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第132話 ギルドハウス防衛戦(1) 悪童


 SS級犯罪者(クリミナル)――悪童は、この集まった面子を見て、悪魔のダース(デヴィルズ・ダズン)という存在の恐ろしさを肌で感していた。

 そのほとんどが、レベル5以上の猛者ばかり。しかも、中には、レベル10以上のS級も存在した。そして、レベル14の悪童だ。この戦力なら、在日米軍とでも真面にやり合える。

まさに、羽虫が巨象に挑むようなもの。三〇分とかからずに決着はつくことだろう。

 部隊長のトレンクスから、犯罪者(クリミナル)共の指揮を任された悪童は、樹木の上から、目標のログハウスを見下ろしていた。

 ここからは、楽しい、楽しい、狂乱の時間。悪童達は、犯罪者(クリミナル)であり、裏社会の人間だ。裏社会の原理は、単純明快。

敗者は、勝者に全てを捧げなければならない。

敗者の持ちうる全ての財も、己の肉体も、命すらも、勝者に対する正当な供物。

敵の富は、欠片も残さず奪い取り、女はその肉体を十人分に堪能する。役に立ちそうもない男はいたぶった上で殺してやる。


(ああ、想像しただけで、血液が沸騰する)


 全身をブルッと震わせて、右手を上げる。この手を振り下ろしたときが、遊びの開始だ。


『諸君、時間だ。

第一隊、第二隊共に、攻撃を開始、第三隊はボスの指示に従え!

ボスの命だ。私が許す。殺し尽くせ! 壊し尽くせ! 奪いつくせ! 人間共に、恐怖と絶望と救いのない死を! 

開戦だっ!!!』


 頭内に響くヒエロファントの鬨の声に、右手を振り下ろし、一斉に犯罪者(クリミナル)達が、ログハウスへ殺到する。


 ログハウスに侵入しようとしたその時、薄い不可視の被膜のようなものに衝突し、犯罪者(クリミナル)達は地面へと落下する。


(これは、結界か?)


 地面に降りて、手持ちのナイフで切りつけてみるが、金属音と共に弾かれる。かなり強固な結界だ。解除までに相当手間取りそうだ。

 歯ぎしりをする悪童の前に気配を感じ、視線を向けると、数十人規模の集団が姿を現す。

 そのほとんどが人間だったが、中に耳が異様に長い女や、頭に獣耳をはやした女が混じっていることに気付く。

 

「悪童さん! ありゃ、憑人(つきびと)だぜ!」


 一人が己の欲望を隠しもせずに歓喜の声を上げる。

 憑人(つきびと)――幽鬼や、獣の魂などが入り込んだ人間の総称。奴等は、人間とは異なる特徴的な容姿を持ち、大抵大層美しい。そして、その能力も人間のそれを遥かに凌駕している。探索者協議会と国連が、世界の混乱防止や差別の助長の観点から、表向きには存在しないものとされている生物だ。

 大抵は幼少期に探索者協議会や国連により、保護されるが、稀にその目を逃れて、闇市場に高額で出回ることがある。


「あの男の恰好している(つきびと)は俺がもらう!」

「なら、俺は猫娘だな」


 刹那、下卑たる笑いを浮かべる坊主の犯罪者(クリミナル)の身体が吹き飛び、後方の樹木に叩きつけられる。


「は?」


 肩越しに振り返ると、坊主の犯罪者(クリミナル)は、粉々に破裂した樹木の上で大の字で横になっていた。ピクピクと痙攣していることからも、一応生きてはいるのだろう。

 

「セシル姉ちゃんを、汚い目で見るな!」


 黒色のローブの黒髪の少年が、セシルと呼ばれた耳の長い男装女を庇うように直立していた。


「シ、シド君、だから僕は男――」 


耳の長い男装女――セシルの異論の声は、


「シドの奴、男だねぇー、なあ、ノック?」


 中世の鎧姿の金髪中年男により、遮られる。

 今の時代、そんな動きにくそうなゴツゴツした防具を着る物好きなどいやしない。


(な、何だ、こいつら?)


 これは本能による警告だろうか。うすら寒いものが、悪童の全身を駆け巡り、この場から直ちに退避せよと勧告し始める。


「ええ、マジで若いっていいですよねぇ。俺も、あいつらの頃は――」


同じく鎧を着た黒髪のマッチョの男が賛同の言葉を述べるが、


「ベム、ノック、口を閉じろ! 戦闘中だぞ」


 モヒカン頭が即座に窘める。


「は~いよ」


ベムと呼ばれた金髪マッチョ男が、剣を構え、


「そうッスねぇ、男と女の浮いた話は、今晩にでも、酒の摘みにたっぷり、聞かせてもらいましょうか」


 槍先を悪童達に向け、顔から感情を消す。


「もう、ノックさんもぉ! 僕は男――」

「無駄ニャ、セシル。とっくの昔に皆、気付いてるニャ」


 セシルの肩に手を置き、薄っすらと同情の眼差しを浮かべながらも、首を左右に振る猫耳娘。

セシルは、暫し、肩を落としていたが――。


「よくも、余計な事を言ったな。許さない!」


キッと悪童達に射殺すような視線を向けてくる。


「どうにも気が抜けるが、お前ら、戦闘開始でいいか?」


 背後で腕を組んでいた精悍な顔付きの男が、呆れたような声色で疑問の声を上げる。


「八雲殿すまんな」

「いや、グスタフ殿が謝ることではない」

「あとで、こいつらには、真八様に特別鍛錬を頼んでおく」

「ちょ、ちょっと待て! グスタフ!」

「そうっすよ。俺達やる気満々ッスから! ほらこの通り!」

「八雲殿、始めよう」


 必死の形相で、器用に槍を振るうノックに目もくれず、モヒカン男――グスタフは、八雲に静かに告げる。


「そうだな。始めよう。俺達の戦争を!」


 奴等を中心に尋常ではない魔力の渦が生じ、上空へ竜巻のごとく巻き昇る。

このとき、悪童は自分達が何処に足を踏み入れたのかを魂から理解したのだ。



お読みいただきありがとうございます。

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