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こんな勇者がいてもいいのか  作者: ペンネグラタン
3/4

実の節

 込み入った経緯で手に入れた剣・ラグナロクは最凶の剣という触れ込みに違わぬ活躍を見せていた。

 というのも、来る敵来る敵ばっさばっさ。切れ味抜群、刃こぼれなし、手入れも簡単というかなりの優れもので。その優秀さに涙が出そうです。

 だって一太刀で魔物殺しちゃうんだもの。

 魔王倒すために旅に出た勇者な俺だけど、魔王の居どころを知っているわけじゃない。魔王の居城を知っていても、魔王が常にそこにいるわけじゃないし、その居城からとんずらしている可能性だってある。故に魔王の動向は自分の足で調べるしかない。

 その手っ取り早い情報源が魔王配下の人外生物・魔物なわけだが。素晴らしく優秀なラグナロクさんは手加減を知らないようで、情報源が次々と消えていく。

 俺自身、手加減の仕方がいまいちわからない。これなら包丁の方がよっぽどやりやすい。

 しかしながら、俺の包丁は果物ナイフサイズなので、戦闘にはあまり向かない。対人戦くらいになら使えるけれど。

 一応、予備の包丁は一本あったのだが、今はもうない。

 ラグナロクを手に入れて以来、クリスという子どもが俺をつけてきている。

 ラグナロクのあった山の近くに小さな村があった。そこに住んでいたのがクリスだった。俺がラグナロクを抜いたために、ラグナロクの災いをもたらす力が解放され、その村は消滅した。クリスが俺を追うのは、おそらくその復讐のためだ。

 ただ、武器も道具も何もない状態では危ないだろうと、さりげなく包丁をやったのだ。石を投げてきたお返しに、足元めがけて。

 さすがに負い目を感じているからな。

 それはともかく、だ。情報源の魔物を生かして捕らえる方法を考えなくては。

 といっても、俺だってそんなに大したものは持っていない。包丁とラグナロク、鞄の中には小さいまな板、保存食がたくさん。あとは釣り用の糸くらいか。砥石もあるな。

 近くに街や村はないだろうか。そろそろ実の節だ。近頃は魚の干物しか食ってないのだ。まともなもんを食いたい。そうすりゃ何か思いつくかもしれん。

 しかし、元いた村からどれくらい歩いたんだろうか。花の節、葉の節が過ぎ、気づけば実の節だ。次の枯の節が終わればタイムリミットの一年が経過してしまう。急がなくては。

 確か記憶を辿ると、近くの川を下った先に港があったはず。魔物に占拠されていてもそれはそれでよし。情報源がざくざくだ。いざゆかん。


 で、着いてみたら、だ。なんと港は襲われている真っ最中だった。

 人間が魔物に虐殺されていく様は見ていて気持ちのいいものではない。とりあえずラグナロクを握り、戦場の中に突っ込む。

 ラグナロクを振り上げ、大剣を振り回す熊型魔物に斬りつける。すると、固い感触。大剣で刃を止められていた。これは珍しい。

「ほぅ、珍しい」

 熊が渋い声で言う。獰猛そうな赤い目が興味深げに俺を見つめる。熊のくせに口の片端を吊り上げて笑うという妙に器用なことをしていた。

「我が剣に倒れぬ人間がおるとは」

 熊が言いながら振るった大剣にラグナロクは薙ぎ払われる。直前に刃を少しずらしていたので、どうにか威力は削がれたようだ。積極的な熊さん、間髪入れずに肉迫。とりあえず横に避けてみる。熊とのすれ違い様に起こった風が、髪を一、二本さらっていった。

「ほほぅ、このビッグベアーの剣を三撃まで耐えた奴は魔王様以来じゃ」

 そこそこ貫禄のある声は聞き心地がいいですが、ネーミングはもうちょっと何かなかったんですか? 確かに、大きな熊さんだけどさ。

「お主、名は」

 おっと、お決まりな質問キターッ! 俺もこんなん訊かれる日が来るとは。と、興奮している場合じゃない。ラグナロクを構え直し、答える。

「生憎と俺はそういう流儀を疎んじる不心得者でね。名乗るような名は持ち合わせちゃいない」

 おお、我ながらクサイ台詞だ。戦いの緊張感がなけりゃ、笑い転げているところだ。

「ふっ、それも面白い」

 熊は不敵に笑いながら大剣を振り上げる。俺は大きく振りかぶられた瞬間、熊の懐に入り、包丁を引き抜いて、取っ手で思い切りアッパーを決めた。変な角度で打ったので肩が痛い。だが相手にも効いたらしく、カラン、と剣が地面に落ちる。

 俺は利き手ではない方に持ったラグナロクを熊の肩に斬りつける。ラグナロクはその威力を充分に発揮し、熊の右腕を宙に舞わせた。

「ぐっ……やるのぅ」

 左手で先のなくなった右肩を押さえ、飛び退く熊。俺は深追いはせず、ラグナロクで空を斬り、血を払った。鞘があれば格好がつくのだが、そう欲も言っていられない。

「そちらこそ。この剣じゃなきゃ、刃は通らなかったでしょう」

 右腕切断はなかなかの深手だが、一撃死にはならないはず。咄嗟の思いつきだが、この判断は正しかったようだ。

 さて、ここからが勝負どころだな。

「まだ続けますか?」

 俺は油断なく斬り飛ばした腕の元へ。側には大剣も落ちている。その両方の前に立ちはだかる。

「あなたを魔王方の重鎮とお見受けします」

「ほぅ」

「それで、一つお訊きしたいのですが」

「何じゃ?」

「魔王はどこにいますか?」

 俺が問いを発すると、空気が更に緊迫する。頬を焼くような感覚に、思わずラグナロクを握る手に力がこもる。後ろの方には人の気配はない。逃げたのだろう。

「それを知って何とする?」

「うーん」

 正直に答えるべきか、嘘でごまかそうか。

 これまでの出来事がフラッシュバックする。神に選ばれたと称されながらも結局は村八分だった自分。滅ぼしてしまったクリスの村。

 俺は魔王をどうしたい?

「殺します。半ば八つ当たりで」

 瞬間に起こった出来事は当事者にしかわからなかっただろう。

 熊の左腕が縦に引き裂かれていた。鮮やかな赤が俺の頬を濡らす。熊が殴りかかってくる直前にラグナロクを立てた結果だ。

「ぬ、ぐぅぅっ」

 熊が吐血する。ラグナロクは肩口で止まっていた。

 ばちばちと電流のようなものが手に流れてくる。なんとなく、拒絶の反応だとわかった。

「痛いよ、ラグナロク」

 お前、殺意にも反応するんだな。

 ばちん、と人差し指の辺りに電光が走る。見ると、指は焼け爛れ、血をだらだらと流していた。

 おかしな奴だ。刀や剣は生き物を殺すためのものだろうに、殺意さえをも拒絶するって。

「ラグナ、ロク、だとっ……!?」

 ふと笑みをこぼしていると、熊が後退りしながら驚愕していた。恐怖の色も滲んで見える。

「そう、ラグナロク。なんだ、熊さん知ってるの?」

「終焉魔剣を扱える者がいようとは」

「いや、熊さん、いい加減俺の質問に答えようか」

 ラグナロクをゆらりと構えると、熊がごくりと生唾を飲み込んだ。この脅しはいけそうだ。

「さて、もう一回訊くけど、魔王はどこ?」

「…………」

 一閃。

 左腕がぼとりと地に落ちる。

「邪魔っぽかったから斬ったよ。大丈夫、この程度で死ぬような鍛え方してないでしょう? 熊さん」

「ぐぬぬ」

「さあ、教えてください」

 熊が深く息を吐く。開かれた赤い目は冷静なものに戻っていた。ゆっくりと口を開く。

「それはできん。戦士の誇りにかけてな」

「じゃあ」

 ざん、ずさっ

 ラグナロクが幕を引いた。

 熊の後ろに控えていた魔物連中が悲鳴を上げて逃げ出す。そのうちの一匹をひょいと捕まえた。クラゲのような輪郭が不確かな魔物だ。掴んだ足はうねうねとして気持ち悪い。

「お前さんたちどこ行くの? 魔王んとこなら連れてってよ」

「ぴいぃぃぃぃっ!!?」

 ラグナロクをちらつかせると、ものすごく素直に従ってくれた。どうやら、あの熊がこの団体の頭領格だったらしい。

 クラゲの頭に乗っかって出発しようというときに、後ろから刺突音がした。振り向くと、かろうじてまだ息のあった熊にクリスがとどめを刺していた。

「あの子も乗せてあげてよ」

 クラゲに言うまでもなく、クリスはクラゲに飛び乗った。

 かくして、俺は決戦の地へと向かう。




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