甘いだけでは成り立ちませんの【5】
甘いだけじゃないシリーズ5
「ナクタリアージュ侯爵家のご令嬢の話を聞きまして?」
「ええ、なんでもランバート侯爵家の騒動はあの方が原因なんだとか!」
「それは噂でしょう?国王陛下がランバート侯爵の度が過ぎる発言を聞いて権力を削がれたとか…」
「ちょっと、ナクタリアージュ侯爵家のご令嬢のお話ですってば!学園の話です!成績でも人気でも王族の皆様の上をいくとか…」
「それにナクタリアージュ侯爵家の領地からは良い物が卸されますでしょう?」
「そうですわね!ここはやはり…」
「ええ、今のうちからお近づきにならなくては」
貴き乙女の会、といつのまにやら呼ばれるようになった私達のお茶会はここのところ相談所のようなものになりつつある。
私も、いつも一緒にいる令嬢達もこの呼ばれ方は認めていないのだけれど。否定して回るのも労力の無駄と放置した結果、それが正しい呼び名だと周知されていた。
相談というのも、最近の流行や人に贈るものの相談など可愛らしい悩みから、ご実家の悪事をどうにかしたい、互いに想い合う相手がいるのに政略目的の婚約が結ばれそうでどうしたらいいか、という重たい内容もある。
私を含めそれぞれの令嬢が強みを持っているため、最良とまではいかなくとも相談者の望みと現状を擦り合わせることができている。
たとえその場しのぎでも、得た猶予の間に相談者が努力で望む未来を掴んだり、心を固められればいいと思って相談にのっているのだから。
一緒にいる令嬢達も受けた相談から様々なものを学んでいるようで、私が個人で勉強していた領地の運営や平民との生活観の違いなど意欲的に聞いてくるようになった。
ただ、
「領地への物流を増やすにはどうしたら良いか、と悩んでおりますの」
私達に取り入り利益を得てこい、と家から言われているであろう人達との対応は若干疲れるものがある。
「まあ、ご令嬢でありながらそのお歳でご実家の領地に関心を持っていらっしゃるのは素晴らしいですわね」
「物流を増やしたい、とのことですけれど、領都とその他の領地での物流の違いはどのくらいなのかしら?」
「そうそう、増やしたいとおっしゃるのだから何がどの程度少ないのか、領地では生産できるか否かなど調べていらっしゃるのよね?」
令嬢達も分かっているようで、どこまで理解して相談にきているのかと問いながら、自ら努力をしていないのならこちらが相談にのることはないと含ませている。
「あ、いえ、お父様が困っていらしたので、わたくしも何か出来ないかと、相談させていただいたのです」
少し前に来た子爵家令嬢の方がまだ具体的な情報を持ってきたなぁ、と考えながらしばらく様子を見ることにした。
「お父様想いの良いご令嬢ですこと。でも、誰かに相談するためには最低限現状の情報を持ってくるべきではなくて?」
「領地の運営すらままならないほどの事ならわたくし達よりも王国に援助を求めるべきですわね」
「新たに富を得たいというのなら、人に相談してどうにかしようというのは甘いと思いますけれど」
「どちらにしてもわたくし達から具体的に何かをすることはできそうにありませんわね。お父様としっかりお話をなさってからまたいらしてくださいな。もっともわたくし達が受けられるのは相談のみでそれぞれの実家の領地運営や流通に関しては何の権限もありませんので、そういうことをお望みならお互いに時間の無駄ですわ」
元々気の強い令嬢達だったけれど、私と一緒にいてさらに鋭さに磨きがかかってしまった気がする。
それぞれのご実家とは良くさせていただいているが、恨まれていないだろうかと少し不安になってきた。
「そんなっ!皆様は相談に来た者たちを救ってくださるのではないのですか!?わたくしだけこんな扱いなんてあんまりです!」
図星を突かれたからか、真っ赤になりながらわめく相談者の令嬢。
これはもうお帰りいただいたほうが良いだろう。
「わたくしだけ、とおっしゃいますけれど、本当にどうにかしたい相談をお持ちになる方は、皆様どうにもならないと判断するまで努力していらっしゃいますわ。領地の話を相談にいらっしゃる方も、本気でどうにかしたいという方は具体的な領地の資料や過去の災害、先祖の浪費や税収の上がらない村という情報をお持ちになりましたもの。それ以外の方々は、言い方は悪いですけれど、手っ取り早くわたくし達の持つ富や流通の力、人脈を与えられたいという方ばかりでしたわ。貴方もそうだ、とは申し上げませんけれど、そんな必死な方々を見てきた後では、さほど真剣ではないと思ってしまうのも仕方ありませんわよね?わたくし達が調べようと思えば貴方のご実家の領地の状況や税収、王国に納められるべき金額と実際に納められている金額なども分かりますけれど」
赤かった顔がみるみる青く染まる令嬢は退席の言葉もなく大きな音を立てて立ち去っていった。
「最近あのような方が増えてきましたわね」
「相談、といいながら利益を求めてくるとは浅ましいですこと」
「まあ、これ以上はわたくし達が何かをするまでもなく潰れるでしょうけれど」
苦笑しながらもお茶会を続ける令嬢達にそれほど不満が見えないのは不思議だ。
以前は時間の無駄とばかりに怒っていた気がする。
「相談という形もよろしくないのかもしれませんわね。皆様のお時間を無駄にするのも気が引けますし、この時間はわたくしだけが対応するようにいたしましょうか?」
「「「「セシリアーナ様のご勇姿を拝見できるのですから、有意義な時間ですわ!」」」」
ご勇姿って、いったいどの姿だろう?
令嬢達の態度が段々尊敬とかの範囲外になってきた気がして少し怖いのだけれど。
「ナクタリアージュ侯爵家のセシリアーナ様!わたくし、リズレッド伯爵家のフローリアと申します!」
「わたくしはシシズリー伯爵家のアンリネットですわ」
「わたくしは…」
「皆様、お声かけは大変嬉しいことですけれど、わたくしから皆様にご挨拶をしましたかしら?」
準成人を迎えてから社交の場が広がり、夜に開催される舞踏会へも出席できるようになった。あくまでも前半の歓談と軽い立食の時間のみで、お酒が出されるようになるダンスの開始前に退出しなければいけないけれど。
そこそこ出席をしていると、年上の方々が急に挨拶をしてくるようになった。
社交の場において、主催者でない限り、同じ爵位より上、我がナクタリアージュ侯爵家からすれば公爵位の方や王族の皆様にはご挨拶を頂くまでこちらから挨拶をするのは大変失礼なことだ。
勿論、日常的な会話にはそこまで厳格なルールはないし、社交の場で初めて会う方でも上位の爵位を持つ方に間を取り持って貰えば挨拶を願うことは可能だ。
国王陛下主催の舞踏会などでは高位貴族から順番に王族の皆様に直接ご挨拶をするので、少し事情が異なるけれど。
つまるところ、主催者という立場にあるか、余程親しい間柄でない限り、同位の爵位を持っている相手かそれより爵位が下の相手にしか挨拶はできない。上位の爵位持つ相手に下位の爵位の者が先に挨拶をするのは、その爵位に見合う力はない、自分と同位かそれ以下だ、と言っていることに等しい。
「っ!いえっ!申し訳ございません!」
「セシリアーナ様とお話をさせていただきたく、気が急いていたのです!」
「決して、ナクタリアージュ侯爵家を貶めたわけではございませんわ!」
顔色を変える人達だが、その裏側に小娘相手に頭を下げなければいけないという屈辱があるのだろう。ほんの少し下げた頭は震えているし、目元がひきつっている上に、口角も歪んでいる。
「まあ!別に糾弾したいわけではございませんわ。どうぞ、頭をお上げになってください」
「ありがとうございます!」
「本当に失礼いたしました!」
素早く頭を上げる顔には先程までの対応は帳消しにできたかのように晴れやかだ。
「ええ、わたくしからご挨拶をすることは二度とございませんもの。このような些細なことへ時間をかけるのは惜しいものです。それでは、ごきげんよう」
ナクタリアージュ侯爵家のセシリアーナは貴方方に挨拶をすることはない、つまり今後交遊を結ぶことはない、と切り捨ててその場を後にした。ぽかんとした顔と名前は覚えたから、次に何かあった時には直接ご実家に抗議をすればいい。
せっかくの社交の機会をこんなことで無駄にする訳にはいかない。
なにより
「ああ、セシリー!お久しぶりですわね!最近の貴方の活躍、とてもよく耳にしてよ?よく頑張っているわね」
「まあ!エルネスタージャ様!本当にお久しぶりですわ!エルネスタージャ様にお褒めいただけるほどでしたでしょうか?」
師匠こと、エルネスタージャ様にお褒めいただける機会を逃せない。
「ふふ!相変わらず努力家ですのね。領地もますます栄えて、貴方自身も学園トップの成績を維持しているでしょう?不幸なこともあって気落ちしているのでは、と思ったけれど杞憂で良かったわ。国王陛下と我が公爵家当主の暴走を止められなくてごめんなさいね。自分だけの力でキッチリ後処理も出来たようで、わたくしは教え子の活躍に満足してますのよ?」
人目につき辛いところで髪が乱れない程度にいい子、と撫でて下さるエルネスタージャ様。
ここ数ヶ月の頑張りが報われた気がする。
「エルネスタージャ様にお褒めいただけるなら、もっと頑張れますわ!」
「まあ!なんて可愛らしいことを言ってくれるのかしら!」
ぎゅうっと抱き締めていただくのはいつぶりか…。
母の温もりを思い出して泣きそうになってしまうけれど、ここはまだ社交の場。我慢する。
「そうそう、セシリーにどうしても紹介して欲しいという方がいるの。わたくしから見ても悪い方ではないのでセシリーが嫌でなければご挨拶を受けてくれるかしら?」
ご挨拶を受ける、というなら同位かそれ以上の爵位を持つ方ということだ。私に拒否権はないはずなのに、エルネスタージャ様を通して挨拶の可否を聞いてくる方なら確かに悪い方ではないだろう。
「はい、お受けいたしますわ」
一時、そのとても高い能力と人気故か、セシリアーナ・エル・ナクタリアージュはとても傲慢で下位の者を平気で虐げると噂になった。
自らがその被害者だと声高く吹聴する者もいたが、全て時間を置かず消えていった。
セシリアーナ・エル・ナクタリアージュをよく知る貴族やナクタリアージュ侯爵家の領民達はそんな噂を鼻で笑い口々に言ったそうだ。
「あの方は自分に向かってくる敵には厳しいが、とてもお優しい」
「自分のことのように民を慈しんでくれる姫様が何の理由もなく人を傷付けるものか」
と。
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