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閑話 ギルド――三日月の夜  クリス

 ユウちゃんの反対を押し切り、《三日月の夜(クレッセントナイト)》というギルドに所属してから一晩開けた。

 東条秀忠さんが、次の月曜日まで、クリス達が学校を休むことにつき、親類を含め、関係各所を納得させた。カリン達にも、二日ほど、友人宅に泊まることになったと伝えられており、過度の心配していないらしい。

 それにしても、あの心配性のお父様達が、たった二日とは言え、クリス達が襲われた直後に外泊を認めたことが意外だ。お父様達と知り合いそうだったし、秀忠さんに弱みでも握られてるとか? あり得そうで怖い。

 

 コンコン!


 ドアがノックされる。現在、五時四〇分。朝食の時間だ。多分、フィオーレだろう。

 ちなみに、昨晩、早朝七時半には冒険に出るので、六時半には、四階の会議室へ集まるよう言われている。朝食は六時一五分には、済ましておこうと相談していたのだ。

 急いで扉を開けると、フィオーレと明美先輩が、笑顔で立っていた。

昨晩、女子会を開き、あの自分勝手な鈍感男に対する非難に花を咲かせた。明美先輩と溜まっていたこの二年間のうっ憤を全て吐き出した結果、先輩とも完璧に打ち解けた。



 この《三日月の夜(クレッセントナイト)》のギルドハウスの建物は、質素であり、装飾品などは一切おいておらず、日常に必要な最低限なものしか置いていない。

しかし、二四時間開いている食堂、大浴場、図書室、自室にはインターネットが完備され、ホテル顔負けのサービスも充実していた。正直、訪れると何かしらの不便を感じる家の別荘よりもよほど、住みやすく感じる。


 食堂で、モーニングセットを頼み、テーブルにつく。


「相変わらず、ここの料理、メッチャ美味いのな」

「ホントに」


 明美さんのそんな素朴な感想に、フィオーレが相槌を打つ。

 クリスも同感だ。

 モーニングセットは、パンにミルク、サラダ、ハムエッグという素朴なメニューだが。その料理の味は、行きつけの高級フレンチレストランすらも超えていた。

特にこのハムエッグのハム。頬がとろけそうなほど美味しい。


「それで、今日からダンジョン攻略始まるんだろ?」

「そうみたいですね」


 昨晩、少し聞いた話では、《三日月の夜(クレッセントナイト)》は独自のダンジョンを有している様子だった。今日はその初の挑戦だ。今までは、高校、大学の施設を利用しての冒険がほとんどで、現実のダンジョン探索は今日が初めてとなる。


「実際のダンジョン探索って初めてなんだよな」


 目を輝かせる明美先輩に、苦笑しつつも、美味しい料理に、舌鼓をうつ。


                ◆

               ◆

               ◆


 四階の会議室へ入ると、四童子八雲さんと、東条円香さんがいた。お二人とも、かなり顔色が悪い。何かあったのかと尋ねると、¨デスマーチ¨とだけ、返答してくれた。

暫し、首を捻っていると、八雲さんがクリス達を会議室の奥の小部屋へ案内してくれた、小部屋の中は、殺風景で何もものが置かれておらず、床に魔法陣が描かれている。

その部屋には、やけに尊大な物言いをする銀髪の幼女がいた。お人形のごとく、あまりに可愛いので、歓声を上げて、フィオーレと抱きつくが、八雲さんが咳払いをしたので、十分に堪能できなかった。非常に残念だ。

その後、八雲さんの指示で、その幼女の怪しげな儀式のお飯事(ままごと)に付き合う。

 銀髪の幼女に『何の魔法なの? お姉ちゃんに教えてくれるかな?』と尋ねるが、ギヌロと悪鬼のごとき形相で睨まれてしまう。おませさんな子だ。だから、構わず頭を撫でてあげた。機嫌は悪そうだが、拒絶の言葉はなかったことからも、内心ではまんざらでもないのだと思いたい。


 その後、会議室へいき、八雲さん達の説明を受ける。

 説明の内容は、正直到底信じられるものではなかった。


「異世界へと自在に行き来する扉に、一瞬で移動する転移? あらゆるものを収納するアイテムボックス? 朝っぱらから、冗談はやめてくれ!」


 揶揄われたと判断して、目じりを険しく吊り上げて怒る明美先輩に、円香さんが肩をすくめ、八雲さんは、首を横に振る。


「冗談ではない。真実だ。今話したのはお前達が得た能力のほんの一握り。各能力については、以後、適宜、説明していくつもりだ。

これが、お前達の武具。それを装備して、七時半に一階のリビングに集合して欲しい」


 昨日、秀忠さんからの指示で、自己の希望する武具と防具の説明書きをイラスト付きで提出している。

 八雲さん達は、憤慨する明美さんに一切構わず、幾つかの注意点を告げると部屋を出て行ってしまった。


 テーブルに置かれた、武具とやらが収納されている木製の箱を開けると、驚いたことに、全て昨晩、イラストで描いたものだった。

 説明書らしきものを見ると――。


(いやいや、これは流石にないでしょっ!)


 まさに、そこには非常識がウンザリするほど書き込まれていたのだ。

 黒色のズボンに白と黒の独特なデザインのトップを着用する。これは普段、クリスが鍛錬で来ている衣服を自分なりに、アレンジしたもの。

 ブーツを履き、両手にクリスの唯一の武器である白色のグローブを嵌める。

このグローブは、《文字魔術(ルーンマジック)》の性能と使い易さを極限まで高めたものだった。


――――――――――――――――――


【ワードマスター】


〇説明:第八階梯以下のあらゆる《文字魔術(ルーンマジック)》の奇跡を発動できる。

■言語化:《文字魔術(ルーンマジック)》を言語化し、発音することにより発動し得る。

ただし、第六階梯までの奇跡に限る。

■神威:第七~第八階梯の奇跡を発動可能。ただし、第八階梯の奇跡は一日一度しか発動しえない。

■所持者限定:所持者以外ではいかなる効果も示さない。

■状態異常無効:第七階梯以下のあらゆる魔術・スキルの状態異常を無効化する。

〇武具レベル:神話級

――――――――――――――――――


(流石にこれは……)


説明書に書いてあるのは、上記の能力だが、こんな機能あれば、それこそ、大問題となる。まさか、それはあるまい。

そう思いつつも、テーブルのコップにむけて、《封印》と呟く。

すると、突如コップは青色の被膜で覆われてしまう。


「う、嘘……」


 コップは、床に叩きつけても、ヒビ一つつかなかった。

 この馬鹿げた機能が真実であるとようやく脳が認め始めたとき、視界の片隅に複数のテロップが出現し、点滅しているのに気づく。

 恐る恐る操作して、自己の状態や、周囲の物を調査することができる鑑定や、自由にものを収納し得る【アイテムボックス】なるものがあるのが判明する。

 もはや、疑う気力すらもない。

 クリスにも、ユウちゃんや秀忠さん達が言わんとしていたことがおぼろげながらにわかったのだ。


                ◆

               ◆

               ◆


 午後六時――《滅びの都》魔の森深域草原ゾーン。


「フィオーレ、お前、レベル、幾つになった?」

「レベル9です」


 子供のように頬をほころばせて、尋ねて来る明美先輩に、即答するフィオーレ。フィオーレも、口元が緩んでいる。

 クリスももちろん、嬉しい。でもどこか、納得もいかないという不思議な感覚にとらわれていた。

クリスは、ユウちゃんとの昔の約束を叶えるため、一心不乱に、日々、血の滲むような鍛錬に費やしてきた。なのに、たった一日、遊びのような冒険に身を投げ出しただけで、レベルは数倍に跳ね上がってしまう。

これは今までのクリスの想いすら否定されたようで、どうしても全て受けいれるわけにはいかなかったのだ。


「クリスはどうだ?」

「私もレベル9ですよ、先輩」

 

 元気よく答えようとするが、どこか、ぎこちなくなってしまうのが自分でもわかった。


「私は、レベル11だ」


 胸を張り宣言する明美先輩に、円香さんは苦笑しながらも、クリスの近くまで来ると、肩に手を置き、柔らかな笑みを浮かべる。

どうやら、新米のクリスの気持ちなど、この人には、お見通しのようだ。もしかしたら、円香さんも、クリスと同様の葛藤があったのかも。


「明美、まだ戦闘中だぞ!!」


 八雲さんが叱咤の言葉を飛ばし、『やば!』と口からチロリと舌を出す明美先輩。


「八雲、そろそろ時間よ」


 円香さんが、腕時計をチラリと確認し、そう八雲さんに進言する。


「わかった。これで、本日のダンジョン探索は終了する」

「え~、もっとやれるって、八雲兄!」

「駄目だ。マスターから、俺の命令を聞かない場合は、無期限のダンジョン立ち入り禁止にしろと言い付かっている」


 明美さんは、『相良の奴!』と暫く口を尖らせていたが、夕食と聞き、機嫌は直ぐに改善した。



 何でも、八雲さんと、円香さんは、昨晩からほとんど寝ていないにもかかわらず、有給まで消費して、今日のクリス達の鍛錬のために、付き合ってくれたらしい。何度も、お礼を言った後、少し早い夕食を食べ、三人で大浴場に入る。迷宮探索の後のお風呂は反則だと思う。今日一日の疲れが軒並み、消えていくようで、最高に気持ちが良かった。

さっぱりした後で、今日の反省会という名の女子会を開いていると、《文字伝達》で、第三会議室まで移動するよう伝えられる。

 もう今更何が起きても驚きはしない。今日一日で、ユウちゃんのしでかす事に一々反応していては、精神と常識が持たない。それがよくわかったから。まあ、少々手遅れの感はあるのだが。


 第三会議室には、五人の男女がいた。

男性陣は、モヒカン頭という特殊な髪の男性に、金色の短髪男性、黒髪の男性だった。三人とも、筋肉質で、ユウちゃんとは正反対のタイプの人。

 もう二人は少女――。

 男装をした耳の長い少女を視界に入れた途端、意識が飛びそうになった。


「可愛いっ!!」


 近づき、もちろん、抱きつく。

駄目だ。どうしても、可愛いものが目に入ると、ハグをしたくなってしまう。

でも、今回ばかりは仕方ないよね。少女の男装など、反則もいいところだから。しかも、絵に出てきそうなほど綺麗だし。

クリスと同様の病に侵されているフィオーレも、猫耳少女を強く抱きしめていた。

猫耳に尻尾か~、モフモフして、気持ちいいんだろうな。

ああ、ホントこの子達、可愛すぎ! このまま、お家にお持ち帰りしたい!


「やめんか、変態共!」


ドゴッ! ボクッ!


「ぐぇ!」「ぐふっ!」


背後から、頭頂部をかなり強く叩かれて、涙目で蹲るクリスとフィオーレ。


「あー、御免、御免。この変態二人は、可愛いものになると豹変するから。気を付けるように」


 明美先輩の背中に、怯え顔で隠れる男装した少女と猫耳娘。その姿に益々琴線が刺激される。

 

「というか、お前ら、せめて、人間じゃないことに驚けよ!」


 ビシッと右手の人差し指を向けて来る明美先輩。


「そういえば……」

「そうですね」


 明美先輩に指摘され、直に頷く。

確かに言われてみれば、あの男装の()、人間にしては耳が長い。映画などにでてくるエルフみたいだ。

あのケモミミの()なんて、尻尾と耳だし、確実に人間ではない。心底どうでもいいけど。

意にも介さぬクリスとフィオーレに、先輩は今度こそ、大きな溜息を吐いた。


「もういいよ。秀忠叔父さん。彼ら、異世界人?」

「そうですよ」


 面白そうに傍観していた秀忠さんが、椅子から腰を上げる。


「私達を引き合わせて、何のつもり?」

「これから、貴方達は、同じギルドの仲間、顔合わせは早い方がいいでしょう。これから、作戦などで何度も顔を合わせますし」


「俺がグスタフ、此奴らが、ベムとノック。そこにいるエルフがセシル、猫娘がアイラだ。よろしく頼む」


 グスタフさんが代表して右手を差し出してきたので、私達を代表して、明美さんが力強く握り返す。


「ああ、私は明美。こっちの金色ポニーテールがフィオーレ、金髪、セミロングがクリス。

 みんな、悠真の知り合いだから、気楽に頼む」

「マスターの……」


 ようやく、男装のエルフの少女から警戒心が取れる。

ユウちゃん、どうやら、セシルちゃんとアイラちゃんから、よっぽど懐かれているらしい。昔から、ユウちゃんの子供からの好かれ具合は異常だから、意外性など皆無なわけだけど。


「それでは、私はこれで」


 秀忠さんが、部屋を出ていき、入れ替わりに、八雲さんが部屋に入って来る。

 自己紹介をしないところを見ると、既に互いに紹介は済んでいるんだろう。


「グスタフ殿達には、新たなギルドハウスができるまで、マスターから、このギルドハウスの一室が与えられる。自由に使って欲しい。

 無論、今まで通り、アースガルドの自室を使ってもらっても構わない」

「わ、わかった。感謝する」


 グスタフさんの表情がどことなく固い。ベムさん、ノックさんもかなり緊張している様子だ。


「これから、このギルドハウスを案内する。私達はグスタフ殿達を案内するから、明美達は、セシル君とアイラ君を案内してくれ」


 そういうと、八雲さんは、グスタフさん達を促して、部屋を出て行ってしまう。

 残されたのは、迷える子羊が二人。


「さあ、セシルちゃん、アイラちゃん、案内してあげる」

 

二人の小さな手を握り、ゆっくり歩きだす。


「ぼ、僕、男……」


 消え入りそうな声で、そんなあり得もしない嘘を吐くセシル。男装する理由でもあるんだろうか。まっ、そんなのどうでもいいんだけど。だって、可愛いから。


「クリス、ずるいよ!」


アイラの右手を掴むフィオーレ。いくら親友だといえど、これだけは譲れない。

あっという間に、綱引き状態となってしまった。


「い、痛いニャ!」

「駄目だこりゃ……」


そんな、明美先輩の心底呆れたような声が聞こえたような気がした。




次回から物語が動きます。もうじき、最終章に突入するので、もう少し御辛抱ください。結構いい感じにまとめられたかも。

それでは!

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