01. 当たり前?
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二○九九年四月三日
総理官邸占拠事件の解決から、丸一日以上が経過した。
光剣一輝は、事件翌日には、集中治療室から一般病棟の個室に移され、それからふた晩、この基地内の病棟で過ごしている。
一輝にとって入院生活は本当に久しぶりで、初めて入院したのは五歳の頃。そう、あの巨大地震が巻き起こした大津波で流されてから、救出された後の事だった。
確かあの時は、一ヶ月以上は病院で過ごしたと記憶している。とは言え、救出直後の事も、正確な記憶はない。すべては、後になって、義理の父と兄から聞かされたことだ。
幸い、このふた晩は、あの嫌な夢を見る事はなかった。きっと、夢を見るほど心に余裕がなかったのかもしれない。一輝は前向きに、そう捉えていた。
白い壁の黒い時計に目をやると、時刻は朝八時。少し前に、担当の女性看護師が部屋に来て、検温や血圧などを計測してくれたばかりだった。
バイタルサインは問題無し。
当たり前だ。
だって、あれだけの瀕死の大怪我から、一夜にして復帰したのだから。
お陰で体調はすこぶる快調。もしかしたら、自分の人生の中で一番体調がいいかもしれない。
今からだって本部に戻って動きたいくらいだし、トレーニングもしたい。思い切り体を動かしたい。そして何より、早くみんなに会いたい。そして、あの日の話を詳しく聞きたい。それが、今の一輝の一番の願いだった。
けれども、まだ数日はここから出すわけにはいかない、というのが、身体的には医師の見解であり、指令系統的には、長官の大隈の命令だった。
当面の間は面会謝絶。
名目は、怪我の治療と精密検査の為の入院ということだった。無理もない。銃で急所を二発も打たれた人間が、たったの一晩で全快しましたなんて分かったら、恐らく、穂花の存在にも目が向けられる可能性が高まってしまうだろう。大隈は敢えて口にはしなかったけれども、面会謝絶は、様々な危険を最小限に抑えるためには当然の措置だと、一輝も思っていたし、だからこそ、口答えはしなかった。
(面会謝絶って……。こんなに自分は元気なのに、言葉だけが大げさで、ちょっと面白いな……)ベッドの上で、一輝は一人でほくそ笑んだ。
すべては穂花を守る為だ。
それが、今後に繋がる。
そう思えば、数日の入院生活なんて、どうって事はない。問題は、少しだけ退屈なことかもしれないけれど、とりあえず、生きているだけでも十分すぎるほどに幸せで、心から良かったと思えた。だって、朝、こうしていつも通り目が覚める事が、こんなにもありがたいことだなんて、今まで感じた事は一度もなかったから……。
人間は、どんなことも、ついつい当たり前に思ってしまう生き物。今回、銃で撃たれて死にかけて、少しだけそれが分かったような気がする。
満腹になるまで食べられるものがあること、
いつでも新鮮な空気と水があること、
自分の力で歩けること、
自分の言葉で話すことができること、
自分の口で食べ、歯で噛み、舌で味わえること、
自分の肺と筋肉を使って酸素を吸って呼吸できること、
何不自由なく健康であること、
仲間がいること、
家族がいること、
生きていること。
すべてがついつい当たり前になってしまう……。
でも、本当は、普段僕たちが当たり前に思っていることや感じていることって、実はとても脆い。たった一発、銃で撃たれればすべてを瞬時に失うことだってある。
今、こうして、物を考えていられるのだって、きっと確率で言ったら、高くは無い。五十パーセント? 三十パーセント? 分からないけど、絶対に百パーセントなんていうことはありえ無い。むしろ、ものすごく低い確率のものが複雑に絡み合って、入り組んで起こること。それを、もしかしたら奇跡っていうのかもしれない。
現に、今、この世界中では、僕たちの国にとっては当たり前なことでも、それが手に入らず、それを失い、それを奪われ、苦しんでいる人たちが大勢いる。お金とか、水とか、食料がそれにあたるだろう。それに、僕だって幼い頃、津波で流され、死んでいてもおかしくなかった。でも、今、こうして生きている。だから、やっぱり、生きていることは、奇跡の連続と集積なんだと思う。
そして、それを忘れた時、当たり前だと驕った時、心のどこかに芽生えるのが、過剰に思い上がった欲望なのかもしれない……。
そもそも、この地球上に生命が発生したことだって、天文学的な低い確率から生まれた奇跡みたいなものだ。それに、元々、この地球や月が生まれたことだって、太陽の立場から考えたら、とんでもなく予想外の奇跡だったはず。
だから、僕に今できることは、今日を精一杯生きること。
明日なんて、たぶん無い。
そういう意味では、変な言い方だけれど、あの時、撃たれてよかったのかもしれない。あの時撃たれなかったら、もしかしたら、こういう視点は、僕の中に生まれなかったかもしれない。素直にそう思った。そして、この感覚を、忘れないようにしたい……。
「これでいいのだ……!」
一輝は、鉢巻きをリボン状に巻いた、腹巻き姿の往年の名キャラクタを頭に思い浮かべながら、口に出して小声で言ってみた。落ち込んだり、過去を振り返りそうになったとき、たまに、あのキャラクタを思い浮かべて、あのセリフを口ずさむことにしている。そうすると、狭まっていた視野が広がり、拘っていたことや、執着していたことが、すっと消えて、心が軽くなるのを、過去に何度も経験している。
そう。だから、これでいいのだ。
それに、僕なんか、まだいい。
平太や達也、エミリなんか、僕よりももっと大変な事件、危険な現場で、とてつもなく大きなことに直面していたんだ。ベッドで寝ていて、息を吹き返しただけの僕なんか、まだまだぬるい……。
横向きでベッドに腰掛けていた一輝は、スリッパを脱いでベッドに横になった。ギャッジアップされた背もたれに躰を預けて、両手を頭の後ろで組む。
足元には小さなテレビモニタがひとつ。一時間位前から、先日この国を襲った同時多発爆破テロを、特集番組を組んで放映している。
今は、総理官邸前からの中継映像が映し出されていた。真面目ぶった表情の男性アナウンサが、カメラに向かって話をしている。
死者の数は、正確には分からないが、数十万人とも、百万人以上とも言われている。番組ではそう告げていた。
でも、なにかおかしい。違和感を感じる。
問題なのは、死者の『数』ではないはず。
もちろん、たったの一日で、テロリズムという無差別的な凶行によって、大勢の人たちが同時に殺され命を失ったこと。それが、国や社会にとって大きな損失であることは間違いないのだろう。でも、亡くなった人の命が、大きく数字化されてしまう事に、悲しみや怒りよりも、独特な違和感と気持ち悪さを感じてしまう。
(そう感じるのは、僕だけなのかな……)
僕は、身近にいる、たった一人の知人や友人が亡くなっても、きっと悲しい。でも、十万人が死んだら、その十万倍悲しいのだろうか。
多分、違う。
人が死んだという事実に、人数や数字的な大小なんて関係ない。一人だろうと、何十万人だろうと、大切な命が失われた事に変わりはない。
それなのに、メディアはいつも、こうやって数字の力を上手に操るんだ。起こった事を、誰でも分かりやすい一般的な形に押し伸ばして無理やり広げて、表面上の見た目だけを大げさに飾って、大衆受けするイメージだけを作り出す。大勢の視聴者が潜在的に持つ負の感情に、さも訴えかけるかのようにして、偽善者ぶって、悲しいとか、未来とか、希望とか、耳障りのいい言葉を発信して、結局はなにもしない。視聴率という数字を取って、スポンサを募って、お金を儲けるだけ。そして、本当に大事な本質、目を向けるべき事実はいつもどこかに置き去りにされる……。
(達也の言っていた通りだ。どうせマスコミなんて……)
一輝は、達也の屈託のない笑顔を、頭の中に思い描いてみた。
彼は今頃、どうしているだろうか……。
達也はきっと死んではいない。生きている。彼は、そう簡単に死ぬほど弱くはない。それは、僕だって、みんなだってわかってる。そんなに簡単に死ぬようなら、軍隊になんか、そもそも自ら志願して入らない。本当に弱い人間は、きっと戦うことすら出来ないだろう。危険や失敗を避けて通って、出来るだけ早く、出来るだけ遠くに逃げて、いつの間にか歳だけとって、見た目以外には一切の変化がなく、衰えるばかり。それが、僕らが一番に恐れる、弱い人間で、末路だったはず。
(達也……)一輝は、長いため息をゆっくりと吐き出した。
あの事件の日以降、軍部の人たちからは、誰からも連絡が来ない。もちろん、まだあれから二日も経っていないのだから、多少は仕方ないのとわかっているつもりだ。でも、時々気になって、枕元のオムニスをチェックする。でも、やっぱり誰からも、着信もメールもメッセージもない。最新の受信メールは、昨日、兄から送られてきた既読メールだけだ。
思い立って、もう一度オムニスを手に取った。状況はやっぱり変わらない。
一輝は、オムニスを放り投げるようにしてヘッドボードに置いた。やることもないし、そのままの姿勢で、しばらくの間テレビの番組に見入ることにした。
案の定、事件から丸一日以上経っても、総理官邸の占拠事件については大きな報道がされていなかった。テレビも、新聞も、ラジオも。あらゆるメディアは、報道の仕方が違うだけで、流している情報はほとんど同じ。総理大臣と大勢の民間の人質たちが無事だったということのみを、マインドコントロール並みに聞き飽きるくらい、何度も何度も、繰り返し報じているだけだった。
今も、画面には、救出された総理が、激しく炊かれたフラッシュの中、官邸の玄関から手を上げて笑顔で堂々と登場するシーンばかりが繰り返し流されている。
時々切り替わる中継の映像でしゃべっているアナウンサも、同じような言葉を、違う言い回しで、回りくどく、何度も繰り返し説明しているだけだった。
「詳細な情報は一切公開されていない」
「総理は無事」
「人質も無事」
きっと、用意された台本を渡されて、それを指示通りに読んでいるだけの、オウムみたいなものだろう。そう思えば、しゃべっている人間の顔までオウムに見えてくるから不思議だ。
中には、『官邸占拠! 犯人の正体は総理官邸の幽霊か』なんていう見出しで報じる新聞社まで出てくる始末だった。
(幽霊なんているわけないじゃないか……。馬鹿馬鹿しい)
そもそも、各テレビ番組は「情報が公開されていない」と報じているが、それは正確には嘘だ。なぜなら、総理官邸事件は、情報公開どころか、事件当日、某テレビ局が現場に潜入して生中継を行っているからだ。
あの時間帯は、テレビの無い緊急治療室で大隈や歩と話をしていたから、放送自体は観ていない。けれども、その前代未聞かつ衝撃的な映像は、生放送を見ていた大勢の視聴者たちが録画した映像が、既にネット上では大規模に拡散され、至る所で共有されていた。当然、ネット上はすでにその話題で沸騰し、異様な盛り上がりを見せ、収拾がつかない程の大きな事態になっている。
一輝ももちろん、その映像は閲覧済みだった。
二十分程度の映像だったと思う。暗闇の官邸で撮影されたらしいその映像は、解像度も荒かった。音声は無く、ほとんどなにが写っているか判別するのは困難だったが、銃撃戦後の官邸内部の様子、複眼ゴーグルを付けた不気味な兵士が起き上がる所など、通常では決して見ることのできないセンセーショナルなシーンが克明に映されていた。映像は、崩れ落ちた天井の粉塵から、真っ黒な軍服姿の大男が現れる所で終わっていた。
ネット上には、これは捏造だ、CGの作り物だ、という声も多かった。けれども、一輝は、あれは間違いなく本物だと確信めいた直感を持っていた。なぜなら、最後のシーンで、大男の足元に倒れていたのは、よく知る同級生、大鎚平太と後醍醐少将その人だったからだ。
その映像は、昨日から今朝に至るまで各所にアップロードされては削除され、を繰り返しているようだった。言うまでもなく、既存メディア上において、その映像は、さも無かった事のように、どこにも報じられていない。映像を生中継したはずのテレビ局でさえ、今は、何事もなかったかのように、事件とは一切関係ない映画やアニメの放映に終始し、沈黙しているようだった。
この、表側のメディアとインターネット上の温度差は、昔から感じる事が多かった。大きな事件から些細な事件まで、プロであるはずの報道機関より、ネット上の方が情報が早くて正確ということなど、もはや珍しくない。そうなると、果たしてメディアやマスコミの存在意義とは一体何なのだろう……。そう思えて仕方がない。
恐らく、情報は、公開されていないんじゃない。政府や警察は、メディアに対して、全てとは言えないまでも、ある程度の範囲では情報を公開しているはず。でも、その情報は、僕たち庶民には教えられない程の重要な情報か、もしくは、教えたくないから公開しないか、教える必要がない。そのどれかだろう。
結局、僕たち庶民は、テレビを見ても新聞を読んでも真実を手に入れることなんて出来ない。与えられる情報に、ただ漠然と口を開けて待っているだけでは、絶対に本当のことなんて分からない。それどころか、他人任せの受動的な姿勢で生きていたら、実際はなにが本当でなにが嘘か、分からなくなるだろう。
それは、昔から何となく感じていたことではあるけれど、もしかしたら、メディアやマスコミの目的はそれそのもの。つまり、大事な真実を大勢の人たちの目から隠す事が目的なのかもしれない。
所詮、僕たちは、情報でさえも、誰かに作られ人工着色された、添加物たっぷりの加工品を、無理やり口に押し込められて肥満になって病気にさせられているに過ぎないんだ。
(なんか、起きたばっかりなのに疲れたな……)
一輝は手元のリモコンでテレビをオフにした。
真っ黒になった画面にうっすら浮かぶ、パジャマ姿の自分。
こんな情けない姿、誰にも見られたくないな、と思った。
その時、病室のドアが弱々しくノックされた。
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