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運命と戦車  作者: 狩る者
1/1

ターナと博士

 今日も元気良く僕は登校する。

 足取りは軽い。口笛を吹きたいぐらいの気分だ。

 そんな僕の耳に

「つまんないなぁ……」

 という声が聞こえてきたと思ったら、女の子がこっちにやって来るのが見えた。

 クラスメイトのターナだ。

「あれ? どうしたの? 学校は向こうだよ」

 と僕は言った。

「ククルか。ここでククルに会うのも決まってるんだろうね」

「?」

 ターナがおかしなことを言うので、言うべき言葉が浮かばずに僕は黙ってしまった。

「じゃあね。私、学校行かないから」

 ターナは去って行った。

「え? ええ!?」

 僕は五分間もそこで立ち尽くした。


 一週間後の学校。

「誰か病気でも怪我でもないターナさんが休んでることについて心当たりある人いますか?」

 ホームルームで先生は言った。

「わかりませ~ん」

 という声が一つだけあっただけで、後は沈黙が続く。先生も黙る。

 嫌だなぁこういう空気、と僕は思う。

 ホームルームの時間が終わりに近付いたところで先生がやっと口を開く。

「仕方ありませんね、ククル君」

「はい?」

「明日、ターナさんを迎えに行ってください」

「え? 僕が?」

「家、近いでしょ」

「え? そうなんですか? あ、確かによく見ますけど」

「そう。近いんです。後で地図を渡しますね」

「え? でも、近いってだけで僕が行ったところで何も解決しないのでは?」

「クラスメイトが来てくれたってだけで気分は違うものですよ」

「そうかなぁ……」


 明日になりました。

「ここかぁ」

 ターナの家をしばらく見る。

「普通の家だな」

 と言ってから、しばらく考え込む。

「何て言おう……」

 と呟いたところで、二階の窓が開いた。

 ターナだ。

「ククル、来るのは分かってた。運命だね。そこ行くから待ってて」

 窓が再び閉まる。

 分かってた?

 先生が連絡したんだろうか?

 ターナは一分程で僕の所へやって来た。

「おまたせ」

「今日は学校行くの?」

「ううん、行かない」

「え? 今日も? 僕、迎えに来たんだけど」

「今日はあんたも休むのよ、ククル」

「え?」

「それは運命で決まってるからね」

「え?」

 ターナは歩き出した。

「え? え? ちょっと待ってよ」

 僕は追いかける。

「あんたって、え? が多いね」

 ターナは後ろを振り返らずに言う。

「え? そうかな? あっ、ほんとだ。え? って言っちゃう」

「別にいいけどね。それも運命なんだろうから」

「運命? さっきから運命運命って、何?」

「この世はね、何でもかんでも決まってるんだよ、もう既に」

「え? え?」

 ターナは一体どうしたんだろう……?

 ……それから無口になった僕らは1時間歩き続けた。

「あー、もう完全に遅刻だよ」

 腕時計を見て僕は言う。

「もう今日は休み。決定だよ」

「ふぅ……仕方ないな」

 僕はため息をついた。

「そろそろ着くよ」

「どこに?」

「博士の家」

「博士?」

 やがて僕らは抽象画のような奇妙なデザインの家の前に着いた。

「いらっしゃ~い」

 すぐに扉が開いて、白い髭のおじさん? おじいさん? が現れた。

「こんにちは、博士」

 ターナが挨拶をする。

「こんにちは。今日はククル君と一緒だね?」

 と博士が言う。

「うん。運命の通りだったよ」

「さ、二人とも中に入って」

 博士に言われ、僕らは家の中に入った。

 家の中はコーヒーの香りがただよっていた。

 テーブルの上からだ。コーヒーカップが三つある。

 僕らのだろうか?

 その向こうの奥の部屋には機械らしきものが見える。

 何の機械かはさっぱり見当がつかない。

「コーヒーを飲みながら話をしようじゃないか。子供向けに甘くしてある。適当に座ってくれたまえ」

 言われた通り、僕らは適当に座る。

 普通の椅子だ。座り心地は悪くない。

 ターナはすぐにコーヒーを一口飲む。

「美味しい。ククルも飲んでみなよ」

「いただきます」

 僕も一口飲んでみる。温度は丁度いい。

「わっ、美味しい。こんな美味しいコーヒー初めて飲んだ」

「それは良かった。まあ、運命に従って作った物で、美味しいと言われることは分かっていたがね」

 僕は博士の方を見た。

「運命運命ってターナも言ってるんですけど、何なんです?」

「我々の行動は既に決まっているということだよ。毎日太陽が東から昇るようにね」

 博士は静かに言った。

「水を百度まで熱すれば蒸発することが決まってるようにね」

 と、ターナが追加する。

 博士はそれに肯いて続ける。

「それは科学的なものなんだ。物質の位置と運動量は既に確定している。後は科学的に動いて行くだけ。人間も植物もね。それが未来となるんだ。毎日太陽が西に沈むようにね」

 言い終えると、博士はカップを上げてコーヒーを飲んだ。

「そういうの科学の本で読んだことがあります。物事は最初で全て決まる、最初が分かれば全部分かる。人生さえも。つまり、生まれた瞬間に人間はどういう風な人生を送るか決まるということ。いや、もっと前からかな。考え方の一つとして載ってました」

 と僕は言う。

 博士とターナは黙って聞いている。

 一呼吸置いて、僕は続ける。

「でも、それは新しい科学によって否定されましたよ。量子力学と言います。物質の最小世界では位置と運動量は同時に確定されず、物事は確率的だということです。正直、詳しいことはよく分かりませんが、運命なんてものは決まっていません」

 ターナも博士も首を左右に振った。

 博士が言う。

「それはそれで正しいよ。だが、それは小さな世界での話だ。大きな世界の物事は決まっているんだよ」

「おそらく量子力学の正しさは歴史が証明しますよ」

 と僕は言った。本の受け売りだ。

「ワシも証明すると思うよ。ただ、それはやはり小さな世界での話だ」

「博士は私が今日ククルを連れてくることを当てたんだよ、一週間前に。あの奥にある機械でね。……ククルのことなんか名前も言ったことない」

「そ、それは凄いけど……。あっ、でもそれならやっぱり運命は決まってないことになるよ。ターナが僕を連れて来ないという選択をすれば良かったんだ」

「あれ? そ、それもそうね」

 ターナは困った顔をする。

 しかし、

「その程度のズレはあるよ。小さなことだ」

 と博士はこともなげに言う。

「そ、そうなんだ。じゃあ、私は将来踊り子にならないのかもしれないの?」

「いや、それは当たるだろうね。踊り子は給料がいいし、踊り以外は不器用な君に他の仕事はできない」

 僕は笑ってしまった。

「ターナはそれで学校に来なくなったの?」

「笑わないでよ。将来踊り子になるんだったら、学校なんて無駄じゃない」

「踊り子さんになる人が学校に通うことも無駄じゃないと思うし、踊り子さんになることが悪いことだとも思わないけれど、何の仕事に就くかなんて今の段階で決まってるわけないじゃないか。この博士の言ってることは間違ってるよ」

「博士の機械は凄いんだよ、大きな地震が起こる日を当てたこともある。私は博士を信じてるよ」

「そんなの偶然だよ」

 博士はまた首を左右に振ってから言った。

「偶然ではない。ククル君、君は将来カレー屋さんになるよ」

「博士は僕の家がカレー屋だって調べたんですね?」

「いや、調べておらんよ」

「……本当かなぁ?」

「疑っても構わんよ。運命は変わらない」

「僕は黄金の戦車の操縦士になりますよ」

 それを聞いたターナは驚いた顔をして口を開く。

「そんなの無理だよ。あれは凄く運動が出来て勇気がある人がなるものだよ」

「なってみせる」

「理想は好きに持ったらいい。しかし、君がカレー屋になること、10年以内にこの町が滅ぶこと、30年以内にこの国が滅ぶこと、50年以内にこの星が滅ぶこと、それは決まっているんだよ」

 と博士は冷たく言った。

「この町が滅ぶの!?」

 とターナが反応する。

「サンダーマウンテンからキマイラが来る」

 僕はまた笑った。

「キマイラってライオンの頭を持ってて翼が生えてて空を飛んで火を吐く化け物ですよね?」

「そうだ」

「それは三十年も前にバラガンさんが黄金の戦車に乗って退治しましたよ」

「知っておる。ワシも見た。バラガンは炎に包まれた悲劇の世界からワシらを救ってくれた」

「それなら……」

 博士は三度、首を左右に振った。

「キマイラは絶滅したわけではない。またやって来る」


 8年後。

「1257番、合格! 前に出なさい」

 1257番……僕だ。

「はい、僕です」

 僕はそう言って、壇上に出て行った。

 ヘルメットをかぶった兵隊さんが僕に話しかける。

「今日から貴様は名誉ある黄金の戦車の操縦士である。仕事は明日からである。しっかりはげめ」

「はい!」

 僕は多数の志願者の中からついに選ばれた。

 この町を守る名誉ある黄金の戦車の操縦士に。

 黄金の戦車があれば、仮にあの大きな山、サンダーマウンテンからキマイラがやって来ても退治することができるだろう。キマイラなんてもういないけどね。

 僕は胸がときめいている。

 僕は合格発表があった会場から出て、おばさんに報告しに行くことにした。

 おばさんとは、母の姉のことだ。

 母と父は僕が幼いころに行方不明になった。

 船の事故だった。

 詳しい事故の原因はわからない。

 わからないが、僕は居場所を失った。

 居場所がないそんな僕をおばさんは引き取ってくれた。

「ククル」

 僕の名前。

 おばさんの家に向かっている途中、誰かが僕を呼び止めた。

「どうだ? 合格したか?」

 果物屋の店長さんだ。

「はい。合格しました」

「そうか! そいつはすごい!」

 店長さんは嬉しそうにそう言って、ダイヤモンドメロンを僕の手にのせた。

 ダイヤのように光り輝く高級メロンだ。

「こんな高い物、まだ買えませんよ」

 と僕は言った。

「何を言ってるんだ。お祝いだよ。合格祝い。もちろんタダだ!」

「あ、ありがとうございます!」

 僕は驚きながら言った。

「ははは、よく冷やして食べろよ。美味しいぞ」

「はい。それじゃあ、また」

 僕は店長さんと別れ、15分ほど歩いておばさんの家に着いた。

 おばさんの家はカレー屋をしている。

 何度か美味しい店を紹介する本にも載ったことがある。僕の自慢だ。

 おばさんの家は店の入り口とそうでない入り口と二つある。

 僕は店の入り口から入り、

「ただいま」

 と言った。

 店はお昼の混雑する時間を過ぎていた。

 お客さんは二人だけだった。

「おかえり。……その顔と、メロン。合格したんだね。メロンは果物屋の店長さんからだろ?」

 とおばさんは言った。

「店長さんからってよくわかるね。うん、合格したんだ」

「おや、何に合格したんだい?」

 メガネをかけた女のお客さんがカレーを食べる手を止めて僕に聞いた。

「黄金の戦車の操縦士です」

「まあ、それはすごい。バラガンさんと交代で乗るのかい?」

「バラガンさんはひと月前に引退しましたよ。もう満足に操縦できないんだとかで」

 横からもう一人のお客さんが言った。

「まあ、それで募集していたのかい? この町の安全はあんたにかかることになるんだね。しっかりおやり」

「はい!」

 僕はその日、ぐっすり眠った。


 次の日、兵隊の宿舎に僕は入った。

 どたどたどた。

 朝からさわがしい音が聞こえる。

「ククル殿、いるか!? 来たぞ!」

 僕の部屋にそう言って誰かが飛び込んできた。僕は着替えをしている最中だった。

「びっくりした。ノックしてください……」

 僕は目を丸くしながら言った。

「すまん。だが、それどころではないのだ。来たのだ!」

 と大粒の汗を流しながらその男の人は言った。

「何がですか?」

「キマイラだよ! サンダーマウンテンからやって来たんだ!」

「からかわないでください。その冗談はきついですよ」

「冗談ではない!」

 その人は真剣だ。

 本当なんだろうか?

「わ、わかりました! すぐ出動します!」

「ああ、たのむ!」

 僕は急いで制服に着替え、宿舎の外に出た。

 町の方を見る。

 本当にいた!

 キマイラだ!

 何て大きいんだ。

 ここからでも顔つきがわかる。

 何て凶暴そうな顔をしているんだ。

 キマイラが喋った。

「この町は私の好きにさせてもらおう」

 何て恐ろしい声をしているんだ。

 町のいたるところで炎が上がっている。

 キマイラの口から吐く火によるものだろう。

 戦車に乗らなければ!

 戦車はすぐ近くの格納庫にあるはずだ。

 しかし、そちらへと僕の足は動かなかった。

 僕は子供の頃に会った博士の言葉を思い出していた。

“10年以内にこの町が滅ぶこと……それは決まっているんだよ”

 あれは本当のことなのかもしれない。

 怖い。

 あんなものに勝てるわけがない。

 逃げなきゃ。

 おばさんといっしょに逃げよう。

 僕はおばさんの家へとかけだした。

 途中、何度かつまずきながらも息を切らし、おばさんの家へと着く。

「……はぁ、はぁ、おばさん!」

 言いながら僕は店の入り口を開けた。

 おばさんはカレーを作っていた。

「おばさん、カレーを作ってる場合じゃないよ。外にキマイラがいるんだ。町中が焼かれちゃう。この町はもうあのキマイラの物だ。逃げよう」

 おばさんは静かに首を振った。

「私にはここしか居場所がない。私はここを守る。あんた一人で逃げな。元気でね」

「何を言ってるんだよ。カレー屋なら別の場所でもできるよ。おばさんには腕がある。ここしかないなんてことないよ」

「あんたにはわからないんだよ。同じ場所で生きていけるってことの幸せが。別の場所では生きていけない人もいるってことが」

「わからないよ」

「バラガンさんはそれがわかっていたよ。だから、あの人は一流の戦車乗りだった」

「そんなことと操縦の腕は関係ないよ。おばさん、お願いだ。早く逃げよう」

「無理だね」

「おばさんのわからずや!」

 もうやるしかない!

 僕は再びかけだした。

 戦車のある格納庫まで……。

 ……たどり着いた時には格納庫から黄金の戦車は出されていた。

「遅いぞ、操縦士さん。私は整備士のナップだ。戦車の整備はバッチリだ。行ってこい!」

「はい!」

 僕は黄金の戦車に乗った。

 スコープを覗く。

「距離、2,2km。発進!」

 ……。


 僕とキマイラの戦いは三日続いた。

 三日目の夕方、僕はキマイラの口の中に戦車の弾を撃ち込む。これで倒せなかったらどうすればいいんだろう? そんな素晴らしい当たりだった。

 キマイラは声もなく空から落下し、ぴくりとも動かなくなった。

 町は半分が崩壊していた。


 その一週間後、僕はすぐに出動しなかったことをとがめられ、黄金の戦車の操縦士をやめさせられることになった。

「おばさん、僕はこれからどうすればいいんだろう?」

 部屋で何か用事をしているおばさんの背中に向かって僕は言った。

「好きなように生きな。もうあんたには黄金の勇気がある。何だってできるさ。私はこれから旅に出る。カレー屋台をするんだ」

 とおばさんは言った。

 それはもう一年前の春のことだ。

 今、僕はおばさんのカレー屋を引き継いで仕事をしている。

 もうすぐ開店の時刻……。

 僕は味見をしてつぶやいた。

「博士、ターナ、運命は変えられたかな?」


 町は力強く復興して行っている。

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