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052 手を引かれる


 ぎぃと音を立てるスイングドアを押して入ると、そこには八雲の想像していたとおりの空間が広がっていた。いくつも置かれたテーブルと、その上で酒杯を酌み交わす屈強な男たち。馬鹿騒ぎをしながら腕相撲に興じたり、自分なりの戦術を話したりと騒ぎ方はまちまちだ。


 酒の香りに満ちた空間だが、嫌な気分にはならなかった。それはおそらく、男たちがみな楽しそうな笑顔をうかべているからに違いない。見ればアクアやイーナも怖がらずに、にへへと笑いあっている。


「やあ、依頼所は初めてかな?」


 あたりを見まわす八雲に声を掛けてきたのは柔和な雰囲気の漂う青年だった。外見や背格好からして同年代だろう。


「ああ、初めてなんだ。もしかして、ここの職員か?」

「いや、残念ながら僕は職員ってわけじゃあない。人に説明するのが大好きなただの物好きさ。……ま、僕のことはいいとして、軽く説明をしておくよ。一応これが僕の日課でね。聞いてくれると助かる」


 どうやらこの青年は説明好きと言うよりただの話好きらしい。とりあえず八雲は頷いた。


「ありがとう。まずここは依頼所って呼ばれてる。正式名称は別にあるんだけど忘れちゃったんだ、ごめんね?」

「いや、構わない。むしろ、俺はなにも知らないから助かるよ」

「任せてよ! 僕はこれが生き甲斐だからさ!」


 青年はとびっきりの笑顔で声を張ると、ゆっくりと話し始めた。

 それからくどくどと説明を続ける青年を見て、八雲は「よく舌が絡まらないなぁ……」とわけのわからない感想を抱いたのだった。言ってしまえば面倒だったのだ。


「あ、また新人さんが来たみたい。ごめん、僕はもう行かないと!」


 そう言って新たな標的(ターゲット)に向かった青年の顔が生き生きしていたことは言うまでもない。残った八雲は血を吸われたみたいにげんなりしていたのだが。


「お前らな……ずるいぞ」

「だって私たちに話してたわけじゃないですし」


 絶妙にウザいドヤ顔を披露するアリス。苛立たないわけではなかったが、また詰問するのも面倒だから八雲は仕方なく肩を落とした。


「別にいいけどさ。それにしたって逃げるのが早すぎないか?」


 話を聞き始めたとき、八雲の周りにはすでにアリスたちの姿がなかったのだ。


「だってあのひとすごく自慢げでしたし。これは長くなるなと思ったんです!」

「で、俺を犠牲に逃げたと?」

「言い方の問題です。八雲さんは人柱になったんです」

「同じだろそれ!?」


 むしろ酷いくらいだ。

 しかし満面の笑みを崩さないアリスを見ていると、責める気も起きなくなってくる。


「ま、アクアたちが退屈しなかったならいいか」

「アクアちゃんたちは先に竜王さんのところへ行ってますからね」


 結果的にはアリスが逃げたことでアクアとイーナに退屈な思いをさせなくて済んだわけだ。そう考えれば不思議とアリスの判断が正しかったと思えてくる。

 八雲はぶんぶん首を振って気持ちを切り替えると、


「竜王は見つかったのか?」

「あっちにいました! ちょうど交渉中みたいなんですけど、すごいですよ!」

「ん? すごい?」

「ええ、言ってたじゃないですか。足が必要だって」

「……ああ、そのことね」


 ということは、いま竜王は馬車を得るための交渉をしているのだろう。

 なぜ依頼所なのに馬車が、と思わないでもないが、先ほどの青年に説明されたから特に不思議にはならない。


「ほら、行きましょ!」

「お、おい! 引っ張るなよ!」

「いいからいいからっ」


 八雲の手を引くアリスは子供のようにあどけない。八雲は唇に微笑を過らせた。


「本当にすごかったんです! 八雲さんも見たら驚きますよ!」

「そんなにか?」

「そんなにです!」


 そっか、と言って八雲はアリスの背を見つめる。流れる黄金の髪先が頬をくすぐってくる。


「ほら、手ぇ放せ。こうした方が楽だろ?」


 八雲はアリスの隣を歩く。今にも走り出しそうだったアリスは、興奮からか頬を紅潮させながら、


「隣を歩くなんて生意気ですねっ」

「生意気で結構。俺は引っ張られるより引っ張る方が得意なんだよ、主に足とかな」

「ダメな引っ張りかただ!?」


 アリスが驚きに仰け反る。八雲は唇を尖らせて、


「笑いながら言うのは卑怯だろ……」

「え? なんです?」

「気にすんな、ただの独り言だ」


 そっぽを向く八雲を見て、アリスは悪戯っぽく笑う。


「独り言を言うのは明るくなってきたって証拠ですよ」

「それ、お前の持論か? 普通逆だと思うけど」

「暗かったら独り言なんて言わないと思うんですよー。ほら、あのころの八雲さんとか?」

「……たしかにな」

「なーんて、テキトーに言ってみただけなんですけどね。最近じゃ八雲さんの口調も砕けてきてますし?」


 と、とぼけたようにアリスが人差し指を自分の唇に当てる。その瞬間、青空の下で見せた笑顔と切なげな笑顔が八雲の脳裏で交錯する。


「なら、いつだって明るいお前はこれからどうなるんだろうな?」

「私はこれからも明るく“振る舞う”に決まってるじゃないですかー」


 アリスの言葉を聞き届けた八雲は唇を引き結んで、

 ──そうして、隠していくのか? ずっと?

 と、聞こえるはずもない問いかけを胸のうちに秘めさせる。それからすぐに八雲は笑顔を取り繕った。


「ま、お前は明るい方がいいよな」

「口説き文句みたいですねそれ」

「はぁ? そんなことないだろ」

「言外に『明るいお前が好きだ、暗い表情は似合わないぜ?』って言ってるようなものじゃないですか……」


 言った本人が赤くなってしまえば八雲はどうすればいいのかわからない。結果、じぃーっと白けた目で見つめていると、アリスはたちまち恥ずかしそうに目を瞑った。


「な、なに見てるんですかっ!」

「いや、なにって……お前の一人芝居?」

「言わないでください恥ずかしいっ!」


 アリスはいやいやと首を横に振ると、ギロッと物凄い目力で八雲を睨みつける。


「忘れてください」

「まぁ、一年くらいすれば忘れるんじゃないか?」

「今すぐ、この場で、忘れてください。拒否するのなら実力行使も辞さないつもりです」

「ほぼ脅迫だろそれ!?」

「いえ、お願いですよお願い。こんなに可愛い女の子にお願い事をされたら八雲さんも断れないでしょう?」


 血走った眼と片手に顕現させた聖剣を目にした八雲は顔を青ざめさせた。じりじりとにじり寄ってくるアリスに言いしれぬ恐怖を抱きながら何度も頷いて了承する。


「ふふ、それでいいんですよ。ありがとうございます♪」

「ど、どういたしまして……」


 顔を強張らせたまま、八雲は改めてこの初代勇者の恐ろしさを知った。これが上手い脅迫のやり方なのだろうか。


 ──それにしたって怖すぎだろ、あの目は。


 いまも目蓋の裏に焼き付いている。あの恥ずかしそうな表情からの変貌っぷりと言ったら、中国の変面を受け継いでいる方々も真っ青なレベルだ。


「さ、あそこの闘技場にみなさんお揃いですよ」


 そう言うと、アリスは半ば放心状態で突っ立っている八雲の手を再び引いて歩き出した。八雲はもはやどうにでもなれと思いつつ、あともう少しでご対面となるであろう新たな仲間との対面に胸を膨らませた。


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