第149話 王の蹂躙
【天叢雲】の一振りは、大気をも切り裂き、樹木ごと地面に大きな亀裂を入れる。
脳天から真っ二つになった赤装束が、血飛沫を挙げながら地面に叩きつけられる。
一応、《傲慢》の眷属だけはあり、仲間の死にも大して動揺せずに、俺に矢や魔術、銃弾を浴びせてくる。
もっとも、全て《封神絶界》により阻まれ、俺に届くには至らないわけだが。
夕立のように俺に降り注ぐ武器や魔術の中、サーチの機能より、四方から迫る赤装束共の存在を認識した俺は――。
「サーチ――照準指定」
その全員の全身を照準指定する。
「【万物創造】――灼炎」
次いで紡がれる俺の言霊により、照準指定された赤装束共の身体は瞬時に骨一つ残さず、塵と化した。
「炎系のカウンター能力だ。不用意に飛び込むな。遠距離からの攻撃に切り替えろ!」
隊長らしき赤装束が命令を下し、赤装束共が一斉に樹木の陰へと姿を消す。
まっ、無駄だがね。
《封神絶界》によりサーチすると、俺のいる場所からちょうど対角に位置する森の中で、数人による複合魔術を放つ体制に入っていた赤装束の一団を捕えた。
この度、【万物創造】の効果範囲は、《封神絶界》により、この公園全体にまで及んでいる。
もっとも、一度に【万物創造】の効果を照準指定できるのは、数体に過ぎないが、今回はそれで十分に事足りる。
奴らの頭部を照準指定する。
「【万物創造】――強制二点間移動――俺の足元」
六つの頭部が俺の足元の地面へと一斉に転移する。
頭部にエアの時限弾の弾丸をしこたま打ち込む。
「【万物創造】――強制二点間移動――ランダム」
芽黒中央公園内の至所に転移し、即時に起爆する。
公園内の六つの箇所で爆風が吹き荒れ、火柱が上がる。悲鳴と絶叫が公園内に断続的に上がった。
俺の【万物創造】は目覚めたばかり。卵からかえったヒナの状態だ。これは、丁度いい実践テストになるかもしれない。
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赤、青、黄色、黒、白、金、幾多もの色の魔術が、俺の頭上にまるで集中豪雨のごとく降り注ぐ。この視界を遮るような絨毯爆撃は、何の作戦も連携もない、効果の確認すらないただの集中砲火。
「正気か、こいつら……」
敵のあまりの愚かさに、身体中の奥底にあった戦闘意欲が壊れた蛇口から出る水道水のごとく、急速に抜けていくのを感じていた。
確かに、今も俺の頭上に落下している魔術は全てが特殊系――第五階梯クラス程度の威力がある。それをレベル50前後の者達が連射するのだ。相当な威力だし、《封神絶界》で、この公園をプロテクトしていなければ、この一帯は焼野原だろう。
だが、だからこそ、気付いてしかるべきなのだ。俺に魔術の効果がない事はもちろん。この公園に俺が特殊な結界を張り巡らしているという事実に。
大方、少し前のメディアとの戦闘と俺の蹂躙を見て、恐慌状態にでもなっているのだろうが、ここが敵のテリトリーだと認識しさえすれば、もっと慎重な手段を講じることも可能だろうし、少なくとも、全く効果がない攻撃など直ちに中止しているのは間違いない。
大体、ついさっきお前らの隊長らしき者が、俺にカウンター系の能力があると指示を飛ばしたばかりではなかったか。
「この闘争に相応しくない馬鹿を、排除する必要があるな」
俺はゆっくりと、歌うように――。
「【万物創造】――魔術――威力倍カウンター」
破滅の言霊を口遊む。
刹那、俺の眼前で光りが弾け、俺に殺到していた数色の魔力の塊が、まるで時間の巻き戻しのように、空を疾駆し、魔術を放った術師にクリーンヒットする。
「ぐごっ!!」
ある赤装束の心臓を打ち抜き――。
「う、腕がっ!!」
右半身を破壊し――。
「ぐもっ――」
頭部を吹き飛ばす。
悲鳴と絶叫、耳障りな命乞いの声までも、公園内に充満する。
この程度の覚悟でよくもまあ、覇王に挑む気になったものだ。
「魔術カウンターだ! 武器による攻撃に切り替えろ。いずれも、不用意に連射するな!」
ちっとは、まともな指示を飛ばせる奴もいるようだが。
(クソかよ!)
サーチの機能より、敵前逃亡を図ろうとしている赤装束の十数体を視認する。
お前らは、俺と俺の大切なものを奪いにきたんじゃなかったか? ならば、逆に自らが傷つく覚悟くらい持ってしかるべきだろう。
逃亡者の両脚を照準指定し――。
「【万物創造】――強制二点間移動――エアの時限弾」
エアの時限弾を十数発放つと、発射と同時に、時限弾は次々に掻き消える。
ゆっくり、引き金を引く。
森中が爆ぜ、至所で火柱が天へと上がる。
【万物創造】により、公園内全体に念話を飛ばす。
『言ったはずだぞ。俺は決死の覚悟で挑んで来いと。逃げた奴から優先的に殺す。これが俺の最後の慈悲だ。精々あがいて見せな』
俺の背後と左右の樹木の上から銃口を向けてくる一〇人の赤装束。ようやく、覚悟を決めたか。
一〇人の足元の地面に一〇本の超越級の魔剣を生やして、臀部から脳天へと串刺しにする。
「お前達は害虫駆除をしていろ」
魔剣達に新たな指示を出すと、まるで歓喜するかのように、数回空中を旋回すると、闇夜の公園の森の中へと姿を消していく。
サーチにより、遠方から槍の投擲の準備に入っている八人の坊主頭の赤装束の集団を認識し、奴等の持つ槍を全て照準指定する。さらに、【万物創造】により、超越級の《投擲自爆槍》を八個創り出す。この《投擲自爆槍》の効果は、その名が示す通り、投げることを条件に、自爆する。
「【万物創造】――強制二点間交換――マークした槍と各《投擲自爆槍》」
槍は、八人の赤装束の坊主頭の握る槍と、すり替わり、放たれる。刹那、耳を弄するがごとき大爆発を起こし、細胞の一欠けらも残さず、坊主の赤装束の集団は、この世から消滅してしまう。
『バケモノがっ!! このままでは、ジリ貧だ。俺達兄弟が、奴の足止めをする。お前らは、王にこの現状を伝え、直ちに増援を求めろ!』
大剣を肩に担ぐ二メートルを遥かに超える刈上げ頭の巨躯の赤装束と、二振りのショートソードを両手に持つ異様なほどチビな赤装束が樹木から姿を現し、念話で指示を飛ばす。
まあ、《封神絶界》によりその内容は、筒抜けなわけなんだが。
『し、しかし、逃げれば、真っ先に殺されますっ!』
『馬鹿か、お前っ! それができれば、とうに俺達はこうして五体満足でいやしねぇよ』
う~ん。三〇点かな。確かに、一度に逃亡を図られれば、一度の照準指定は十数件が精々な以上、数割は取りこぼす。
だが、それも、この公園を無事に出られたならばの話だ。生憎、この公園には、《封神絶界》により、一瞬の異界と化しており、俺を殺さない限り、脱出は不可能だ。
奴等の唯一の勝機は、《封神絶界》を破壊するほどの攻撃を俺に加えることだけ。
『し、しかし……』
『いいから、行け!』
『は! 御武運を!』
一斉に公園外に向けて、逃走を開始する赤装束共。
「弟よ。俺ごと殺れ。そうでもしなけりゃ、こいつは止められねぇ」
チビの赤装束が、両手のショートソードの剣先を俺に向けると、身を地面に密着するかのように屈める。
「……了解だ。兄者」
弟の刈上げの男が、バスタードを上段に構える。
何らかのスキルだろう。
チビの赤装束の二つのショートソードからは、濁流のような青色の魔力が、刈上げの赤装束の男のバスタードからは、黒色の魔力が溢れ出す。
この魔力中々のものだ。何より、身を挺して、仲間を逃がすか。少しは骨のある奴がいたな。お前ら二人だけは、特別に害虫としてではなく、戦士として扱ってやる。
俺は初めて、【天叢雲】を奴等に構え、重心を低くし、俺と奴の中間地点の地面へ向けて【エア】の時限弾を一発放つ。
瞬時に、カチンと脳髄に、スイッチが入る音がし、周囲の景色から色が、匂いが、音が消えていき、感覚が限界まで引き延ばされる。
これは、ラヴァーズ戦で至った境地の一つ。本気になったときの無敵モード。この状態なら、例えレベルが上の存在だろうとその挙動を認識し得る。
チビの赤装束が俺に対し、疾走を開始しているのを視認する。既に、半ばまで迫っていることからも、かなりのスピード。少なくとも俺よりも身体能力は上だ。
スローモーションで俺に迫る奴に【エア】五発、急所目掛けて連続で放つ。
奴は、左手のショートソードにより銃弾を撃ち落とし、避けつつも俺へと迫るが――。
「起爆」
地面に照射しておいた時限弾を奴が踏み込むタイミングを見計らい、起爆する。これは認識が引き延ばされたこの世界の恩恵といってもいい。さらに付け加えれば、さっき放った五発の銃弾により、奴の軌道を時限弾の埋め込まれた先まで誘導したわけだ。
右脚を吹き飛ばされながらも、チビの赤装束は、俺へ向けて、一直線に突き進んでくる。動揺は微塵も感じられないことからも、端から捨て身の策か。最初の地面への時限弾の発射も、薄々気付いてたのかもしれない。
この泥臭い戦い方。外道の部下にしておくにはもったいない使い手だ。
奴が俺の射程範囲に入り、ショートソードが振るわれる。
二つのショートソードは、次の瞬間、俺の頸部スレスレにあった。このスキル、俺の【天叢雲】と同様、次元を歪める効果でもあるんだろう。もし、当たれば、今の俺のレベルなら、傷くらい負っていたかもな。
だが、悲しいかな。お前らの牙は今の俺にはどうやっても届かない。
ガギィッ!
金属音が木霊する。【天叢雲】の形態を薄い板状にして、俺の体表面に張り付けておいたのだ。渾身の二本のショートソードを弾き返され、無防備となった奴に【エア】の銃弾を放つ。
「弟よ、やれぇ!!」
銃弾が次々にチビの赤装束に命中する中、その半身が奴のその絶叫とともに爆発する。同時に、チビの赤装束の遥か後方で、上段に構えた巨躯の角刈りのバスタードが振り下ろされた。
刹那、地面から突き出た巨大な剣に巨躯の角刈り赤装束は、その今も振り下ろされているバスタードもろとも、脳天から綺麗に縦断されてしまう。
「なぜ……だ? タイミング的に……弟に攻撃を仕掛ける間など……なかったはず」
「悪いな。俺の【天叢雲】は変幻自在なんだ」
【天叢雲】は、俺の左手から二股に別れ、一方が俺の頸部を覆い、もう一方は、足元の地面に深くめり込んでいた。
「き、貴様、まさか地面内に刃を!?」
血を吐きながら、驚愕に目を見開く、チビの赤装束の脳天に、
「ご明察の通りだよ」
【エア】の銃弾を数発ぶちかました。
「さて……」
サーチで全体を把握すると、今も公園内を疾駆している赤装束共が認識し得た。
さっきの兄弟、もし、《封神絶界》がこの公園に張られてなかったら、俺の足止めという目的を果たせたかもな。まあ、結局、無駄な努力に終わったわけだが。
ともあれ、まだセトとメディアを含め一五〇匹近くはいるな。魔剣達も追跡を頑張って入るようだが、腐っても《傲慢》の眷属。各魔剣とも、複数人を相手に、膠着状態に陥っているようだ。
このまま、俺が直々に手を下してもいいが、それなりの時間がかかる。無駄に長引かせて、イレギュラーな事態となり、奴らをとり逃すのは御免だ。ただでさえ、俺は異常事態製造機のような存在と成り下がっているわけだし。
それに、俺が直々に手を下すよりも、奴らに恐怖と絶望を与える極上の悪意の構想が俺にはあり、その手段を実現できる力もある。
「【万物創造】――超越怪物スキル創成」
探索者協議会は、スキルや魔術を第七階梯までしか分類しておらず、それ以上は全て、禁術として第八階梯に押し込めている。
しかし、スキル・魔術を調べなおした結果、禁術にも格があり、第一二階まで分類されることがわかった。さらに魔術に関しては、《魔術種》も、協議会は、基礎系、特殊系までしか概念がないが、実際には伝説系、神話系、超越系を加えた五種がある。
無論、より高度な《魔術種》の方が覚えられる階梯の数は高くなる。神話級なら、最高で第一一階梯、超越系なら第一二階梯までの魔術を覚えられる。
まあ、ともあれ、今回創造したスキルの鑑定だ。
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【怪物晩餐】
■説明:用いられる贄の強度、術者の称号、魂の練度、魔力値に応じて、範囲内にある様々な物を怪物化する。ただし、一日一度しか使用することができない。
■種類:スキル
■階梯:極位階梯
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極位階梯ってなんだよ。またよくわからん概念が……。
まあ、仮に使えないなら、やや不本意だが、俺の手で、地道にぶち殺すだけだ。
早速発動させてみる。
「スキル――【怪物晩餐】」
俺の言霊に、反応するかのように、この公園全体を覆い隠すかのようなドーム状の象形文字が出現し、地上へ落下してくる。
公園の変貌は、即座に目に見える形で、やってきた。
「おい、おい、おい……」
――地面が盛り上がり、巨大な蜘蛛になる。
――倒れた樹木に巨大な果実が実り、地面に落下し、その中から、複数の目を持つ四つ足の獣が抜け出し来る。
――公園のベンチに口と両手両足が生え、夜空に咆哮する。
――ゴミ箱に幾多もの手足が生じると、カサカサとゴキブリのように、這いまわり始める。
鑑定をしてみると、怪物はレベル66だった。まさか、公園自体が化け物と化すとは思わなかった。しかも、全てが俺より身体能力がある。正直、ヒク。ドンビキだ。
だが、しかし、こいつらなら地獄への水先案内人に相応しかろう。
「お前達、この公園にいる賊を食い尽くせ」
公園中の怪物達の歓喜を含んだ咆哮が、大気を震わせ同心円状に流れていき、俺による蹂躙は、新たな局面を迎える。




