04. 怪しい関係 (年末更新スペシャル第一弾!)
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4
「じゃあイッちゃん、オイラ先に外に出て待ってるねー」
「うん、達也ごめんね……」
「いいえいいえー」
中央棟エントラス付近のトイレの中。
用を足した達也は、ひとつだけ扉の閉まった個室に声をかけた。
個室の奥底からは、一輝の弱々しく萎れた声が聞こえて来た。その、履き古したステテコのような声は、彼の青ざめた表情を想像させるには十分すぎる程の情けない声だった。
(なんでこんな時に限って……)一輝は個室内で、じんわりと脂汗をかいた額を膝にこすり付けるように前のめりになって、タイミングの悪い自分を呪った。
先に行ってしまったみんなは目的地に着いたのだろうか。
僕たちは一体どこに配属されるのだろうか。
臓腑の奥底から湧き上がる無限の痛みに耐えながら、そんなことをぼんやりと考えていた。
必死で駆け込んだ個室は窮屈で狭いものの、トイレ全体のスペースはかなり広かった。何度も中央棟に出入りしていたけれど、このトイレを使うのは初めてだったかもしれない。
ゆったりとした間隔で十二据の小便器が備え付けられており、個室は五つ。一輝はその丁度真ん中の個室で唸りを上げていた。
昼時ということもあって、一輝が苦しむ僅かな間にも大勢の人の出入りがあった。両隣の個室にも、ドアの開け閉めが何度か行われていたが、昼時も終わりに近づき、今は誰もいない。
そう思っていた矢先に、再び人の気配。二人分の靴音が聞こえて来る。
「誰もいない」
一人の男の声が聞こえて来る。なにかに警戒したかのような小声だが、確かにそう言った。
すると、今度は、入り口に近い個室のドアを開け閉めしているような音。
ひとつめのドアが乱暴に閉められた。
続いてふたつめのドアが開けられた。
空室を確認しているのだろうか。
一輝は、便器に腰掛けた前のめりの姿勢のまま、息を潜めて動きを止めていた。
このトイレの個室のドアは、中に人が居る、居ないに関わらず、常に、ドアの自重で自閉まるタイプだった。外側の取っ手に設けられた小窓の色が、赤であれば施錠。無色であれば空室。という仕様である。つまり、一目見ただけでは、どこが埋まっていて、どこが空いているのかがわからないのである。
(全部空いてるんだから、好きなところに入ればいいのに……)
そう思った瞬間、自分の個室にも手がかけられた。
当然鍵はかけてある。
苛立った様子で、ガチャガチャとドアを揺すられた。
ドア越しに聞こえる、嫌味な舌打ち。
「真ん中が閉まってる。一番奥行け」
もう一人、違う男の声。小声ではあったが、慌てた様子で指示を出すかのようなせわしない口調だった。
すぐに、一番奥の個室がゆっくりと閉められた。
目には見えないが、空気の振動で、相手の動きがなんとなくわかる。
一輝は、頭の片隅に幾ばくかの不安めいたものがよぎりったのを感じ、それとなく耳をそばだてる。外側のスペースに気配はない。男二人が同じ個室に入っていたのだろうか。
(まさか、怪しい関係……?!)
一輝が身を潜める個室と、男たちの入ったであろう再奥の個室は、空室スペースを一つ隔てていたけれど、パーティションが天井の手前で途切れている形式だったため、かすかに個室内の音が聞こえて来る。
二人の男の衣服が擦れる音。
カバンのファスナが開かれる音。
声は聞こえない。荷物の中を弄っているのだろうか、かなり慌てた様子である。
(なにをやってるんだ……?)
一輝は、腹の激痛などは忘れ、奥から聞こえる音に集中していた。
小さな電子音が個室に鳴り響く。再び、衣擦れの音。
「急げ」
急き立てるような声が聞こえたかと思うと、すぐにドアが開けられた。二人の男は逃げるように駆け出し、トイレを立ち去ったようだった。
全身の肌になにかが突き刺さるような嫌悪感を感じた一輝は、僅かに残った腹痛もそのままに、トイレットロールを何度か回して個室の外へ出た。
奥の個室に一歩、また一歩と近づく。
ドアの前に踏み出した利き足よりも前に顔を突き出して、閉まったドアをゆっくりと引き、中を覗き込む。
けれども、そこには代わり映えのない洋式便座が佇むだけで、おかしな様子はなかった。
ほっと棟をなでおろしたのも束の間。
やはり、なにか、引っかかる。
ただならぬ異変を確信していた一輝は、入り口から誰も入ってこないことを確認しつつ、ゆっくりと個室に体を滑り込ませた。一輝の体が天井照明を遮り、便座の影になっていた床にさらなる影を落とす。外から覗いた時はわからなかったが、光を失った床の奥底が、わずかに赤く点滅しているように見えた。
(光……?)
一輝は嫌々ながらも、狭い個室の中で頭を下げて便器の裏側を覗き込むように体を曲げた。
すると、便座の台座の部分、床から十数センチのところに貼り付けられた黒いプラスティック製の物体。数センチ四方の箱のようなものだ。中央部の小さな液晶パネルに表示された三桁の赤い数字が、一秒ごとに減少している。
一輝は、全身の血の気が引くのを感じて目眩がした。
頭を下げていたからではもちろんない。
「いっちゃん、まだー?」一輝の様子を他所に、しびれを切らした達也が、催促するような口ぶりでトイレに入ってきた。「そろそろ行かないとさすがにまずいんじゃない?」
「た、達也……」一輝は言葉を失ったように後ずさりしながら個室から出た。
「あれ、いっちゃん、さっき真ん中の部屋にいなかったっけ?」達也はきょとんとした表情で首を傾げた。「顔、青いけど、どったの?」
一輝は唾をゆっくり飲み込み、横目で達也に目線を送った。
「爆弾だ……!」
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