第144話 追及
俺は眼鏡の赤髪おさげメイドの前まで一定の距離をとりつつも、足を運ぶ。
「私に何か用か?」
このいつもの毅然とした姿。そしてカリンやクリス姉を我が子のように労わるその態度は、今まで俺を幾度となく絶望のどん底に突き落とした奴と同一人物とは思えない。
カリンに世話を焼くお前に、幼い頃、俺、憧れてた時期もあったんだぜ。カリン、ケントとマリアをあんなに可愛がってたのも、全部演技だったのかよ。
「ミラノ、お前の過去、調べさせてもらった」
「私を? 何のために?」
あまりにも普段通りのミラノで、俺達の勘違いを疑いたくなる。いや、この期に及んでも、俺は心のどこかでミラノを信じたいと思ってしまっている。
そもそも、堂島にミラノの腕時計のことを尋ねられたとき、俺は心の底に妙な引っ掛かりを覚えていたんだ。それもかかわらず、俺はあえて深く考えず、放置した。いや、明らかに考えるのを放棄した。もしかしたら、ずっと心の底ではこの真実に到達するのを恐れていたのかもしれない。
「直ぐにわかるさ」
「なら、早く言え!」
苛立たしげに、声を荒げるミラノ。この網膜に移る此奴の姿は、幼い頃から幾度となく目にして来たもの。これも演技なんだろうか?
「神姫未来乃、凡そ二八年前、四国徳島の神根村で生まれる。
一六歳まで、神官夫妻に育てられるが、両親が他界したため、上京し、東京の親戚の家で都内の高校に通う。
高校卒業後、メイド育成学校に一年間通った後、志摩家に雇われる」
俺は一度言葉を切る。
「それがどうした? 私の経歴に疑義があったとでも?」
「いんや。書類上は何ら問題なし。実際の神根村や、東京での二年間での生活にも全く矛盾点は見当たらなかった」
ミラノ、お前の言う通り、神根村の住人の誰もがお前のことをはっきりと覚えていた。無論、東京に居たころの交友関係も鉄壁だった。仮に、俺の三周目のあの志摩家での記憶がなければ、絶対にお前までたどり着けやしなかったろう。
いや違うか。堂島が俺に気付かせてくれなければ、そもそも、お前を疑いすらしなかった。
「全く、問題ないじゃないか!」
「ああ、周囲の人間の記憶や、学校等の公的機関の記録としてはな」
正直、ミラノが行った記憶や資料の改竄は、徳之助さえも舌を巻く完成度だった。
しかし、堂島の言う通り。一度疑義を生じてしまえば、調べるのは大して困難ではない。
確かに、人の記憶や公的機関は当てにならない。でも、その人物がいた痕跡なんてものは、必ず残るものなのだ。
成人ならばこなした仕事の量や実績。未成年ならば、学校の卒業アルバムや、図工の時間の工作物、夏休みの自由研究。この全てが存在しないものなどあり得ない。
徳之助が調べ尽くした結果、ミラノが通っていたとされる小学校や中学校、高校のどこにも、彼女の写っている写真、動画は残っていなかった。さらに、小学校に必ず収められるはずの卒業記念工作物や、読書感想文など、提出物で学校に収納されるべきものは軒並み存在しない。こうした不自然な状況がゴロゴロあったのだ。
「まさか、調べたのか?」
ピクッと僅かに眉を動かし、ミラノはそう尋ねる。
「ああ。全てな。結果、神姫未来乃という女は、公的機関のデータベースや人の記録としては存在するが、その生活跡が微塵も存在しないという幻のような存在であることが判明した」
「……」
ミラノから表情が消え、同時に、奴の雰囲気が一変する。
最悪の予測があたっちまったってか。この期に及んでも、俺はこんなクソッタレな予測などハズレであって欲しいと心底願ってるんだ。
「ミ、ミラノ、どうしたの? ユウマちゃんも喧嘩は駄目よ」
ジェシカ叔母さんが、憂わしげな表情で立ち上がる。
ほら、見ろよ。お前がそんな下らない演技をしているから、叔母さんに心配させちまったじゃねぇか。
叔母さんにとって、ミラノは歳の離れた妹同然の存在なんだ。一〇年近くも接していれば、そんなことくらい、お前もわかってんだろ? だからさ。いい加減、嘘だって言ってくれよ。
「ジェシカ君。無駄だよ。陛下の取った言質で決まりさ。
彼女こそが、世間を騒がせ、『一三事件』を引き越していた殺人ギルド――悪魔のダースのギルドマスター――デス」
止めろ、ロキ! ミラノは――。
「う、嘘よね、ミラノ?」
ふらふらと立ち上がりミラノに近づこうとするジェシカ叔母さんの前に、ウォルトが背中越しに立ちはだかり、その歩みを止める。
「不用意に近づくな。死にたいのか!?」
「ミラノ、ねぇっ!!」
叔母さんの悲痛の声にも、ピクリとも表情を変えず、俺達に憎悪の籠った視線を向けるミラノ。その黒く淀んだ瞳を一目でも見れば、もうあの当時には戻れないことくらい、鈍い俺にだってわかる。
どうして、こうなっちまうんだろうな。全く俺はこの数日、ずっと悪夢の霧の中にいるようだよ。
幸せの欠片を追い求め、何度も躓きながらも、手探りで進んで行く。やっとのことで掴んだと思ったら、希望は俺の手からあっさりとすり抜ける。どうしょうもねぇさな。
だけどよ。やっぱ、ケジメはつけねぇとな。
「ミラノ、ついて来い」
ご丁寧に、秀忠から付近にある芽黒公園の人払いと超越級の魔道具による結界の構築が完成したとの連絡があったところだ。理不尽なのはわかっている。
だが、正直、今は秀忠の用意周到さが恨めしい。
「兄者っ! そいつは俺がやるっ!!」
「ウォルト、お前、ミラノと知り合いなんだろう? お前にはできねぇよ」
アースガルドの住人たるウォルトが、どうやってミラノと知り合ったかは知らないが、ウォルトは終始ミラノに敵意を向けてはいない。間違いなく、ウォルトとミラノは顔なじみ。
ウォルトは良くも悪くも甘い奴だ。これだけの憎悪を叩きつけられても、敵意一つ向けられぬ相手ならウォルトとて万が一がありうる。
それに、これは悪魔のダースと三日月の夜との戦争なんだ。俺達二人には、この戦争を終わらせる義務がある。
「当たり前だ! できてたまるかよ!! 兄者、約束してくれ、決して殺さねぇと!!」
「……」
ウォルトに答えず、窓から外に出ると、空を駆けて、芽黒公園上空へ移動し、公園の中央部に位置する樹木に囲まれたサークル状の広場の地面に着地する。
ロキの言葉が真実なら、ミラノはあの外道組織――悪魔のダースの長。でもな、ミラノは俺にとって幼馴染でもあるんだ。こんなとき、ミラノが姑息な手段など使わないことくらい否応なしにわかってしまう。
(ほらな)
案の定、俺の数メートル手前に降り立つミラノ。
「相良悠真、お前が五体満足でいられる内に、遺言を聞いておく」
「ぷっ! おい、おい、¨遺言を聞く¨って、お前、今の時代、そんな使い古された台詞、時代劇でも吐かねぇよ」
「貴様と――いう奴はっ!」
ゲラゲラと腹を抱えて笑う俺に、いつものように、頬を膨らませ言葉を詰まらせるミラノ。こんなやり取りに、奇妙な懐古の念を覚えながらも、【エア】を顕現し、その銃口を向ける。
「俺はお前の行為を許すつもりはねぇ。お前が泣こうが喚こうが、ここで、叩き潰す」
「ふん、貴様、ごときの許しなどもとより必要ない」
「だろうな」
そりゃあそうだろうよ。俺ごときが許した程度で、お前の罪が軽減するなら、どれほど救われるか。
だが、もうそういうレベルをミラノ、お前は踏み越えてしまった。
あ~あ、ケントとマリアになんて説明しよう。彼奴ら悲しむだろうな。
そんなことをぼんやり考えながらも、俺は【エア】の引き金に力を込める。
ここから、『一三事件』の最後の解決編となります。結構なボリュームがありますし、書いててかなり楽しかったので、それなりに楽しめる……はずです。
この『一三事件』の話が終わるとようやく、最終章です。最終章は、さほど長くしないようプロットを作っています。遅くても、来年の四月までには、完結させたいッス。
※感想欄で、人物紹介を更新して欲しいとの声がありましたので、近々更新します。




