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第98話 圧倒(2) チャリオット


 地面に片膝を付くフールの全身に半径数センチの炎の柱が次々と突き刺さり、遂に泡を吹いて、白目をむき、フールは俯せに倒れ込む。その姿を視界の片隅で視認し、チャリオットはもう何度目かになる舌打ちをする。


(なーにが、所詮、平和ボケした腑抜けた組織だ! ハーミットの野郎、適当な事言いやがって!!)


 ハーミットの調査では、この国で危惧しなければならないのは、《八戒(トラセンダー)》の一人――碇正成(いかりまさなり)と、『超常現象対策庁』のシーカー共、《影喰いの半蔵》のみであり、他は気にも留める必要もない弱小組織の集まりに過ぎなかったはず。故に、三者には厳重な監視が付いており、動きがあれば、逐一耳に入る手筈となっていた。

 ハーミットから報告がないことからも、此奴らはこの国の他の勢力ということになる。

 だが、フールの超回復を、あんなおぞましい方法で打破するような奴らのどこが平和ボケした腑抜けなんだ? 奴らの本質は、チャリオット達と大差ない。少なくとも、あの女、眉ひとつ動かさず、あのいかれた攻撃を実行しているんだ。奴らは相当の修羅場をくぐっている。

 そしてそれは、今も両手に小ぶりの片刃の剣による猛攻をしかけてくる髭面の人間も同じ。

 チャリオットは、スピード重視型の悪魔。逆探知等の特殊系スキル以外は、全て『速さ』に特化したスキルを身に着けている。そのチャリオットが、髭面の人間の攻撃に対し、まさかの防戦一方という事態に陥っていた。

 

(あの野郎、速さが増しているのか?)


髭面の男の全身から滲み出る陽炎のような青色のオーラが濃密になるにつれ、奴のスピードは加速度的に増大している。

 チャリオットの首を両断するべく迫る髭面の男の右手に持つ片刃の剣の刃を、左手の【三閃鉤】で受けようとするも、あっさり、受けた鉤は真っ二つに切断される。

この【三閃鉤】は、ボスから賜った伝説級の武具。おいそれと破壊されるものではない。それが、まるでケーキでも切るかのように易々と切断されてしまった。


(じょ、冗談じゃねぇっ!!)


 あの片刃剣で切り付けられれば、チャリオットでさえも両断される。チャリオットの修復能力も身体能力も他の大悪魔と比較し、大したことはない。だからこそ、武術の鍛錬やスキルの向上に数百年の年月を捧げて来たのだ。それが、たかが数十年しか生きていない人間の若造に、こうも一方的になぶられる。その事実は、チャリオットのプライドをズタズタに引き裂いた。

 まるで生き物のように迫る片刃剣を何とか間一髪のところを交わし、右手の【三閃鉤】を奴の急所目掛けて、渾身の力で振り下ろす。

 髭面の男はバックステップで、軽々と躱しつつも、間合いを取ると重心を低くして身構えた。


「お前ら……誰だ?」


 肩で息をしながら、口から飛び出したのは、そんな陳腐な疑問の言葉。


「貴様も武人なら、拳で語れ」

「ぶ、武人……」


 髭面の男の言葉に、一瞬、チャリオットの思考は完全停止し、オウム返しに呟いていた。


「……」


 もはや、髭面の男は一言も語らない。ただ、奴の両手の片刃剣の刀身が青く発光していく。

 この姿、此奴は偽りを述べていない。それだけは確信できた。


(俺が……武人……まだそんな阿呆なこと――言う奴がいるのか……)


 確かにチャリオットが武術を学んだ最も大きな理由は、生き残るためだ。冥界は究極の弱肉強食。最弱の上層とされる第一層でさえも、一定以上の強さがなければ、髪の毛一本すら奪われ、踏みにじられる。そんな無慈悲で、救いようがない場所。

 だが、冥界の第一層なら楽に生き残るだけの力を得てからも、武術の鍛錬だけはやめなかったのも事実。


(そうか……俺はきっと……)


 次第に湧き上がる、胸の奥底からこみ上げて来る可笑しさに自然と口端が上がっていた。


「そうだな」


 静かに呟くと、チャリオットも左手を前に、右肘を引き絞る。

 刹那、チャリオットと髭面の男は二度目の激突を迎える。


                ◆

               ◆

               ◆


 雲一つない満月が見える。

 チャリオットは、今も泣きそうな雲一つない夜空をぼんやりと眺めていた。

 清々しいまでの完全敗北。

 ¨戦いの良し悪しはただ勝利することにはない¨

 かつて、老師はチャリオット達、弟子にそういった。当時のチャリオット達は、年寄のたわごとと一笑に付していたが、今ならなんとなく老師の言いたいことが理解できる。


「殺せ」


 あれほど、執着していた生に対する渇望は嘘のように消えてなくなり、あるのは身体の奥底から湧き上がる満足感にも似た感情。


「わからんな……」


眉を顰め、ボソリと呟く髭面の男。


「あ?」

「お前、そんだけの技を持っていて、くだらんテロごっこなんかしてんのか?」


 テロごっこか……奇遇だな。今、ちょうどそう思っていたところだ。

 ホント、なんでだろうな。悪魔にとって、いや、冥界の住人にとって、そもそも、人間は憎むべき(かたき)であり、憎悪の対象だ。冥界の最下層の絶対的支配者達の誰もが、人間へのとびっきりの憎悪に身を焦がしている。そして、その理由を彼らの誰も口にすらしない。幼い頃から、親や大人達に幾度となく人間への憎悪の言葉を聞かされれば、それがまるで本能レベルまで刷り込まれてしまう。

 今回、チャリオット達は、赤装束の仮面の男により冥界から召喚された。顔も種族すらも知らぬ、召喚者とやらに素直に従ったのは、召喚の強制力ももちろんあったが、その組織の目的が人間社会秩序への破壊にあったからに他ならない。

 だが、チャリオットを召喚した(あるじ)への忠誠はもちろん、その今まで疑いすら抱かなかった憎しみすらも、蜃気楼のような幻に過ぎない。まるで長い呪縛から解かれたかのように、チャリオットはそう確信していた。


「まったくだ」


 だから、自嘲気味にも同意の言葉を紡ぐ。


「わけのわからん奴……」


 困惑気味に、髭面の男は、右手の片刃刀を振り上げる。


「なあ?」

「何だ?」


 不愛想に答える髭面の男。奴の瞳の奥を見れば、チャリオット達への激烈な怒りがある。なのに、こうもすんなり答えるとは……まったく、律儀な奴だ。


「お前、名は?」

多門長太(たもんちょうた)

 

 多門長太(たもんちょうた)、それが、自身を殺す男の名か。

こんな終わり方も、一興かもしれない。


「俺達は強いぞ。多門、精々気張りな」


 負け惜しみのような言葉を最後に、チャリオットの身体がズルリとずれる感覚。刹那、一切の抵抗も許されず、意識はぷっつりと切断される。






お待たせしました。次回からようやく、主人公の戦闘シーンに入ります。


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