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第143話 志摩家のスパイ

二一〇三年一一月六(日) 午前七時二分


時は、二一〇三年一一月六(日)の本作戦会議が終了した直後にまで遡る。


「マスター、ちょっといいかな」


 会議室を退出しようとしたとき、堂島に声を掛けられた。


「だから、あんたまでマスターは止めろ!」

「そう行ってもね、皆、そう呼ぶしさ」


よし、決めた。今度こそ、秀忠、真八ととことんまで話し会おう。諸悪の根源はあいつ等がカミングアウトしたせいだ。絶対に今後のギルド内に蔓延するこの症状の悪化は防がねばなるまい。


「それで、何か用か?」

「ええ、もう《夢妙庵》のマスター代理から話は聞いた?」


 自然に自身の表情が歪むのがわかる。店長から聞かされた事実は、それくらい俺にとって許しがたい妄想の類だった。


「ああ、あの見当違いな話の件か」


 生粋の探索者の店長が、あんなあり得ん事実を真に受けるなどどうかしている。


「……マスター、お願いだから、目を逸らさないで向き合ってほしい」

「俺はいつ目を逸らした? 決めつけんなよ」


 これ以上無意味な話に時間を割けるほど俺は暇ではない。

 踵を返し、扉まで歩こうとするが――。


「私も、認めたくはなかったわ」

「ああ?」

 

 堂島を肩越しに振り返る。


「君と同じよ。私も今回の事件で、大切な部下を疑う羽目になった。否定しようと必死で調査したけど、結局疑いは濃厚になるだけだった」

「だからって、ミラノはねぇだろ? 俺は一〇年前から彼奴(あいつ)を知っている。『一三事件』が始まったのは、一年ほど前。偶然にしてはあまりに出来過ぎている」


 昨晩、店長から『神姫未来乃(かみひめみらの)は、『一三事件』のスパイの可能性が濃厚だ』とのみ伝えられている。

 無論、反論は口にしたが、信じるも信じないもお前の勝手だと突き放された。


「そうね。それは私にもわからない。でも、相良君なら既に違和感は覚えているはずよ」

「死亡したときに奴がしていた時計のことか? 時計など、この東京なら何処にでも売られているだろう?」

「あの時計の柄は、私の就職祝いに父さんから貰ったヴィンテージもの。それなりの値段はするのはもちろんだけど、東京で限定五〇個しか売られていなかったはず。父さんも偶々、抽選で当たったって言っていたし」

「それこそ、ミラノも抽選であたったかもしれねぇよな?」

「そうね。でも、そのことは大した問題じゃない。神姫未来乃(かみひめみらの)が犯人である。そう疑いの目を向けることが最も重要なのよ」

「しかしだな――」

「お願い、マスター、私を信じて!」


 堂島は俺の前に回り込むと、俺の上着を掴み、神妙な顔で見上げて来る。

そうだな。今正しいのは堂島だ。俺のこの感情は、ひどく個人的で子供っぽい足掻きのようなものに過ぎない。


「わかった。だから、落ち着け」

 

 堂島の奴、今どういう状態なのか把握しているんだろうか? 

堂島の両肩を持つと、そっと引き離す。


「あっ……」


 俺の胸に顔を埋めて抱きつく形になっていた堂島が、弾けるように俺から離れる。

 俯き気味に、頬を紅色に染めつつも、両指を絡ませて忙しなく動かす堂島


「美咲ちゃんも隅に置けないねぇ」


その背後から、八神徳之助が現れた。

 

「わきゃっ!!」


 珍妙な声を上げて、ビクッと全身を痙攣させる堂島。


「行き詰まったときは、事実を整理するのが定石さ。珈琲でも飲んで検討してみよう」


 捜査や情報分析に関して徳之助達はプロだ。拒否する意義もない。

いつも以上にニヤケ顔の徳之助に促され席に座ると、堂島も居心地が悪そうに俺をチラリチラリと見ながらも、大人しく俺の向かい席についた。

 

まず、情報を整理してみよう。

あの三週目に、俺が志摩家で視認した死体の映像は次の四種類。

一つ――全身に無数の釘で串刺しにされ壁に磔になった徳之助と辰巳おじさん。 

二つ――四肢、頭部、胴体をバラバラに切断され、天井から糸で吊り上げられる堂島と多門のおっさん。

三つ――身体が球状に圧縮され、椅子の上に乗せされている《(まむし)》と《(ふくろう)》。

四つ――壮絶に壁にめり込み頭部を粉々に砕かれた《狂虎》とメイド姿のミラノ。

キメラ等の開発など、奴等の鬼畜っぷりを散々目にしていた俺はこの死体がただの趣味か何かと思い込んでいた。

だが、今までの『一三事件』の殺し方は一応の意味があったはずだ。

そう。今までの『一三事件』の他の犯罪は、必ずといってよいほど特殊な殺し方をしていた。

第一の殺人の『赤箱』――人間が挽肉にされ赤い箱に押し込められた事件。

第二の殺人の『糸人形』――胴体部が消失し、下半身と両腕両脚、頭部がそれぞれ、切断され天井が吊るされて発見された事件。

第三の殺人の『肉球』――全身が細切れにされ、球状に圧縮されていた事件。

これらの殺人は、どれも、金髪の女の心臓が必要なことを巧妙に隠している。これはほぼ確定的な事実だろう。

三週目でフィオーレの心臓が抉られていたのは、その目標が残すところカリンだけとなり、その事実につき隠す必要がなくなったから。そう考えれば、全てしっくりくる。

 だとすると、あの殺し方にも意味がある?

 あの時計が、ミラノのものではないとしたら、『一三事件』の容疑者共はわざわざ、時計を堂島からミラノへ移した――いや、そんなことに意味などない。発想を変えるべきだな。

 つまり、あの壁にめり込んでいる胴体はミラノの身体ではなく、堂島のもの。この点、堂島とミラノは背格好もよく似ている。頭部さえ切断しすり替えれば、あのイメージの光景に限りなく近くなる。

 後の問題は、イメージ内の堂島の四肢と胴体だが、それも首から下が球状に圧縮されていた《(まむし)》と《(ふくろう)》により事足りる。二人は男だが、両者とも男とは思えぬほどの細見だ。バラバラにして服さえ着せれば一見して判別しえまい。

つまり、あれは圧縮されていたんじゃなく、ちぎられた上、肉団子状に丸められていただけ。


「天井から糸で吊り上げらた堂島のものとされていた四肢は、《(まむし)》と《(ふくろう)》のものだったんだな?」

「ええ、鑑識の結果、99.8%の確率で、二人のものと断定したわ」

「だとすると、あとはこんな手の込んだことをした理由だが……」


 これは全て部外者に見られることを前提としている。まるで、俺のロードを前提としているようじゃないか。

 いんや、よーく思い出せ、あのときあの場にいたのは俺だけじゃないはずだ。


「そうか、立花だっ!!」

「り、立花がどうかしたの?」


 突然の俺の言葉に、オウム返しに尋ねて来る堂島。


「俺が瀕死の重傷を負ったとき、立花と芽黒駅前の交番の警官のおっさんが殺害現場に来ていたんだ」


 あのときは、心配性な立花が俺の後をつけて来たとでも考えていた。

 しかし、それなら、なぜ俺とラヴァーズが戦闘してる間に部屋に飛び込んでこなかった? 彼奴の性格からすれば、黙って観戦しているなど考えられない。

 そして、俺の後をつけてでもいない限り、事件につき何も知らされていない立花が志摩家を訪れることは不可能なはず。


「つまり、立花ちゃんと芽黒駅前の警官は――」

「犯人に、目撃者としてあの現場に呼ばれたってわけだ」

「でも、こんな陳腐なトリック、鑑識ですぐにばれるんじゃ?」


 堂島の意見に俺も同意する。仮に、あのとき奴等が俺達を殺したと知られたくはない訳があったとしたら、俺ならどうする? きっと、現場を見せた後、その存在自体消去するな。

 思い出せ、三週目の最後の風景で、俺は何を目にした?


「あの人形か」


 あんな人形、カリンはあの部屋に持ち込んではいなかった。それに、人形が発光しているのを俺は最後の瞬間目にしている。

 さらに、あの芽黒駅前の警官の本部とのやり取り。


 ――――――――――――――――――


『本部、殺人事件発生。どう考えても、これ『一三事件』です。直ちに応援をよこしてください!! 住所は――』

『ガイシャの特徴? 今、そんな事言っている場合か!? 生存者がいるんだぞ!?』

『死者九名、生存者一命だ。ガイシャの特徴は――』


――――――――――――――――――

 

 つまり、電話の相手は捜査本部内のスパイ。芽黒駅前の警官俺が俺達の死体の状況を口頭若しくは写メールで死亡した後、立花もろとも爆破されたんだろう。おそらく、部屋が薄暗かったのも、写メールで正確に判断し得なくするための布石か。まあ、生憎と俺は高レベルとなり、薄暗かろうが、はっきりと視認しえる。そのせいで、意味をなさなかったようだが。

もはや、ミラノが奴等のスパイなのは間違いない。カリンを必要以上に傷つけず、俺をキメラの実験台にしなかったのは、僅かな情が邪魔したからってか……。


「ふふっ、ふくくくく」


 マジで笑えてくる。幼少期からあんなに近くにいたのに、ミラノの本性に僅かでも気づくことができなかった。どうようもなく、俺って奴は人を見る目がない奴らしい。

 『一三事件』の容疑者共は、クズ中のクズだ。もはや、人間か、超常者(イモータル)かなど些細な事。あんな反吐が出るような行為を平然と行うような奴等は、即殺するのが世のため、人のためだ。

 ミラノがカリンを殺し、徳之助や堂島を殺したのなら、俺は未来永劫、許しはしない。もう一つの世界では、確かに俺の大切な奴らがミラノの行為で死んだのだから。


「駄目だよ」


 堂島が不安に絶えない顔で、再度、俺の上着の右袖を掴んでいた。


「心配ない。わかってるさ」


 俺達は、『一三事件』とは違う。原則捕縛は、この度皆で話し合って決めたことだ。

 ギルドの一員である以上、俺も理由なく反故にする気はない。


「こうしてると、仲の良いカップルみたいだよね」


 この緊迫した状況で、珈琲を啜りながら、徳之助がそんな呑気で、かつ、あり得ない感想を言いやがった。


「っ!!?」


 俺の袖から手を離し、真っ赤になって俯く堂島。近頃の堂島のこの少女のような反応には、俺もドキッとさせられてしまう。


「落ち着いたようだね。じゃあ、時間もない事だし、お互い知りえた情報を交換し、さらに整理していこう」


 確かに毒気は抜かれたが、徳之助の奴、これを狙ってやがったのだろうか。まあ、悪い気持ちはしない。


「了解だ」


こいつ等となら、俺も踏み外せずにいられそう。そう俺は、この時、思ったんだ。




お読みいただきありがとうございます。

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