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第118話 覇王闘争 エオス



 ピノア中から巻き起こる、花にむらがる夏の蜂のようなワアーッという大歓声。人間種達からすれば、この眼前のいかれきった光景も単なるギルドゲームの延長に過ぎないのだろう。ある意味、彼らの図太さには感心する。


 無数の赤と黒の光の輝線が赤牙荒野の上空を走り抜け、その度に大地が粉微塵に破壊される。

 地面が柔らかなスポンジの様に引き裂かれ、地上を蹂躙する灼熱の海により、地面がドロドロに溶けているのを目にし、エオスは頬をヒクつかせた。


「これってさ、もう覇王様レベルじゃね?」


 空に映しだされた映像を見上げつつも、小人の超常者(イモータル)がそんな元も子もない感想を述べる。


「そうだな……」


 黒衣の美丈夫――スルトが相槌を打つ。普段、感情豊かなその顔は、無表情であり、真っ青に血の気が引いていた。

 今も繰り広げられている闘争は、エオスごときには、ただ強いとした判断ができない。あんな常軌を逸した力を人間種が出せるとは到底思えない。

 それに、映像越しにもわかる、あの両者から今も醸し出されている圧倒的で、気を抜くと跪きたくなるほどの覇気は、過去に謁見した《セカイ》に著しく酷似していた。

 あの片方、もしくは両者が覇王である可能性は高い。


「でも、あの御方達が覇王様なら、おかしくない? 覇王様は地球にしかいないんでしょう?」

「「「……」」」


 そうだ。ゲーム盤は地球。地球に七人の覇王がそろって初めてゲームは開催される。このアースガルドと地球との間の移動手段が存在しない以上、覇王は、地球か四界のいずれかにいなければおかしい。ここにいるはずはないのだ。


「あの黒髪の少年は、覇王様だ」


 顎鬚を蓄えた中年顔の小人――ディアン・ケヒトが口を開く。その興奮気味に顔を上気されている姿からも、他の者達のような悲壮感など、微塵も持ち合わせてはいまい。


「ディアン、その根拠は?」

「阿呆! 年端もいかない少年少女に完全装備するほどの神具を与えるものなど、覇王様以外おるものかよ」


 妙に説得力がある。確かに、そんな非常識、そう簡単に起こされてたまるものか。


「そうなのです! あの御方こそ、覇王様なのです!」


 両手を胸の前で組み、恍惚の表情で、うっとり上空の映像を見上げる、首に蛇を巻いた黒髪の女性――ホルス。

 ホルスは、他者の解析にかけては、天賦の才を持つ超常者(イモータル)

 このホルスの言葉が、事実上の止めだった。


「うおおおおおぉぉぉっ!!!」


 一瞬にしてこのピノア――《バベル》前は、祭りとなる。

 ――意気揚々とユウマ・サガラについて、話し込む超常者(イモータル)

 ――ユウマ・サガラに、どうやって取り入ろうかと公然と策を練る超常者(イモータル)

 ――ただ、ひたすらその暴虐な力に憧れ、映像に向けて奇声を上げる超常者(イモータル)

 この混沌のさなか、エオスにあったのは、狂わんばかりの激烈な焦燥。


(ユウマ・サガラが、覇王だとすれば、あの子は……)


 それは、想定しうる最悪の結末だった。最も、遠ざけたかった愛しい妹は、既に覇王(かいぶつ)同士のデスゲームの主要登場人物(メインキャスト)一柱(ひとり)となってしまっていた。

 あの子を説得しても無駄だ。あの子はエオスことを信頼していない。さらに、意固地になって、テクテクとユウマの後をついてくのがおち。そして、きっと命を落とす。


「あー! 何でこうなるのよっ!!」


 みっともなく、ヒステリックな声を上げるが、背後に気配がしたので、振り返る。


「やあ、エオス」


 眼帯男――ロキが、気絶したネメアの後ろ襟首を掴みつつも、佇んでいた。

 今、改めて思い返せば、ロキの言動には不自然な点が多い。確かに、ロキは超常者(イモータル)とは思えぬほど礼儀には無頓着。それでも、奴は旧世代の超越者。ただの人間の子供に臣下の礼など、冗談でもしやすまい。

 要するに、ロキは、ユウマ・サガラが覇王であることを知っていたということ。しかも、おそらくかなり早い段階で。


「ロキ様、なぜ、セレーネを巻き込んだんですか!?」

「僕は巻き込んじゃないよ。僕としても、セレーネの件は想定外さ」


 激高するエオスに、微笑を浮かべる、その姿に殺意すら覚える。


「私が変わりに――」

「無駄だよ。君には覇王の眷属は務まらない」


 私が務まらない? なら、あの子はどうなる? あんな泣き虫で、お人形を抱いていた方が似合う子が、こんな血なまぐさいバケモノ同士の戦争など相応しいはずがない。


「セレーネよりはマシよっ!」


 もう、こんな奴に敬語など必要ない。守って見せる。あの子だけは!


「今日の件で僕は確信した。結局、どこまで行っても、覇王は覇王、覇王の眷属もやはり覇王の眷属なんだ」

「はぁ? 意味が不明なんですけど?」

「だろうね。だって、君は普通だから」


 寂しそうに呟くロキの言葉には哀れみも侮辱も含まれていない。ただ、微かな憧憬の念だけがあった。


「普通というなら、あの子も――」

「いや、セレーネは違う。彼女は、覇王――ユウマ・サガラの主眷属。例え幾度となく運命を繰り返そうと、ユウマ・サガラとセレーネ・ジャスティスは巡り合う。それが、この世界の唯一ともいえる摂理であり真理だ」

「ふざけないで! それって運命論じゃない!?」


 運命論など、既にあらゆる研究機関がその存在を否定している。万能なはずの《セカイ》すらも、匙を投げた理論。それをロキは恥ずかしげもなく口走る。


「うーん、運命論というより、決定論かな。あらゆる並行世界には、決して変革できない幹のような事象が存在する」

「それが、セレーネとユウマ・サガラとの出会いだとでも?」

「そう。時期の早い、遅いはあろう。だが、きっと二人は巡り合う。ねっ? 存外ロマンチックだと思わない?」

「話にならないわね」


 もういい。これ以上ロキと話しても、時間の無駄だ。引きずってでも、セレーネを天界に連れて帰る。

どの道、このアースガルドで得た覇王についての情報は、公平の観点から、些細な事であっても、四界へ知らせることはできない。知らせた時点で、呪いが発動し、監獄へ強制送還という仕組になっている。

 つまり、セレーネが主眷属であるという事実は、四界には公にされず、デスゲームが終わるまで天界に彼女を幽閉でもしておけば、その命が失われることもない。

 

 セレーネのいる《民聖教会》へ向かおうと、踵を返す。


「そうそう、僕の方から、四聖天の君のお爺様には、お祝いの言葉を伝えておいたよ」

「お祝い……?」

 

 オウム返しに尋ねる。この絶妙なタイミングだ。悪寒しかしない。


「もちろん、彼女が覇王の主眷属となったことさ。僕、呪いなんて掛けられてないから、自由に天界に報告できるしね」


 目配せしてくるロキ。そのあんまりな事実に、急速に全身の力が抜けていくのがわかった。

 天界の四大権力者――四聖天の一角――ハイペリオン・ジャスティス。エオス達の祖父であり、天界でたった四柱しか存在しない超越種であり、覇種である現天帝以外では絶対無比の力を有する。

 ジャスティス家にとって、いや、天族という種族にとって、覇王の眷属になることは悲願であり、最も強い渇望。

 最も大きな理由は称号上昇の恩恵だ。

 ゲームが開始されれば、覇王の眷属の血族達はその恩恵により、軒並み、その称号のランクが上昇し、その恩恵は覇王や眷属が死んでも消えることはない。

 覇王の眷属になることは、エオス達超常者(イモータル)にとって、血族全体に進化の道を示す極めて重要な意義を有するのだ。

 さらに、ロキの言葉が真実なら、セレーネは覇王の主眷属。この度、その血族が得る恩恵は想像を絶するものとなることだろう。

 次期天帝の地位を狙うあのハイペリオンお爺様なら、この事実を最大限利用しているはず。そんな中、セレーネを覇王の同意なく、天界に連れて帰ればどうなるかど、火を見るよりも明らかだ。覇王と己の面子(めんつ)を潰したとの理由で、下手をすれば処刑される。いや、あの御爺様ならきっとそうする。


「ロキぃ……」


 ロキに、射殺すような視線を向け、怨嗟の言葉を絞り出す。


「そう、怖い顔しない。嘘だよ、嘘! まだ、ハイペリオンには言っちゃいない。でも、君が下手に動けば――わかるよね?」

「地獄に落ちろ!!」


 エオスの避難の言葉など気にも留めてはおるまい。ロキは気絶したネメアを引きずり、《バベル》の建物に姿を消してしまう。

 暫し、耐えられぬ憤りから、ロキが消えた《バベル》の扉を睨みつけていたが、津波の様な歓声に上空を見上げる。

 ユウマ・サガラとウォルト・サナダが、お互い、目と鼻の先まで移動し、互いの拳を固く握っているのが目に留まった。

 遂に、勝負は大詰めを迎えようとしていた。


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