第9話 目覚め
気が付くと、俺は教室ほどの広さの黒一色の部屋で佇立していた。
黒色の石造りの壁に、天井。幾何学模様の煌びやかな装飾がなされ黒色の柱が、一定位置に規則正しく立ち並んでおり、壁に設置されている青色のランプで照らされた部屋の中は、一種の神殿のような神秘的な雰囲気を醸し出している。
そして、前方には黒色扉。
(どこだここ?)
部屋の周囲を観察すべく、肩越しに背後を振り返ると――。
(は?)
暫し面食らって、振り返りざまに非常識な現状を眺めていた。それもそうだろう。視線の先には、金色の檻があり、その中には一人の人物が静座していたのだから。
壁、天井、床から幾多もの赤色の文字が刻まれた黒色の布が檻の中に伸び、その人物の全身を包んでおり、絶えず濃密で濁流のような闇色の靄がその身体から噴き出し、上空で渦をなしている。
黒布の隙間から覗く、眼光炯々な二つの紅の眼が、俺を静かに見つめていた。
「あんた、誰だ?」
黒布の男に向き直り、至極当然の疑問を口にする。
こんないかれた奴に、心当たりなどあるはずがない。この疑問は当然のはずなのに、俺を支配していたのは、奇妙な既視感だけだった。
「それを俺に聞くか」
黒色の布の男の口から、氷のような嘲笑が漏れだす。
「知らねぇから聞いてるんだが?」
こいつの人を小馬鹿にしたかのような態度が、どうにも癪に障る。知らず知らずのうちに声に怒気が籠っていた。
「俺が誰かなど大した問題ではない。お前のとるべき選択肢は、二つだけだから」
目の前の空間が僅かに揺らぐと、黄金に輝く鍵が姿を現す。
「か、鍵?」
「そう。その鍵でこのクソッタレな檻の扉を開けるか否か。それだけだ」
憎々しげに、言葉を吐き捨てる黒色布の男。
「檻の扉の鍵を開けるとどうなる?」
「さあ、それはお前の目で確かめるんだな」
「ふざけてんのか?」
俺はそれを聞いているんだ。全く答えになっていない。
「嫌なら鍵を捨て、後ろの扉へ入りな。そうすれば、お前の死は確定する」
俺の死が確定するか……あの事実が現実だとでもいいたいのか?
……確かに、あの喉を掻き毟りたくなるほどの熱感と腹部の嫌な感触、あれは幻というには出来過ぎている。ここは、死後の世界……ということか? だとすると――。
幾つもの疑問が頭の中をグルグルと渦巻いていたが、遂に俺が最も知りたい疑問に到達する。
「カリンはどうなった!?」
とびっきりの焦燥が全身を蹂躙し、檻を掴み、喉が崩壊しそうなほどの大声を上げていた。
「それに答える権利を俺は有しない」
「権利? お前の言うことは何もかもチンプンカンプンだ」
黒布の男は、肩を竦めると、口を開く。
「何度も同じことを言わせるな。お前が取り得る道は二つのみ。それだけだ」
(くそっ! またそれかよ!)
これ以上、堂々巡り。それにどの道、俺に選択肢など与えられていない。
あの交番での事件が現実ということは、俺はカリンごと赤装束の男の大鎌により、切りつけられたということだ。堂島をバラバラの肉片にしたような奴だ。仮に、あの大鎌の一撃でカリンがこと切れていなかったとしても、あの赤装束の男が、カリンを易々と見逃すとは思えない。つまり、俺の死が確定すれば、カリンの死もまた確定すると同義。
そら、俺の採れるのは一つだけだろう?
上空に浮かぶ、黄金の鍵を手に取る。
「決まったか。そうだな。一つだけ忠告しといてやろう。
その鍵はいわば諸刃の剣だ。一度、檻を開ければ、人の身で人とは異なる摂理、時間を生きることになる。そして代わりに、お前が焦がれるくらい切望している未来の平穏な生活を永劫に失う」
「……」
馬鹿馬鹿しい。人とは異なる摂理、時間? 未来の平穏な生活? その程度のこととカリンの命を天秤になどかけられるものか。そう。俺の気持ちなどとうの昔に決まっている。
鍵を檻の鍵穴に嵌め、ゆっくりと回していく。カチャリッと錠の外れる音が部屋中に響き、金色の檻は煙のように消失する。
「相良悠真、お前はたった今、楽しい、楽しいゲーム盤上に乗った。
ベットするのは命と誇りと運命、勝利し得るのは真理と力!」
黒布の男は口端を耳元まで吊り上げて、両腕を広げて天を仰ぐ。
「さあ、始めよう。俺達のゲームを!」
黒布の男の狂ったような高笑いとともに、俺の意識はゆっくりと薄れていく。
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あと数話でガチバトルとレベルアップです。そこからが、本作品の肝でありまして、結構急展開していく予定です。お楽しみいただければ幸いです。
それでは、また明日!