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こんな勇者がいてもいいのか  作者: ペンネグラタン
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枯の節

 魔王を倒すため旅をしてきた勇者な俺だが。

 今、何故か鯨に乗ってます。

 そして、子どもに襲われています。

 まあ、後者は仕方ない。子どもはクリスといって、旅の途中で武器を手に入れる際に滅ぼした村の生き残りだ。今は復讐者となって、俺を殺そうと躍起になってついてきている。

 しかし、前者はなんだ。鯨? 俺、最初はクラゲに乗っかっていたはずなんだ。あんなふわふわした、輪郭どころか存在までおぼろげな魔物だったが、それでも魔王のところまでの案内をかって出た親切な輩だ。それを何故乗り換えたかね? 俺は。

 というか、あれですね。思い出しました。

 クラゲさん「憑依!!」とか言って鯨の口ん中にダイブしちゃったんです。自滅!? とか思ってたら、鯨さんがクラゲの声で喋り出して驚いた。「ここからは安全で快適な海の旅をお楽しみください」とさ。どこのフェリーだよ。

 でも確かに、オボロゲキングの上よりは足場もしっかりしているし、安心感は八割増しだ。

 ところが、そこでクリスが動いた。俺に包丁で飛びかかってきたのだ。

 おかげさまで鯨さんの上でラグナロクというとんでも魔剣を振り回すはめに。クリスの気持ちはわかるので、安直に止めることもできないわけなのだが、俺がラグナロクを一振りするたびにいちいち悲鳴を上げる鯨、うるさい。

 ラグナロクは元々鞘がないので、ずっと抜き身のままでなくてはならない。ただ、それが考慮されているのか、錆びにくいようだ。

 しかし、クリスの包丁はそうもいかない。既に洋上生活は十日を超えている。潮風に当たっているせいで、赤錆が目立ってきていた。そろそろ手入れをしなければ、役に立たないただの塊だ。

 というわけでクリスとは一時休戦。

 もちろん、クリスの意志はそれをあっさり飲むほどヤワじゃない。

 であれば取るべき手段は一つ。強制終了だ。

 俺はクリスを気絶させると、その包丁を研いだ。本当は水を使いたいのだが、生憎、真水はない。

「ところで、魔王はどこにいるんだ?」

 包丁を研ぎながら、鯨に話を振ってみる。

「魔王様は大陸に。かつて人間の国の中でもひときわ大きかったという場所でございます」

「う、もしかして北にあった大国? 方角的にもそうだし」

「はい、そのとおりでございますが」

 うわぁ、ここからの時期、一番行きたくないところだ。大昔、魔王が現れるよりも遥か昔のこと、人間の世界には大国が二つあった。北の大地に幅広く領土を持つ国と、西の方にいくつかの領土を持つ国だ。その現状は知らないが、地理的に考えて北の方はこれからやばい。実の節が終わり、枯の節が来ると、地上では歩くのさえままならないのだとか。まあ、年がら年中寒いらしいが、枯の節は殊更酷いらしい。できれば俺も行きたくない。

 敵じゃなけりゃ、港で倒した熊の魔物にも同行してほしかった。あの毛皮、絶対温かかったよ。

 まあ、仕方ない。

「あとどれくらいで着く?」

「大陸までは、十日ほど」

「まだ十日もかかんの? 冬来ちゃうじゃん。五日で着けよ」

「無茶言わないでください! この鯨の体を慣らすのにもそれくらいはかかるんです」

「いや、鯨じゃなくてもいいからさ。もうちょっと早く」

「あんまり無茶を言うのなら、潮吹きますよ」

「その前にラグナロクで刺してもいい?」

「五日ですね! 努力します!!!!」

 スピードアップ。うん、素直でよろしい。

 とりあえず俺は魚の干物をぽりぽり食べつつ、海面に釣糸を垂らして食料調達を試みる。鯨のスピードアップのおかげで、自力じゃなくても勝手に揺れる。が、数時間、当たりはなかった。釣れても漂流物ばかり。海の生き物は大半が死に絶え、その生態系の大部分が今では魔物に占められている、と書かれた本があったから、そうなのかもしれない。

 服っぽい漂流物は乾かし、表面の塩を払う。磯臭いが欲は言えん。

 そのうちの一つをクリスにかけてやり、スピードアップしてもそこそこ安全で快適な鯨の上で俺も眠った。

 ま、クリスがすぐ起きて、あまり安眠はできなかったが。


 さて、鯨──もといクラゲの魔物は宣言どおり五日で大陸に到着。しかしまだ枯の節でもないのに、そこはかなり寒かった。

「こんなところで魔王は一体何してんだ?」

「さあ。ワタクシ如きには魔王様のお考えはわかりません」

 律儀にご解答どーも、クラゲさん。

「で、魔王はどこにいんだ?」

「ここから十日ほど歩きますと、人間の街の跡があります。そこにおいでです。魔王様は人間の古い文献を読むのがご趣味で、枯の節の前には仮装してお菓子パーティーだと楽しみにしておいででした」

「それ、もーちょい西の方の文化だし。つーか、仮装せんでも充分化け物のパーティーだろ。随分と愉快な魔王サマだな」

「魔王様は楽しいことがお好きです。枯の節には寝床に靴下を飾ってプレゼントを待つのだとか」

「魔王にプレゼントやるサンタがいるかよ」

 随分とイベント好きな魔王サマだ。こりゃさぞかし楽しかろう。知識もそこそこあるようだし、話が合うに違いない。

 だんだん魔王に会うのが楽しみになってきた。

 旅ももうじき終わる。少しくらい楽しんだって罰は当たるまい。俺は元々、そういうキャラだし。

 しかし、そう安全な旅とはならなかった。

 まず、クリスが襲ってくる。そして魔王がいるというだけあって、魔物がわんさか出てくる。魔物はラグナロクで切り捨ててやったが、クリスはそういうわけにもいかない。クラゲは陸上だと輪をかけて鈍足らしく、急ぐこともできない。きっかり十日、魔王の根城までかかった。

 肌寒い、というレベルではなくなってきた。そこでようやく魔王宅へ到着。

 いや、魔王宅というのは緊張感が欠けることこの上ない呼び方なのだが、これがまたそうとしか言いようのない佇まいなのである。

 城と呼ばれる巨大で荘厳な造りのイメージが似合うはずの魔王サマ、しかし俺が着いたここはどう考えたって一般の民家。かなりこじんまりとした"おうち"である。

 魔王サマへの取り次ぎが木の扉をノックという信じがたい仕様。

 で、ノックで出てきた魔王サマ。

「ん〜、誰だよ。今昼寝中だったんだぞ?」

 かなり緊張感のない声でかなり緊張感のない寝癖だらけのお姿で登場。水玉模様の上下はパジャマか。パジャマなのか!?

 顔はなかなか秀麗で恐ろしいほどの美貌なのはいいが、その背の低さとふわぁと欠伸をかます異様なまでの人間臭さがミスマッチというか解せん。こいつが本当に水金火木土天海冥ぶっ壊した魔王なの!?

「あれ? 人間がここに来るなんて珍しい。やあ、ボクは魔王。キミ、名前は?」

 意外とあっさり名乗ったし! 他にもツッコミどころは満載なのだが、とりあえず俺も名乗っておこう。

「えーと、魔王を倒しに来た勇者という肩書きの平々凡々とした人間です」

「わはは、面白い。入って」

 正直に名乗ったら、予想外にあっさり受け入れられたんですけど。

「わぁ、それ伝説の終焉魔剣ラグナロクじゃん。一度間近で見てみたかったんだよね。よく見せてよ」

 子どもさながらの好奇に満ちた目でラグナロクに触ってくる魔王サマ。あの伝説をご存知のようだ。

「魔王、取り扱いにはご注意を」

「うん。伝説は知ってるよ。つか終焉魔剣作らせた魔王ってボクのじーちゃんだし」

「えぇっ!?」

「じーちゃんもアホだよねぇ。終焉魔剣とかイタすぎだし」

「魔王、魔王って世襲制?」

「いいや。魔王は魔王倒した奴がなるの。たまたまボクのじーちゃんも魔王だっただけで」

 魔王宅に来てから、衝撃の連続だ。魔王を倒した者が魔王にってことは、魔王は元勇者ということだ。

「じゃあ、魔王もあの辺境村の出身?」

「え、てことはキミもあの村から来たの?」

 図星! というか、当たらなくてもいい予想が当たった。魔王と勇者が実は同郷とか、どうでもよすぎる。けれどこれで一つ得心した。魔王がいつもあの村を潰さないのは、故郷だからということか。

「違うよ。あんなとこ潰してもつまんないからだよ。代々の魔王はみんなそう。キミだって、あそこの村八分だろ」

「ん、ってことはまさか」

「そのまさかさ」

 異様に嬉しそうに俺を送り出した村人たちの顔が蘇る。すごく残念な確信が生まれた。

「あれ、村八分を追い出す方便だったんだな……」

「そのとーり。あの村のクソみたいな慣習の一つさ」

 村八分とは、村から疎外されている者のこと。その原因は本人だったり、家柄だったりにあるが、村八分は火事のときと死ぬときしか村に助けてもらえない。そういう奴のことを言う。

 あの村は村八分を疎むあまり、村八分を消そうと考えたのだ。それによって魔王が生まれ、勇者が送られ、その勇者が魔王となり……という連鎖が発生した。

「しかし、あの村ってばまだ続けてたんだねぇ。お触れを出してみてよかったよ。これで心おきなく春には地球をぶっ壊せる」

 無邪気な笑顔で物騒なことを言う魔王。けれど俺はこいつにラグナロクを振り下ろす気にはなれなかった。

「あれ? ボクを倒しに来たんじゃないの?」

 一向に攻撃しない俺に魔王が首を傾げる。それと共に返されたラグナロクを受け取りながら、俺は乾いた笑みを浮かべた。

「滅ぶなら、滅べばいいじゃん、ほととぎす」

 そう放った声には、俄に諦めが漂っていた。

「随分と諦めのいい勇者サマだねぇ」

 俺の意志を正確に把握した魔王がおちょくる。

「俺にはもう、守りたいものも、生きたい理由もないからさ」

 脳裏をよぎるのは、ラグナロクの力で滅んだ村。優しかった人々。笑っていた頃のクリス。

 トモヒトやチカといた、故郷での思い出は灰に染まり、塵となって消えた。

「なら、今殺してあげようか?」

 魔王がさらりと提案する。生きる希望がほとんど残っていないはずの俺だが、あまりものあっさり感にぎょっとする。

 そんな俺の反応に魔王がけたけたと笑った。

「冗談だよ、冗談。でも真実を知ったキミを、このまま生かしておくのもなぁ」

 魔王の瞳にちらりと危険な光が宿る。俺はどきりと身を固くした。

「そうだ、ティータイムにしよう」

「……はい?」

 魔王は、どこまでも気の抜けた魔王だった。


「紅茶にはねー、この苺ジャムを入れると美味しいんだよ。あ、ジャムは自家製だから安心して」

 魔王の自家製のどこに安心したらいいのだろう。確かに美味しそうではあるが。

 軽いホームパーティー状態になっている。魔物たちに囲まれ、魔王お手製の焼き菓子をおやつに紅茶を飲む。向かい合った魔王と俺が、果たして宿敵に見えるだろうか。

 しかも菓子もお茶も絶品。ねぇ、この人本当に春に世界滅ぼすの?

「そーいえば」

 俺がツッコみたい衝動と格闘していると魔王が口にした。

「もう一人、人間の子が来てるみたいだけど、その子も一緒にティータイムどう?」

「クリスか」

 魔王の誘いに入口の扉が小さく開き、クリスが入ってくる。俺はなんとなく、殺る気だな、と思って待った。

 しかし続いて放たれたのは、意外な言葉だった。

「なんで、約束守らないんだよ」

「え?」

 顔を上げたクリスの目には強い光が宿っていた。

「言ってたじゃないか、花の節にはまた来るって! それは次も花の節を迎えようってことだろう? みんなはもういないけど、花の節にはって。それに、村のみんなは何のためにラグナロクを託したと思ってる? 何のために、あんたは終焉魔剣を抜いたんだ!!」

 その言葉が、胸を突き抜けた。

 魔王に滅ぼされるくらいなら、一矢報いる可能性のある方に賭ける。それがあの村の人々の意志。そして俺はそれを受け取った。あの村を滅ぼしても。

 だから俺は、熊の魔物に言った。


「殺します。半ば八つ当たりで」


 そうだった。俺はこいつを八つ当たりだろうが殺そうと思って、ここまで来たのだ。

「なぁ、魔王」

「何?」

「殺していいか?」

「んー」

 とんでもない提案に、この期に及んで緊張感なく魔王は答えた。

「戦うのは嫌いじゃないけど今はやだー。冬は冬ごもりするんだもん。春になったら戦おう?」

「そうか」

 俺はラグナロクを振り下ろした。







 世界は結局、俺という勇者に救われたのだが、それが史実に語られることはない。





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