第113話 異常事態 エオス
アースガルド、ピノアの北区《華都》――《バベル》
《バベル》の大聖堂内は、異様な熱気に包まれていた。
つい先刻、ロキから発せられたギルドゲームの開催。しかも、そのゲームの主役がいけ好かないネメアの《炎の獅子》と噂のレベル8の冒険者を獲得したセレーネを長とするギルド――《三日月の夜》だ。娯楽と刺激に飢えている超常者達が飛びつかないはずもなかった。
あっという間に、大聖堂を埋め尽くした超常者達を、天族――エオスは頬杖をつき眺めていた。
聞こえてくるのは、どれもこれも、《炎の獅子》がどのようにして勝利するかにつきる。
ネメアの《炎の獅子》は、最低最悪のギルドではあるが、全メンバーがレベル2以上、幹部はレベル3と4のみで構成されている。おまけにレベル5のウォルトもいる。
このゲームが純粋な戦闘ではない以上、レベル8の冒険者をいくら獲得したとはいえ、ピノア最強の一角のギルドに太刀打ちなどできるはずもない。しかも、そのレベル8の冒険者は、《三日月の夜》のギルドマスター。今回ギルドゲームには参加できない。勝敗など、やる前から決しているんだ。
(あのお馬鹿……完璧に見世物になってるじゃない)
いつもいじっており、本人からは滅法嫌われているが、エオスにとって、セレーネは本性を曝け出せる数少ない存在と言っても過言ではない。
他の出来のいい妹達とは違い、あれは愚かだが純粋で命の重みのわかる優しい子だ。現に、幼い頃、飼っていたペットが死んでしまい、一日中泣き明かしていたこともある。そんな、あの子が、こんな胸糞の悪い、怪物達のデスゲームへの参加を望むとは、エオスには到底信じられなかった。
この《滅びの都》の攻略の先にはとびっきりの絶望と破滅しかない。
何せ、力を失ったとは言え、あの《セカイ》が敵となるかもしれないんだ。《セカイ》とその眷属の出鱈目っぷりなら、超常者なら誰しも魂の芯から理解している。
他の戦闘狂の超常者とは違い、エオスは日々が楽しく過ごせればそれでいい。未来に破滅か栄光の二択しかないようなゲームなど本来なら御免被るところだ。
結局、エオスが覇種を目指す目的は一つだけなんだから。
ピノア分館長――レオンによるギルドゲームの参加者の紹介が突然止む。
絶句し、羊皮紙を凝視するレオンに、大聖堂内からも、疑問の声が上がった。
シャーリーに促され、レオンは口を開く。その顔に浮かんでいた悲壮感漂う表情を網膜が映し出し、激烈な悪寒が足元から駆けのぼってくる。
『《民聖教会》の子供達、計三六名』。
静寂。あれほど騒がしかった大聖堂内は嘘のように物音一つしない。
多分、レオンの言葉の意味を上手く脳が咀嚼できなかったんだろう。
ポツリ、ポツリと上がる声は次第に大きくなり、爆笑と怒号へと変貌した。
(な、何、やってるのよ!!)
大聖堂内を吹き荒れる暴風のような喧騒の中、エオスは下唇を噛みしめた。
これはギルドゲーム。一応、ルールで他者の命を故意に奪うことは禁じられている。
しかし、裏を返せば、故意と認められなければ、命はあっさり失うことを意味するんだ。仮に子供達に怪我でもすれば、あの子は一生心に傷を負う事になる。こんな惨い決断、あの優しいセレーネにできるはずもない。十中八九、件のレベル8の冒険者に唆されたんだろう。
「ひひゃはははっ! 見ろよ、あれっ!!」
若手の竜族が、左手で指をさし、顔を狂喜に歪めながらも、腹を抱えて蹲る。
指の先には、画面一杯に、煌びやかな鎧やローブに身を包んだ幼い少年少女の姿が映し出されていた。
どっと笑いが起こる。それはまるで、幼稚園のお遊戯の様で、あまりに、誇りと命を懸けたギルドゲームには場違いだったからだろう。
そんな中――。
「ば、馬鹿なッ!!」
顎鬚を蓄えた中年顔の小人――ディアン・ケヒトが突如立ち上がる。彼は、超常者の中では、有数の鍛冶師であり、冷静沈着さ、無口さに定評がある天族だ。
その驚愕に見開くその顔には、滝の様な大粒の汗が張り付いていた。
ディアン・ケヒトに大聖堂内の視線が一斉に集中するも、彼は、そんな周囲などお構いなしに、子供達が映し出されたスクリーンを凝視し、ブツブツ呟いていた。
「あ、あれは神具。全てがか? そんな非常識あるはずが……いや、しかし、現に……」
ディアン・ケヒトの言葉に、また先ほどとは違った空気が流れ、どよめきが起きる。そして――。
「レベル5……」
長いスカートに胸当て、首に蛇を巻いた黒髪の女性がボソリとそう口にする。
「ホルス?」
隣の女性の超常者が問いかけると――。
「くはっ! そう来たか。やはり、あの御方は実に面白い」
狂喜に顔を染め、眼帯男ロキが自身の顔を右手で覆う。
そんな、ロキの奇行に眉を顰めながらも、画面を凝視する超常者達。
もはや、嘲笑を浮かべるものなど、一柱たりとも、いやしなかった。
「お、おい、あれ?」
超常者の一人がスクリーンに映し出される映像に指を刺す。
今度こそ、皆、唖然として、スクリーンの画面に釘付けとなる。
そこには、高速で屋根から屋根を疾走する子供達の姿があったんだ。
お読みいただきありがとうございます。
個人的には結構、好きな話でした。
次回は、明日のこの頃の時間に投稿の予定です。




