第141話 三面会談
流石の天然カリンも、作業員服の男達が捕縛されたことにより、これが事件であると気付いたようだ。俺に抱きつき、不安一杯な顔で俺を見上げ、『ユウマ、危険なことしてない?』と尋ねてきたので、肯定し、頭を数回撫でおく。それ以降、いつものカリンに戻っていたことからも、一応の納得はしたのだろう。
クリス姉達には、志摩家の屋敷で事件の最後のケリをつけることになる旨をつげ、別室で、カリンと一緒に待っていて欲しいと頼むと快く了承してくれた。
『ネズミーランド』には、志摩家の使いが迎えに来てくれた。
「カリンお嬢様! クリスお嬢様!」
車が止まるやいなや、勢いよく助手席の扉が開くと、ミラノが飛び出てくる。
カリンとクリス姉を見ると、大きく息を吐いて、その場にへたり込んでしまった。
「心配かけて、御免ね。ミラノ」
クリス姉の言葉に、いつもの無表情になると、立ち上がり、一礼をする。
「お迎えにあがりました。お嬢様方」
やっぱこの人か。半蔵さんだ。お膳立ては万全ってやつなのかもしれない。
車で揺られ、志摩家の屋敷に到着する。
屋敷の大型駐車場には見たこともない黒塗りの多数の高級車が駐車していた。目的の人物達は既に到着済らしい。
カリン達はクリス姉の自室で女子会のようだ。カリンに、辰巳さん達と話しがあることを伝えると、終わったら直ぐに混ざるように約束はさせられたが、素直に従ってくれた。
半蔵さんに居間に案内されるが、向かう途中でベリトが転移してきた。何でも、《蠍》達の尋問が粗方、終了したらしい。尋問で得た情報は、この扉の中での会談では必須となる。念話で報告を受けようかと思っていたが、ベリトに実際に来てもらえればそれに越したことはない。
扉を開けて中へ入るが、以前、八神達ときたときとは、部屋内の絢爛さが桁違いだった。要人等の専門の客室といったところか。
「相良悠真様をお連れいたしました」
半蔵さんとミラノは、小さな礼をすると、入口の扉の前に控える。
部屋の中には大きな豪奢な円状のテーブルが置かれており、予想通りに三種類の人物が座っていた。
一つ目が、あのご老人を中心としたグループ。
丁寧に撫でつけられた白髪に、仙人のような長い顎鬚に鷲鼻。
志摩家の全実権を握る男――シマグループ総帥――志摩刹那。経済界はもとより、魔術界にも多大な影響を与えている御仁だ。何でも、その気になれば、大臣の首の挿げ替えすら可能というおっかない爺さんらしい。
周囲には、辰巳叔父さんに、ジェシカ叔母さん、志摩時宗、として、あの中年の不健康な肥満のおっさんが、この度の問題を引き起こした志摩菊治。老け顔だが、これでも辰巳おじさんより年下らしい。
俺の登場により、時宗が眉をピクリと動かし、菊治が不快そうに顔を歪めていた。
二つ目のグループが、金色の髪を肩ほどまで伸ばした優しそうな女性。身に着けている白色のドレスは、その雪のように白い肌にほか似合っている。脇にいるのは、同じく金髪で青色の絢爛な服を着ているイケメン青年。
両方とも最近テレビで目にする人物だ。俗世に疎い俺でも知っている。白色のドレスの女が、アシュパルの第二王位継承権者アナスタシア・アシュパル、青色服のイケメン野郎が、第一王位継承権者ビルフェズ・アシュパル。周囲に控えているのも、その絢爛な服装からも、かなりの身分なんだろう。周囲の志摩家の重鎮すらも若干萎縮しているようだし。
そして、三つ目のグループは、俺達のグループ。
八神、堂島、真八、蝮に、梟、ここまでは予想の範疇だからいい。だが、眼帯男ロキと獣人のウォルトがこの場にいるのは、予想外もいいところだ。なぜ此奴らまでいるんだ?
ちなみに、ウォルトは魔道具か何かで、耳と尻尾は隠しているので、少しゴツイ人間にしか見えない風体であり、この場の誰もが疑問に思っていないようだ。
ロキが、席から立ちあがり、いつになく仰々しく俺に頭を下げてきた。そして、ロキに習い、席から立ちあがり、俺に頭を下げる真八達。どうも、真八の様子が変だ。いつもの傲岸不遜ぶりは完璧になりを潜め、借りてきた猫のように大人しい。
「陛下、御足労、感謝するよ」
「炉貴叔父さん、その手の冗談は、マジで笑えないから止めた方がいいと思うぞ」
室内が一気に騒めき立つ中、真八が顔に掌を当てつつも、ごもっともなアドバイスをしてくれる。
それにしても、なぜ真八はロキを叔父さん呼ばわりするんだ? 意味不明過ぎて、ぐうの音も出ねぇよ。
「冗談とは人聞きが悪いね。それじゃ、僕が嘘つきみたいじゃないか?」
「むしろ俺は、叔父さんが、今の今まで、自身の虚言癖について認識してない事に驚いているんだがな」
「違うよぉー、真八、僕は嘘つきじゃない。ただ、真実をほんの少し湾曲して伝えているだけさ」
「それを一般には、嘘つきって言うんだと思うぞ」
うん、うんと、堂島が何度も首を縦に振っていた。その通りだ。それって、詐欺師の常套手段だし。
「それで、なぜお前がここにいるんだ?」
此奴らの漫才に付き合っているといくら時間があっても足りやしない。早く聞きたいことを聞くことにした。
「僕は愚息の代理だよ。あいつ、今、目下暗躍中らしくてね」
暗躍って、ストレートすぎやしないか……いや、それよりも、ロキの奴、さっき、猛烈に気になること言いやがったぞ。
真八のロキ対する態度と、炉貴叔父さんの言葉。そして、俺達の知り合いで現在暗躍中なのは一人だけ。加えて、地球の俺の仲間で、超常者もやはり、一人だけ。
「ロキ、お前、秀忠の親父か?」
「そうだよ。言ってなかったけ?」
『一言も聞いてねぇよ!』――それが、俺達の心を言語化した共通見解だろう。
比較的常識人の八神はヒクヒクと頬を痙攣させ、堂島に関しては蹲って頭を抱え込んでしまった。気持ちわかるぞ。秀忠が二人に増えたようなもんだしな。
「ヒデタダ殿は、ロキ様のご子息でしたか。どうりで……」
何ともいえない表情で、ベリトがそう一人ごちる。過去にロキに散々、振り回されたのだろう。いつも微笑を浮かべている顔には、うんざり気味の感情がありありと張り付いていた。
ベリトの気持ちは嫌っというほどわかる。ここまで似た者同士の親子を俺は初めて見たし。
「早く始めようぜ」
ウォルトが腕を組みながら、そう提案してくる。ウォルトの様子が変だ。どことなく、変質前の糞真面目な奴に戻った感じと言えばよいか。
「そうだね。それでは始めようか。それじゃ、陛下は僕の隣に座ってよ」
こいつ、俺を陛下で通すつもりか。まあ、今更、何を言っても無駄だろう。
真八の御蔭で、ロキの悪質な冗談だとの認識が大勢だ。違和感さえなければ、別に何と思われようと知った事じゃない。
「おい、貴様、ロキとか言ったな。私達は忙しい。貴様らの茶番に付き合う暇などない」
「ビルフェズッ!!」
金髪の美女――アナスタシアがビルフェズを叱責するが、馬鹿王子は、鬱陶しそうに口元を歪める。
「姉上、我らは誇りあるアシュパルの王族、しかも我らのいずれかが次期国王となるのです。その我らをこんな場所に呼びつけ、なおかつ見たくもない、遊戯を演じるとは無礼もいいところでしょう?」
「ここは、アシュパルではない。この国では、我らはあくまで余所者だ。態度を慎め!」
かなりイラついているのだろう。アナスタシアの表情は柔らかなままだったが、足の裏をリズムカルに床に叩きつけていた。
「それがどうしました? 王族の我らと、そんな貧相な餓鬼まで同席を許すとは――」
ロキがパチンと指を鳴らす。それは、瞬きをする僅かの間、揉み上げが長い青髪角刈りの大男が、両手でビルフェズの顔面を挟み持ち上げていた。
此奴は、確か、ロキのボディーガード。普段いるのに見かけないと思っていたのだが、姿と気配を消していたらしい。
部屋に入ってからの強烈な違和感は、この男のせいか。それにしても、今の俺にさえ不十分とはいえ、姿を偽るとは、よほど強力な隠密スキルを有しているらしい。
「ミッドガルド」
「……」
ミッドガルドは、無言で、ビルフェズを離し、椅子に座らせると、ロキの背後に移動し、直立不動で、後ろで腕を組む。
「ビルフェズ君、これは僕からの忠告だよ。陛下への不敬を許すのは、これが最後だ。次はない」
まったく、俺を利用して、この場の主導権を握ろうとするのは、マジでやめてもらいたいんだが。真八や八神はロキのその意図に気付いているのか、眉ひとつ動かさなかったが、堂島や梟はみっともなくオロオロしていた。
俺達は志摩家からも、アシュパル家からも、勢力としてすらみなされていなかった。このままでは、奴等は俺達の話に真の意味で耳を貸さない。
だから、組織の長たる俺の地位を強制的に引き上げることで、俺達全体の発言力の強化を図ったんだろう。
もっとも、それも俺達の力を最低限、判別できることが絶対条件。そして、他者の力を感知できない無能は、どこの組織にも存在する。
「半蔵、何をボーと突っ立っている!? ビルフェズ王子に無礼を働いたのだ。その者共を取り押さえよ!」
椅子から立ち上がり、俺達を指さし、捲し立ててる志摩菊治に、半蔵さんは、億劫そうに肺から空気を吐き出す。
「私が、炉貴様を? それは、不可能ですよ、菊治様」
「な!? 貴様、志摩家を裏切るのか!?」
「裏切り云々ではなく、不可能と申し上げたはずです。それに、ビルフェズ王子は、志摩家とは無関係。助ける義理などありますまい」
「志摩家の私が命じておるのだっ! 早くその不埒者共を捕えんか!」
「勘違いしておられるようですが、私が使えるのは、志摩家当主のみ。貴方に命じられる謂れはありません。お断りいたします」
丁寧だが、半蔵さんの明確な拒絶の言葉に、不健康で、福与かな顔を茹蛸のように真っ赤に染めて、さらなる罵倒の言葉を吐き出そうとするが――。
「菊治、おまん、少し黙っちょれ」
志摩刹那の静かだが、有無を言わせぬ言葉。
「し、しかし、父さん――」
「これ以上、一言でも許可なく口を開けば、この場から摘み出す」
「くそっ!」
志摩菊治は歯ぎしりをしつつも、席に腰を下ろす。助かった。志摩菊治は当事者だ。ここで、退場されては、この後の進行に差し支える。
「皆もいいねゃ?」
志摩刹那は、ギロととても爺さんとは思えぬ眼光で、志摩家を黙らせると、袖の中に腕を入れて再度口を紡ぐ。
「ロキ殿、この私がアシュパル王家を代表し、謝罪する。弟が済まなかった」
アナスタシアが立ち上がり、頭を下げて来る。ミッドガルドの行為について、驚いてはいるようだが、怯え等の否定的な感情はない。ロキの策を予想し、自ら乗って来た。そういうことだろう。見た目以上に、優秀な人物らしい。
「あ、姉上っ!!」
馬鹿王子が非難の声を上げるも、既にこの部屋の誰もがその言葉に耳を貸さない。そんな空気が充満している。
そろそろ、話を進めよう。
「お互い、暇じゃない。お互い腹を割って話そう」
「無論」
「当然です」
俺の提案に志摩刹那とアナスタシアも同意し、俺は口を開き、奴等の欲望の物語を語りだす。
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