第116話 怪物対決
俺は、《民聖教会》の子供達のギルドゲームという名の蹂躙劇をぼんやりと眺めていた。
これは、怪物が作出したシナリオ。俺の理想の結果に向けて、緻密に構築されているはず。素人の餓鬼の俺に、口を挟む余地などないんだろう。
だが、どうしても俺はこの光景が受け入れがたい。
確かに、ネメアは、浅はかで、愚劣で、低俗なクズ野郎だが、部下達はそうじゃない。
このピノアの誰もが、子供の姿に嘲笑を浮かべる中、誰一人として侮りはしなかった。奴らは、長年の想像を絶する練磨により、命と運命を天秤にかけている人種。その冒険者としての本能で、子供達の強さを感じ取っているんだろう。
《民聖教会》の子供達はもちろん、アイラやセシルも、棚から牡丹餅的に力だけを得てしまい、冒険者として、いや、戦いに身を置くものとして最も必要なものを持ち合わせていない。
当然だといえば当然だ。それは己の無力さを骨の髄まで味わったものだけが得られるただ一つの特権のようなものなんだから。
「主、後は子供達がフラッグを奪えば、我らの勝利です」
狼の獣人が、仰向けに伏すのを視界に納め、隣の秀忠が恭しくも一礼してくる。
「だろうな。だが、気に入らねぇ」
「主?」
俺の拒絶の言葉に、隣の秀忠が僅かに眉を顰める。
「ここからは、俺が仕切る」
「お気に障る事でもありましたかな?」
「まあな」
アイラには、まだ、ウォルトに勝つだけの経験が不足している。こんな茶番に俺の力で勝利しても、真の意味でウォルトを救う事にはならない。今は、アイラはウォルトの憧れであり、保護対象であるべきなんだ。
ウォルトは純粋に強い。アイラの語るウォルトの過去の英雄譚は、全て己より圧倒的強者を降すものばかりで、マジでしびれた。
レベル、スキル、魔術、戦闘の中核たる戦闘センスすらも、吹き飛ばす力がウォルトには存在する。
そんなウォルトも相手がアイラなら、あっさり敗北する。当然だ。ウォルトにはアイラに勝利する意思が決定的に欠けているから。
「承りました。王よ。貴方の好きになさいませ」
こんなのは俺のただの我儘だ。秀忠にしたら、子供が駄々をこねているにすぎまい。なのに、秀忠は、俺に呆れるのでも、幻滅に顔を顰めるのでもなく、ただ、微笑を浮かべ一礼するのみ。
「いいのか?」
「愚問ですな。私は貴方の手足、頭たる意思に背くつもりはございませんよ。それに、王とは、元来そのようなものでしょう?」
「かもな」
ソファーから立ち上がり、ギルドハウスたるセレーネ宅のリビングを出ようとする。
「ユウマッ!!」
肩越しに振り返ると、セレーネが泣きそうな顔で俺を見つめていた。
「悪いな、セレーネ」
「なぜじゃ? このゲーム、妾達の勝利なのじゃぞ?」
「ああ、仮初のな」
「仮初だろうが、まやかしだろうが、勝ちは勝ちじゃ!」
「そうだな……」
セレーネの言葉には、反論しようもない。今、秀忠の敷いたレールをひた走れば、最良の結果に行き着くんだろう。だが、それは、最高ではない。そんな結末、蚤の毛ほどの価値もありはしない。
「ま、待つのじゃっ!!」
セレーネの焦燥に溢れた声を背中に浴びながらも、構わず俺は、リビングの扉を開け、外に出た。
◆
◆
◆
ピノアの東の荒野――赤牙荒野白牙
ピノアの東の《滅びの都》前は、草木すら生えぬ死の大地が広がっている。唯一、ピノアと《滅びの都》の丁度中間点に、牙のような真っ白なオブジェが深く突き刺さっているだけだ。聞くところによれば、これは《滅びの都》と共に有史以来この場所に存在していたらしい。
その白色の牙の根元で、俺達は対峙していた。
「それでは、双方相違ないかい?」
黒髪をオールバックにした眼帯男――ロキが、俺とウォルト達を相互に眺めながら、最後の確認をとってくる。
「ああ」
「構いませんよ。一度、認めたのだ。今更、反故にされても困る」
ウォルトの代わりに、即座に返答するネメア。今まであった動揺は微塵も奴からは読み取れず、外面の良い口調へと変わっている。既に勝った気でいるつもりなんだろう。
俺がウォルトの一騎打ちを申し出た際、ネメアはギルド長の参加の権利を条件として賛同する旨打診してきた。
ネメアは仮にも超常者。超常者で、セレーネのように低レベルなのは寧ろ稀有らしく、大抵のものがレベル3以上はある。当然、ネメアのレベルは、12。レベル8とみなしている奴の余裕もある意味頷ける。
「さて、皆々様方、ただ今から《三日月の夜》と《炎の獅子》のギルドゲーム本戦が始まります」
ロキの言葉に、地鳴りのような歓声がピノアから風に乗って流れてくる。ここからかなり距離があるのに、聞こえるほどの大音声。ロキの計らいで、この荒野の戦闘は逐一、ピノアにも届けられているらしいし、下手をすれば、ピノアのほぼ全員が見ているんじゃなかろうか。
「ルールはいたって簡単。一方のチームの全員が降伏、気絶するか、死ぬかです!」
全員といっても、《三日月の夜》からは俺しか出場しない。つまり、俺が負ければ即ジエンドというわけ。
ちなみに、セレーネがこの場にいないのは、足手纏いだからだ。
こんな予期せぬ事態もある。今後セレーネの鍛錬は必須となろう。というか、俺が直々に鍛え直してやる。
「礼を言うよ、ユウマ君。君のお蔭で、私はこの度、事なきを得た」
このネメアの欲望にまみれた表情。既に勝ったつもりか……そうだな。俺も感謝するよ。こうして、お前をフルボッコにする機会を得られたんだからな。
ウォルト戦の前菜として精々、役にたってもらう。
「ロキ、さっさと始めろ」
一礼すると、ロキは両手を広げ、天に掲げる。
「それでは――《三日月の夜》と《炎の獅子》のギルドゲーム本戦の開幕でーす!!」
ギルドゲーム第二ラウンドは、割れんばかりの歓声とともに開始された。
◆
◆
◆
「ウォルト、君は後方で待機していたまえ。私がけりを付ける」
気取った芝居がかった口調で、ネメアはウォルトに指示を出す。
このゲームはピノア中が見ている。冒険者は強さが絶対の価値基準。ここでネメアが圧倒的力で俺を叩きのめせば、ライバルの超常者はさておき、ピノアの冒険者達はネメアに少なからず憧憬の念を抱く。
実に滑稽な道化だ。俺は、ネメアなど端から眼中にはない。こんなのは、ウォルトというメインディッシュの前の前菜にすぎない。いや、それでは前菜に失礼か。コンビニのお握りを覆うビニール。中身を取り出すのに、多少億劫。そんな程度の奴。
さて、直ぐにでもこの茶番を終わらせることは可能だが、それではいささか興覚めというものか。ウォルトもネメアの指示で後方へ退避したようだし、これで心置きなく娯楽に供せる。
「御託はいい。遊んでやる」
左手の掌を上に向け、指先で手招きをする。
額に縦に太く青筋が張らせ、ネメアは指を鳴らす。
おそらく、ネメアのスキルだろう。その周囲の地面や宙に数百にも及ぶ魔法陣が浮かび上がり、その中から、数メートルに及ぶ炎の獅子が出現する。
冗談にもならない数の炎の獅子が一斉に俺を囲み、睥睨してくる様は中々、圧巻だ。
まあ、迫力はあるが、一匹、一匹がレベル9の雑魚に過ぎないのが玉に瑕なわけだが。
「降参したまえ。君では私には勝てない」
駄目だな。全然駄目だ。その台詞、大抵、言った本人が負けると相場は決まってるんだぜ。
「要するに、お前のそれ、召喚スキルの一種だろう? なら俺にも使えるさ」
召喚には召喚を。シンプルだが面白いだろう?
俺は、《終末の木》を魔物小屋から解放した。
俺の目の前に突如として出現した巨大な大樹。
「んなっ!!?」
絶句するネメアを尻目に、《終末の木》はその枝から次々に地面に果実を産み落とす。忽ち、赤茶けた大地は、果実たる一つ目のトナカイモドキで満たされてしまう。
「炎の獅子を殺し尽くせ」
『うめめめめぇー』
一斉に歓喜の声を上げ、トナカイモドキは、炎の獅子に襲い掛かる。
瞬く間のうちに、数倍近くに増えたトナカイモドキ達は、炎の獅子に突撃していく。
一頭の炎の獅子の身体中に、数体のトナイカモドキが燃え上りながらも、嚙みつき――爆発する。
さらに、トナカイモドキ達は、隊列を組み、大口を開け、衝撃波を放つ。
幾重もの衝撃波の波が、地面を抉りながら、炎の獅子共を飲み込み、瞬時に消滅させてしまう。
自爆に、口から吐き出す衝撃波か……あんな能力、《終末の木》にはなかったはずなんだが。それに、この気色悪いほどの連携。とても魔物には思えん。
十中八九、真八の奴だろうが、今朝の時点まで、奴は、【魔物改良】の権能は使用できなかったはず。大方、セレーネにでも使わせたか。セレーネの度肝の抜きっぷりが、目に浮かぶようだ。
まっ、俺に害がないなら正直どうでもいい。好きにすればいいさ。
そういや、まだステータス確認していなかったな。
――――――――――――――――――
《終末の木》
〇説明:世界の終末にのみ芽吹くとされる伝説の樹木。レベル9の《終末の木の実》を産み落とす。
〇能力変動値:
・筋力10/100
・耐久力:10/100
・器用:10/100
・俊敏性:10/100
・魔力:10/100
〇果獣能力解放:《終末の木の実》から芽吹いた果獣の獲得した能力。
・自爆:果獣が自爆する。
・衝破:衝撃波を果獣の口から放つ。
〇Lⅴ:13
〇種族:魔植
――――――――――――――――――
間違いなく鍛えてるな。やり過ぎ感が半端じゃないが、ネメアの奴から余裕が消失しているし、絶好のタイミングかもな。
ともあれ、もう終わりそうだ。
丁度、トナカイモドキの衝撃波が、炎の獅子の最後の一匹を粉々に破壊してしまう。
「な、何なんだっ!!? お前は!?」
「次は? まさか、こんなんじゃねぇんだろ? さっさと全力だせよ?」
ネメア、お前は俺から奪おうとした。それを俺は、絶対に受け入れないし、許さねぇ!
陰謀好きなイカレ秀忠流でも、目的のためなら手段を択ばない冷酷無比な真八流でもなく、俺自身の流儀でぶっ壊してやる。
「いい気になるなよ、人間」
そう吐き捨てると、ネメアの両眼が紅に染まる。それを契機に、ネメアの筋肉は盛り上がり、金色の体毛が全身を覆いつくしていく。フールやラヴァーズ同様の変化ってやつだろう。ネメアは、超常者、この程度は驚くに値しない。
普段の俺なら、敵の前でこんな無防備な姿を晒す馬鹿は、【エア】で即座にぶち殺していたところなのだが、今回は山ほど見物人がいる。精々、自重してやるさ。まあ、それがネメアにとって幸運かまでは保障の限りではないわけだが。
「ほー、でかいな」
体長一〇メートルにも及ぶ巨大な紅の獅子が俺を見下ろしていた。
『この姿になるのは何十年ぶりか。降伏しろ、人間。貴様に砂粒ほどの勝機はない』
驚いたな。レベル16。ラヴァーズほどはあるんじゃないのか。これなら、驕りたくなる気持ちもわかるってもんだ。
《終末の木》には少々、荷が重い。魔物でも、今は俺の仲間だ。仲間を意味もなく犠牲にするほど俺は愚かじゃない。小屋に、《終末の木》を入屋する。
『どうやら、私と貴様の間に横たわる絶望的なまでの力の差を理解したようだな?』
どこまでも興ざめな奴だ。驕るのは俺を拘束してからすればいい。そんなのは常識だろうに。
だから、俺は――。
「もうウンザリなんだが、再度言おう。御託をいう暇があったら、攻撃しろ」
そう、命じた。
『貴様……』
ネメアは、怒り故か、口端を大きく引き、唸り声を上げ始める。こうしてみると、獅子というより、でかい猫にしか見えん。
「早く来い、猫」
再度、やる気なく手招きをする。馬鹿には、この手の挑発行為が殊の外、効果覿面なんだ。
『よかろう、その愚行、貴様の身をもって支払わせてやる!』
発言まで、三流な奴。構ってやるのに少々、飽きて来た。
ネメアは大口を開け、俺に向けて炎を吐いてくる。俺を一飲みにするほどの高範囲の炎だ。見かけはそれなりだが、全く危機感が湧かないから、真面にくらっても傷など負うまいが、一応、左拳を高速で穿ち、風圧で消し飛ばしておく。
『ぬうっ!? 貴様、炎に耐性でもあるのか?』
「……」
あれを耐性とみている時点でお前に勝機は万が一にもないさ。
『それなら、力で捻り潰してくれるっ!』
地響きを上げて、ネメアが跳躍し、俺に右前肢の先から伸びる鋭い爪を付きたててくる。
爪だけで、俺の身体ほどもある。通常なら、プチッと潰されて終わりだ。
だが、俺はネメアの巨大な爪を左手で掴み取る。
『な!?』
驚きまで、テンプレかよ。どこまでも予想を裏切らねぇ奴だ。
不自然なほど静まり返ったピノアから、ドヨメキが沸き上がる。さもありなん。小さな人間の俺が、一〇メートルを超すネメアの一撃を片手で防いでいたんだから。
「さあ、仕置きの時間だ」
俺は右脚で大地を蹴り、ネメアの眼前まで高速で跳躍する。
そして、右拳を固く握り、右肘を大きく引く。
『ひっ!!?』
「歯を食いしばりな」
外道の悪行は、秀忠の調査から委細把握している。容赦など一切するつもりはない。このギルドゲームに勝利した暁には、全てむしり取ってやる。それで、ネメアとの遺恨は、全て終わりにしてやるさ。
だから、最後に根性を見せてみろ!
俺は、奴の眉間を拳打する。
『ぐぬおおぉぉっ!!!』
悲鳴を上げながら、地上を爆走するネメア。
俺は、地面を全力で蹴り上げ、奴の背後まで先回りすると、上空に蹴り上げる。まるで打ち上げロケットのように、地面とは垂直に空を一直線に飛ぶネメア。
さらに、左足を地面に叩きつけ、奴の進行方向へ瞬時に移動し、空中で数回転しつつも体勢を整え、右足を天に掲げると、右踵をネメアの後頭部目掛けて振り下ろす。
ゴキュッ!
骨が砕ける音とともに、ネメアは稲妻のごとく地上に落下する。俺は【ヘルメスの靴】により空を蹴り上げ、落下するネメアを追い越し、地上へ着地すると、左肘を引き、奴の腹部付近に左拳を突き上げる。
ボギュッ!
再度、骨と肉が潰れる音。ボールのように空へ向けて高速回転するネメアの向かう先へ移動し、両手を組み、地上へ叩きつける。
地上から空へ。空から地上へ。形容すれば、まさにピンボール。俺は空と地上をひた走り、ネメアを殴り、蹴り続けた。
空からの最後の俺の左回し蹴りが、ネメアの顔面にクリーンヒットし、ネメアはようやく地上へ衝突が許された。
大型ミサイルが着弾したかのような轟音と衝撃波が砂嵐となって同心円状に荒野へ吹き荒れていく。
舞い上がった土煙が風により空に舞い上がり、砂により覆われていた視界が晴れる。
そこには数十メートルにも及ぶクレーターの中心で、ズタボロの瀕死の状態で倒れている人型へと戻ったネメアがいた
「《炎の獅子》ギルド長ネメア、戦闘不能となりました」
ロキが、ネメアに近づき、首を振って両手をクロスさせる。所謂、ノックアウトって奴だろう。
まあ、既に虫の息だし、当然と言えば当然か。
ロキには、神級のHP回復薬を渡している。別に、奴の身を案じてではない。ネメアは、己のしでかしてきた責任をこれから取ってもらわねばならない。安易な死など言語道断だから。
俺がネメアのような雑魚を相手に、こんな大人気ない事をしたのにもわけがある。
遠方で両腕を組んで眺めていたウォルトに、向き直る。
「ウォルト、わかったろ? 俺はお前が全力を出しても死にやしねぇよ」
カッと目を見開くウォルト。やっぱりな。ウォルトの奴、俺が気付いていないとでも思ってたんだろう。
おそらく、秀忠が餓鬼共を使って、さっさとこの勝負を決めようとしたのも、ウォルトに俺が勝利する確証まで持てなかったから。
アイラが語るウォルトの英雄譚と、ロキから提出された調査資料を鑑みれば、その結論に行き着くのは至極当然といえる。
ある時、ウォルト達の街に、四界から追われていた御尋ね者の竜族が侵入した。その竜族は、街中で遊んでいた幼いアイラを人質にとり、四界の追手から逃れようとする。
だが、賊は町の廃屋で、死体となり発見された。仮にも竜族は四界最強であり、人間種に勝利し得るはずもない。四界の審問官達も、当然にこの竜族の賊は四界の住人により討伐されたと考え、その旨上に報告をした。これがロキからもたらされた事情。
そして、この事件には、目撃者がいたんだ。それが、アイラ。アイラは僅か一〇歳に過ぎないウォルトが、この竜族を虫けらのように蹂躙する様を現に目にしていた。
つまり――。
「ユウマ殿、この勝負我らの負けで――」
「それ以上、言うな。そんな奴のために、お前らが犠牲になる必要もねぇ」
ズタボロになり、地に伏すネメアを顎でしゃくりながら、俺はそう宣言してやる。
姑息なネメアが、ウォルトの裏切りを考慮しないはずはない。十中八九、ウォルトが裏切れば、何らかのペナルティが生じるような術式が組まれているはず。
「君は、どこまで知って?」
「粗方な」
顎に手をあて、ウォルトは暫し考え込んでいたが、俺をその黄金の瞳で見つめてくる。
「君なら、私に勝てるのか?」
勘が的中か。さっきの俺の蹂躙劇の直後のこの言葉だ。同様以上のことをウォルトができるとみて間違いあるまい。
「愚問だな」
だから、俺は端的にそう伝える。
「そうか」
ウォルトの口端が吊り上がり、普段の思慮深い顔が、今まで目にしたこともないような狂気に染まる。今までその強靭な理性で、己を律していたんだろう。
わかるぜ。嬉しいんだろう? 敵がいねぇのは寂しいよな? 世界から色が消えたようで、つまらんよな? 俺がお前の立場なら、生きた心地がしねぇさ。
俺とお前は同じ穴の狢。どんな格好いい建前を構築しようと、所詮、戦いにしか意義を見出せない。そんな壊れた生物が俺達だ。
もう、言葉は不要。此奴を徹底的にぶちのめす。それが、此奴の唯一の救いとなる。
俺は【エア】を右手に、ナイフ型の【ムラマサ】を左手に顕現させ、精神を細く、強く、一つに集中させていく。
「ユウマ殿、望むらくは、至上の戦いを」
その言葉を最後に、ウォルトの全身が黄金の霧に包まれる。
長く伸びた金色の髪に、額には二本の角が生え、犬歯と爪が鋭く伸長し、肌が紅に染まっていく。それはネメアと比較し、外見上は大して変わってはいない。半面、精神と肉体の強度は生物その物を劇的に変貌させていた。
「それでは、王臣の狂乱の儀、ご存分にお楽しみください」
胸に手を当て恭しくも一礼し、ロキはネメアの後ろ襟首を掴むと煙のように姿を消す。
俺達の魔力で大気が歪み、破裂音を上げる。
「「お前を(君を)――殺す!!」」
その言葉を最後に、俺達は激突した。
◆
◆
◆
刀形態の【ムラマサ】が横一文字に振るわれ、ウォルトがそれを蜘蛛のように身を屈めて避け、左手の紅の五本の爪を突き上げくる。それを【エア】を放ち、軌道を左後方へ逸らす。
俺の【ムラマサ】により、背後の赤牙荒野の白牙が真っ二つに切断され、ウォルトの爪により、大地には数十メートルにも及ぶ巨大な亀裂が走る。
同時に、空中で数回回転していた俺の渾身の左回し蹴りがウォルトの右の蟀谷にクリーンヒットするが、同時にウォルトの右拳が俺の鳩尾に打ち込まれ、俺の身体は遥か上空に飛ばされる。
上空で強制的に体勢を整えながらも、【エア】の銃口をウォルトの眉間にセットし、連続で引き金を引く。
空を駆ける幾つもの銃弾をウォルトは、全て左手で弾き返してしまう。
あの様子じゃ、仮に直撃を受けてもピンピンしていそうだ。なんちゅう、出鱈目な奴。
ならば――。
【ヘルメスの靴】により、空中を蹴り上げ、【エア】を放ちながらも地上へ滑空する。
一足先に【エア】の銃弾がウォルトにぶち当たったとき、空を蹴り、真横へ直角に曲がり、【エア】の銃弾を放つ。
刹那、俺がいた場所に、ウォルトが放った拳の衝撃波が過ぎ去っていく。銃弾がウォルトの全身にヒットし、その身体を仰け反らせる。
そんな中、俺の【ムラマサ】の剣先を奴の心臓にセットしつつも、渾身の力で空を蹴っていた。
ウォルトが身を捻じった結果、【ムラマサ】は、奴の横っ腹を薄皮一枚切り裂くにとどまる。続けて、空中で数回転し、魔力を右脚の脛に集中させる。そして、ウォルトの左首に遠心力のたっぷり乗った右回し蹴りをもブチかます。
直撃を受けたウォルトの左肩が破裂し、初めて奴がよろめくが、足首を持たれて大地に叩きつけられる。
内臓がグシャグシャになるほどの衝撃に一瞬、意識が飛びそうになるも、先刻、ネメアから奪ったスキル――【劫火】を口から発動する。
俺の口から発せられた超高熱の灼熱の炎の海が、ウォルトを飲み込み、扇型に荒野を超速で走り抜けた。
そして、身を屈めて直撃をさけたウォルトの左手にナイフ形態の【ムラマサ】を突き刺すやいなや、右回し蹴りを奴の頭部へ叩き込む。
ウォルトは、砲弾のように一直線に荒野の遥か向こうへぶっ飛ばされていく。
ウォルトは即座に起き上がり、構えをとる。
「タフな奴だ」
幾とどとなく俺の渾身の攻撃と【劫火】を打ち込んだのに、全く効いた素振りはない。半面、先ほど、ウォルトに地面に叩きつけられるというたった一つの行為に、少なくともアバラ数本は持ってかれた。喉に血がせりあがって来ることからも、内臓にも多少のダメージを負ったと考えるべきかもしれない。
身体能力では、ウォルトに一日の長がある。このままでは、まず俺は敗北する。
俺の武器は【ムラマサ】と【エア】。今のウォルトの武術の技術は俺を遥かに凌ぐ。【ムラマサ】ではどうやっても奴に当てるのは不可能。
【エア】も、通常の弾丸が少なくとも十数発がヒットしているが、奴の鋼の肉体の前に弾かれている。ダメージが与えられそうなのは、【時限弾】と【エアブラスト】だが、【エアブラスト】はチャージに時間がかかりすぎる。そんな時間を待ってくれるほど今のウォルトは甘くはない。
【時限弾】も、基本は同じ。仮に、捨て身の特攻をしかけても、奴の狂気じみた勘で、全て避けられて終わりだ。
身体能力も、相棒も、初めて獲得したスキルも全て通じぬ。通常の方法では、ウォルトの撃破は不可能。なら、異常な方法を用いるしかない。
その方法への道は、既に俺に示されている。
即ち、昨晩のあの砂の海のエリアの戦闘。改めて思い返してみれば、あれは、今までとは決定的に状況が異なっていた。
当初、俺は、生き残れたのは無意識に《エアブラスト》を撃ったせいだと考えていた。
だが、あっさり俺を完全包囲する反応速度に、豆腐のように易々と切り裂く攻撃力から察するに、経験則上、あのとき、俺の四方を取り囲んでいたビーム魚類と怪鳥共は俺よりも高レベルだった可能性が高い。そんな高レベル魔物に包囲された状態で、一定のタメの時間が必要な《エアブラスト》を撃ったくらいで、果たして生き残れるものか? 答えは否だ。経験則上、あのとき、俺が生き延びる可能性は零に等しかったはず。
しかし、俺は生き残った。しかも、意識を失ってだ。今まではいくらバーサクモードになろうとも、意識だけは朧げにはあった。それが、この度、記憶は深い霧の中。間違いなくあの時、俺の身に何かが起きた。
俺の予想通り、その何かにより甚大な力を得られるなら、一定以上のリスクがあることも考慮すべきだろう。いや、そもそも、至れるのかどうかさえわからない。
本来、こんなヤケクソの特攻のような方法に縋るなど正気の沙汰ではないが、生憎、真面なら今のウォルトに喧嘩など売っちゃいない。
(さて、始めよう)
俺は両手で己の両耳を叩き、鼓膜を破ると、目を固く瞑る。
自ら聴力と視界を遮るなど、自殺行為にも等しいが、どの道、このままでは死ぬ。それに、コンマ一秒もあれば十分。その刹那の時間なら、ウォルトも警戒して様子見を決め込むことだろう。
外界の感覚の大部分を遮断し、精神を活性化させた結果、俺の前に幾つもの赤色の文字が刻まれた黒色の布が揺れ動いているのが見える。その幾多の布の中心にはぼんやりとした黒色の塊があった。
俺はその黒色の布の三本を掴み取る。
「ウォルト、第二ラウンドだ」
俺はそう告げると、黒色の布を引き千切った。
刹那、俺の身体の中心から生じた暴虐な黒色の魔力は、俺の魂、肉体、精神を闇色に塗り替えていく。




