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灰被りの勇者と封印されし聖女~疫病神の英雄譚~ 作者:柏もち太郎

三章:厄病神、旅をする

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057 すれ違った二人

 見たことがないほどに朱い夕焼けが、白を基調とした街並みを鮮やかに彩っている。そんな街路に伸びる影が四つ。そのうちの三つは手を繋ぎ、残る一つはそれを見守るように寄り添っている。
 左端の影──アリスは軽やかな調子で尋ねた。

「今日は楽しかったですか?」
「うん! すっごい楽しかった!!」

 真ん中の影、アクアは元気いっぱいに答える。微笑ましくなったアリスは、アクアの頭をなでながらその隣へと問いかける。

「ふふ、それはよかった。イーナちゃんは?」
「わたしも……うん、楽しかった」
「二人にそう言われると私も嬉しいな。もちろん、私も楽しめたからねっ」

 この街は商人の活動拠点として広く知られている。流行りものの衣服も取り揃えているし、武器や防具を専門にしている商人も多い。公にはしていないが、いわくつきのアイテムを売るための競売場や闇市が存在しているなど、ここまで商いに精通しているのは大陸全土を見まわしてもこの街くらいのものだろう。

 そんな街で今日、三人は女の子らしく買い物を楽しんできたのだ。
 美味しい昼食や甘いデザートに舌鼓を打ったアリスは幸福感に浸ったものである。口調が砕けているのはそのためだ。もちろん二人と仲良くなったから、というのもあるが。

 ──も、もしかして私が一番楽しんでたかも……?

 振り返った途端に恥ずかしくなってきたが、幸い今日は女の子しかいない。いつも煽り立ててくる男二人は留守番なのだ。

「アリスお姉ちゃん顔赤いよ?」
「ええっ!? ち、違うの! これはね、そう、夕焼けのせいだよ!!」

 あたふたと答えるアリスを見てイーナはくすりと笑い、

「すごくはしゃいでたもんね」
「はわっ!?」
「ふふ、動揺してる……大丈夫、おじいちゃんにもお兄ちゃんにも言わないよ」
「……あぅ」

 とうとうアリスは羞恥心で耳まで真っ赤になってしまう。

「可愛いね」
「ありすかわいー!」
「は、恥ずかしいからやめてぇ……」

 と顔を手で覆って、アリスはのぼせたような顔の熱を冷ましていく。イーナとアクアは悪戯が成功したと言わんばかりに笑いあっていた。

 そんな三人を見守る影は、人ではない。つい昨日仲間になったばかりの地竜、セタンタだ。

 荷車を()く彼の瞳には、娘を見守るがごとき哀愁が漂っている。
 さて、なぜ彼が女の子たちの買い物に付き合っているのかと言えば、アリスの『一緒にお出かけして仲良くなろう!』という提案に八雲たちが賛同したからだ。八雲と竜王はアリスの提案に賛同したが、彼らはついて来なかった。

 曰く、「男は拳を交えれば仲良くなる」とのことである。まったくもってご都合主義だ。

「せたんた、おもい?」

 そんなわけで三人の荷物持ちとなっていたセタンタにアクアが問いかけた。セタンタは人語を話せないが、解することだけならできる。
 アクアの問いかけを聞いたアリスはハッとして、

「荷物を運んでいただいちゃってごめんなさい……退屈でしたよね?」

 セタンタは気にするなと首を振る。見え隠れする牙が、まるで「これが男の役目だ」と言っているようで渋い。アリスはすっかり破顔した。

「ならあくあのことものせてー!」
「だ、だめだよアクアちゃん! 荷物も持ってもらってるんだから!!」

 ぴょんぴょん跳ねるアクアをイーナが止めようとするが、一度興味を持ちだした幼女の勢いは止められない。アクアはイーナの制止をものともせずにセタンタの前に躍り出た。

「のりたいの!」
「アクアちゃん、私が肩車してあげよっか?」
「してくれるの?」

 アリスの苦笑とは対照的に、にへらっと力の抜けきった笑みを浮かべるアクア。癒し。

「もちろんだよ! ほら、おいで──ってええ!?」

 アリスが屈んだ瞬間、目の前にいたはずのアクアの姿が消えた。

「わー! すごいたかいっ!!」

 否、吊り上げられたのだ。さぁ、誰に?
 言わずもがな、セタンタである。彼が器用にアクアのフードを加えて持ち上げたのだ。

「セタンタさんっ!? いいんですか!?」

 アリスが目を剥く。セタンタはもちろんと頷き──、

「アクアちゃんっ!?」
「セタンタさんっ!?」

 イーナとアリスの悲鳴が重なった。なにせ、セタンタは頷いたのち、そのままアクアを宙に放ったのだ。慌てる二人をよそに、アクアはくるっと一回転。

「あはははっ! すごいすごーい!」

 しかしセタンタの背に乗る前に、アクアの身体がふわりと風に包まれる。機転を利かせたアリスが咄嗟に風を起こしたのだ。

「よかったぁ……」
「な、なんとか間に合いました……」

 二人が安堵の息を漏らす。イーナは焦りからか頬が上気している。アリスも同様だ。

「けど、あぶなかったぁ」

 いまアリスが行使した技術は、決して簡単ではない。
 普通に発動させれば小さなアクアの身体くらいは吹き飛ばしてしまうし、弱すぎても彼女の身体に衝撃がいってしまう。

 一瞬で適切な魔力量を練り上げたアリスが一番の功労者である。

「すごいんだねせたんた!!」

 アリスの苦労を知らないアクアは嬉しそうにセタンタの背をぺちぺち叩いている。

「あ、焦りました……!」
「アリスお姉ちゃん、ぐっじょぶ」

 ぷるぷる震えながらイーナが親指を立てる。内気な少女がここまで心を開いてくれているのはアリスとしてもかなり嬉しい。

「肝が冷えるってこのことなんだ……」

 だがいまは何より噴き出した冷や汗が気持ち悪い。
 アリスが肩を上下させていると、セタンタは「これくらい出来て当然だろう?」と言いたげに流し目を向けてきた。何ともイラッとくる目つきにアリスは、

「これからはやめてくださいね」

 割と真剣(マジ)なトーンで返した。その、目が笑っていない笑顔に、セタンタがうぐっと顔を反らす。この地竜にはあとでお灸を据えねばなるまい。

 ──とにかく、怪我がなくてよかった。

 アクアは喜びを露わにしてセタンタとじゃれている。傍目から見守っていた周囲の通行人も思わず微笑んでいる。アリスは夕焼けを背景に一人と一匹の戯れを眺めた。
 そんな折に、

「……いいなぁ」

 呟いたのは赤髪の少女。普段はお姉さん風に振る舞っている彼女としては、アクアの手前、素直に自分も乗せてとは言えないのだろう。イーナは羨ましそうに唇を尖らせていた。
 そんな少女の肩を叩くと、アリスは地竜に声を掛けた。

「セタンタさん、一緒に乗せてあげてください」
「えっ!? ううん、わたしは大丈夫だよ!!」

 顔の前で手を振ってイーナが遠慮する。アリスはかがんでイーナに耳打ちした。

「そんなこと言って、本当は乗りたいんだよね?」
「そ、……そんなこと、ないもん」

「でもほら、楽しそうだよ? それに、もうすぐ宿についちゃう」
 言外に「これが最後のチャンスだよ」と伝えると、イーナはぽしゅっと頭頂部から湯気を出して俯いた。恥ずかしさと葛藤しているらしい。
 その間にアリスがセタンタに目配せする。視線を受けたセタンタは顎を引いて首肯した。

「乗りたい……です──きゃっ」

 イーナの身体が持ち上がって放り出される。アリスは即座に魔力を練り上げると、イーナの身体を柔らかな風で包み込んだ。驚いた様子のイーナにアリスが助言する。

「ほら、素直になったほうが楽しめるよっ」

 するとイーナは恥ずかしさで顔を赤らめながらもこくりと頷いた。

「いーなちゃん、いっしょだね!」
「う、うん……」

 仲睦まじい二人にアリスもセタンタも頬が緩む。
 正直に言うと、アリスは二人が羨ましい。彼女の少女時代はこんなに素直に笑顔になれることがなかった。いつも愛想笑いや作り笑い、まるで仮面を被ったようだった。

「……こんなこと思い出しても仕方ないよね」

 思い返せば思い返すほど嫌な記憶だ。
 脳裏に残る映像を掻き消すと、アリスは夕焼け空を仰いで再び歩き出した。彼女の後ろには、長い影が伸びていた。

    ×   ×   ×   ×

 宿に戻ったアリスは食事の前にシャワーを浴びて寝間着に着替えた。一階に降りて食堂兼休憩所に向かうと、そこにはソファに座る八雲の姿があった。なんだか浮かない様子である。
 気になったアリスは悪戯がてら声を掛けることにした。

「やーくーもーさんっ」
「ッ!? あ、ああ……アリスか」
「あはははっ。いま、驚いたでしょ? すごい顔してましたよー」

 後ろから忍び寄って肩を掴むと、八雲はひどく怯えた顔で振り向いた。悪戯が成功したアリスはあどけなく笑いながらとなりに腰掛け、柔らかなソファに背を預ける。

「? どうかしました?」
「……いや、なんでもないぞ」
「調子が悪いとか? 顔色も優れないようですし」

 アリスの指摘したとおり、八雲の顔色は真っ青とまではいかなくとも決して良くはない。

「大丈夫だ。悪いな、心配かけて」

 八雲は笑顔を取り繕って応える。明らかに無理をしている八雲にアリスは憂いを残す表情で言った。

「何かあったら言ってくださいね?」
「ああ、ありがとう。そのときは頼るとするさ」

 と頬をかく八雲はかたくなに目を合わせようとしない。
 疲れの残った表情で言われても信憑性が薄いというか、こちらとしては心配が増すだけなのだが……本人がそう言うのならと思い、追及は避けることにした。

「ところで、買い物はどうだった? 帰ってきたときの様子を見るに楽しめたみたいだが」

 訊かれたアリスは興奮冷めやらずとばかりにその豊かな胸を張った。

「ええ、すっごく! セタンタさんも楽しそうでしたよ!」
「それはよかった。アクアたちも楽しめたみたいだし、なによりセタンタとの仲も深められればと思ってたからな」
「八雲さんたちも来ればよかったのに。拳を交えれば~、なんて意味わかんないですっ」
「ま、そりゃお前らは女の子だし、わからないのも当然っちゃ当然だ」

 八雲が無理もないと手の平を振る。アリスは唇を尖らせてむくれた。

「むぅ……それはそれで仲間はずれみたいでいやです」
「ハハッ、なんだよそれ。俺はどうすればよかったんだか」
「一緒に来てくれればよかったんですよっ」
「まあまあ。女の子だけに積もる話もあっただろ? それに俺と竜王がいたら結果として茶化されることになるぞ」

「たしかに……」

 むむむ、とアリスが唸る。八雲の言い分ももっともで、たしかに彼らがいたらアリスの口調もいつもどおりだっただろう。今日はガールズトーク(恋愛話はないが)も楽しめた。その点を鑑みると、八雲と竜王が留守番でよかったのかもしれない。
 納得したアリスはポンと手を打ってある提案をした。

「なら、今度は一緒に行きましょう! それならいいですよね?」
「ああ、いいんじゃないかな。行くとしたら次の街あたりになるが……」
「大丈夫です、進行速度を緩めるつもりはないですから」
「悪いな、俺なんかのために」
「気にしないでくださいよ。気にされるとむしろわたしの気分も悪くなりますから」

 柔らかに言った。アリスも八雲を支えたいという一心で同行を決意したのだ。
 もともとは出会った縁というだけで竜王の家まで行こうとしただけなのだが、道中で彼の過去を知り、支えてあげたいと思うようになった。その純粋な親切に対して謝られるのは、アリスとしてはなんとなくいやなのだ。

「そうだったな。悪い、ちょっと気分が落ち込んでたみたいだ」
「本当に大丈夫なんですか? お部屋、戻ります?」

 そこまでじゃない、と八雲が苦笑する。無理をしていると見たアリスは思わず、

「お昼に何かありました?」

 自然な問いを口に出したとき、ほんのわずかだが八雲が硬直した。しかし八雲はそれを隠すかのように誤魔化す。

「いいや、なにもないぞ。それよりさ、アリスは魔神のこと知ってるか?」
「え、ええ……もちろん知ってますよ。破壊と滅亡の神と呼ばれてますよね」
「そうそう、その破壊と滅亡を司る魔神ノアについて訊きたいんだ」

 露骨な話題逸らしにアリスが顔を顰める。アリスが口を開く前に八雲が続けた。

「ノアについて知ってること、教えてくれないか?」

 八雲は相変わらず青い顔のまま、取り繕った薄い笑みを浮かべている。アリスは不審に思いながらも、八雲の頼みを受け入れた。

「魔神ノアは女性です。聞くところによると、世界中を飛び回って都市の破壊を繰り返しているとか。それから、この大陸には彼女の出生地と噂されている町があります。アークという湖畔の町です」
「出生地? ノアは神なんだろ?」
「ええ、そう言われていますが……実のところ、よくわからないんです。神話にある『使命を与えられた一族』であるとの噂もあります。私にはこれくらいしか……」
「……いや、貴重なことを聞けた。ありがとう」

 アリスが語り終えると、八雲は苦い顔で謝意を述べた。

「それはよかったです、けど……」

 どうして突然、と尋ねはしなかった。八雲が苦しそうに咳をしたからだ。
 アリスは唇を真一文字に引き結んだ。なにか一言でも言ってくれればいつだって助けになってあげられる。そう心の底から思っているのに、八雲はなにも言わない。

 ──せめて、なにか言ってくれれば……。

 言わない理由がアリスにはわからない。言えないのか、それとも言いたくないのか。
 休憩所が静かなせいで、八雲の呼吸が荒くなっていくのがよくわかる。もうじき竜王たちも降りてくるだろう。そのときも彼は隠すのだろうか。

「八雲さん、お部屋に戻りましょう」
「……大丈夫だ」
「そんなに辛そうにしておいて?」
「大丈夫だよ、本当だ」

 その笑顔には力がない。

「いいえ、戻りましょう。無理はいけません」
「あいつらに心配をかけるわけにはいかない」

 アリスが双眸を厳しく細める。八雲はゆっくりと肩を上下させて、

「迷惑をかけたくない」
「──っ!!」

 ああ、だめだ。もう、止められない。

 パァン、と小気味いい破裂音が木霊した。
 八雲は半ば呆然とした表情でアリスを見上げる。何が起こったかわからないような顔で。

「ふざけないでください! どうして、どうして何も言ってくれないんですか!?」

 アリスのなかで怒りが沸騰した。だめだとわかっているのに、アリスはもう沸き立った衝動を止められなかった。

「八雲さんがそうやって無理をするのが一番心配なんですよ! アクアちゃんや竜王さんたちに心配を掛けたくない? なんなんですかそれ! わたしが心配していることくらい、わかるでしょう!?」

 八雲が愕然と目を見開く。アリスの怒りは、ともすれば嫉妬にも聞こえただろう。

「あなたが無理をしているところを、ずっと見てきた! いつか壊れてしまうんじゃないかって、いつも怖かった!! わたしが心配していないとでも思ったんですか!?」
「あり、す……?」

 アリスは青色の瞳から涙をこぼしていた。落ちるしずくが八雲の頬に滴る。

「もうあなたが無理をするのは見ていたくない……っ」

 アリスは下唇を噛み、もうそんな光景は見たくないと首を振る。
 仄暗い奈落に舞い込んだ青年を、聖剣に宿ったアリスはずっと眺めていた。もがき、苦しみ、それでも足掻くさまは誰よりも強く映った。

 強く在りながらも、服部八雲は誰よりも弱かった。

 アリスは彼を見守った。しかし、言葉にしてこなかった。最近では、八雲が無理をするところを見る機会がなかった。もう自分も身体を取り戻して、八雲も魔法が使えるようになったから。だから、もう彼は無理をしなくて済むと安心していた。

 その分の揺り返しが、いま、来てしまった。抑えていた感情が、トリガーを引かれたことにより爆発した。ダメだとわかっていても、止められないのだ。

「頼ってくださいよ! わたしたちは仲間なんでしょう!? どうしてあなただけが無理をする必要があるんですか!!」

 アリスが泣き叫ぶ。ぐすっと洟をすすりながらも、想いの丈を八雲にぶつけている。

「……ねぇ、八雲さん。お願いですから、話してください。わたしはもう、あなたが無理をする横で、黙って指を咥えているだけなんて、絶対にいやなんです」

 そのとき、八雲は。

「……ごめん」

 アリスは、ようやく八雲が言ってくれる気になったと思った。アリスが目を向けると、八雲は下唇を噛んでいた。血が滲んでいた。
 八雲は震えた声で告げた。

「これだけはどうしても、言えない」
「…………?」

 何を言っているのだろう。アリスは目を丸くして、それから言葉の意味を咀嚼して。
 怒り、寂しさ、悔しさ、悲しさ、あらゆる感情が絡まり合って。どうすればいいのかも(わか)らず、何も言えなくなって。

 何処から来たのか(わか)らない涙が、まるで彗星のように尾を引いた。
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