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第151話 完全敗北 セト


「王よ! ご返事を!!」


 幾度となく繰り返される返答の無い無言の静寂の中、セトは津波のごとく絶えず襲い掛かって来る怪物達の群れをどうにかやり過ごしていた。

 あの一瞬見せた相良悠真の狂気。あの闇色の瞳を目にした途端、足先から蛆虫が這い上がって来るがごとき悪寒が全身を駆け抜けた。

 結論から言えば、セトのこの感覚は何ら誤ってはいなかった。

 都市さえも崩壊させるメディアの十八番の魔術が全く通用せず、レベル50を超える二百以上ものエージェントが成すすべもなく屠られていく。

 何より、公園の全てをレベル66の怪物達に変えるなど、もはや相手は通常の人間なんぞでは断じてない。

 レベル66。言葉にするのは容易いが、それは、《八戒(トラセンダー)》の領域に足を踏み入れていることを意味する。つまり、数千、いや、数万もの《八戒(トラセンダー)》を創り出す行為に等しい。

 おそらく、後数分もすれば、セトとメディア以外、諜報部隊――《シークレット》は全て仲良く怪物共の胃袋の中に納まっていることだろう。


「情報遮断の結界……」


 王との連絡が不自然なくらいつかない。十中八九、相良悠真の仕業だ。

 今は、この悪夢の森を抜けて、王に奴のことを知らせることが先決。故に、セトは賢明に疾駆しているわけであるが……。


(無駄か……)


 この化け物森を抜けきったと思ったら、また変わらぬ同じ景色。この公園は大して広くはない。セトの脚力なら直ぐにでも抜けられるはずなのだ。つまり、今や、この公園自体が相良悠真の腹の中。

 絶望に押しつぶされそうになる心を無理やり奮い立たせて、唯一生き残っている可能性のある相棒に念話を送る。


「メディア、やはりここは出れそうもないのである。お前はどうであるか?」

『妾も同じよ。何度出ようとしても、元の場所に戻ってしまう!』


 頭の中に響く、激烈な焦燥と苛立ちで彩られた声。


「やはり、相良悠真を殺さねばここを出られないようであるな」

『おそらくね』


 お互いそれができれば世話がないことくらい十二分に理解している。

 相良悠真は、軽々と、公園をレベル66の化け物の巣窟に変えるような正真正銘のバケモノ。今ならなぜ、奴が配下の者をこの公園から逃がしたのかがわかる。

 奴ほどの力を有するなら、他のいかなる存在も、ただの足手纏いに過ぎまい。セト達を蹂躙するのに、他者の力など端から不要なのだ。


「やるしかないのである」

『当たり前なんだよぉっ! 必ずここを脱出して、あの餓鬼にとって最も残酷な報いを受けさせてやるっ!』


 セトのこの宣言に、メディアが鼻息を荒く捲し立てる。この絶望的な状況でここまで強気でいられるのはある意味、才能かもしれない。


「例の複合魔術を奴に全力でぶつけるのである」

 

 元々、対、覇王戦のために温めてきたセトとメディアのとっておきだ。真面にぶつけられれば、奴にいかなる防御結界があろうと、細胞の一欠片すらも残さずこの世から消滅させることが可能だろう。


『ケッ! あの野郎にあの御姫様の痴態を見せつけることができねぇのは残念だが、この際仕方ねぇ~、あの女の不幸を贄に、溜飲を下げてやんよっ!』

「奴が真実を知った今、王からも、黙示の了解は得ているのである。リルム・ブルーイットに関してはお前の好きにしろ。だから絶対に、しくじるなよ。奴は、舐めて勝てるような相手では断じてないのである」

『わかってんよぉ!!』


 メディアはここぞというときには冷静だ。それに、実際に相対した以上、セト以上に相良悠真の危険性は理解していることだろう。


「では、今から丁度五分後に吾輩は北から、メディア、お主は南から相良悠真に複合魔術を行使するのである」

『了解だ!!』


 勝利の鍵は、奴自身が動かない相良悠真の驕りにある。

 森中に溢れかえった怪物達を蹴散らしながら、セトは最大の好機を狙い、森に我が身を潜ませる。


               ◆

               ◆

               ◆


(そろそろか……)


 樹木の枝の上から、公園の広場内の様子を伺う。

 案の定、相良悠真は変わらず、公園のど真ん中で、悠然と佇んでいた。まあ、あれほどの圧倒的な力を有すれば、驕るなという方が酷な話だろう。

 セットした腕時計のタイマーは、残り三〇秒を示していた。もうじき、約束の時間だ。

 セトは、《神話系》【空間魔術】第八階梯【空絶の剣】の詠唱を開始する。

 『空間魔術』は、王からいただいた、セトのとっておき。さらにその禁術だ。これ単独でもまともに当てられれば、奴の陳腐な結界など紙切れのように切り裂くことが可能だろう。

 極度の緊張のせいか、たった三〇秒の詠唱がやけに長く感じる。


(早く過ぎろ!)


 奴に気付かれれば、セト達の敗北は確定する。

 はけ口すらない陰鬱な圧迫感にひたすら耐えながらも、詠唱の最後の言霊を紡ぎ出す。


「――我と汝の力もて、万象を切り裂く剣と成す。

 『空絶の剣ディメンション・アブソルート・ソードっ!!』」

「『崩れ落ちる世界ザ・ワールド・オブ・コラップス!!』」


 セトの『空絶の剣ディメンション・アブソルート・ソードの発動と同時に、メディアの【神話系】【崩壊魔術】――崩れ落ちる世界ザ・ワールド・コラップスが行使される。

 二つの魔術は相良悠真の頭上の大気中で混じり合い、漆黒の幾多もの剣となり、高速で落下してく。


「「共鳴魔術――【世界の終わりエンド・オブ・ザ・ワールド】」」


 咄嗟に上を見上げる相良悠真の脳天に、頸部に、心臓に、内臓に両手両足に、次々に黒色の剣は突き刺さり、その身体を分子レベルで崩していく。

 あっという間に、相良悠真は細胞一つ残さず死滅していた。


「やったのであるか……?」


 恐る恐る、樹木の枝の上から広場を伺うも、無論、人の気配は微塵も感じない。


「きゃはははっ!! ざまあないわねぇ~、餓鬼が粋がるからよぉ~」


 いつもの調子を取り戻したメディアが広場へ跳躍し、相良悠真が佇んでいた地面を何度も踏みつける。メディアのこの短絡的なところは、少し羨ましい。


(心配しすぎか)


 これ以上、観察しても意味はないな。


(ええい、ままよ!)


 セトも、メディアの傍に跳躍する。


「あの御姫様の教育は、お姉さんに任せてねぇ。男を楽しませることしか能のない立派な娼婦に育ててあげるからぁ~。ねぇ~、セト?」

「それより吾輩は、実験に使いたいのである。あの大帝の娘、さぞかし、上質な素体であろうし」

「ああ、それもいいわねぇ~、昼間はセトの実験動物。夜は男の奴隷。最高じゃない?」

「バーカ、あんな、気の強い女、実験動物としても娼婦としても需要なんてねぇよ」

「そんな事ないわよぉ~、あの無駄に整った顔とエロい身体な……ら……?」


 すーっと神経が凝結したような感覚に襲われ、顔は自然に声の方に向いていた。

 今度こそ、恐怖が激しく胸の底で蠕動し始める。


「あんな男女でも、俺にとっては、幼馴染でな。だからさ、例えお前らの妄想の中だけでも汚されるのは御免被るんだわ」


 ガチガチと歯が打ち鳴らされる。

 セトとメディアの傍には悪鬼のごとき形相で佇む相良悠真(怪物)がいた。


「じょ、冗談よぉ~、そんな事するわけ――」

「お前、もう喋るな」


 相良悠真が静かにそう告げると、突如、メディアの口がホッチキスのような金属で縫い合わされる。


「むがっ!!」


 痛みと恐怖から、メディアがぐもった声を上げ、必死で相良悠真から遠ざかろうとするが――。


「ぐもっ!!?」


 突如、空から落下してきた複数の自動販売機に囲まれる。無論、普通の販売機は、天から降ってなどこないし、袴など着てやいない。ましてや、頭の髷や、目や口や鼻など存在するはずもない。


『創造主様に対する数々の不敬、万死に値するで、ござる!』


 その中のゲジ眉の販売機が腰の刀の先をメディアに向けるのを視認する。このコントのような光景の反面、全身の血液が氷結するかのような悪寒が全身を走り抜ける。

 セトには、凝視することで、他者のレベルを解析するという特殊能力がある。無論、あくまで簡易的な能力に過ぎず、ジャミングや、認識誤認などの魔術やスキルの類には滅法弱いが、緊急時の際には重宝する。幾度となく助けられたこの能力、これほど恨めしく感じたことはない。


「レベル……84?」


 口から飛び出た言葉に、セト自身、とても信じられなかった。

 レベル八〇台など、この地球で到達しているのは、それこそ、七大覇王くらいだろう。真っ先に疑うのは、セトの能力の認識誤認だが、今このタイミングで、絶対的優勢の立場に立つ相良悠真に、そんな無駄な事をする意義に欠ける。何より、ゲジ眉販売機から醸し出される今にも気を失いかねない圧迫感は、この解析が偽りではないことを肌で感じさせていた。


「もがっ!!(どけぇ!!)」

 

 相良悠真から逃れようと、一点突破を試みるメディア。

 しかし――。


『愚か者がぁ!!』


 ゲジ眉販売機の口から無数の缶が高速で射出され、メディアの両脚に触れると爆砕する。その缶の中から紫色の液体が撒き散らされ、メディアの大腿部から下を綺麗さっぱり溶解してしまう。

 絶叫を上げながらも、無様に地面に転がるメディア。まさにここまでが、セトが精神を保つ事ができた限界だった。


「ひぃやっ!!」


 この場にいれば、メディアの二の舞になる。その事実は、《八戒(トラセンダー)》のプライドも、悪魔族としての誇りも、戦士として最後の矜持も、全てセトに捨てさせるには十分だった。

 だから必死にこのバケモノ共の巣窟から逃亡を図る。


『馬鹿だな、逃げられるわけないじゃんか』


 子供の声が聞こえると同時に、顔面に凄まじい衝撃が走り、セトの視界は地面と夜空を高速で報復する。

 久々に思い出した背骨に杭が打ち込まれたような激痛と、顔面の熱感。

喉の奥へと流れだす血液を吐き出しながらも、見上げると、そこには絢爛な服を着た童の石像が腕を組み、セトを見下ろしていた。

 その石像の真っ赤な瞳により射抜かれ、セトの心は一本の糸のように痩せていく。

悲鳴を上げつつも、子供の石像から離れるべく、立ち上がろうとするが、空から降ってきた物体が、セトの背中に圧し掛かる。


『だ~め、にがさないわん』


 振り返ると、そこにはパッチリした目に、真っ赤な口紅を塗られた唇を持つ公園の案内図板がいた。


『屑がっ!!』


 童に頭を踏みつけられ、セトの顔は地面に激しく食い込み、小規模なクレーターが形成される。

  

「やめな」

『『『はっ!』』』


 怪物達は、弾かれたかのように、セトから距離をとると、相良悠真に一斉に跪く。この場で、片肘を付き、頭を垂れる怪物共は森の中にいた奴等とは格が違う。少なくともセトを一瞬で細切れにするくらいには――。

 痛みと恐怖と混乱で気が狂いそうになる頭を必死で働かせて、この地獄の一丁目のような状況からの逃避を模索する。


「そいつは俺がやる。一切、奴に手を出すな」

『『『創造主様の御心のままに』』』


 公園中に怪物共の声が反響する。もう、頭の配線が切れそうだ。

 そうだった。よりにもよって、セト達は、こんな理不尽を、息をすうかのごとく容易に引き起こすバケモノの大切なものを侮辱し、踏みにじろうとしたのだ。

 

「ゆ、ゆ、許して……」


 セトの口から咄嗟に出たのは、救いを求める言葉。

 その言葉を耳にし、相良悠真から一切の感情が消える。


「最初に言ったはずだ。お前らに、死さえも生ぬるい絶望を与えると」

「こ、これ以上、何をする気であるか!?」


 こんな悪夢のような光景に、先があるというのか? 


「これ以上? おいおい、まだ、始まってすらいねぇだろ?」


 相良悠真は呆れたように肩をすくめると、右手を挙げて指をパチンとならす。数メートルにも及ぶ巨大な門が出現していた。

 その門は全て黒色の人骨で形成されており、絶えず、悪質で、悍ましいオーラを濁流のように排出している。


「ひっ!!」


 それはおそらく本能だろう。その門を一目みただけで、セトはその扉の何たるかをストンと理解してしまった。


「ゲート、コネクト――セト、メディア。

 契約内容――二人が、一分以内に己のした罪を心の底から悔いること。ただし、スキル、魔術等による強制的、一時的な懺悔は除く」


 相良悠真の言葉を契機に、黒赤色のオーラがセトとメディアの身体を覆い尽くす。


「こ、これは?」


 聞いちゃいけない。セトの本能は、そう、全力で警鐘を鳴らしていたが、カラカラに乾く喉から、無意識にもその疑問が滑り出していた。


「永久の悪夢と絶望への片道列車」

「永久の……悪夢と絶望?」

「ああ、これは俺の最後の慈悲だ。後一分以内で、お前らのやった所業につき、心の底から懺悔しな。そうすれば、お前らは自由だ」

「そ、そんな無理に決まって――」

「無駄口叩いている暇があるのか? あと五〇秒だぞ?」

「い、嫌だぁッ!!!」


 必死だった。ただ、無我夢中でセトは右手に槍を顕現し、相良悠真に爆撃のような連撃を加える。蟀谷に、額に、鳩尾、脇腹、心臓に槍先を突き付ける。

 幾つもの衝撃波が公園広場内を同心円状に空しく過ぎ去っていく。レベル50程度なら、一瞬で挽肉なはずなのに、案の定、奴に掠り傷一つつけることも叶わない。 

 とびっきりの恐怖と無力感からいつの間にか、涙が溢れていた。こんな最後などあんまりだ。

 遂に、両足を溶かされ、地面に這いつくばるメディアが、顔中を苦痛と恐怖に染めつつも、声を上げて泣き出す。


「時間だ」


 無常な相良悠真の声。

 黒色の扉が軋む音を上げつつも開き、巨大な片腕がニューと出現し、その手に持つ三つ又の槍で、メディアの胸部を突き刺した。


『だ、だずけで、ゼドっ!!』


 頭の中に響くその言葉を最後に、メディアは扉の中へ引きずり込まれ、嘘のようにあっさり、消えていく。


「うあ……」


 口から洩れる悲鳴。逃げようと立ち上がろうとするも、脚の力が抜けて、地面に無様に横転する。

 動く両腕で門から離れようとするも、セトの首に鎖が巻き付き、次の瞬間その身体は門の中に引きずり込まれた。

 こうして、セトとメディアの生涯最後の安息は終わりを迎える。



 

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