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灰被りの勇者と封印されし聖女~疫病神の英雄譚~ 作者:柏もち太郎

序章:疫病神と勇者召喚

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005 魔法という果実

 麗華は三十分ほどで起きた。恥ずかしそうだったが、特に気にしてはいないようだ。椅子に腰かけたまま、八雲は麗華に問う。

「他の奴らは、みんな同じ場所にいるのか」
「ちょっとした広間にいるらしいわ」
「……そうか。なら、行こう」

 実を言うと、八雲自身行きたくはない。落ち着いたクラスメイトたちに糾弾されるのが目に見えてわかっているからだ。糾弾されるのは面倒だし、麗華たちにも迷惑を掛けてしまう。
 だが、現状そうするほかないのは自明である。

「あの後、俺が倒れた後にはなにか説明はあったのか?」

 八雲が訊く。麗華は立ち上がり、

「私はあなたに付き添ってここまで来ていたから、わからないわ」
「……悪い。ありがとな」

 麗華は肩越しに八雲を見た。しょうがない人ね、と言いたげな、柔らかい瞳だ。

「今に始まったことじゃないもの」

 くすりと笑んで、麗華はドアを開く。そこには、メイド服を着たメイドがいた。メイドがメイド服を着るのは当たり前である。
 メイドは八雲ににこりと笑いかけ、

「お目覚めになられたようですね」

 と深く礼をした。八雲は驚いた。なにぶんメイドを見るのは初めてだ。

 ──けど、よく考えたら“普通”なんだろうな。

 ここは八雲の居た世界とは別の世界である。八雲の“普通”がこちらの“普通”と同じであるとは限らない。

「お身体の調子はいかがでしょうか?」
「……大丈夫です」
「それはなによりです。では、ご案内いたします」


 メイドについて広間に入ると、クラスメイト達は食事を楽しんでいた。それも、高価そうな料理ばかりである。
 広間の中央。聖也がいた。聖也も八雲に気がついて、「やあ」と手を上げる。

「大丈夫かい? 本当なら僕たちも行こうと思っていたんだけど、麗華がね……」
「麗華がどうかしたのか?」
「八雲くんは私が見るから、聖也たちはここにいなさい、ってね。そりゃあもう必死だったよ」

 聖也は苦笑して話す。麗華は八雲の隣でまたもや顔を赤くしていた。

「でもそのおかげで状況はつかめたよ。あの後、説明があった」
「なに?」

 真剣味を帯びた語りに八雲も耳を傾ける。

「随分と突飛な話になるけれど、僕たちは勇者として召喚されたらしいんだ。魔王を倒してくれ、だってさ」
「それは……本当なのか?」
「目の前であんなことされたら、ね……」

 そう言うと、聖也は視線で八雲を誘導する。その先には、昼間八雲を睨みつけていた騎士団員、クルトがいた。クルトは右の掌を上に向けている。
 クルトは調子づいた様子で、

「“(ほむら)”」

 と唱えた。すると、掌に赤い魔法陣が展開、手に収まるサイズの炎が生まれた。次にクルトは左手を炎にかざす。

「“舞風”」

 厳かな声音だ。クルトの言葉に応じて、左手からささやかな風が生み出される。そよ風は炎に影響し、小さく、しかし鮮やかな、赤い竜巻を発生させた。
 そこかしこから歓声が上がる。八雲もまた、それに魅入っていた。パチパチと火花を散らす風の円柱は、まるで線香花火のような儚さを持っていた。

 クルトは笑顔でそれを扱っていたが、その指先は繊細な動きをしている。昼間とはまるで別人だ。

「あれが魔法だってさ。まったく馬鹿げてるけど、すごく綺麗だ」
「……たしかにね」

 八雲は無言で頷く。言葉では表せないくらいに綺麗だった。元居た世界の理を根底から覆す超常現象。これは手品(マジック)ではなく、魔法(マジック)なのだ。そう確信するのに理由はなかった。何か、八雲の根源めいたものが確信させたのだ。

 幼いころ、八雲が一度は憧れた世界。魔法を駆使して戦う、そんな夢のような世界。今目の前にあるのは、まさにそれだ。
 胸が躍るのを感じた。だが同時に警鐘が鳴る。

 ここはきっと、憧れた世界ではない。きっと、生命を賭して戦わなければならない、そういう世界だ。憧れた世界では、ヒーローは決して死なない。しかし現実の世界にヒーローは存在しない。生きるものは死ぬ。それは不変の理なのだ。

 楽観視できる場所では、ないのだ。
 そう考えると、昂った感情は一気に冷めた。

「なあ」
「なんだい?」
「元の世界に帰るには、どうすればいい」

 元の世界に残してきた夢がある。自分を育ててくれた祖父母への精一杯の感謝と孝行。今朝八雲が聖也に語った夢。憧れではない、八雲自身が持った、実現可能な夢だ。

 聖也からは一向に返事が来ない。

「どうした? 聞いてないのか?」
「……いいや。ちゃんと聞いたさ」

 少し間を置くと、聖也は八雲の目を見つめて、言った。

「魔王が知っている、そうだよ」
「……は?」

 素っ頓狂な声が出た。麗華も不可思議そうに首を傾げている。聖也は一体なにを言っているのだ。胡乱な眼差しを向けるも、聖也はひとつも動揺する節を見せない。
 聖也はゆっくりと語る。

「あの王様が言うには、元の世界に帰る方法は魔王だけが知り得ているそうだ。まったくおかしな話もあったものだよ」
「本当、おかしな話ね。ならどうして私たちはここにいるのよ」
「召喚陣、と言ってたかな。その情報だけは王国が保有していた古書に載っていたらしい」
「騙されているんじゃないのかしら」
「いいや、それはないよ」

 だって、と聖也は続ける。八雲は黙って耳を傾けた。

「騙すのなら、最初から隷属化させた方が楽じゃないか。もしくは拘束でもいい。なんにせよ、僕らはそういった方法を取られていない。まだ友好的に対話する権利があるって証拠さ」

 聖也は苦々しい渋面で説明する。麗華は納得しなかった。
 確かに、聖也の言には無理な点がいくつかある。八雲は周囲の様子を窺いつつ、二人の論議に集中する。

「この人数だもの。一気に隷属化させるなんて無理があるわ。武器を使えば確かにできるかもしれないけれど、……第一、完全に隷属させるなんて無理よ。誰しも反抗心は抱くわ」
「それはさ、僕たちの世界での話だ」
「……何が言いたいの」

 麗華は聖也を睨む。これは完全に聖也の言い方が悪い。挑発的に聞こえなくもない。
 このままでは仲間内で不和が生じるかもしれない。麗華の肩に手を置いて、八雲は口を挟んだ。

「落ち着けよ麗華。聖也だって納得はしてないんだ。……聖也。つまりお前は、もし人を隷属化させる魔法があったら、って言いたいんだろ」
「理解が早くて助かるよ」

 聖也は棘を含んだ言い方で肩を竦める。
 途端に食いつきそうになる麗華を、八雲は手に力を籠めて制止する。不貞腐れた麗華は「痛いわ」と言うとそっぽを向いた。八雲は謝ってから、聖也に向き直る。

「聖也も言い方には気をつけろ」
「……ごめん。僕もピリピリしてるみたいだ」
「こんな状況だ、仕方ないさ。少なくとも、この状況を楽観視してる奴らよりはマシだ」
「それだと、拓哉や愛華も楽観視になるけどね……」

 聖也は和らいだ顔で、魔法にはしゃぐ愛華たちを見つめる。愛華と拓哉は炎の渦を眺めて、わあきゃあ騒いでいる。あれだけ楽しめたらな、と八雲はげんなりした。

「で、どうなんだ? 俺たちの“総意”は」
「みんな乗り気だよ。それこそ僕たちが止めようとしたって話すら聞いてくれなかった。それどころかこっちが説得される始末さ」
「そいつはまた難儀だな」
「でもさ、正直言って僕も心が踊ってるよ。帰るには魔王を倒さないといけない、なんて言葉を言い訳にしてね」

 聖也は自嘲気味に言う。吐き出した言葉とは真逆、まるで、何もかもを諦めたように。そこには何の期待もない。しかし、絶望があるわけでもなかった。

「そんなの、おかしいわよ」

 麗華が鋭く指摘する。
 薄く唇を噛んだその姿は、たしかに聖也を糾弾していた。聖也は特に慌てた様子もなく、淡々と会話を繋げた。

「……そうなんだ。おかしいんだよ、僕は」
「今のあなたが考えていること、わからないわ」
「他人の考えなんてわかるわけがないよ。……ましてや僕たちなんかにはね」

 聖也は寂しげに答える。
 その一言で、麗華の堪忍袋の緒が切れた。麗華は氷点下のように冷たい視線を聖也に送りつつ、

「これ以上は無駄ね」
「ああ、そうみたいだ。なにせ、他人の考えなんてわからないからね」
「──っ! ……じゃあ私はもう行くわ」

 聖也を睨んでから、麗華はその場を後にする。八雲は苦虫を噛み潰すような思いになった。
 ここまで白熱するとは思ってもみなかった。これは、二人のだけの責任ではなく、仲裁に入れなかった八雲にも責任がある。

「……聖也。言わなきゃ伝わらないぞ」
「言って伝わるのかい? それこそおかしな話だよ、八雲」

 聖也は真剣な面差しを向ける。その細められた双眸は、真っ直ぐに八雲を見つめている。今にも凍り付きそうだ。湛えた微笑みは、冷笑に似ている。まるで八雲を糾弾するようでもある。
 聖也の迫力にたじろいで、思わず一歩後ずさった。それが、八雲の答えだった。

「言って伝わるならそうしてるさ。……それとも、人の考えというのは言葉だけで理解できるものなのかい?」

 問われて、八雲は困惑した。何と言っていいのかわからなかった。言葉を探そうにも、見つけられない。言葉にしないと、だなんて軽率だった。
 八雲の渋面を見て、聖也は後悔したようだった。くっと声を噛み殺すと、聖也はなんでもない風を装った。付き合いが長くなければわからないような仕草である。

「悪いけど、僕も少し眠るとするよ。どうやら僕たち用の部屋が設けられているらしいからね。八雲と拓哉と僕は同じ部屋だ」

 それだけ説明すると、聖也は笑顔を取り繕ってメイドの方へ行く。その背中は、ひどく小さく見えた。じっと見ていると、寂しさが込み上げてくる。聖也が八雲たちの許を離れていく気がした。

 残された八雲は、空虚な気分になって、ひとり遠巻きにクルトの魔法を眺めた。それはやはり美しくて、人を魅了するだけの力があった。
 ふと、思い出すのは高校の授業風景。
 中世ヨーロッパでは大規模な魔女狩りが行われたと言う。呪術の使役は白魔術を除いて背信行為とされていたからだ。

 しかし、と八雲は思った。
 きっと、怖かったのだ。魔法という果実に魅了され、どこまでも堕ちていってしまいそうな、そんな恐怖があったのだ。
 そしてそれは、今もなお人間の根底に継承されていたのではないだろうか。

 ──だから……。

 身近な二人が思い浮かぶ。

 魔法。手にしてはいけなかった、甘く、狂おしい、人を虜にする果実。それを手にしたとき、人はどう変わってしまうのだろう。
 見えない未来に、八雲は嫌な戦慄を覚えた。それでも魔法は、やけに美しかった。落としてしまった手を、再び伸ばしてしまいそうなほどに。
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