花の節
世界は魔王によって支配されていた。
この村は人間の最後の砦である。
なんでも、この村には勇者と魔王の伝承があって、世界は何度も魔王の手に落ちたけれど、最後に残ったこの村の人間から、神が勇者を選び出し、勇者が魔王を打ち倒すのだそうだ。
そうやって、この村もといこの世界は守られてきた。
そもそも魔王が何度も支配したって、魔王何人いんだよ? 魔王を生む魔の聖母とかいんの? それとも魔王って異界人? こう、時々生じる時空の歪みとかから出てきて、この世界の常識がないからとち狂って中二病発症しちゃった奴とか? うわー、そんな魔王いやだー。つかそんな魔王に支配されちゃうこの世界もいやだねー。
それに、いつもいつもこの村が最後ってのもおかしいと思うね。だって村だよ? 小さいけどさ。こんな寒村の一つや六つや九つ十は、魔王、ローラーでもかけて潰せちゃうでしょ。あ、でも配下に置いてもこんな何もない村じゃ得なしか。ど田舎だもんな。
どれくらい田舎かというと、村人は怪しい宗教を信じている二十余人。うち老いぼれは十人と半数近い。その上、作物の育ちが悪く、稼ぎ手もなければ自給自足もままならない。若い衆のほとんどは出稼ぎだ。
村人同士は手を取り合わなければ、没落する。そんな村だ。魔王が目にも留めないのは道理か。
とはいえ、粗方他の街や都市を潰した此度の魔王サマがこの村に目をつけるのは時間の問題。というかこの魔王、かなりの気分屋で、このあいだ、とんでもないおふれが世界中に広まった。
「一年後に、この星ぶっ壊すので」
リミットを示してくれるとか、なんて親切な魔王サマだ。
今は花の節。古い言い方で言うと春だ。次の春にはこの村のみならず、星ごと全破壊される。
確証せざるを得ない。何せこの魔王、太陽系の他の星、ぶっ壊しちゃってるし。もはや太陽と月と地球だけだよ。そう、もう水金地火木土天海ついでに冥ではないの。地だけなの。
そんな奴、倒せるわけないじゃん。
ま、この村が滅びる分には村八分の俺としちゃ、全くもってかまわんのだけれど。新天地もなくなるんじゃ、ちょっとなぁ。さすがに新天地求めて銀河系旅するような甲斐性は俺にはないよ。つかめんどい。
困ったり困らなかったり、俺の思いは微妙なところだが、村では伝承を信仰する怪しい宗教の怪しい信者たちが、勇者が選ばれるのを待っているようだ。
魔王には届かんだろうが、勇者候補と呼ばれる優秀な奴はいくらかいる。
その中でも俺の腐れ縁──もとい、自称親友サマは飛び抜けている。
そいつは狩人で、家畜も飼えない村のために山や森からタンパク源を獲ってきてくれる。たまに村の外をうろちょろしている魔王の手下とかも仕留めてくるな。村八分の俺にさえ普通に接してくる人の好さ。うん、もうこいつが勇者でよくね?
こいつの悪いとこなんて頭くらいだよ。字は読めねぇし、単純で単細胞。人が少し近所のあの子との仲をおちょくったくらいで怒り出す。鈍感のくせに。
近所のあの子ってのは、俺たちと同じ年頃の女の子だ。不思議な力の持ち主で、魔女って呼ばれている。色々文献を漁った俺としちゃ、エスパーと呼びたいとこだけど。
彼女の使える力は読心術と念動力。タネのないマジックみたいなものだが、この村には学のある奴がいない。俺以外は神の申し子とか、ジャンヌ=ダルクの再来だとか騒いでいる。つか、本読めないのにジャンヌ=ダルクは知ってんのな。
俺が色々指摘するとややこしいことになる。誰も信じない。流される。ま、村八分ってそんなもんかと思っているから別にいいけどね。信じなくて後悔しても、村が滅んでもどうでもいい。滅ぶなら、滅べばいいじゃん、ほととぎす。
さて、辺りが神サマのご降臨じゃー、とか騒いでいる間に、俺は茶でも飲んで昼寝だ昼寝。まったり世界の終焉を待つとしよう。
そんな気分でいた俺に、神サマは何やら面白い悪戯を差し向けてくれたようだが、このときの俺はまだそれを知らない。
「おーい、いるかー?」
親友の声。む、昼寝の途中だったのに、と目を開けると、親友がちっこい鍋を抱えて玄関先で待っていた。その脇には茶碗と杓子を携えたあの子。相変わらずお似合いだ。おかげで寝覚めが最悪だ。
「なんだよ、人様の昼寝を邪魔しよってからに」
「お前、年がら年中昼寝中だろ」
「お前らが来ると夢ん中の花畑が薄汚れた畑になるわ。隣の芝が青すぎるからな」
「憎まれ口叩いてると、せっかく持ってきた鍋食わさんよ」
「ま、もらえるもんはもらっとこう」
二人を中へ入れる。ふたを開けるとそこはきのこきのこきのこ。前言を撤回したくなる。
「お前、きのこ鍋って」
「なんだ? 文句でもあんのか?」
「あるわ、あほんだら! お前、俺がきのこ嫌いなの知ってんだろ」
「じゃ、きのこは俺が食う」
「汁しか残らんだろ」
「でも汁は飲むんだろ?」
「どーせ俺はいやしんぼですよ。礼に干物の一つもやんねーかんな」
「お前がケチなのは今に始まったことじゃないからいいよ」
「あ、でも結婚祝いとかにならやるかもな」
「なっ!?」
二人して真っ赤になる。これだから面白い。
「あ、でもお前らが勇者一行として魔王倒しに出たら帰って来んか。じゃ、やめだ」
俺がそう言うと、二人の表情は一変。辺りは水を打ったように静まり返った。
「トモくんが魔王に負けるって言うん?」
近所の子の方が言った。そういやこの親友、トモヒトとか言ったっけ、とか思いながら、首を傾げてみる。
「何よその反応。あんたなんか、村八分で、トモくんの助けがあってようやく生きてるんじゃない」
「うーん、わりかしそうでもないけど。俺の食事、魚の干物でほとんど足りてるし」
「この恩知らず! 馬鹿!」
「ちょ、チカちゃん」
怒り出し、念力で杓子や椀をゆら〜と持ち上げる彼女をトモヒトが止める。俺はというと、あれ、この子そんな名前だったの? とか思いながら眺めている。するとテレパシーを使ったらしい彼女はど怒りで、浮かんだ杓子が顔面めがけて飛んでくる。動きはいつも直線的なので避けやすくて助かる。
と、杓子がないと鍋がよそえない、と横を通りすぎた取っ手を掴む。
「ったく、こんくらいで怒んなよな。俺が失礼なのこそ年がら年中だろうに」
「いや、それ胸張って言うことじゃないからね?」
「それに、帰って来ないっつっても、魔王に負けるからとは限んねーじゃん。凱旋ついでに新婚旅行だったりしてな」
「「えっ!?」」
耳まで赤い二人に拍手を贈りたい。分かりやすくて助かる。
「ま、とりあえず鍋食おうや」
俺はマッチを擦り、囲炉裏に火を灯した。
その日の汁はきのこが入ってるにしちゃ旨かったので、気まぐれに干物を一枚、分けてやった。トモヒトもチカも目を丸くしていたな。
この親切が、だめだったんだろうか。
数日後、何故か俺が、勇者に選ばれたことを知らされた。
その日は神サマが降りてきたらしい。
いつもは預言人という怪しい信者たちをとりまとめる怪しい僧侶が、神の声を聞き、皆に伝えるのだという。しかしその日は、僧侶にしか声を届けないケチんぼな神サマが僧侶に憑依し、直接告げたそうだ。
「此度の魔を退けるは、村八分の若者なり」
俺は信心深くないから全く信じていないのだが。信心深すぎる村の衆でさえ、そのお告げは信じられなかったらしく、村は大パニック。チカなんかはヒステリー起こして大暴走。つかチカの力で村が滅びそうな勢いだったので、チカは蔵に幽閉されている。俺としちゃ、滅ぶなら、それもいいかな、ほととぎす、なんだけど。
さすがに他人事ではいられず、押し掛けてきたトモヒトと話し合う。
「いやー、まじかー」
「まじかー、じゃないよ! 大事だぞ? なんでそんなに緊張感ないんだよ」
「いつものことじゃん」
「自慢にならねぇからな!」
「とはいえ、実感湧かねぇんだよ。俺だって、自分が選ばれるとか思っちゃいなかったし。つか俺、ヒーローとか柄じゃねぇんだけど」
正直に告げると、途端にトモヒトがしゅんとなる。
「でも、お前が勇者だって神様が言ったんだ。お前が行かないと、だめなんだろ」
トモヒトがぼそぼそと言う。
実際、こいつの言うとおりだ。この村はやけに神サマ信仰が深い。村八分だろうと神サマが選んだんだから、神サマが選んだそいつに百パーすがる。他力本願極まれり、だな。
トモヒトだって、勇者候補と名高かったんだから、本来悔しがるとこなはずなのに、納得しちまってるし。
「ま、しかし、神サマも人を見る目があんな〜。確かに全体的に見りゃ、お前より俺の方がパラメーター高いし」
「……は?」
「つか、俺ってばこの村の中で一番頭いいんじゃねーの? あとは単細胞とアホばっかだもん」
すぱーん。ものすごく勢いのある平手を食らった。
「誰がアホだって? お前っていっつもそう。人を見下したような口ばかり叩いて。そんなだからのけ者にされんだよ」
「ま、村八分ってそんなもんだろ」
すぱーん。こいつ本当に単細胞だな。
じんじん痛む頬をさすりながら、トモヒトを見る。
「なんでお前はそうなんだよ!? 本当に何もしないくせに、自分ばかり安穏として、他人事みたいに自分を貶めて、そこで満足するなんて。なんでお前みたいなんが勇者なんだ。なんでお前みたいなんにチカちゃんとられなならんのだ!!」
「……はい?」
俺がチカをとる? 何のこっちゃ。
その問いを口に乗せると、怒り狂った表情のまま、トモヒトが説明する。
「チカちゃんはな、魔女として勇者の手助けをするために育てられてきたんだ。だから、勇者と一緒に旅に出るのが運命なんだ」
運命、ねぇ。
「で、あの子はそのこと知ってんの?」
「たぶん、知ってる」
ふむ、そりゃヒステリー起こすわ。
命落とすかもしれない危険な旅のお伴が信用ならない村八分と思い人とでは、選択は言わずものがな。それに二人共鈍だから気づいていないが両想いときたら、彼女じゃなくたって村の一つや二つは壊すさ。
でも俺に対しちゃ頼まなくてもテレパシー使ってくんのに、思い人には使わんときた。つくづくアホだ。
「お前も、アホだよなぁ」
しみじみ思う。まだ喧嘩腰のトモヒトがぎらりとこちらを睨んできた。おお、怖。
「お前さ、ここまで来て、ここまでなって何もわかってないとかまじアホすぎ。なるほどこんな勇者いやだわ。つかお前如きが勇者なれんだったら、俺大賢者くらいになれるよ。あー、神サマって本当、見る目あるわー」
「は? え?」
すっとぼけた顔があんまりにもイラついたので、笑いながらぶん殴ってやった。トモヒトはきょとんとしている。
「とんだドアホだな。魔女は勇者についていくもの? 好きな奴をそんな尻軽女みたいに言う奴なんて、魔王にケツでも叩いてもらうんだな。神サマでもいいや」
「お前……」
「あ、俺はやんねーぞ。勇者サマの高貴な手でドアホひっぱたくとかあり得ねぇ。そんな見苦しいとこ見ても誰得なんで、さっさと行くわ」
「お、おい!」
「魔女ならいらねぇよ? あんな小姑みたいな魔女なんかいたら、倒せるもんも倒せん。現地調達するわ」
つか、一人で魔王んとこ行ってもそれだし。
俺はとりあえず、さっさと村を出た。村八分が出て行けば、他の村人も万々歳だろう。
その証拠に、見送りは全員見たこともないような笑顔だった。気持ち悪くて仕方なかった。
かくして俺は魔王を倒す旅に出た。