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第120話 羨望光景 セシル

 話をより分かりやすくするための補強の話ですので、時間の無い方は、この話は読み飛ばしてもいいかもしれません。

 

 ピノアは、異様な熱気に包まれていた。

 ――普段なら、屋台で威勢の良い掛け声を上げている果物屋の店主も。

 ――広場で仲間達と遊んでいるはずの子供達も。

 ――《滅びの都》で、命がけの冒険を繰り広げている一流の冒険者も。

 ――俗世の街中に滅多に出てくることがない超常者(イモータル)達も。

 ピノア中の人間種、超常者(イモータル)が道端や、屋根に上り、上空の映像につき目を皿のようにして眺めていた。

 空に映し出されているのは、二人の怪物の潰しあい。

 セシル達のギルドマスター――ユウマ・サガラと、アイラの兄――ウォルト・サナダは、お互い防御など一切無視した攻防を繰り広げていた。

 二人が拳を振るうたびに、大地が陥没し、大きな亀裂が入り、抉られ、空に舞い上がり、粉々に砕かれる。

 互いの拳の出す衝撃波だけでこの威力だ。実際に、殴り合っている二人の負荷は相当なものだろう。

 二人は既に怪我していない箇所など存在しないほどズタボロの状態であり、まさに、互いに満身創痍の状態。

 そんな目をそむけたくような凄惨な光景のはずなのに――。


「「「「「ユウマ! ユウマ! ユウマ!」」」」」

「「「「「ウォルト! ウォルト! ウォルト!」」」」」


 ピノア市街に響く大声援。

 あるものは顔を上気させ、あるものは感極まって涙を流しながら、あるものは大地を踏みしめながら、マスターとウォルトさんの名を叫んでいる。

 文字通り、地鳴りのようなコールがピノア中の建物を揺らし、大気を振動させていた。


「ウォルドー!」


 アイラちゃんが泣きながら、ウォルトさんに声援を送る。

 ギルドゲームで他チームの声援など本来、許されるものではない。そのくらいアイラちゃんだってきっとわかっている。なにせ、この勝負にマスターが勝利すれば、ウォルトさんは悪逆ギルド《炎の獅子》から救い出せるんだから。

 でも、あんな嬉しそうに殴り合う二人を見ていたら、そんなギルド間のしがらみなど忽ち彼方に吹き飛んでしまった。

 今あるのは、この勝負の行く末を見てみたい。ただその一点のみ。

 

 マスターがよろめきながらも、ウォルトさんの胸部へと右拳を穿つ。直後、硬直するウォルトさんにマスターの閃光のような左の拳打が放たれるが、ウォルトさんは背を仰け反らせてそれを避ける。

 冗談じゃない。体勢を崩した状態へのマスターの渾身の一撃だ。素人のセシルから見ても、避けようがないはずなのに。

 ウォルトさんの両目が黄金に怪しく光り、岩石のような右拳がマスターの顔面目掛けて高速で突き上げられる。

 マスターはその右拳を鼻先スレスレで避けると、引き絞った右拳をウォルトさんの顔面に叩き下ろした。

 時間が停止したかのように、静まり返るピノア。


 伏すウォルトさんに、マスターは、右拳を夜空に掲げ、


「俺の勝ちだ」


 そう宣言した。

 直後、ピノア中に轟く嵐のような大歓声。


「セシル、アイラ、マスター達を迎えに行くぞ」


 気が付くと、グスタフさん、ベムさん、ノックさんの三人がセシル達の脇に佇んでいた。その気色ばんだ顔からも、この死闘に魂を持ってかれた一人だろう。


「うにゃ!」


 顔を涙でグシャグシャにしがらも、笑顔で頷くアイラちゃん。セシルも無言の同意をして、裏路地から、荒野へ転移する。


                ◆

               ◆

               ◆


 荒野前には先着がいた。傷一つない状態で横たわっているマスターとウォルトさんは、彼が癒したんだろう。

 ヒデタダ・トウジョウ。《三日月の夜(クレッセントナイト)》のギルドメンバーではなく、マスターの配下を自ら名乗っている。

 内心を独白すれば、セシルはこのヒデタダさんが恐ろしい。むろん、マスターへの忠誠心はとびぬけているし、セシル達に敵意は一切ないことも理解している。

 でも、僅かでも関われば否応でもわかってしまう。彼は情より、実を取る人。

 仮にこのギルドゲームで、セシル達のギルド――《三日月の夜(クレッセントナイト)》が敗北しても、遠くない未来に、《炎の獅子》はこのピノアから欠片も残さず消滅していたことだろう。そして、きっとそれはギルド長であるネメアに、最も残酷な方法によって。

 要するに、ネメアが、《三日月の夜(クレッセントナイト)》に手を出した時点で、いや――マスターであるユウマ・サガラに敵対した時点で、ネメアの最後は決定していた。後は、程度の問題にすぎない。


「グスタフ、マスターとウォルトを連れて、ギルドハウスに戻っていなさい」


 眼鏡を中指で押し上げると、静かにそう命じて来た。


「了解した」


 グスタフさんの了承の言葉を最後に、ヒデタダさんはこの場から姿を消してしまう。

大きく息を吐き出すと、ベムさんがセシルの頭に乗せ、掌でポンポンと軽く叩いてきた。


「さっ、ギルドに戻るぞ。やることは山ほどあるしな」


 その通りだ。ピノア中の人達が、《三日月の夜(クレッセントナイト)》という存在をこの度、認識した。ギルドの加入希望者は今後、爆発的に増えるはず。それに、仮のギルド登録をした《民聖教会》の子供達の今後もある。


「はい!」


 そう元気よく答えると、心配そうな顔で、ウォルトさんにしがみ付くアイラの手を引き、ギルドハウスへ戻る。


                ◆

               ◆

               ◆

 マスターとウォルトさんをギルドハウスの二階の各部屋のベッドに寝かせる。グスタフさんに、ウォルトさんの看病を指示されたアイラちゃんは、そのベッドの傍の椅子に座ると、心配そうに、ウォルトさんの寝顔を眺めていた。

 リビングへ行くと、《民聖教会》の子供達が、修道服を着た二十代前半の黒髪のシスターに抱きついて、声を上げて泣いていた。

 よかった。シスターアンジェは、無事に解放されたんだ。


「セレーネ様、ただ今戻りました」

「うむ」


 感受性豊かなセレーネ様のことだ。マスター達の出鱈目な戦闘を目にして、また真っ白の灰になっているかと思っていたんだけど。


「セレーネさんは、マスター達の戦闘見なかったんですか?」

「大層盛り上がっているようだし、妾も見たかったんじゃなが、ヒデタダ殿から、アンジェの釈放の手続きを頼まれての」


 妙に上機嫌なセレーネ様に、喉に刺さった小骨のような違和感が湧く。


「《三日月の夜(クレッセントナイト)》の皆様方ですね。私は《中央聖教会》司教――ジョゼ・リースクレイ。どうぞ、お見知り置きを」


 白い法衣を着用した白髪交じりの初老の男性が席から立ち上がり、一礼してくる。

ジョセさんは、司祭ではなく司教。司教は、《中央聖教会》の中でも幹部に位置する位。本来、一背教容疑の釈放手続きに関わるような人物ではない。

 その理由は、あの椅子に座ってお茶を飲んでいる御仁だろう。


「端から、結論は決まっていたんですね?」


 セシルの言葉に、眼帯の超常者(イモータル)――ロキ様は、外面のいい微笑を浮かべながらも、その蛇のような視線を向けて来る。


「今の段階で気付いた子がいたんだねぇー」


 舐めまわすようなロキのぶしつけな視線。遂に耐えられなくなり、口を開こうとするが――。


(やはり、直系の眷属は別格か)

 

 エルフは耳がすこぶるいい。そのセシルが何とか聞こえる音調で、ロキ様はそう呟くと、視線を外す。


「そうだよ。昨晩、《炎の獅子》のギルド長ネメアの悪行を示唆する証拠資料が僕の元に届けられてね。昨日、日付が変わる前に、冒険者組合の組合長の爺様を叩き起こして、《炎の獅子》のギルド資格の剥奪の執行書を書かせていたんだ」


 ロキ様の手には、羊皮紙の書簡があった。


「じゃあ、僕らが負けたら?」

「《三日月の夜(クレッセントナイト)》が敗北したら、その執行書がギルドへ提出される。そして、勝利したらこのように――燃え上る」


 ロキ様の右手の書簡は青色の炎を上げて瞬時に塵となる。

 

「ロキ様、貴方はヒデタダさんと――」

「うーん。それ以上は子供が口を挟む事ではないよ」


 人差し指を自身の口に置き、笑顔でそう端的に答えるロキ様。この有無を言わせぬ一方的な話しぶりから察するに、セシルの想像通りだったわけか。

 本来、セレーネ様はこのギルドハウス内で、戦況を観戦することになっていたはず。なのに、このタイミングでのシスターアンジェの釈放手続き。しかも、それは本来、セレーネ様以外にも可能のはず。

 つまり――。


「それでは、セレーネ様」


 セシルがある結論に達しようとしたとき、ジョゼさんがセレーネ様を促してくる。


「それでは私達はこれで失礼いたします。後日、子供達と改めてお礼に伺います」


 セレーネ様に気を利かせたのか、シスターアンジェは一礼すると、子供達を連れてリビングを出ていく。


「俺達も失礼いたします」


 グスタフさんも、軽く一礼すると、部屋を退出する。セシルも遅れないようにそれに続いた。


 ギルドハウスを出ると、顔を興奮で輝かせたピノア市民達が、マスター達の戦いにつき談話に花を咲かせている。きっと、今日は、一日中こんな感じだろう。


「今更だがよ、俺達マジで、すげぇ方に仕えたんだな」

「そうですね」


 グスタフさんの呟きに、ノックお兄さんが、相槌を打つ。

 同感だ。あんな天変地異を引き起こすごとき神話級の戦いを見せられれば、そんなありふれた感想しかでてきやしない。

 視界の隅に、《文字伝達》の点滅。人差し指で押すと、『二時間後の自由時間の後、各自、迷宮探索で修練に励むべし。その際、必ず、ギルドハウスへ集合すること』と記載されていた。


「時間まで、俺達は一度、《鋼の盾》のギルドハウスへ戻る。セシル、お前はどうする?」

「僕は、シャーリーさんに会いに行きます」


 シャーリーさんには、今回の件で、かなり心配をかけてしまった。一度、改めてセシルの無事な姿を見せて、安心させてあげたい。


(やっぱり、聞かれるよね……)


 セシルから見ても過保護なシャーリーさんのことだから、少なからず、ギルドについて尋ねられるのは確実だが、いくらシャーリーさんでも、絶対に教えられない。


(シャーリーさん、きっと、怒るな)


 当分、彼女の機嫌は当分戻りそうもない。

 キリキリと盛んに自己主張する胃に顔を顰めながら、グスタフさん達に挨拶をして、冒険者組合分館へ向かう。

 途中、道端で話し込む人達がセシルを振り返り、噂話に花を咲かせていた。それが、どこかくすぐったくて、自然に早足となっていた。

 

 冒険者組合分館前、集まっていた冒険者達の視線が集中する。


「セシル!」


 人混みを搔き分け、セシルの前で、凄まじい怒りを眉の辺りに這わせながらも仁王立ちするシャーリーさんを視界に入れて、セシルは既に雷はとっくの昔に落ちていた事を改めて実感したのだった。



お読みいただきありがとうございます。

次回投稿は、明日となります。

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