、これを(・・・)見ても何も感じぬのか!?」


 ようやく、震度四から汗による津波へと状態変化したセレーネが、頬を引くつかせて尋ねてくる。


これ(・・)とは、不躾な童女でござるな」


 頼むからお前も煽るなよ! 此奴がイジけて、天岩戸に引き篭もった太陽神のようになって、ご機嫌取りに駆り出されるのは、決まって俺なんだからよ。


「そうっすよ! セレーネ様、販売機殿(・・・・)に失礼ッス!」


 へ~、ノックも販売機ってわかるんだ。まあ、仮のギルドハウスに数種類、販売機おいてあるしな。


「ほう、若いのに中々、見所があるでござるな!」

「どうです。今から一杯やりませんか? 美味い日本酒(ぽんしゅ)ありますよ。ねぇ、ベムさん?」

「ああ、是非、一緒に飲もう」

「すまぬでござる。拙者、護衛の任がありますれば……」


 酒と聞き、ゴクリッと喉をならす販売機侍。その声には、どことなく深い哀愁が漂っていた。

怪物達の活動意地のための養分は大気中の魔力であり、そもそも、養分などいらないはず。それでも、酒は好きらしい。まさにヘンテコ生物だ。


「構わねぇよ。今日は、飲んで良し」

「真でござるか!」


 パッと顔を輝かせる販売機。よほど、飲みたかったのだろう。


「小便小僧、悪いが、今日は、お前に護衛を任せていいか?」

「了解さ。創造主様。僕は、未成年だからね、酒は飲まないし」


 小便小僧の石像に未成年も糞もないだろうと突っ込んじゃいけない。彼らはそういう生き物なのだ。


(かたじけな)い!!」


 頭を下げると、販売機侍は、意気揚々、ベムとノックと共に、俺の家の玄関に姿を消していく。


「ユウマ、お主……」


 おそらく、頭の中は混乱と疑問で壮絶にシャッフルされているのだろう。遂に、目じりに涙を溜め始めたお子様の頭をそっと撫でる。


「だから、そう深く考えんなよ。あいつ等は、生きており、俺の配下だ。つまり、俺の主人であるお前の配下でもある。お前は、自身の配下を見た目で判断するのか?」

「いや、見た目とかそういう問題じゃ……」


 言葉に詰まらせるセレーネの背後から、三人の男女が転移してきた。


「マスター、お疲れ様だ」


 防衛省のエースであり、獣のような野生的な容姿ルックスの男――四童子八雲が右手を挙げてくる。


「ああ、八雲さん、今日はあんがとよ。聞いたぜ、敵の幹部とガチンコでなぐりあったんだってな?」

「まだまだ、マスターやウォルト殿の足元にも及ばんがね」


 らしくなく照れているのか、ポリポリと頬を掻く八雲の背中は――。


「何言ってんだよ、大将!」


《鋼の盾》の精神的支柱であり、モヒカンヘアのマッチョな大男――グスタフと――。


「そうジャン! 八雲は私達の班のエースなんだからシャキッとするジャンよ!」


 ロキの孫であり、東条の娘という鬼のコンボを肉親に持つポニーテールの黒髪の女――円香により、バンバン叩かれる。


「何だ、随分楽しそうだな?」


 丁度俺の正面、八雲の背後に、真っ白のワンピースを着た長身の美女が佇んでいた。

 なんだ、狂虎の奴、まだ着替えてなかったのか。

振り返り、ぼんやりと狂虎を眺め見る八雲とは対照的に、グスタフと円香は、右手を上げる。


(あね)さん、その服、似合ってるジャン」

「ああ、滅茶苦茶、綺麗ですぜ。キョウコ殿」

「きょ、……」


 大きく目を見開き、喉まで出かかった言葉を飲み込む八雲。その気持ち、わかるぞ。俺も、『ありえねぇ!』と叫びそうになったわけだし。

 

「ありがとう。だが、どこかの唐変木には、平然とスルーされたがな」


 ふっと暗い顔で自嘲する狂虎。

それって多分俺だ。まだ、根にもってやがる。狂虎の奴、結構容姿を気にするような奴だったんだな。


「だから、悪かったっていったろ? お前がこうも女っぽくなると思わなかったんで、リアクションに失敗したんだよ」

「そ、そうか……」


 なぜか、真っ白の帽子を深く被り、クルリと俺に背を向けると逃げるように、速足で屋敷の中に入っていく。


(あね)さん、まさか……」

「でしょうね」


 ジト目を向けてくる円香とグスタフに、妙な居心地の悪さを感じ、話題を変えようとするが――。


「可憐だ……」

「「「へ?」」」


 厳格な八雲とは思えぬ魂の抜かれた声に、思わず、俺達三人は聞き返すが、八雲は蜜に誘われたミツバチのごとくフラフラと家の中へ入っていく。


「駄目だ、ありゃ。完璧にいかれてるジャン」

「そうですね」

「グスタフさん、行こうか?」

「はい。そうしましょう」


 大きな溜息を吐くと、円香とグスタフも八雲の後に続いていく。

 取り残された俺に、ニヒルな笑みを浮かべているお子様一人。


「な、なんだよ?」

「見ていたぞ。お主、中々やるではないか。今回ばかりは、七〇点やってもよいぞ」

 

 肘で俺の太ももをつついてくる銀髪残念幼女。本当は、俺の腹を叩きたいんだろうな。きっと……。


「そうかよ」

 

 セレーネの意味不明さはいつものことだ。それにしても、お前、さっきまで自動販売機に動揺してなかったか? 相変わらず、立ち直りが早い奴。結局馴染むなら、最初から悩まなければいいものを。


「キョウコは美しくなったな。実は、あれはな、妾が助言したからなのじゃ」


 あの狂虎が、お子様(セレーネ)の言をまともに聞くとも思えん。実際は、シスター――アンジェだろうな。あの女性らしさに溢れた御仁の言なら、狂虎も素直に耳を傾けるだろうし。


(わらわ)も、覇種になれば、きっとあのように――」


 両手を組み、虚空をうっとりと夢想する残念銀髪ロリっ子。

 ごめんな。セレーネ。覇種のお前に、それだけは絶対に無理。あり得ないんだよ。

 不憫だ。不憫すぎる! うっ、また、眼から汗がっ!


「ど、どうしたのじゃ?」


 左手で、口元を抑えて、そっぽを向きつつも右手で頭を撫でる俺を、怪訝な顔で覗き込んでくるセレーネ。


「いや、なんでもない。それより、いいのか?」

「何がじゃ?」

「もうじき、可愛いものお化けが来るぞ?」

「可愛いものお化けじゃと……」


 しばし、キョトンと小首を傾げていたが、サーと、顔から血の気が引いていくお子様。


「わ、(わらわ)、急用を思い出したのじゃ!」


 クリス姉、フィオーレやっぱあんた達すげぇよ。あのセレーネが必死だよ。


「まちぃ」

「ぐえっ!」


 ロボットのようなぎこちない動きで踵を返すセレーネの後ろ襟首を掴むと、踏みつぶされた雨蛙のような声を上げる。


「そう言うなって」

「いやじゃ、妾、あの娘達、苦手なのじゃ!」


 セレーネにも苦手なものあるんだな。てっきり、ロキと人参くらいだと思ったぞ。

 ジタバタ暴れる銀髪少女の後ろ襟首を持ちながら、今も近づいてくるリムジンを待つ。

 リムジンの後部座席の扉が開かれ――。


「キュウ!」


 扉から出たキュウが俺の胸に飛び込むと、顔を舐め始める。


「ユウちゃん。突然ごめんね。電話通じなくてさ」


 後部座席からクリス姉が出て来てくると、すまなそうに謝罪の言葉を述べる。

 彼女達には、念話がある。俺に抜き打ちできた理由にも、俺には心当たりがある。

 フィオーレとクリス姉に促されて、黒色のドレスを着たこの世のものとは思えぬ美しい女が車の後部座席から姿を現す。

 透き通るほど白色の肌、細い手足に(くび)れた腰、ドレスをこれほどかと押し上げる豊満な二つの双丘、ドレス映えする女って本当にいるもんなんだな。パッチリした瞳に、形の良い鼻が織りなす奇跡の造形美。

 カリンに、クリス姉、フィオーレに、明美、狂虎、俺の周囲には美しい女は事欠かないが、こいつ以上に美しい女に、今まで俺はお目にかかった事がない。というより、こいつ誰だ?俺はてっきり、このタイミングだから、志摩家が気を利かせて、ミラノの奴をよこしたのかと思ってた。

 

「あんた、誰?」


 俺の疑問の言葉に、ピシッと赤髪の女の表情に亀裂が走り、クリス姉が右手で顔を覆い、フィオーレが首を左右に振る。明美など、呆れ果てたように、『だから、相良って奴は……』と首を竦める。


「……」


 無言で泣きそうな顔で俯く赤髪ドレスの女を観察するが、どう記憶の紐を解いても、この女を思い出すことはできなかった。

 不意に銀髪幼女がプルプルと小刻みに振動し始める。


「どうした、セレーネ?」

「うん? どうしたのセレーネちゃん」


 クリス姉が、地面に両膝をつき、セレーネに目線を合わせると優しく語りかける。

 そんなクリス姉を認識してもいないのか、セレーネは、ただ一点を凝視し、口をパクパクさせていた。

 その視線の先が赤髪ドレスの女だとわかったとき――。


「リルム・ブルーイット様ぁッ!!!」


 銀髪幼女の絶叫が夜空に木霊した。


               ◆

               ◆

               ◆



 あれから、セレーネは、借りてきた猫のように大人しくなってしまう。というよりガチガチに緊張しているといえばよいか。

 ともあれ、ようやく俺にも此奴の正体がわかった。

 リルム・ブルーイットはミラノの本名。この赤髪ドレスの女がミラノなのだろう。このミラノの容姿なら確かに、メディアが嫉妬するのもわかる。今のミラノからは、どことなく気品のようなものを感じる。中身が下品なメディアと今のミラノでは、月と鼈だしな。

 それにしても、ミラノはまん丸眼鏡に、三つ編み。おまけに顔が隠れるくらいの長髪だった。俺が見間違うのも仕方ないと思うんだがね。

 俺に気付いてもらえなかったのがよほど、ショックだったのか、ミラノは今も意気消沈している。

 クリス姉達から、ミラノを上手く励ますように、無言の圧力を受けながら、俺は投げかける言葉をひたすら考えていた。

 無事でよかった――いや、俺が転移させたんだ。無事なのは当たり前だろう。

 頑張れよ――何をだよ! 言われた方が混乱するわ!

ドレス似合ってて、綺麗だぞ――キモイわ! 考えただけで、鳥肌が立ってきた。

 今の此奴に相応しい言葉など、微塵も思い浮かばない。

 だが、おそらく、ミラノが送れる平穏な日常は、今日が最後。明日から、こいつは、世間をにぎわせた『一三事件』の重要参考人として世間の憎悪と悪意を一身に受けることになる。

 それがミラノに課せられた罰であり、背負わなければならない業だ。そして、ミラノの性格からも、こいつは、もっとも苛烈な処分を望むだろう。そういう奴だ。

 だからこそ、俺は――。

 

「ミラノ――必ず帰ってこい。ずっと待っててやるからさ」


 暫く、呆けたように俺の顔を眺めていたが、美しい顔をくしゃくしゃに歪め、俯き気味に俺に近づくと、俺の背中に両腕を回し、その胸に顔を埋めてしまう。

 俺は安心させようと、ミラノを抱きしめ、そっと後頭部を撫でる。小さな嗚咽が漏れ、ミラノは泣きだしてしまう。

 ドンッと背中に衝撃を感じ、振り返ると、ウォルトが満面の笑みを浮かべていた。


「兄者、俺は先に飲んでるぜ!」


 満足そうに何度か頷くと、再度俺の背中をその大きな掌で数回叩き、ウォルトは、玄関の扉を開けて、中に入っていく。

 あの様子だと、ウォルトの奴も、ミラノがここに来ることを知っていたな。どういうつもりだろうか? ……いや、今のウォルトの破天荒さを鑑みれば、深く考えるのは無駄だろうさ。

 だから――子供のように泣き続けるミラノを、俺はそっと抱きしめ続けた。

 


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