第108 スカウト指示 アレク・ハギ
【聖哲】こと、探索者協議会の議長アレク・ハギは、八戒会議の会議室を退出し、専用の控室内へ飛び込み、日本支部へと連絡を取る。
「フィオーレ・メスト、碇正成、《夢妙庵》についての詳細な情報を集め、至急私に知らせなさい」
端的にそう伝えると、返答を待たずに電話を切る。
【朱の夜明け】は、今や【ウロボロス】と双璧をなす西側の魔術師達の半数を束ねる巨大組織。フィオーレ・メストは、その【朱の夜明け】のプリンセス。世界に根を張る探索者協議会としてもその動向は把握済みだった。
バドラ・メストの焦燥具合と碇正成発言から察するに、そのフィオーレ・メストの身に危険が及ぶ何かが起きた。そして王女を助けた存在は、あの碇正成があれほど執着するほどの者。
碇正成は、普段、憎たらしいほど冷静沈着であり、世界の秩序に微塵の興味など抱いていない。そして、その優秀さゆえに誰も頼らず、信じないという人間失格の奴でもある。その碇が、あろうことか、八戒会議の進行事項について言及し、フィオーレ・メストを自らが信頼するものに保護させているとまで言い切ったのだ。これはどう控えめに見ても異常だ。
まだ、アレクは全く事情を把握はしていないが、一つだけ言えることがある。日本には、碇にそこまで執着させる人物がいるということ。
碇の存在故に、探索者協議会の認める極東の一介のギルドの一つに過ぎない《夢妙庵》は今や、高位の探索者が一度は夢見る憧憬のギルドになっている。
その上、あの碇が信頼するとまで言い切った存在が加われば、探索者協議会以上の組織へと変貌するかもしれない。
今世界が安定しているのは、探索者協議会という組織に力が集中しているからだ。それが、碇が信頼する人物とやらが、序列四位以上のポテンシャルを有しているなら、《夢妙庵》は、探索者協議会を超える組織として、君臨するようになる。そうなれば、アレクや碇の意思とは無関係に、世界はその安定性という名の礎を失う。
今のこの数十年の平和は、先人達の無数の屍の上に築かれた蜃気楼のような脆い存在なのだ。たった一つの綻びで、粉々に砕け散る危険性は極めて高い。そうなれば、先の大戦を超える想像を絶する混沌が待つ。そのような事態だけは何としても避けなければならない!
それに、今この八戒会議に姿を見せない序列一位と二位の動向も気になる。
奴らは、この地球という星が産み落とした真の意味でのバケモノだ。もはや、アレクはあれを同じ人間とはみなしていない。昨晩その二人が、極東の島国である日本を訪れているとの報告を受けている。十中八九、碇の『信頼する者』とやらが原因だろう。
要するにだ。今、日本に何かが起こっている。そして、それは今後の世界の動向に直結する事態ということ。
正直、八戒会議など早急に中止し、日本へ向かいたいのが本心だ。しかし、ここで、下手に碇を自由にし、その信頼する者との接触をさせるのは愚策もいいところ。それこそ、間違いなく収集が付かなくなる。
(碇め、これを見越していたのですか……)
今は、速やかに情報を収集分析し、その信頼する者と接触を図るべきとき。
絶対に他の勢力に、奪われるのだけは避けなければならない。
刹那、思考の海に沈んでいると、部屋中にけたたましく鳴り響く電話の着信メロディー。
思考を中断されたことに顔をしかめながらも、天井から吊り下げられている巨大スクリーンを見上げ、一瞬で現実へ引き戻されてしまう。
その電話の宛先は、今もアレクを悩ませている地である日本支部長室と表記されてあったのだ。
もう、情報を掴んだんだろうか。
はやる気持ちを押さえつけて、電話に出ると――。
『ぎ、議長、き、緊急事態ですっ!!』
日本支部の支部長の焼け付くような焦慮に彩られた声がアレクの耳に飛び込んできた。
「どうしました?」
このタイミングだ。しかも、支部長の狼狽からも正直、悪寒しかしないわけだが。
『SS級の《悪童》に、《グレムリン》、その他、世界中のAクラス以上の犯罪者共が日本の東京で次々に確認されております!』
「は?」
急転直下、こうして、事態はアレクの想像の遥か斜め上を爆走することになる。
次回から当分は主人公視点です。視点は今後できるだけ控えるのでご容赦を。
それでは、世界変革前のストーリの終了までもう少しです。




