第121話 八戒同義 堂島
地球――《三日月の夜》――堂島美咲の仮眠室
「……はい……降りていきます」
そう答えると、耳に当てていたスマートフォンをベッドに放り投げ、未だにぼんやりする頭を覚醒させるため、近くの机に置いてあったペットボトルを掴み、お茶を飲み干す。
脇の時計に目をむけると、午前一〇時半を示していた。
(まだ、三時間しか寝てないじゃない!)
美咲はナポレオンではない。連日連夜、徹夜で命懸けのデスゲームを強行させられれば、体力はもちろん、精神もゴリゴリ削られる。とても三時間の睡眠で足りるはずがない。
とは言え、あの四童子幕僚長が午前中の仮眠を与えてくれただけ、ある意味奇跡であるのも事実。
美咲達に午前中という比較的長時間の仮眠が与えられたのは、無論、美咲達の体力を慮ってのこともあるのだろう。だが、最も大きな理由は、昨晩の事件で美咲達の存在が敵に明確に知られてしまった以上、過剰に捜査本部のスパイに気を遣う必要がなくなったことが大きい。
当然、捜査本部のスパイは美咲達の詳細な情報を得ていることだろう。そんな状況で、寝不足のまま出勤するなど自殺行為に等しい。そんなところか。
まあ、午後にはスパイに見張られたままで仕事をする羽目になるわけなんだが。
キリキリ痛む胃を抑えながらも、支給された制服に着替える。この全身黒色の軍服は、組織のカラーらしく、昨晩、四童子幕僚長から支給され、作戦行動中は試着するように命じられている。この制服、どこぞのアニメに出て来るようなデザインであり、正直、センスを疑う。
一階のリビングへ降りていくと、案の定、八神管理官を始めとする他のメンバーも、大きな欠伸をしながら、珈琲や紅茶を飲んでいた。
四童子八雲と東条円香がいないのは、きっと今もデスゲーム中なんだろう。本当にご愁傷様だ。
「おはようございます!」
姿勢を正して、挨拶をし、席に着いた。
それから四童子幕僚長が現れ、部屋の天井から吊るされた大きな画面で、ある映像を見せられたわけだが……。
(じょ、冗談じゃないっ!)
堂島は、この狂った死闘が始まってからもう幾度目かになる悲鳴を飲み込んだ。
昨晩もなされたデスマーチにより、少しばかりは、相良君に近づけたと思った自分は、実に滑稽だ。
「四童子さん、あれって、下手すりゃ、八戒以上なんじゃ?」
「あ、ああ……」
蝮の独り言にも似た呟きに、四童子幕僚長とは思えぬ覇気のない返答をする。
その幕僚長らしからぬ振る舞いも、今度ばかりは心底理解できた。
相良君を、美咲達は、人を超えた超人類程度にしか見てはいなかった。
でも、それは致命的な勘違い。《八戒》をも超える世界を粉々に壊しかねない程の破壊の化身。彼の存在こそが奇跡であり、その起こす事象は天変地異に等しい。
しかも――。
「あのウォルト・サナダは、私達のギルドに入ると考えてよろしいので?」
「そうなるな」
あの戦闘から察するに、相良君とウォルト・サナダは、《八戒》クラス。つまり、我らは、二人の《八戒》を獲得したことになる。
「これなら悪魔のダースなど――」
「そう甘くはありませんよ」
美咲の言葉は、音もなく背後から現れた相良君とは全く別方向の怪物により即座に否定される。
「秀忠、甘くはないとはどういうことだ?」
四童子幕僚長の言葉に、薄気味の悪い笑みを浮かべる東条官房長。
「元より、悪魔のダースなどの小物など、大した障害にはなりません。問題は、蟲の背後にいる者共です」
悪魔のダースは、裏社会の帝王と言われる殺人ギルド。小国程度なら真面にドンパチし得るほどの武力を有する。それが、小物? もう頭がおかしくなりそうだ。
「『者共』ってことは、悪魔のダース以上のバケモノが複数いるってのか?」
悪鬼でさえも裸足で逃げ出す兇悪な表情を顔面に漲らせながら、四童子幕僚長は東条官房長を振り返る。
「おそらくは」
「くはっ! それは面白いな!」
面白い? 断言してもいい。この人達、マジものの気狂いだ。
「同感ですね」
「所謂、バケモノ同士のデスゲームってやつか?」
「というより、死のバトルロワイヤルの方がより正確ですねぇ」
死のバトルロワイヤル……全く笑えない。
「それで、いつ動く?」
「おそらくは、明日」
「場所は?」
「東京」
「そ、そんなっ!!」
この東京で、あの相良君と真面の戦えるような相手が複数で暴れまわる? そんな事態になったら、この東京は文字通り死の都市となる。
「それと、これは蛇足ですが、悪魔のダースによる嫌がらせでしょうね。東京にAクラス以上の犯罪者共が続々と集結しています」
その東条官房長の言葉に、美咲は今度こそ、事態は最悪目下進行中であることを魂の底から実感したのだ。
もうじき、この数日間の悪夢は終わります。その後は、フィナーレに向けて、爆走します。そう長くなく完結となる予定です。中途半端には終わらないので、ご期待いただければと。
ラストは結構意外かも。
※最終章は、ほぼ主人公視点しか出てこないので、もう少し、御辛抱ください。(暇な時に今までの章わけします)




