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第14話 双頭の獣の討伐


 殺意の風にのった漆黒の銃弾は双頭黒犬の一つの頭部の眼球を穿つ。

 耐久力の差だろう。顔を爆砕するには至らなかった。それでも、右目は破裂し大きく抉れている。


「GUGYAA!!」


 双頭の犬は痛みからか、それとも屈辱による憤怒からか、天に向けて憤怒のたっぷり籠った咆哮をする。

 間髪入れずに、七三分けの右脚を狙い、引き金(トリガー)を引くが、双頭の犬の長い尻尾により、はじかれてしまう。


(あのやけにでかい尻尾、防御の効果でもあるのか? それとも皮膚自体があの固さなのか……)


 双頭の犬の無傷の頭の真っ赤な両目が俺を射抜く。

 俺に向けて顎を外れんばかりに大口を開ける双頭の犬の姿に、背筋にピリッと電撃が走り、無意識にも地面に跳躍していた。

 瞬間、膨大な光と熱量を含有する赤色の塊がベランダに着弾し、ミサイルの直撃を受けたかのような激音が鳴り響く。そして、吹き荒れる暴風。

 可能な限り双頭の犬から離れると、銃に弾丸を充填し、この惨状を確認する。

炎弾の猛威により、ベランダどころか、家の一部が消し飛んでいた。


(あの一撃喰らったら、お陀仏か……)

 

 双頭の犬の武器は、口から飛ばす火炎球。一撃でも受けたら即致命傷、かすってもただではすむまい。銃弾は、あの大きな尻尾により防がれる。最悪ともいえる状況だ。通常なら子羊のように震え、怯えるところなのだろう。

 それなのに、どういうわけか、恐怖は全く感じない。あるのは、抑えきれないほどのマグマのような高揚のみ。


(まずは、小手調べ)


 森の中に向けて地面を蹴る。


「逃がすな! オルトロス!」


 七三分けのいつになく焦燥の籠った声。

 逃げる? 馬鹿を言うな。狩りをしているのは俺。逃亡を画策するのは、奴等の方だ。

 地鳴りを上げながら双頭の犬――オルトロスは向かってくるも、余裕をもって樹木の織りなす夜の楽園の中へ入ることができた。予想以上に早いが、それでも、俊敏性は俺の方が上。しかも――。

 背後から木々をなぎ倒しながら迫るオルトロスはまるで重戦車のようで中々の迫力ではある。

 しかし、樹木が邪魔で奴の本来の機動性を上手く生かしきれていない。それに、あれでは音や気配でいる場所がバレバレだ。奴の切り札の炎弾も放つのに予備動作が必要であり、タイミングなど猿でもわかる。

 俺が七三分けなら、あの炎弾でこの森を更地にして見晴らしをよくしてから狩を始める。やはり、奴等は《狩る側》ではなく、《狩られる側》。

 さらに走るスピードを上げ、直角に方向転換をする。でかい図体だ。オルトロスは急に止まれるはずもなく、暗い森の中に突進していく。


(ちゃんと、ついて来いよ)


 オルトロスの背後に銃弾をぶちかまし、俺は目的地に向けて疾駆する。



 森を抜けた先は、扇状の開かれた赤茶けた地面からなる空間と屏風(びょうぶ)のように今にも崩れてきそうな切り立った絶壁。そして、空間の隅には一際大きな岩石。

 この場所は、家からも近く、樹木が生えてない広場であり、かつては俺達の数少ない遊び場だったが、その片隅にある大岩が落ちて以来、立ち入り禁止となった。

 【エア】から、弾倉(マガジン)を取り出し、精査する。弾倉(マガジン)の側面には《銃弾創造》と《時限弾創造》の文字が描かれた長方形の二つのスイッチがあり、《銃弾創造》が点滅していた。

 《時限弾創造》のスイッチを押すと、点滅が《時限弾創造》へと切り替わる。

 動作確認をしている暇はない。ぶっつけ本番となる。

 ルールは単純だ。爆破したい場所に弾丸を打ち込み、二秒間長押しする。ただし、複数弾丸を打ち込んだ際は、二秒間の長押しごとに、一つの弾丸が爆発する。

 魔力により、《時限弾》を創造、充填する。


(な、何だ?)


 今まで経験したことがないほどの虚弱感に眩暈を覚え、頭を左右に振る。どうやら、《時限弾》の魔力消費料は通常の弾丸とは桁が違うらしい。

 森の入口の地面に一つ打ち込むと、弾丸は地面深くめり込む。地面が抉れたりはしないことからも、破壊力自体は大したことはないようだ。確かに、《時限弾》の弾丸に最も必要な性質は、物体を穿孔し内部に侵入する力だ。理にかなっていると言えよう。

 崖の上部の断面に二か所目を打ち込む。崩れてこないか内心、冷や冷やしたが、無用な心配だった。

 三箇所目は、崖の真下に、五発ほど打ち込んで置く。

 今から行使する作戦はかなり危険だが、相手は所詮暗殺者。しかも、《魔術》や《スキル》を用いた犯罪には、探索者協議会も国連も苛烈な反応を示す。特に七三分けが《サーチャー》のライセンスを持たない可能性が高い以上、奴が召喚士であることの証明さえできさえすれば、俺が罪に問われることは事実上ない。そして、奴が召喚士である証は、俺の家内に嫌っというほど存在する。

 何より、奴は小雪に危害を加えようとした。別に死んだらそれだけのことだ。俺も探索者を目指す以上、己を殺そうとする輩の命を結果的に奪って心を痛めるほど、純真無垢ではない。

左手に【エア】を持ち替え、右手にミリタリーナイフを握る。

 さて、仕込みは終わった。後はこの場に上手く奴を誘い込むだけ。

 

(その必要もねぇか)


 樹木を根こそぎにしながらも近づいて来る黒色の巨大な塊。

 ここからは一定の演技が必要となる。巨大岩石の隣にある崖の傍まで移動し、銃口を黒塊へと向ける。

 樹木を破壊し、その広場に足を踏み入れると、牙を剥いて唸り声を上げるオルトロス。


「ようやく、観念したか。抵抗はするな。痛みは感じない」


 オルトロスは爆弾の真上。もう一歩欲しい。


「い、命ばかりは助けてくれ」

 

 顔をクシャクシャに歪めて震える声で懇願を開始し、左手の【エア】を下ろす。

 

「残念だが、聞き入れられぬ。諦めるのだな」


 七三分けはオルトロスの背から飛び降りると、葉を落とした骸骨のような木々の間に姿を消す。大方、オルトロスの次の攻撃の巻き添えを恐れたためだ。


「頼む、許してっ!」

「くどい! オルトロスやれ!」


 右目を潰されたオルトロスの頭部が、俺に向けて顎を開ける。火花が迸り、小さな球体が形成され、それらが急速に増大していく。


(馬鹿が! かかりやがった)


 右手のミリタリーナイフを奴の馬鹿みたいにあんぐりと開けたオルトロスの口腔内に渾身の力で放つ。

 凄絶(せいぜつ)な威力を持って豪速で射出されたミリタリーナイフは、空気を切り裂き、目標に向けて一直線に疾駆し、オルトロスの喉奥に吸い込まれていく。

 ナイフが口腔の奥深くに突き刺さると同時に、口を発生源として四方八方に闇夜を照らす眩い閃光が走り、オルトロスの頭部に放射状の亀裂が入る。


「グギギャオォォ!!」


 オルトロスが大地に蹲り、暴れる度に頭部の無数の傷口から血液が噴き出し、地面を赤く染め上げる。


(よし! 皮膚がどれほど固くても、口の中までそうはいかねぇだろう? それにやっぱ爆発したな)


 武帝高校の授業でも習う攻撃系放出魔術・スキルの最大の欠点。発動中の衝撃による魔術の暴走だ。これ故に、攻撃系放出魔術・スキルは長距離からの攻撃が推奨され、術者への防御結界の存在が必要不可欠とされている。


(俺が無力だと侮り、最も基本的な事項すらも見落としたお前らの負けだ)


 ナイフは一つしかないし、相手もプロだ。同じ攻撃が通じるほど甘くはあるまい。

 

 暫く、激痛と屈辱により跳ね回ったあと、オストロスはようやく立ち上がり、俺にたっぷりと憎悪を籠った視線を向けて来る。


「オルトロス、炎は駄目だ。噛み殺せ!」


(考えなしの命令ありがとう!)


 【エア】の引き金(トリガー)の長押しをすると、一歩遅れてオルトロスが俺に向けて疾走してくる。

 俺は身体の向きを90度動かすと、丁度左端の片隅にある大岩に向けて右足を全力で蹴り上げる。

大岩に右手をつき、その背後に飛び込むと、視界が真っ白に塗り替えられる。直後、雷が直撃したかのような耳を(ろう)するような轟音が鳴り響く。

 すぐさま立ち上がり、オルトロスが時限弾の点火によって、吹き荒れた爆風の中、崖の側面に叩きつけられているのを確認し、森内へ全力疾走を開始する。


(これで四秒)


 再度、崖の上部が爆発する。走りながらも、肩越しに振り返ると、大岩がオルトロスの身体に高速で落下するのが視界に入った。


「グガアァァァ!!」


 次々にそのデカい図体に大岩が叩きつけられ、バランスを崩して横倒しになるオルトロス。


(よし、六秒!)


 オルトロスの真下の時限弾が着火し、大爆発を起こす。爆発の衝撃破だけで身を隠している大岩が粉々に砕け散った。あの場にいたら危なかったかもしれない。

 兎も角、一発でこの威力だ。最後の四発同時着火はここら一帯消し炭となる。

森に入っても一心不乱に足を動かす。


(八秒ジャスト!)



 一言で表せば、闇夜に出現した太陽だろうか。瞼すら開けていられぬほどの光量をまき散らし、鼓膜を切り裂くような激音が辺りを蹂躙する。次いで生じた竜巻のような暴風の猛威に襲われ、その身体はまるでボールのように飛ばされていく。


 結局、俺の身体は、大木に叩きつけられようやく止まった。

 起き上がり、身体を触れてみるが、動作に不備はない。内臓にも損傷はなく、骨にも全く問題はない。全身痛むが、擦り傷程度で済んでいる。


(御の字という奴なんだろうな)


 【エア】の弾倉(マガジン)のスイッチを、《銃弾創造》へと変えて、銃弾を創造・充填する。

 俺は、目的を遂げるべく森の中を駆けだした。


お読みいただきありがとうございます。

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