葉の節
旅に出てからというもの、俺のやることは専ら魔物退治だった。魚を捌くのに何年も使ってきた包丁で倒している。ときたま捌いた魔物が食えないものかと思って開いてみるのだが、内容物がグロテスクすぎたのでやめる。
食い物には困っていない。俺が以前から保存食に作っていた魚の干物がまだあるし、通りかかった川や湖で釣りもしている。淡水魚最高。
ところがだ。今、俺は結構な問題にぶち当たっている。
「短い、よなぁ」
いつものように包丁を研ぎ、思う。
調理兼戦闘用と、冗談でなく万能包丁と化しているこいつ。もちろん大切な相棒なので手入れは欠かさない。まあ、手入れというと刃を研ぐわけなのだが、刃を研ぐと僅かながら刃は短くなるわけで。更に言うと、最近は武器としても使っているので研ぐ頻度も高くなっている。
するとどうだろう? だんだんと包丁だったそれはミニマム化していき、果物ナイフ並みの長さになっていく。調理には困らんが、戦闘には不向きじゃなかろうか。魔物さんの心臓の位置に刺せても、実際先っちょくらいしか心臓に刺さってないとかちょっと致命的。
魔物は人間と体の構造が違うので、そのうちこの刃すら通らない奴も出てくるかもしれないし、新しい武器が欲しいところだ。
昔なら、勇者と言えば聖剣エクスカリバーとかだったんだろうが、それはだいぶ古い伝説だ。そう都合よく伝説の武器がその辺に転がっているわけがない。
とはいえ、あてはあった。元いた村には伝説の類の本はたくさんあった。村八分だったが、あの村で字を読めるのは俺だけだったので、読み放題だった。そこで得た情報は大体覚えている。
伝説や伝承はかなり古いものが多く、ほとんどが望み薄だったが、一つだけ比較的最近の話があった。最近といっても、百年前くらいの話だが。
百年前も別な魔王の襲来があり、その魔王は腕のいい鍛冶屋を捕まえ、最凶の剣を打つよう命じた。
しかし鍛冶屋はいくら打っても満足のいくものができず、挙げ句人質にとられた家族を全員殺されてしまう。それでも懸命に槌を振るうが、やはりできず、堪え性のない魔王が、とうとう工房をぶっ壊しに来た。
最後の宝である工房まで失った鍛冶屋はその工房で打った最後の剣を携え、逃げた。けれど魔王は執拗に追ってきて、鍛冶屋はとうとう自害を決意する。魔王に奪われるくらいなら、と最後の剣で自らを刺し貫いた。
魔王はその現場を目撃し、止めようとするも間に合わず。せめて剣だけでも奪ってやろうと近づくと、剣から波動が放たれ、魔王を周囲のものもろとも吹き飛ばした。
はからずも、鍛冶屋は最凶の剣・終焉魔剣ラグナロクを生み出したのだ。
……という感じの伝承だ。その剣は嵐を呼び、雷雲を呼び、ありとあらゆる災いをもたらす、的な中二ひゃっほいな設定持ちである。
嵐を呼んだり雷雲を呼んだりはしなくていいので、とりあえずそこそこの名人が打った剣があるのなら欲しい。錆びていても研ぐ準備は万全だ。
まずはその鍛冶屋が住んでいたという辺りへ行こう。そこに村でもあればめっけもんだ。
さて、そんなこんなで花の節から葉の節へ移ろう頃、俺は村を見つけた。辺りを山に囲まれた、元いた村といい勝負なくらい小さい村だ。
親切な村の子どもに招き入れてもらった。
「旅のお兄さん、こんな辺鄙なところに来るなんて変わってるねぇ」
「辺鄙なんて、難しい言葉知ってんな。ま、俺はここよりだいぶ辺鄙な村の出だかんな」
そんな会話をしながら村を散策する。小さい村にしては丈夫そうな石造りの家が多い。もしかしたら、百年前の名残かもしれない。
それを確信させる場所に出た。
「ここは……」
「百年くらい前に魔王に更地にされたとこだよ。今は僕たちの遊び場」
どうやらビンゴのようだ。なんか更地の中央には石碑も立っている。
「適当に歩いてても、目的地に着くもんなんだな」
「え、お兄さん本当にこの村に来たかったの!?」
「ははは、まあな」
とりあえず、その日はその子のうちに泊めてもらえることになった。
いい村だ、とぼんやり思う。案内してくれた子ども──クリスというらしい──も親切だし、クリスの親も人が好く、俺の滞在を快諾してくれた。他の村人たちも、ラグナロクについて情報提供を無償でしてくれた。やばい。定住したい。
魔王倒すより先に新天地を見つけた気分だ。
村人の識字率百パーとかまじ感動。その上子どもも賢いし、あの村よかよっぽどいい。なんだかんだで俺、村八分という扱いが辛かったんだな。
「そういえば、次の花の節にはもう、魔王がこの星を壊してしまうらしいけどねぇ」
「花の種、いっぱいあるんだけど、蒔いても意味がないかしら?」
「なら、俺にそれくださいよ。知り合いの結婚祝いにでも贈りますから」
「あらまあ! なんておめでたい話なの! どうぞ贈ってあげて」
冗談で言ったのだが、可愛らしく包装までしてくれる。それくらいみんないい人だ。包みを鞄に仕舞う。
魔王倒したら、ここに住もうか。
そんなことを考えながら、数日後、ラグナロクが眠るという山へ向かった。
少々浮かれていたのがいけなかったのだろうか。
俺は天からの罰をしたたかに受けることとなった。
村を囲む山々の中で、一つだけ木のないはげ山がある。ラグナロクがあるのはその山だ。何でも、ラグナロクの終焉魔剣という名に違わぬ力のために周囲の全てのものが薙ぎ払われた結果が今のはげ山なのだそうだ。
ラグナロクは悪意に反応するようなので、悪意がなければ難なく近づけるとのこと。しかしこれまで誰も抜かなかったのは、災いが訪れることを恐れてだという。
そんな剣を抜いていいのやらとも思ったが、魔王に滅ぼされるくらいなら、一矢報いる可能性のある方に賭けるとのお言葉。例の鍛冶屋の精神は受け継がれているらしい。それにこの剣が刺さっている限り、このはげ山には植物も育たないんだとか。剣がなくなったら、山に木を植えるんだ、と村人たちは話していた。
さて、はげ山なので登りやすいかと思ったら大間違いだ。木がないせいで土は脆く、足場は心許ない。魔物がいないのが救いだ。
それでもどうにか山の頂上付近まで登ると、土に突き刺さった一本の剣が見えてきた。意外にも片刃で、剣というか刀のような印象だ。まあ、今まで使っていたのは包丁だし、刀の方が扱いやすいっちゃやすいか。
ラグナロクの前に行き、手をかける。すると案外軽く抜けた。
あまりにも簡単に手に入れられて拍子抜けだ。刃の状態もいい。そう思ってラグナロクを眺めていると。
ゴゴゴゴゴッ
「なんだ?」
突然の地鳴り、地震。いや、これは揺れているんじゃなく、落ちている? はげ山が崩れているのだ!!
「まっず」
声を上げる暇もなく、俺は土砂に飲み込まれた。
息をしようともがいて、ようやく外に出ると、山だったそこは完全に平地になっていた。
辺りを見渡し、危機感にも似た違和感を覚える。
「随分と、まっ平らになったもんだな」
ぽつりと呟き、はっとした。
村がない。
まさか、この土砂に埋もれてしまったのか!?
「おい、誰か! 誰かいないか? みんな無事か!」
手にしていたラグナロクをずりずりと引きずりながら、声を上げる。しかし返ってくるのは問いかけのエコーばかり。生き物の気配すらない。
日が傾いてきた頃、俺は途方に暮れ、膝をつく。拳を握り、地面に叩きつけた。
「お兄さん?」
そのとき、聞き覚えのある声がした。夕日の方からとぼとぼと歩いてくる影が一つ。逆光で顔はよく見えないが、声は間違いなくクリスだ。
「クリス! 無事だったか」
「お兄さん」
俺が駆け寄ろうとするとクリスが冷たい声で呼ぶ。クリスとは思えないほど、底冷えのする声だった。
クリスの目が鋭く光り、俺の手にあるラグナロクを見据えていた。
「お兄さんが、やったの?」
息を飲む。
今のこの状況はお前が作り出したものなのか? ──クリスの眼光は、そう問いかけている。その光に宿るものは、憎悪の感情。
ラグナロクを握る手が、じっとりと汗ばんだ。俺がやったのかと言われれば、そうなのかもしれない。ラグナロクを引き抜いたときに事は起こったのだから。
「そうだよ。俺だよ」
俺は真っ直ぐクリスに答えた。目をそらしてはいけない。動機はどうあれ、終焉魔剣を望んだのは間違いない。
魔王を倒したいと思ったんだ。魔王を倒して、この村で次の花の節を待ちたいと思った。だから剣が欲しかった。
「じゃ、俺は旅を続けるわ」
「おい!」
背を向けると、だん、と小さな手が打ってきた。
「ふざけるんじゃないよ! なんで村をこんなにして、普通に去っていけるんだよ! 返せよ、返せ! ぼくの家、父さん、母さん、友だち……みんなを、返せぇぇぇぇっ!!」
ぽかぽかと背中を打たれた。全く痛くはなかった。けれど、その手を掴んで止める。
「それはできない」
きっぱり言った。
「だから俺は、魔王を倒しに行く」
去りながら、俺は綺麗に包装された小包を取り出す。包丁の先端を刺して、小さな穴を開けた。
ぽとり、ぽとりと種が落ちていく。
「花の節にまた来るよ」
俺は誰にともなく呟いた。