第133話 ギルドハウス防衛戦(2) 東条円香
「私達、することないジャン」
円香は、元も子もない真実を口から吐き出した。
セシルの弓により、放たれた氷の矢が、木々を足場にしていた犯罪者達の四肢を凍結させ、バタバタと地面に落ちていく。
アイラが、木々の幹や枝を超光速で飛び回り、犯罪者達の腹部を穿ち、四肢を砕く。
グスタフの剛剣が一振りするだけで、犯罪者達が、上空へ舞い上がり、ベムの拳の衝撃波が、無防備となった奴等に突き刺さる。
ノックは、槍を高速で振り回し、柄で殴打し、その石突きで突き上げ、一撃の下で悶絶させる。
【鋼の盾】の一般メンバー達、警察組織からの出向組、児童達は、八雲の指示で、セシル達が行動不能にした敵の捕縛の役をメインに展開していた。
ほんの十数分で、円香達を取り囲んでいた二〇〇ほどもいた、犯罪者共のほとんどは、俗世での最後の眠りについている。
セシル、アイラがレベル23、グスタフ、ベム、ノックがレベル21。【鋼の盾】の一般が、平均レベル16。シド達子供達が平均レベル11。佐藤達、警察の出向組が、レベル12。しかも、皆、神話級の武具の完全装備。
戦力差があり過ぎて、戦闘自体成立していない。しかし、父――秀忠の予測では、この者達は、あくまで前座、真打ちは、他にいる。
「お前ら、一体、何なんだ……」
黒色のスポーツ刈りの男が、尻もちを付き、力なく肩を落とす。
顔半分の火傷に、高校生ほどの容姿、間違いない。この男は、SSランクの犯罪者――悪童。北米を中心に、政財界の要人や、マフィアの幹部達を次々に殺しまくっている世界でもトップクラスの暗殺者。
「投降しろ! 今なら、テロ対策特別措置法に則って処理してやる」
テロ対策特別措置法か。一応、今回の件をテロとして処理する気はあるらしい。多少安心した。
父や真八叔父さんが、目指すこの【トライデント】という組織の本来あるべき姿は、極東の【アトラス】。これは、現在ではなく、戦前の【アトラス】を意味する。即ち、敵対する存在の一切を灰燼と化す最強の力の塊。
明らかに、歴史に逆行するこの試みは、究極的には、『超常現象対策庁』と同種であるが、その想定している規模は桁が違う。
「わ、わかっ――」
悪童の首筋に光りの線が走り、その首から頭部がズレていく。鮮血がシャワーのように降り注ぐ中、悪童の頭部は、地面に無造作に転がった。
現れたのは、黒色の上下を着用した二〇人の男女。
この肌をヒリつかせる魔力、先ほどまでの雑魚とは格が違う。件の真打ちだ。
奴等の中心にいる長い髪を背中で一つに束ねている赤髪の優男が、リーダーだろう。
鑑定をしてみると――。
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『バフォメット』
〇説明:山羊の頭を有する冥界の大公爵であり、七二魔王第一〇席、【狂王】オズの宰相。
オズの加護により、闘争と狂気を司る。
〇Lⅴ:27
〇種族:悪魔族
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さっきまでとは、やはり別格だ。
「レベル20以下のものは、結界内で、退避」
聞くところによれば、この悪魔族なるものは、あのラヴァーズ同様、変身し、能力が跳ね上がるらしい。
つまり、こんなものじゃないってことだ。武具に我々に一日の長があるとしても、能力で差がありすぎる。このままではこちらに甚大な被害が出かねない。
「子供達は、アースガルドへ戻るジャン!」
悪童の首が落とされるのを現に目にし、血の気の引いた顔で、真っ青になっている児童達に、そう命令する。
「僕は、やれます!」
「あたいもニャ!」
肌を土気色にしつつも、セシルとアイラは、そう名乗りを上げる。
「ぼ、僕も――」
「「「「「駄目にきまってるだろ!」」」」」
シドもそれに習おうとするが、大人全員から即却下される。
「やれるんだな?」
「はい!」「うにゃ!」
八雲の問に、頷くセシルとアイラ。
「所詮、下等生物か。余興すら演じられんとは、どこまでも使えぬ生物だ」
不快に顔を歪め、バフォメットが頭部を失った胴体を蹴りあげると、その胴体は粉々に破裂し、悪童の残骸が地面に撒き散らされた。
「子供に見せるな!!」
八雲の激高に、弾かれたように、【鋼の盾】と警視庁出向組のメンバーは、全ての子供達と捕縛した犯罪者共をコテージ内まで連れていく。
「どうした、人間? 同胞が殺されて悔しいか?」
円香達を睥睨するバフォメットの瞳の中にあるものは、欲望でも、侮蔑でもない。それは、つい最近、あの地獄と化した会場でラヴァーズとかいう悪魔に円香達が向けていたのと同種の視線。
「いや、別に」
「だろうな。友を裏切り、情を踏みにじり、恩に唾を吐く。それが貴様ら人間という生物だ」
円香は、致命的な勘違いしていたかもしれない。このバフォメットとかいう悪魔は、先ほどの犯罪者共や、ラヴァーズとは根本的に思考回路が異なる。このバフォメットがこの戦争に参加する目的は――。
「トレンクスとやら、さっさと、我らに命じよ。これ以上の茶番など、害悪でしかない」
森の奥から姿を見せる野獣のような金髪の男。この者が、トレンクスだろう。
「バフォメットさん、いいのかよ?」
「若造が、余計な気を使うな。私は所詮、敗軍の将。使い倒されることこそ、相応しい」
「そうか……」
トレンクスは、下唇を噛みしめると、円香達をグルリと眺めまわし、空に向けて大口を開け、肺に空気を入れ始める。
トレンクスの身体が膨れ上がり――。
『グオオオオオオォォォォッ!!!』
突如、奴の口から咆哮が生じ、大気を振動させ、樹木を薙ぎ払う。
これを契機に、悪魔達はその獰猛な牙を、円香達に剥く。
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