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第129話 デート歓喜


 店長に本日のバイトを午前中で終わらせてくれるよう頼むが、すんなり了承される。既に、補充要因は確保していたらしいし、秀忠あたりが、手を回していたんだろう。

 朝比奈先輩が、本日の作戦を知れば、自ら危険の中に飛び込んでいきかねない。今回の相手は、どう考えても先輩には荷が重い。店長に、先輩を《夢妙庵》のギルドハウスに今日一日、閉じ込めておくように頼んでおいた。

 休みの最終日ということで、明美や、クリス姉とその友達も交えて、遊びに行くことになったと伝えると、カリンは、飛び上がるほど喜んでいた。というか、実際にも、飛び跳ねていたような気もするわけだが。

 世界的な巨大テーマパークの『ネズミーランド』が作戦決行場所となる。

 この場所を選んだのは、カリンとフィオーレが一度も、この手の施設に足を運んだことがないらしいから。どうせなら、二人を楽しませてやりたいというのが、クリス姉と明美の意見であり、俺もそれに賛同した。

 


午前中は働くと伝えたんだが、一時間ほど働くと、本日のバイトを切り上げるよう店長から指示される。確かに、俺達が《バーミリオン》にいれば、奴らの襲撃を受ける危険性は増す。俺にも異論はなかったので了承した。

バイトには、俺と明美が出席していたから、三人で、『府道駅』まで行き、クリス姉達と合流し、『ネズミーランド』へ向かう。

電車の中では、カリンは俺とクリス姉の間の座り、終始、ご機嫌だった。

 カリンが、ここまで欣喜雀躍するとは、俺にも予想外だった。この数年、カリンは、俺やクリス姉と真面に、遊んだ記憶がない。それがきっと、要因の一つだろう。

 

「それでね、お姉様、(わたくし)、オムライスを作れるようになりましたの」


 クリス姉を見上げながら、この数日のバーミリオンでの成果報告をしている。


「そう。よかったね」

 

 カリンの金色のサラサラした髪を優しく撫でるクリス姉。


「うん!」


 ホント、仲良い兄妹だな。例え、血がつながってはいなくても、彼女達は姉妹。

 正直、カリンの出生のことをクリス姉に知らせるかは、迷ったが、俺は二人には知らせない事を選んだ。

 もしかしたら、直に彼女達は知るかもしれない。でも、その役目はカリン達の父母である辰巳おじさんや、ジェシカおばさんでなければならない。叔父さん達が、伝えていないことを、仲が良いという理由で、俺達が伝えるべきではあるまい。

 それに、カリンが誰から生まれようと、彼女は辰巳叔父さんとジェシカ叔母さんの子供であり、クリス姉の妹であり、ケント、マリアの姉だ。その事実だけは決して揺るがない。

 


 駅から降りると、『ネズミーランド』の巨大な隔壁が見える。

ネズミーランド東京――世界でも屈指の種類と質を誇る巨大アトラクション施設。

アトラクションも、世代を超えた様々な種類が取り揃えられており、施設内でのイベントも充実していることから、子供連れの家族から、恋人、仕事を退職した年配の男女にとっても、思い出を作るには絶好の場所となっている。


 チケットを買って入場する。連休の最後だけあり、凄まじい数の人で園内は溢れていた。


「あの列を並ぶのかよ……」


 俺の心の嘆きが漏れ、隣のフィオーレがクスリと笑う。


「どうした?」

「いえ、今のユウマさん、皆の前で話すときとは、別人のようでしたから」

「そう? ユウマってバイトでもこんな感じだぜ?」

「へー、どんな感じなの?」


 クリス姉の問に、明美は悪戯でも思いついた幼児のような顔になる。

 明美の奴、また、悪い癖が出たな。此奴、俺を揶揄うことに、異様な執着心あるから。


「いつも、女とイチャイチャついてる」


 吹き出しそうになった。それは、流石に語弊がありまくりだろう。


「明美、お前な、適当なこと言うな」


 なぜか、薄ら寒いものを感じて、拒絶しておく。


「仕事中、女と話してるのは事実だろ?」

「……」


 そりゃ話すさ。フロアが忙しくて、朝比奈先輩の手が離せないときには、俺がバイトのスタッフを指示するのが通例だし。


「先輩、その話、もっと詳しく」


 クリス姉が、満面の笑みで、そう明美に求める。


「目を離すと女と話してるし、この前なんて、新人の子に抱きつかれてたし」


 抱きついていたのは確かだが、それは天然のカリンだけどな。


「ユウちゃん……」


 クリス姉の笑みが、二割り増しになった気がする。もっとも、その瞳は全く肯定的なものが浮かんでいなかったわけだが。経験則上、こんなときのクリス姉は、かなりキテらっしゃる。


「あの……クリスさん?」

「後日、じっくり聞かせてもらうね」


 だから、その笑顔止めろ。マジで怖いから! 

 クリス姉の豹変に、明美はそっぽを向いて、口笛を吹き、フィオーレは苦笑いを浮かべている。この短期間で、クリス姉の暗い部分まで、熟知しているとは、想像以上に、二人は、クリス姉に信頼されているのかもな。


「ユウマ、あれ、なんですの?」


 そんな俺の窮地など、何のその。お転婆、天然娘が、俺の右腕にしがみ付くと、左手の指先を観覧車に向ける。


「あれは、観覧車だ? 乗りたいのか?」

「うん! お姉様も乗ろう!」

「そうね。乗りましょう」


 俺の腕から離れ、クリス姉の腰に抱きつくカリン。そのカリンの頭を、クリス姉は、暫し、目を細めて、そっと撫でていた。

 相変わらず、カリンには甘々な奴。


「早く、早く!」


 カリン、お前、幼児退行してるぞ! 

俺達は、カリンに引きずられるように、観覧車に向けて足を運ぶ。


                ◆

               ◆

               ◆


 四時間後、俺はヘトヘトになりながらも、女性陣のアイスを買うため、列に並んでいた。

 人見知りのカリンは、当初、フィオーレとあまり会話がなかったが、それも三〇分ほどすれば、『フィオーレお姉様』と呼び、会話に花を咲かせるようになる。フィオーレも、そう呼ばれるのにまんざらではないらしく、頬をだらしなく緩めていた。

 女三人集まると、そのパワーは圧巻だ。忽ち、俺はお嬢様方の従者の役目を負うはめになる。

 今は、クリス姉の命により、クレープ購入係を仰せ使っていた。まあ、カリン達は、視界に入る場所にいるし、俺が少し離れた程度では問題はなかろう。

 

人数分のクレープを購入し、踵を返したとき、黒服の女とぶつかり、女は尻もちをついた。

クレープと言えば、女の黒色のトップに、ベッタリついてしまっていた。


「わりい」


 謝罪の言葉を口にしつつも、ポケットからハンカチを取り出し、その女に差し出す。


「結構」


女は、右手を軽く上げて、立ち上がると、自信の胸ポケットに手を伸ばしたところで、俺と視線が合う。


「へ?」


口からは間抜けな声が吐き出され、思考が一瞬完全停止する。

少しきつめだが美しい顔に、水色のリボンをした黒髪のツインテール。それは、まごうことなき俺の元親友――朝霧朱里(あさぎりあかり)だった。


「ユウ! お前がなぜここにいる?」


 普段冷静な朱里にしては珍しく、凄まじい剣幕で、俺の胸倉を掴んできた。


「お前に関係ねぇだろ」


 朱里の両手を振りほどき、距離をとる。

 憎々しげに、俺を睨んでいたが、


「……今すぐ、ここを去れ」


 そんな自分勝手な言い分を押し付けてくる。


「指図される言われはないわな」


 これ以上話すことは微塵もない。クレープは、地面にぶちまけてしまった。とっとと、これの後始末をして、もう一度買い直そう。約一名、腹ペコで、唸っている奴いるし。

 ポケットと【アイテムボックス】を繋げ、ビニール袋を取り出し、地面にぶちまかれたクレープを掴むと、その中へと入れる。あとは、地面のアスファルトをハンカチで拭き取れば完了だ。

 俺が再度、クレープ売り場へ移動すると、朱里に回り込まれる。


「もう一度言う。ここを去れ!」


 朱里が激高し、何事だと、衆人環視の目が俺達に集中する。これ以上、目立つのは困る。

 朱里の奴、いつもはここまで強引じゃないはずなんだが。


「よう。悠」


 朱里と同じく黒服を着た金髪にピアスをしたチャラ男が、右手を挙げながら姿を現す。

 此奴もか。武帝高校一年Aクラス――鏑木銀二(かぶらぎぎんじ)。数少ない俺の友人だ。


「意外だな、お前らこんな場所に一緒にくる仲だったんだな?」


 俺の素朴の疑問の言葉に、銀二は、僅かに口端を上げ、


「何だ、お前、やいてんのか?」


 そんな阿呆なことを言いやがった。


「はあ? 何言ってんだ?」

「そう、ムキになるなって。気になっているのがバレバレだぜ?」

「喧嘩売ってんのか?」


 いつも気が利く銀二らしからぬ、台詞に、つい口調を荒げてしまう。

 銀二は突然、吹き出し、カラカラと笑う。


「こんなペアルックなんてあるわけねぇだろ。心配せんでも、俺達は生徒会の雑務でここにいるにすぎねぇよ」


 生徒会の雑務ね。そういや、文化祭がもうすぐだし、運営側が、『ネズミーランド』を参考にしても何らおかしくはない。ともあれ、俺には全くもって無関係な話だ。


「別に微塵も心配などしちゃいないんだが。まあ、いいや。じゃあな」


朱里を避けて、ごみ箱へ足を動かそうとすると、今度は、背中の上着を掴まれる。


「待てっ!」

「離せよ」


 いい加減にしつこいぞ。もう一度、拒絶の言葉を吐こうとするが、俺を掴む朱里の右手首を銀二が掴む。


「朱里、そのくらいにしておけ」


 銀二が朱里の耳元で数語話すと、朱里は小さな唇を悔しそうに震わせていたが、俺から離れると、踵を返し、スタスタと歩いていく。


「じゃあな。ゆっくり、デート楽しみな」

「デートじゃ――」

 

 俺の反論出など聞きもせずに、銀二は右手を挙げると、人混みに姿を溶け込ませる。

銀二の¨生徒会の用事¨の言葉、それ多分嘘だな。数日前なら気が付きもしなかったろう。だが、あの銀二の足運びの技術、明らかに普通の学生にできるものではない。とすると、銀二と朱里は敵か?

 いや、それは早計か。兎も角、油断は禁物だろう。

 まったく、朱里は兎も角、銀二は武帝高校でもトップクラスに仲の良い友達だ。何度、奴に助けてもらったかはわからない。その奴を疑わざるを得ないとは……この数日の繰り返しで、何とも荒んでしまったようだ。

 いいさ。それももうすぐ終わる。いや、きっと終わらせる!

 俺はゴミ箱に落ちたクレープを捨てると、今度こそクレープを購入し、カリン達の元へもどった。





 お読みいただきありがとうございます。

 ようやくここで冒頭の幼馴染である朱里と友の銀二が出てきました。最終章では、覇王同士のバトルロイヤルに密接に関わってきます。ご期待いただければ幸いです。

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