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第115話 試合転機


《炎の獅子》の三人の最高幹部の一人、レベル4の冒険者――カイジは、悪態をつきながらも、ギルドフラグのあるギルドハウスの屋根から、改めて、地上を見下ろした。


「ウルフ、聞こえるか?」


 今回のギルドゲームのために、《炎の獅子》の長たるネメアから支給された情報伝達用の魔道具でメンバーの一人に報告を求めるが、一向に返答の気配はない。


「ダメか……」


(クレッセントナイト)に行動不能にされたと考えるのが妥当だ。

 ウルフの配置はこのギルドハウスの目と鼻の先。既に奴らは《炎の獅子》の喉元に手をかけていると考えるべき。


(ふざけた奴らだ)


 たった数分。そのほんのわずかな時間で、仲間達の八割と音信不通の状況となる。


『何をしている!? 相手はたかが餓鬼だぞ!?』


 先刻からひっきりなしに聞こえてくる耳障りな声。


(貴重な回線を、駄声で占拠すんなっ!)


今のこのいつ襲われてもおかしくない切迫した状況を理解しようともしないネメアに、内心で壮絶に毒付いていたが、既に手遅れであることを実感した。

 気配でわかる。完全に、囲まれている。


(はは……喉元に手をかけている? 違うな。とっくに勝敗は決していた)


「ネメア様、俺達の負けだ」

 

 情報伝達用の魔道具を叩き割り、騒音の元を排除すると、旗の傍に座る。

 もういい。最近、あの外道の駒でいることにも、疲れ果てていたところだ。丁度いい頃合いだったのかもしれん。

 

(ウォルト、あとは全てお前に任せる。自由にやんな)


 カイジは、武器を傍に置くと、胡坐をかいたまま、固く瞼を閉じた。

 

                ◆

               ◆

               ◆


 中央区、《中央聖教会》前は、ピノア中の群衆で埋め尽くされていた。

 先刻、超常者(イモータル)による提供された上空に浮かぶ映像を、お祭り好きなピノア市民も、百戦錬磨の冒険者達も、ただ呆然と眺めていた。 

映しだされているのは、当初、誰しも戦闘にすらならないと思っていた《民聖教会》の子供達による蹂躙劇。

まさに、圧倒的ともいえる制圧力で、《炎の獅子》の冒険者達を捕縛していく。


「支部長……」


 エルフ族の組合幹部候補であるシャーリーの震えながらの言葉に、ピノア分館の分館長――レオン・バントックは無言で頷いた。

つい先刻、《民聖教会》の黒髪の少年シドが、《炎の獅子》の最高幹部の一人ウルフを沈め、この度のフラッグウォーに王手をかけた。

もう誰の目にも、《三日月の夜(クレッセントナイト)》の勝利は揺るがない。そう映っていた。

甘かった。そもそも、レオンも、万能なはずの超常者(イモータル)達でさえも、全くあのレベル8の冒険者――ユウマ・サガラという怪物を片鱗すらも理解しちゃいなかった。

もちろん、当初、超常者(イモータル)たるセレーネが今まで己の能力を隠していたのかとも勘ぐったが、そんなメリット、彼女にはない。間違いなく、この非常識で残酷な現象は、あのユウマ・サガラという一人の冒険者が引き起こしている。

ユウマが、享楽的な超常者(イモータル)ならまだ幾分納得はできた。

しかし、超常者(イモータル)であるネメアが自己の眷属にしようとしているんだ。彼は形式的には人間なんだろう。

だが、一晩で力のない少年少女に、上位ギルドとのギルドゲームに勝利するほどの力を与え、戦わせる。

こんな狂気に満ちた現象、現に起こせるとは思えない。

こんな狂気しかない行為を、実際に試みようとは思わない。


「人間ではない人間……か」


 そんな矛盾でしかない言葉が、今ユウマを形容するのに最適なような気がした。


「ウォルト・サナダ……」


 誰かの呟きに、《中央聖教会》前は一瞬にして喧騒に包まれる。

 屈強な男三人と、二人の少女が、金髪の獣の美丈夫を取り囲んでいたんだ。


                ◆

               ◆

               ◆


(結局、俺、一人か)


 この数日でのアイラの激変を間近で見ていれば、この結末など端から想定していたことだ。

 ほんの数日前には、アイラはレベル1のウォルトの保護対象の少女だったはず。

 異変はアイラが、《三日月の夜(クレッセントナイト)》へ加入した日の晩に始まった。

 彼女と別れていたった数時間で、アイラの生物としての格が別人になっていたのだ。直ぐにこの変化が、レベルアップだと本能で理解できた。

 ウォルトには信じられなかった。レベルとは、単なる強さを測る指標ではない。言わば、この世界にある理不尽そのもの。下位のレベルの者は、上位のものに勝利することは叶わない。故に、上位者に勝利した者は、須らく勇者であり、英雄なのだから。

 そんなウォルトの常識を嘲笑うかのように、アイラは強くなる。保護対象だった少女は、たった一日の冒険で、ウォルトの通常の(・・・)強さを超えてしまっていた。

そこで、ウォルトはユウマ・サガラが、超常者(イモータル)どころではない正体不明の怪物であると理解し、自身の浅はかな行為を深く後悔したんだ。

無論、実際に会って言葉を交わせば、ユウマがアイラを傷つけられるような男ではないことは直ぐにわかった。

だが、問題はユウマが善人かどうかなどの単純なことにはない。強者は強者を引き付ける。これは、真理であり、この残酷な世界を支配する絶対の法則だ。

近い将来、アイラがあのユウマと同等の存在に命を狙われるようになるのは確定的。アイラをウォルト達の血と死に塗れた人生に巻き込んでしまった。それがどうしょうもなく口惜しい。


「俺達の勝ちだ」


 モヒカンの冒険者――グスタフが静かにそんな当たり前のことを宣言してくる。

 ウォルト以外は、皆仲良く、一時の夢旅行に出発してしまっている。

 確かに、ウォルトには、このゲームの状況を根底からひっくり返せる力がある。それは、いわば、決して開けてはいけない禁断(パンドラ)の箱のようなもの。一度開ければ、常軌を逸した力と共に、最悪が濁流のごとく流れ出る。

 そうなれば、アイラの命すら保障の限りではない。いや、まず間違いなくこの場の全ての者が命を落とす。

ウォルトにとって命より大切な存在を危険に晒す。とてもじゃないが、そんな行為をウォルトが許容できるはずなどないんだ。


『ウォルト! 早く、殲滅しろ!』


耳に設置されている情報伝達用の魔道具から聞こえて来る耳障りな声に顔を顰める。

 この状況に、僅かでも勝機があると思っているなら、随分お気楽な事だ。ネメアは、ウォルトが今まで隠してきた真実を知らない。そして、ウォルトにその最後のカードを切るつもりがない以上、もはや、勝敗は決している。


『貴様、裏切れば――わかっているんだろうな!?』


 知ってるさ。どのくらい、ウォルトが世間知らずで、甘かったのかも。ネメアという外道に容易に気を許し、一族を危険に晒してしまった。

 でもいいんだ。以前から、長老や父や母、皆からは、いざとなったらアイラを守れ、誇りを守れと伝えられている。少々、想定していたのとは形は違うが、ウォルトの敗北も確かに、アイラを守るという点では同じだろう。


 いつの間にいたんだろう。気付くと、ウォルトの眼前には、黒髪の目つきが異様に鋭い少年――ユウマ・サガラが佇んでいた。


「マスター! あたいがっ――」

「アイラ、ここからは大人(俺達)の世界だ。引っ込んでな」


 ユウマが右手を上げると、グスタフ達は一礼し、距離をとる。


「アイラちゃん」

「でも――」


アイラは納得がいかないのか、暫し食い下がったが、直ぐに肩を落として従った。

今までのアイラなら、きっと駄々をこねていたところだ。少なくとも、仲間の意見など聞く耳は持たなかったことだろう。ほんの数日なのに、こうも成長するものなのか。


「ネメア、聞いてるよな? このフラッグウォー、俺達の勝ちだ」

『ふざけるなっ!!』


 ウォルトの耳に設置された情報伝達用の魔道具から、ネメアの薄汚い怒声が吐き出される。


「なら、ゲームを強制的に終わらせるだけだ。餓鬼共、フラッグを奪え」

『うんっ!!』


 頭に響く、元気な子供の声。


『ま、待て! 待て! 待てぇー!!』


 即座に響く、ネメアの制止の声。この焦燥をたっぷり含有した奴の声色からも、ウォルトの読み通り、《三日月の夜(クレッセントナイト)》は既にチェックしているのだろう。


「餓鬼共、待ちな」

『えー』

 

ピノアの街中にシュールに反響する子供達の不満そうな声。


『貴様らの目的は?』

「ルールの変更を要求する」

『ルールの変更……?』

「俺とウォルトの一騎打ち。それで勝敗を付けよう」


 一騎打ち? ユウマはレベル8。今はもっと高いかもしれない。今の(・・)ウォルトでは、ユウマに触れる事すら叶うまい。

 こんな回りくどい事をする理由など、一つだけ。おそらくユウマは――。


「感謝する、ユウマ殿」


 姿勢を正し、頭を下げるが、ユウマはウォルトを一瞥すらせず、ネメアの言葉を待つ。


『わかった。受け入れよう』


 屈辱に震えるネメアの言葉に、鼓膜が破れんばかりのピノア市民の歓声が沸き上がった。

 






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