閑話 それぞれの道 佐藤
「隊長、上層部の意図って何なんですかね?」
高速で通りすぎていく周囲の樹木を車の窓から眺めながら、佐藤敦は呟いた。
「さあな」
後部座席で、棟方歴隊長は、帽子をアイマスク代わりにしながらも、不機嫌そうに答える。
警視庁魔技特殊急襲部隊に所属していた、敦と棟方隊長は、今朝、警察庁の人事課から呼び出された。
人事課長は、《三日月の夜》とかいう聞いたこともないギルドへの出向を命じて来たのだ。
そして、その出向の内容は、ぶっとんでいた。
第一、三年間、指定された民間ギルドに出向する。
第二、その際、公務員としての一切の権利や義務が停止する。給与や待遇等は、民間ギルドの規定に従う。
第三、三年後、公務員として復職する。その際、二階級特進する。
第四、命令は拒否し得る。ただし、拒否した場合、二度と同場所への出向はできなくなる。
三年間勤め上げるだけで、二階級特進だ。敦は警部補だから、三年後には夢の警視。上層部の思惑は予想もつかなかったが、受けないという選択肢はなかった。
(それにしても、とんでもなく、辺鄙なところだな。こんなところで、本当に探索者の仕事なんてあるのか?)
風景がさっきから、木々しか視界に入らない。上層部はこんな山奥で敦達にサバイバルでもさせるつもりだろうか。
ようやく、車は一軒のログハウスの前で止まった。
そのログハウスは、小さな警察署ほどはある建物だったが、周囲には訓練できるような場所は見当たらない。
車を降りると、運転手が、ログハウスに入るように指示してくるので、扉を開けて中に足を踏み入れる。
それから、執事服を着た初老の男性に四階の広間まで案内される。
会議室には、既に先客が一〇人ほどいた。簡単な自己紹介をすると、驚いた事に、警視庁捜査一課、二課から数人、残りは全て所轄からだった。益々、上層部の思惑が読めなくなったとき、ある男が入って来る。
それは、探索者協議会から出向しているはずの蝮と梟だった。
彼らの非常識さは、合同戦闘訓練で、嫌っというほど味わっている。
彼らが、教官役なのだろうか? だとすると、ここに集められたのは、特殊部隊の新たな編成か。それなら、二階級特進にもまだ辛うじて納得はいく。
それから、ギルド――《三日月の夜》について、いかなる秘密も漏らさない旨の制約書と、その秘密を漏らしたことを条件とした、ギルドについてのあらゆる記憶の喪失の魔術をかけられた。
その後、蝮は、ギルドについて説明を始める。
前提条件として、ギルド――《三日月の夜》は異世界の交通権を持つ。
ギルドマスターたるユウマ・サガラの眷属たる蝮と梟のいずれかと契約した上で、以下の職務を遂行する。
一つ、原則として、異世界にあるダンジョンでの一定時間の鍛錬と素材の収集。
二つ、異世界での商売と情報収集・操作。
三つ、ギルドに敵対する勢力の排除。
労働時間は、午前九時から、午後六時まで。昼休憩は、家へ転移しても構わない。
給与は、当初、警察官のときの給与に、ダンジョンでの素材の換金代を加えたもの。
職務内容自体は、上記三つの事項を遂行さえすれば、自由にやってよい。事業の調子に合わせて、今後、基本給与は決定する。
内容が、あまりに非現実的過ぎたせいか、皆、ポカーンとした顔で聞いていた。
この時までは、マスコミを巻き込んだ、ドッキリ等の質の悪い冗談の類だと本気で疑っていたのだ。
しかし――。
「Aー1、そっち、行ったぞ!」
「了解!」
草原で、二本の牙の生えた牛の最後の一匹の首を落とす。
「終わったぁ!!」
本日のしんどいノルマが、終了し、Aー1こと、敦は、思わずガッツポーズをしながら、空に咆哮した。
「魔石と素材を採取したら、冒険者組合で換金し、ギルドハウスへ帰還する」
棟方隊長の言葉を契機に、全隊員が、地面に伏した肉を捌き始める。
報告では、この牛の肉は、とんでもなく美味いらしい。どういう仕組みかは、さっぱりだが、蝮の説明では、ここの魔物は、一定サイクルで、復活するらしいし、絶滅の危険性もない。
(さーて、今日の最後の仕事、張り切っていきますか!)
◆
◆
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ピノアと呼ばれる異世界の町の冒険者組合で、今日とれた魔石の一部を換金する。
その換金した金貨と銀貨を、ギルドハウス内にある専用の魔導機械に入れると、あら不思議、不純物を除去された金や銀の延べ棒が出来上がり。
その延べ棒と、牛の肉の利益の全体を、日本円に換金する。その後、本日獲得した利益の量により、今日のチーム当たりの臨時報酬額を決定される。驚いた事に、たった一日で、一人四万円を手に入れる事になった。
今は、皆で、ギルドハウスの三階の食堂で、少し遅い夕食を食べている。今日知り合った一風変わった仲間達と、交流を深めたかったのだ。
妻と子供には、今日は飲み会で遅くなると伝えているし、抜かりはない。
「でもさ、俺達、マジ、ついてるっすよね?」
この敦の不謹慎な言葉にも、いつも節度に口うるさい棟方隊長すらも、相槌を打つ。
「まあな、民間の弱小ギルドに三年間、出向しろと言われた時には、マジでリストラのためのこじつけか何かと思っていたが……」
「ですね。俺、たった一日で、レベル8まであがったし」
そう。敦のレベルは、たった一日の鍛錬で、4から8へ上昇している。これだけでも、探索者ならいくら金を積んでも得られぬ極上の奇跡。
もっとも、レベルの概念は探索者だけの秘蔵の知識。探索者でもない面子にはピンと来ないかもしれないが。
「しかも、逆に、臨時報酬として、四万円も貰えるとはなぁー」
「あまりの気前の良さに何か裏があるのではと勘ぐってしまいますね」
皆、異論はないらしく、激しく頷いていた。
「でも、なぜ、魔石とやらの一部売却なんですかね? そもそも、地球の商品を異世界で売却すれば、もっと効率的に金貨を集めれられるんじゃ?」
敦も、それは疑問に思っていたところだ。敦達、戦力の増強がメインで、ギルドとしての利益追求がどこか中途半端なのである。
「金や銀などの貴金属の価値の変動を避けるためだと思うんだな」
おかっぱ頭のぽっちゃり気味のメンバー――二利が、料理をつついていた箸を止める。彼は、所轄の会計課からの出向組だ。
何でも、会計課の課長に、警察組織の独自の資金調達の必要性との方法のレポートを提出した直後、このギルドへの出向を命じられたらしい。
「どういう意味だ? 詳しく説明しろ?」
「ボクらが地球の物を異世界で販売し、大量の金貨を得て、地球で売却したらどうなると思う?」
「地球の金が増え、異世界で金は不足する?」
「そう。地球で金の価格が下落し、異世界では逆に高騰する。結果、地球と異世界の両方の経済は混乱する。特に、異世界の経済は地球以上に大打撃を受けるはず。
我がギルドは、地球と異世界との交通権を完全支配している。地球での経済活動のみを保護し、異世界をないがしろにするなど、愚の極みなんだな」
確かに、これ以上の経済的発展が大して見込めない地球で一時的な利益を得るために、土地と富に溢れている異世界を犠牲するなど阿呆のすることだ。
「そうか。だから、魔物の素材集めがメインなわけだな?」
「うん。異世界で取り入れた貴重な物を、改良し、地球で販売する。
ある意味、経済が完成している地球なら、貴金属でもない限り、混乱は生じない。寧ろ、貯め込んでいた資本が市場に大量出回り、地球の経済は著しく活性化する」
「なら、あの金の延べ棒は?」
「おそらく、地球での資金源確保の観点からの一時的な処置なんだな。地球で事業を始めるにしても運転資金は必須だろうし」
「でもさ、ならなぜ一気に魔石を売らなかったの? 地球での運転資金が必要なら、今は全部売った方が得策なんじゃ?」
「それはおそらく――」
「魔石独自の価値があるからさ」
気が付くと、梟が、料理のトレイを持って背後に立っていた。
「やはり、そうなんだな。あのような、美しい天然の鉱物、価値がないはずないんだな」
二利が、興奮気味に眼鏡をクイッと中指で上げる。
「魔石は、見た目の美しさだけではない。見ていろ」
梟は、【アイテムボックス】から、紫色の魔石を取り出すと、床に魔石を置き、人差し指で触れる。
「この魔石、一見してただの石だ。だが、こうして一定量の魔力を通してやると――」
人差し指で魔石に触れていた紫色の魔石は、忽ち、数メートルもの盤上へと変化する。
「このように、形態や容積すらも自在に変えることが可能だ。しかも、この石、超高密度なエネルギー体らしくてな、応用すれば、電気やガス等の代わりにすらなる」
言葉もでない。あの綺麗なだけの石ころに、それほどの可能性があったなど、誰が想像がつく?
「もっとも、それだけならただの便利な石だし、程度の差こそあれ、この異世界アースガルドの人々もその可能性自体は認識している。
我らにとってのこの魔石の真の意義は全く別にある」
「真の意義?」
まだ、あるってのか? 自在の形態変化に、新エネルギー源候補。それだけでも無限の富が得られるといっても過言ではない。その上、まだ真打がある?
「ああ。見せた方が早いな。おれは俺がマスターから賜った《改良》という能力だが……」
紫の魔石を元の小石程度の形態へと戻すと、席に座り、テーブルに魔石を置く。
次いで、テーブルのフォークを掴み、魔石に付着させる。魔石はフォークに吸収され、一瞬光り輝くと、白銀色のフォークがテーブルに現れる。
形態は元のフォークのままだが、色は美しい白銀色に染まっている。
「このフォーク、鑑定で、調べてみろ」
梟に促され、今日獲得した【鑑定】の能力で解析を開始する。
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【癒しのフォーク】
■説明:以下の効果を有するプラチナ製のフォーク。
・HP回復:フォークで刺した料理は小傷を回復する効果を有するようになる。
■武具クラス:中級
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ただの市販のフォークをプラチナ製に変えてしまうのも大概だが、それ以上に、フォークで刺した料理を回復薬に変えるフォーク……。小傷は、掠り傷や骨のヒビ等の傷と、今朝教わった。ならば、これは――。
「このフォーク、オーパーツ……ですか?」
「このギルドにいれば、オーパーツなどという無形の言葉が、どれほど意味のないものかを知ることになる」
疲れたように笑いながら、梟はそう告げた。
兎も角、現に目にしたんだ。魔石は、オーパーツの材料となる。ならば、その価値はまさに天文学的なものとなるだろう。
「でも、それは販売できないんだな」
二利のいう通りだ。こんな国宝級の食器など、値段自体付けようがない。
「俺達もそれは熟知している。考えはあるさ」
そうか。このギルドは、発想が逆なんだ。どうやって、性能や機能を高めるかではなく、どうやって品質を落とさず、性能や機能を売り物になるレベルまで落とすか。
「その能力、将来、ボクらも貰える可能性はあるだな?」
「それはお前達次第だ。まだ、お前達は仮のギルドメンバーに過ぎない。真のメンバーとみなせるまで、我が偉大なるマスターと会せるわけにはいかぬ」
そう告げると、梟は黙々と料理を平らげ、今から夜間の鍛錬があるからと去っていった。
「お前ら次第か……」
要するに、マスターに会うまでは、真の意味では、敦達は、このギルド――《三日月の夜》のメンバーとは認められない。そういうことだろう。
「敦、俺はやるぞ」
「ええ、俺もですよ」
棟方隊長の言葉に、精一杯力強く返答する。
これは本能だろうか。この三年間が、敦にとって、一生忘れられないものとなる。そんな気がしていたんだ。




