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第154話 世界大戦の予見


 ワシントンDC、中央セントラルタワー――一〇〇〇階。

 会議室内の誰も口を開かない。世界最強のはずの《八戒(トラセンダー)》の誰もが、スクリーンに照射されるあり得ない映像をただ呆然と眺めていた。そして、それは、序列八位たるバドラ・メストも同じ。


「序列一位と二位が敗れた……?」


 金色の髪を短く刈りあげた隻眼の男――カルドセプト・ジフリースが、ボソリと呟く。その顔一面にはとびっきりの不安が汚点のように染みついていた。

 奴は、仮にも序列第七位、【無頼(ぶらい)】の二つ名を持つ世界最強の一角。そのガルドセプトの物怖じする小鹿のような表情など、バドラは初めてみた。

 だが、今回ばかりは、カルドセプトの奴を笑う者などこの部屋にいやしまい。

 一時間ほど前、ワシントンにある探索者協議会の本部の長の権限で全世界の公的機関に流されたと思しき映像が、この八戒会議の場であるこの会議室のスクリーンにも映しだされた。

 その映像はありとあらゆる意味で、ショッキングな事実だった。

 よりにもよって、探索者協議会の最高戦力たる《八戒(トラセンダー)》の序列第一位と二位が、現在、日本のお茶の間を賑わせている猟奇殺人事件――通称『一三事件』の黒幕である旨の独白。

 《八戒(トラセンダー)》は、探索者のトップであり、世界最強の力の塊。仮に奴等が罪を独白しようと不逮捕特権、裁判拒否権など、その有する様々な特権により、少なくとも今年一二月二四日の更新日までは、捕縛も討伐もどの勢力も不可能だった。

 何より、序列一位と二位の両者を相手にするなど、《八戒(トラセンダー)》の序列三位から八位を総動員してもなし得るかは疑問が残る。それほどまでに、あの序列一位と二位は世界において絶対的強者だったのだ。

 その世界でも強力無比のはずの《八戒(トラセンダー)》序列第一位――『魔神』――セツと序列二位――《略奪者(プランドラー)》――メィデーは、黒髪の少年になすすべもなく敗北してしまう。しかも、探索者なら最上位のシーカークラスであろう百を超える超越者達も仲良くだ。

 さらに――。


「あ、あの怪物共……我々よりも強いのですか?」


 白色のスーツにシルクハットを被った男――序列六位、【矛盾(パラドックス)】――ジャック・ランタンが、喉から苦渋の言葉を絞り出す。

一部の怪物共に、『魔神』――セツと《略奪者(プランドラー)》――メィデーが成すすべもなかったのだ。バドラ達が束になっても、勝てるビジョンが微塵も浮かばない。

 下手をすれば、あの自動販売機、地図版、少年の銅像の三体だけで、我ら《八戒(トラセンダー)》を壊滅できるのではなかろうか。


「あの異常性、間違いなくジン様と同クラス。あいつが(くだん)の……」


 紫のローブにとんがり帽子をかぶった美女――序列五位、【ウロボロス】の女帝――【魔女帝(まじょてい)】――ガンダールヴが、そんな意味不明な言葉を口にする。

 《八戒(トラセンダー)》とは、自他とも認めるこの世界の王であり、絶対的支配者。特にガンダールヴは、滅法プライドが高い。未だかつて、敬語など使っているところなどみたことがない。そのガンダールヴの口から敬称の言葉が飛び出すなど、違和感ありまくりだ。


「ジン様? ガンダールヴ、お主、何か知っておるのか?」


 長い顎髭を蓄えた和服姿のご老人――序列四位――【超人(ちょうじん)】――碇正成(いかりまさなり)が、扇子で机を叩きながらガンダールヴにそんな疑問を、浴びせる。

 流石は(いかり)だ。唖然としていたのもつい先刻まで。今は完全に通常の冷静沈着な碇に戻っている。


「さあね。でも、そのうちわかると思うわ」


 意味深な言葉を残し、席を立ち上がるガンダールヴ。


「おい、まだ会議の途中だぞ!」


 冗談じゃない。本来なら、バドラは今すぐにでも日本に飛んでいきたいのだ。それを何とか堪えてこの場にいるのは、欧州の魔術師達の未来のため。

 それに、早く会議を終わらせたいバドラに対してガンダールヴは無意味な会議の引き延ばしの作戦に出ていた。遂に先ほど、【聖哲(せいてつ)】――アレク・ハギと碇の両者から、ガンダールヴに対し、警告が出たところだったのだ。

 遅くてもあと二、三時間で、結論が出る。そんな矢先に、こうも一方的に反故にされてはかなわない。彼女だけは、何としても結論がでるまで、この場に残ってもらう。


「魔術紋に関しては、あたしたち、《ウロボロス》は、《朱の夜明け》の意見を全面的に飲むわ」

「はい?」


 あれほど、魔術紋の解放に拒絶反応を示していたガンダールヴの突然の翻意に、呆気にとられているバドラを尻目に、部屋の出口に足を運ぶガンダールヴ。


「お待ちなさい。まだ話は終わってませんよ」


 沈黙を守っていた【聖哲(せいてつ)】――アレク・ハギが、ガンダールヴを呼び止めた。


「何? 会議を早く終わらせろって言ったのは、あんたと碇の方でしょ?」


 億劫そうに肩越しに振り返るガンダールヴ。彼女のこの変わりよう。あの黒髪の少年に起因しているに決まっている。


「忙しいのは、私達も同じです。碇も私も、本来なら、もう日本へ旅立ってもおかしくない時間です。それを貴方が無駄に引き延ばしたのですから、その理由くらい告げていくべきでは?」


 言葉は依然として柔らかだが、いつになく早口だ。これがアレクの演技かは不明だが、少なくとも表面上、アレクらしからぬ強い憤りが伺える。


「細事に構っていられる余裕がなくなっただけよ」

「君は、魔術紋の件が細事だとでもいうのか!?」


 形容しがたい憤りに、バドラは無意識にも、立ち上がり激高していた。そんな細事のために、欧州の魔術師が涙を飲んだなど、納得がいなかないから。


「そうですか。貴方、端から結論が出ていましたね」


 そのアレクの言葉に、碇は合点がいったと、口端を引く。


「どういうことだ?」

「その小娘、魔術紋の解放の意見を受け入れる気じゃったということじゃ」

「なら、なぜ、今まで会議を引き延ばした!?」


 我が妹のフィオーレが襲われかけたのだぞ。戯れで、引き延ばすなど許せるはずもない。


「な~るほど、《ウロボロス》内部でのアピールのためですか?」


 ジャック・ランタンがシルクハットを深く被り直し、さもおかしそうにケタケタと笑う。


「まあね、あたし達も必ずしも、一枚岩じゃないんだ」


 ようやく、バドラにも事情が掴めてきた。要するに、ガンダールヴを中心とする《ウロボロス》の首脳陣も、バドラ達と同様、魔術紋の解放を望んでいた。

 だが、《ウロボロス》内の魔道貴族達に根強い反対意見があり、その貴族達を納得させるために、出来る限り、バドラ達《朱の夜明け》から譲歩を引き出したかった。そんなところだろうか。


「会議を引き延ばした理由はわかりました。でも、細事を処理する余裕がなくなった理由はまだ聞いていませんよ?」

「言ったわよね、もうじきわかるって」

「それは、ジン・クチキですか?」

「その名を、誰から聞いた?」


 ガンダールヴは、バドラのように激高したのでもなく、ただ尋ねただけ。なのに、会議場は一点して戦場に似た空気が立ち込めてしまう。


「協議会の情報網を舐めないでいただきたい。探索者の中には、貴方達、魔術師もいるのですよ?」

「へ~、それで?」

「ジン・クチキ。《ウロボロス》を、いや、混乱の極致にあった魔道界を平定した覇者にして、大英雄。魔道王、始原の魔法使いなど、様々な二つ名を持ち、一部の魔術師からは、神同然に信仰の対象ともなる人物。驚くべきことに、彼のルーツは――」

「アレク、それ以上、口を開けば、あたしら魔術師、全てを敵に回すことになる」


 ガンダールヴからアレクに対する、明らかな敵意が読み取れた。無論、アレクとガンダールヴでは実力に差がありすぎる。ガンダールヴは、本来、こんな無謀な態度をとるような女じゃない。ジン・クチキとはガンダールヴにとって、いや、《ウロボロス》にとって、それほどの人物ということだろう。


「わかってますよ。私からの質問は二つだけ。それにさえ答えていただければ、金輪際この話題は、口にしないと誓います」

「あんた、あたしを脅迫する気か?」

「脅迫とは滅相もない。私は真実を知りたいだけです」


 顎に手を当てて、ガンダールヴは暫し思考していたが、舌打ちをすると、アレクに向き直る。


「何?」

「先ほどの黒髪の少年は、ジン・クチキと同様の存在なのですか?」

「イエスだ。他は?」

「では次の質問が最後です。この世界に何が起きようとしているんです?」


 ¨へ~、気付いてたんだ¨とニィとガンダールヴが、口角を上げて、


「世界中を巻き込んだ。七柱(しちにん)の怪物同士の戦争さ」


 そう端的に宣言する。


「それは、過去の大戦クラスということか?」

「過去の大戦?」


 カルドセプト・ジフリースの疑問の言葉に、プッと噴き出すガンダールヴ。


「何が、可笑しい!?」


 揶揄われたと思ったのだろう。額に太い青筋を漲らして、カルドセプトは語気を強める。


「あんたも、さっきの戦闘、見ただろう? 序列一位と二位が子ども扱いだ。あのクラスの怪物が七柱(しちにん)も参加する戦争だよ。過去の大戦とやらと同じレベルだと本気で思っているのかい?」

「……」


 想像したのか、怒気から一点、カルドセプトの顔からサーと血の気が引いていく。


「でもまあ、そこまで、過剰に心配しなくても大丈夫よ。あの少年クラスは、我が王ともう一柱(ひとり)だけらしいから」

「戦争を止めるすべは?」

「アレク、それは三つ目の質問、じゃないの?」

「……」


 してやったりといやらしい笑みを浮かべるガンダールヴに、憎々し気に口をへの字に曲げるアレク。

意外だ。普段冷静なアレクにもあんな表情を出せるものなのだな。


「ごめん、ごめん、意地悪すぎたわね。特別に答えてあげる。

結論からいうと、戦争回避は不可能よ。まあ、我が王は、戦争に微塵も関心がないらしく、傍観を決め込む気満々なんだけど」

「先ほどの映像の少年のことは、私達も既に調査済みです。彼は悪戯に、(いくさ)を好む人物ではない。ならば、ジン殿と彼が働きかければ、戦争は回避できるのでは?」


 確かに、トップスリーの内の二人が戦争に乗りきではないのなら、戦争にならない目算がたつ。


「言ったでしょ。戦争回避は不可能だって。七柱(しちにん)の怪物達の中に、根暗の腐れ外道がいるらしくてね。奴が存在する限り、泥仕合は避けられないらしいわよ」

「ならば、ジン殿とユウマ・サガラが共闘すれば――」

「それは無理よぉ~」

「何故です?」

「言ったでしょ。我が王は、今回の戦争、傍観を決め込むと。共闘など受け入れるわけないわ。あの御方、根っからの魔術師だから、世俗に興味など皆無だし。あたし達、《ウロボロス》が攻め込まれでもしない限り、動くことはないわね」


 世界すらも巻き込んだ戦争を世俗の一言で済ませる神経に、どうしてもバドラは共感できない。


「私は諦めませんよ」

「勝手にすればぁ~、あたし達は、ジン様と自己の領域を守護するだけだし」


 右手を上げると今度こそ、ガンダールヴは部屋を退出する。

 カルドセプト・ジフリースとジャック・ランタンも、一足遅れてガンダールヴに続く。

 あの調子だと、自己の組織に戻り、その七柱(しちにん)の怪物達と接触する算段でも練るつもりだろう。

 もっとも、ジン・クチキとあの黒髪少年――ユウマ・サガラ以外、実力はおろか、素性すらも不明なのだ。接触を図る対象は限られているわけだが。


「イカリ、バドラ、提案があります」


 このタイミングだ。内容など予想はつくが。


「わかっておる。アレク、お主の目的も日本にあるんじゃろ? ならば、直ぐに発とう。話は道中でもできるのでな。

バドラ、フィオーレ・メストにも関係あることじゃ。お主もついて来い」

言われなくともそのつもりだ。大きく頷き、バドラ達も行動を起こすべく会議室を後にした。


 お読みいただきありがとうございます。

 

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