第125話 第二試練
新工房――ギルドハウスの自室へ戻ると、キュウが俺の肩に乗り頬ずりしてくる。抱き上げようとするが、身を躱して逃げてしまう。また、置いてきぼりにされるとでも思っているんだろう。どうやら、今日の冒険は意地でもついてくるつもりらしい。近頃、キュウには子守の役を任せっきりにしていたし、今日は、仕方ないか。
冒険のための準備をしていると、ウォルトから、《文字伝達》でメッセージが来ているのに気が付く。
『ウォルト――兄者、《滅びの都》の探索に行くぞ――《砂の迷宮――砂嵐前》で待つ』
ウォルトは、変質する前にも、第二試練の攻略は祖先の悲願と言っていた。今日、俺は、第二試練に挑む。変質したとしても、その願望を持ち続けているのだとしたら、奴にとってもメリットがあるし、俺も一人と一匹の冒険には無理があると思っていたところだ。断る理由はない。
《砂嵐前》とは、《砂の海》ゾーンを抜けた先のことだろう。
それにしても、異世界人であるウォルトには、ゲームのような俺の権能の扱いは、馴染めないはずなのに、既に、完璧に使いこなしている。異常な適用力のある奴だ。
「キュウ、行くぞ!」
「キュウ!」
嬉しそうに一声鳴くと俺の肩の上にチョコンと載ってくる。よほど嬉しいのだろう。九つの尻尾がブルンブルンに揺れている。
苦笑しつつも、《砂の迷宮――砂嵐前》へ転移した。
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このダンジョンの狂気は本日も平常運手中だ。
砂嵐の中、豆粒ほどの昆虫が俺達に殺到してくる。この昆虫は無論、通常の昆虫ではなく、レベル30の魔物。
防御力は低いから、《エア》の銃弾が当たれば弾けるが、如何せん。数が多い。殲滅弾はそう何度も、連射はできないから、《劫火》も加えて、全力で放ち燃やし続けているが、一向に減る気配がない。
しかし、此奴らがいなければ、とっくの昔に虫の餌だな。
皮膜の中からの俺の《劫火》と、ウォルトの第七階梯のスキル――《波拳掌》により、およそ、全方向において殲滅。僅かに漏れて殺到する虫達も、キュウの作った青色の被膜に防がれ、俺達の元へと辿り着く事は叶わない。
それ故に、俺とウォルトは、攻撃だけに集中できており、効率のよい害虫駆除が可能となっていたのだ。
もっとも、キュウの結界にも限界はあるし、何より、これから、第二試練のボスが控えているんだ。これ以上のキュウの消耗は控えたい。
「いい加減、この状況にも飽きた。先に進むぞ」
《起源回帰》を発動し、三〇分でこのゾーンを抜けて、第二試練の祭壇の間まで可能な限り進む。そこで、限界までレベルを上げてから、第二試練に挑む。これがベストだろう。
「了解だ。兄者」
片目を閉じ、俺は、《起源回帰》を起動した。
三〇分後、俺達は、白色の巨大建造物の前に辿り着いた。
あの、砂嵐の次は、灼熱の砂だったが、難なく突破することができた。というより、この《滅びの都》の魔物の強度は、俺の通常状態のレベルに基づき決定されている。だからだろう。《起源回帰》の最強モードと、それと真面にやり合えるウォルトには、全く障害にすらならかった。
《起源回帰》は今日あと、1回使える。
明日が俺達の勝負の日。ならば、《起源回帰》の三回はすべて残して置きたい。午後一一時に、第二試練に挑むこととしよう。
それまでは、レベル上げ。第二試練で、《起源回帰》が使用できない状態になることも考えられる。というか、ドーピングに頼り切った戦闘など、いつか必ず襤褸がでる。基礎的な強さは、今後最も求められるようになるハズだ。このエリアの限界まで上げおくのがセオリーだと思われる。
「暫く、ここでレベル上げをする」
「おうよ!」
俺の言葉に、頷くと、遥か遠方の砂漠で地響きを挙げながらも、悠然と歩く巨竜に向けて、ウォルトは疾走し、殴りつける。
巨竜は、凄まじい速度でぶっ飛び、砂煙とともに、遥か遠方へ消えていくのが視界に入る。
あいつ、暴れられれば何でもいいのか? 元のウォルトの面影、零じゃないか。今や、自他共に認めるバトルジャンキーだ。
なぜか、ウォルトの豹変にアイラがさほど違和感を覚えていないようだが、時間の問題だよな、これ……。マジで、頭が痛い。
「俺達も行くぞ、キュウ!」
「キュウ!」
小さな右手を天に掲げるキュウの頭を、数回撫でて、俺達の戦闘は開始される。
一〇時五〇分、俺とキュウのレベルが47、ウォルトの平常の49まで上昇する。
ウォルトは、自在に無敵モードになれるし、俺のように使用制限があるわけではない。だだ、基礎的なレベルの上昇に比例し、ウォルトの無敵モードの強さも明らかに上昇していた。多分、この現象は俺にも当てはまる。基礎的なレベル上げはやはり、最優先事項だ。
『レベル40へ至る条件』は、『自身よりレベル10高い魔物』を10匹であり、ここの場所にはそんな魔物など腐るほど存在したので、楽々クリアしてしまった。
俺の『レベル50へ至る条件』は、『覇王に勝利すること』。覇王などそうポンポン湧いてたまるものか。次の条件は正直、かなり難解だよな。
「準備はいいか?」
「ああ」
ウォルトが、珍しく神妙な顔で頷き、
「キュウィ!」
元気よく、吠えるキュウ。
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構造は第一試練とは大差ない。神殿のような造りに、広場の中央にある魔法陣とその中心の黒色の円柱状の物体。
第一試練との違いは、その広さが倍以上に増えていることだ。
右手の掌を円柱上面に置くと、赤色の輝線が走り、最奥の空間の床に半径数メートルにも及ぶ、幾つもの魔法陣が出現し、それら重なりあっっていく。
『挑戦者、《憤怒の王》とその眷属と確認。コード、099――第二試練――《ハレルヤ》
三〇秒後試練が開始されます』
眩い魔法陣から現れたのは、二柱の人型の存在。
一人が、大きな角をはやした水色髪の美少女。ほとんど裸のような露出度Maxな服を着用している。
二人目が、全身黒ずくめの男。顔には黒色の仮面をしており、その僅かに開いた両目の隙間から、赤色の瞳が俺達を静かに射抜いていた。
「お、お前ら……」
その二柱を視界に入れた途端、ウォルトは、雷に打たれたような、呆気にとられた不思議な顔をする。
「知り合いか?」
「まあな……」
その白昼堂々、亡霊でも目にしたかのような表情から察するに、ただの知り合いというわけじゃないんだろう。
「がうーー!!」
キュウの未だかつてない警戒に、咄嗟に、その女の一体を目掛けて鑑定を行使する。
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《ティアマト霊体》
〇説明:元《色欲の王》――ティアマトの霊体が一時的に本来の肉体を取り戻したもの。
〇能力変動値:
・筋力:1/100
・耐久力:1/100
・器用:1/100
・俊敏性:1/100
・魔力:1/100
〇Lⅴ:80
〇種族:覇王霊体
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元《色欲の王》ね。とすると、あの男も元覇王ってわけか。
「ウォルト、やりずらいなら、俺がやるが?」
この二柱、ウォルトとも知り合いのようだし、情が邪魔をして死なれても困る。
相手は覇王二柱だが、その程度、この狂いに狂ったダンジョンでは、十分、想定の範囲内だ。
それに、《起源回帰》で、複数の覇王にどれほど対抗し得るのか、試したくもある。
「馬鹿をいうな。あの黒いのは俺の獲物だ」
ウォルトの口端が吊り上がり、鋭い犬歯がむき出しにしながらも、そう俺に宣言してくる。
肌が赤くなり、額には二本の角が生えている。既に、戦闘モードに入ってやがる。こうなったら、止めても無駄だろう。好きにさせることにしよう。
とすると、俺の相手はあの女か。
「ああ、愛しい《憤怒の王》よ」
《ティアマト霊体》が、顔を恍惚に染めながらも、自身の身体を抱きしめる。
「お前とは初対面のはずだが?」
「何と、妾を覚えておらぬと?」
「まあな」
一応、会話が成り立つようでよかった。これ以上、無駄に妄想垂れ流されても反応に困る。
「そうか、つれない愛しき柱よ。だが、それもよい。愛の前には、互いの記憶など些細なこと」
「いや、流石にそれは無理スジすぎんだろ?」
「そう。愛し合う妾達に障害などない!」
駄目だ、聞いちゃいねぇ。前言撤回。此奴、会話ができない。しかも、アレな奴だ。違う意味で全力で逃げたいのだが。
「妾の全ては、其方のもの――」
「お前、いい加減に――」
「そして、其方の全ても、妾のものじゃ。
その目も、口も、四肢も、内臓も、心臓も、魂さえも、ぜーんぶ、妾だけのもの」
青色の瞳が縦に割れ、鋭い爪が伸びる。
薄気味の悪い笑みを浮かべながら、ゆっくりと近づいてくるティアマトに【エア】の銃口を向ける。
「ふがー!!」
キュウが全身の毛を逆立てて、唸り声を上げた。もっとも、俺の背中にへばりついた状態だから、威嚇の効果は皆無だろうが。どうにも、気が抜けるが、最終確認だ。
「俺は、お前を受け入れられん。とすると、お前は俺の敵だよな?」
「……」
無言の肯定をしてくるティアマトを視界に入れ、俺は、本日最後の《起源回帰》を起動した。
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「やっと、正気に戻ったか?」
「う、五月蠅い」
俺の問いに、ティアマトは、ふくれっ面で、そっぽを向く。
ティアマトは、元来、計算し尽くされたち密な戦術系魔術を得意とする。理性を失った状態では、その力の大半を生かしきれない。即ち、ただの高レベルな魔物と大差ないわけだ。
俺達の戦闘で、ただレベルが高いだけで、勝てるなら世話はない。そんな状態では、今の俺にすら勝てやしない。キュウがいる俺の圧勝だった。
「殺せ!」
「殺せも、何も、お前、既に死んでるだろ? 霊体だし」
「くそっ!」
ムググと唸りながら、俺に射殺すような視線向けてくるティアマト。
死んでも相変わらず、お子様な奴。そうでなくては、ティアマトじゃないわけだが、どうもこの姿、地球の誰かさんに猛烈にかぶるんだが。
「それはそうと、さっきのお前の痴態、それなりに楽しめたぞ」
「っ!!?」
みるみる、ティアマトの顔が、熟したトマトのように真っ赤に染まっていく。
「¨愛の前には、互いの記憶など些細なこと¨なんて宣ってたしな」
「や、止めろッ!! 貴様、それ以上言うな!
大体、貴様は昔から――」
雛鳥が親鳥に餌を強請るかのごとく、ギャーギャー喚き始めるティマト。いつも疑問に思うんだが、なぜ、こんな幼児体型のお子様が、《色欲の王》なんだろう?
まあいいさ。今は、それよりも――。
「で、説明はしてもらえるんだろ?」
「もちろんだよ。我が王よ」
右手を胸に当て恭しくも一礼してくる、眼帯の根性曲がりかつ性悪男――ロキ。
もうじき、《起源回帰》が解ける。そうなれば、俺はまた、主要な記憶を失う。いや違うな。うまい具合に、改竄された記憶のみを持つようになる。ここで、ロキに委細を聞いても無駄かもしれんが、やれることはやっておくのが俺のポリシーだ。
「それじゃ、まず、このダンジョンについてだ。単刀直入に聞くぞ。この《滅びの都》、創ったのはお前か?」
現代は、俺の生きていた古代神話の時代と比較し、魔導科学は明らかに退化している。神話級のオーパーツ程度でぶったまげている時点で、今のこの世界の住人に、このいかれた迷宮を作り出すことは不可能。ならば、創れる者など限られてくる。
「僕? くふっ!」
意表を突かれたのか、ロキは暫し目を見開いていたが、直ぐに、人を食ったかのような笑みを浮かべる。
「ん? 違うのか?」
「こんなふざけた構造物、僕に創れるわけないじゃん。僕ができるのは、精々、管理するくらいさ」
相変わらず、一々腹の立つ奴。何でこんな奴を主眷属にしちまったんだろ。昔の俺の選択に、罵詈雑言吐きかけたくなる。
ともあれ、此奴のペースに乗せられるのも癪だし、そんな時間もない。
「俺の今の状態わかってんだろ? 結論だけを言えよ!」
「はいはい、これを創ったのは、陛下さ」
「俺?」
「うん。まさか、今の陛下が忘れているとは、思いもしなかったけどね」
悪いが、全く記憶の片隅にすらない。というか、確かに、俺の記憶には抜け落ちている箇所が多い。てっきり、《起源回帰》の封印が完全に解ければ、次第に思い出すと高を括っていたわけだが。理由がありそうだな。
「迷宮の管理とは? 俺専用に、この《滅びの都》が変わったのはお前の仕業か?」
「いーや、僕にそこまでの権限はないよ。先日の《滅びの都》の変貌は、この未来を予期していた陛下自身があらかじめ組み込んでいたプログラムさ」
「つまり、この《滅びの都》は、転生後の俺の修行場だと?」
「そういうこと」
要するに、俺は近い将来滅び、再び人間として転生することを予期していた。そして、その修行のための場所として、このふざけたダンジョンを作成した。確かに、かつての俺ならやりそうな気がする。
「ティアマト達は?」
死人の魂を召喚、捕縛し、こんなクソゲームに強制参加させるほど、かつての俺も落ちてはいないはずだ。それだけは断言してもいい。
「彼女達は、そもそも、死んじゃいないよ。陛下と同様、現代に転生してる。その魂を少々、拝借して、洗脳し、この第二試練のボスにしたわけ。
だって、《起源回帰》発動中の陛下は、強すぎちゃって、通常の魔物など相手にならないでしょ? 簡単な試練ほど興ざめなものはないしさ」
そういう問題か? やっぱ、ロキの思考回路にはついていけん。
それにしても、ティアマトの奴、転生してたのか。
ティアマトをマジマジと見つめると、顔を紅潮させてそっぽを向く。はい! お子様、リアクションありがと!
「この試練、俺達がクリアしたわけだがどうなるんだ?」
遠方に視線を向けると、全身血だらけのベヒモスが、黒装束の男――元《怠惰の王》トールの雷撃をしのぎ切り、その鳩尾に激烈な右掌底を叩き込んでいた。
あれは、ベヒモス得意の内部破壊系のスキル。ピクリとも動かないトールから察するに、勝敗は決したんだろう。
「もちろん、陛下たちの勝利さ」
ロキが、パチンと指を鳴らすと、視界いっぱいに広がるテロップと機械音。
『《ティアマト》と《トール》の撃破――第二試練クリア確認。
――《改良》が《万物創造》へと進化いたしました。ただし、第一眷属は、引き続きその効果を享受し得ます。
――第一試練攻略の恩恵により、《憤怒の覇王》とその眷属のレベルは3ほど上昇します。
――《ティアマト》と《トール》の転生体での記憶の封印が、完全解放されました。
――《九尾の狐――キュウ》の称号が、《覇王のペット》から《覇王の相棒》へとランクアップしました』
アナウンスと同時に、《ティアマト》と《トール》の身体が発光し、光りの粒子となり、その姿は消失する。
「それでは、陛下、また」
右手を胸に当てるロキの姿が歪んでいき、俺の意識は真っ白な霧につつまれていく。




