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灰被りの勇者と封印されし聖女~疫病神の英雄譚~ 作者:柏もち太郎

三章:厄病神、旅をする

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047 小さな目標



 両親の死が仕方なかったとは思わない。自分のせいで死んだ村のみんなも。彼らの死が仕方なかったとは、絶対に思わない。割り切るなんて不可能だ。
 “割り切る”とは、たぶん、諦めることなのだろう。彼らとの繋がりがもう切れてしまったと諦めてしまったそのときが、“割り切った”瞬間だ。

 だから、絶対に諦めない。たしかに彼らは死んだ。生き返らせることなんてできない。

 しかし、それでも。

 それでも彼らとの繋がりが切れたとは思わない。 
 人が死んで、その墓を建てて毎年のように挨拶に行くのは、おそらく繋がりが切れたと思いたくないから。
 最近の出来事を話して、手を合わせる。また来るよ、と。そう声を掛けて立ち去る。

 きっと、誰もがそうだ。誰だって墓参りに行ったことがあると思う。子供の頃は墓参りに行く意味がわからなかったし、話しかけることに意味があるとは思えなかった。

 けれど、“失ってしまった”いまなら分かる。
 繋がりがあったという事実を忘れたくない。割り切るなんて絶対にしたくない。
 だからたぶん、これから先、一生割り切れない。吹っ切れることはあっても、割り切ることはできない。

 ──この繋がりは絶対に切れない。

 願いにも似た想いを抱きながら、八雲は瞳を開けた。

 この季節、明け方はやはり寒い。
 木を背もたれにし、竜王と交代した八雲は見張り番をしていた。いまのところ周囲に魔物の気配はない。

「ちょっと練習してみるか」

 八雲は手を開くと瞑目し、集中する。イメージは……そう、魔力が手の平に集まっている感じ。
 するとだんだん手先が暖かくなってくる。たぶん、これが体内の魔力を感じるということなのだろう。

「“聖壁(アイギス)”」

 唱えると、白金の小さな魔法陣が手の平に現れる。
 聖属性の防御魔法である“聖壁”は、その汎用性の高さが売りと言ってもいいだろう。盾として使うこともできれば、籠める魔力を減らしてクッション代わりにすることだって可能だ。

「形にはなってる」

 白銀の魔方陣をコントロールして盾をイメージすれば、次の瞬間にはしっかりと白金の盾を形作る。
 その出来に満足すると、八雲は魔力の供給を止めて“聖壁(アイギス)”を消し去った。

「けど、まだまだだ」

 アリスには質が低いとまで言われた。
 事実、八雲の魔法はまだまだ戦闘に活かせるレベルに達していない。魔力量はかなり豊富で、その点に関してはアリスをも上回るのだが、どうも質がよくない。魔力を上手く練り上げて魔法へ変換するのが下手なのだ。

「質に関してはどうも上手くいかないんだよなぁ……」

 毎度の練習でも意識してはいるのだが、なかなか難しい。供給する魔力量を増やせばいいのであれば楽なのだが、生憎とそれだけではダメなのだ。

 魔法における基本は量より質であり、こと対人戦においては質がもっとも重要になってくるからである。

 何にしたってそうだが、物事は量が多ければ多いほどいいとは限らない。簡単に言えば、いくら大質量の水を浴びせようと、高圧の水にはいともたやすく貫かれる、ということだ。

 だからこそ、体内の魔力を感じ、それを上手く練り上げることが魔法を形作る最大のポイントとなる。
 とは言うものの、

「……練り上げる感覚がよくわからん」

 八雲にはその工程が難しい。
 魔法に触れてこなかったことも大きいが、なにより魔力を感じる際の違和感が大きすぎる。端的に言えば、肝心なところで焦点が合わなくなってしまうのだ。
 解呪が完全でないことが影響しているのか、それともなければ別の理由なのか。いまはわからなかった。

「ゆっくりでもいいからマスターしないと」

 独りごちて、八雲は体内の魔力を練り上げてみる。しかし漠然としたイメージしか持てず、上手く練ることができない。


 八雲が持つ適性は聖属性と魔属性、加えて無属性だ。
 無属性というのは、竜王によれば極めて特殊なものらしい。一般的には認知されておらず、いままでにこの属性を持って生まれたのは数少ないのだとか。

 そして無属性の魔法は固有魔法に近しい。竜王が八雲に無属性の素質を見出したのは、かつて見たことがあるからだと言う。

「はぁ……」

 鬱憤を込めた溜息を吐き出すと、八雲は誘ってくる眠気を振り払うように目を擦った。ふと仰げば、東の空が明るみ始めている。そろそろ夜明けらしい。

「森の野宿は結構身体にクルなぁ」

 あたりには木々が生い茂っている。澄んだ空気が鼻腔から入って、疲れ切った肺を洗っていく。精神的には心地いいのだが、木に寄りかかっているのは肉体的に厳しいものがある。

「もう食べられない……なんて嘘に決まってましゅ」
「……食い意地張りすぎじゃないか、あいつ」

 テントのなかから聞こえてきたアリスの寝言に苦笑する。
 八雲はなるだけ音を立てずに立ち上がると、伸びをひとつ。くぁ、と漏れ出た白い欠伸が空気中に溶けた。

「行こう」

 まもなく竜王が起きてくる時間帯だ。
 八雲は立てかけておいた剣を取ると、焚き火を消して歩き出す。いまだ緑葉をつけている木々が歓迎するようにざわめいていた。

 ──もう一か月か……。

 奈落の底を出て、早くも一か月が経った。

 現在八雲たちがいるのはカルマ大陸でも最西端に位置する離島である。つい三週間ほど前に最初の街に辿り着いたのだが、一日も滞在することなく生活必需品をいくつか買ってすぐに出た。

 目指すは東にある港町。そこで船に乗り、カルマ大陸本土に上陸する予定だ。

「世界って広いんだなぁ」

 この世界はカルマとアルスの二大陸から成っている。それだけ聞くと小さいように思えるが、徒歩での旅となると世界が凄まじく広いように感じられる。

「まぁ本当に広いわけだが」

 カルマとアルスは地球で言うユーラシア大陸くらいの面積がある。それを徒歩で横断するなど厳しすぎる。

 ところで、カルマ大陸は別名魔界と呼ばれている。その仰々しい呼び名に違わず強い魔物も多い。そしてカルマ大陸を統治する者に与えられるのが魔王の称号だ。
 それらの要因もあって、アルス王国においてカルマ大陸は恐るべき土地として知られている。

 一番の原因は、ある男が流し始めた、カルマ大陸にすむ魔人が戦争を仕掛けてくるなどという噂である。
 これは真っ赤な嘘だ。そもそも魔人が魔物の上位種で人間に敵対する生物だとされていること自体が勘違いなのだから。

「……教育ってある意味洗脳に近いな」

 子供が知識を得るための唯一の手段。その手段が根本的に間違っているのだから仕方がないと言えば仕方がない。間違った教育が浸透していなければ、おそらく世界は違った道を歩んでいただろう。

 八雲だって、王国にいたときまでは魔王が魔族を率いて攻めてくるのだと信じて疑わなかった。
 八雲の間違いを正してくれたのは、他でもない、元は王族であったアリスだ。彼女の説明はわかりやすかった。

「俺も最初は魔人が魔物の上位種なんだと思ってたし」

 魔物と魔人とを魔族として一つのカテゴリーに分類していることがそもそもの誤りだ。魔物とは魔力を蓄えた動物が進化した姿であり、カルマ大陸の魔素濃度に適応した人間である魔人とはまったくの別物である。

 しかしそういった事実を知らないアルスの人間は、カルマとの戦争に備えて軍備を進めている。
 その結果のひとつが、八雲たちをこの世界に呼び寄せた“勇者召喚”だ。別名を女神の遺した最後の希望と言う。

 この際、女神が掛けた呪いによって、八雲はすべてを失い、果てには奈落の底へと落とされた。

「くそっ……あの男さえいなければっ」

 そして一連の出来事には、裏で糸を引いていた黒幕がいる。
 勇者召喚の儀を執り行わせた張本人にして、カルマ大陸を滅ぼそうとしている男。

 名をガルムと言ったが、今やそれすらも嘘か誠かわからない。
 見た目は人間だが、八雲の実感からしておそらく人間ではない。いや、単に八雲がガルムを人間だと認めたくないだけなのかもしれなかった。

 ──あいつだけは同じ人間だと思いたくない……っ!

 平気で人を何人も殺す男だ。八雲がガルムを人間と認めたくなくなるのも頷ける話だろう。

 あの男を表すとすれば、「好奇心の塊」だ。ガルムの行動はすべて好奇心から生まれ、もし飽きれば次なる対象に好奇心を移す。とにかく、どんな手段を使ってでもあらゆる事象を知ろうとするのだ。

 あの男さえいなければ誰も死なずに済んだかもしれない。
 あり得たはずの未来を考え始めた途端、身体の奥底を狂気と殺意が蹂躙する。もし、もし自分がいなければ……、と思って、八雲はかぶりを振った。

 自分がいなければ、なんて言ってはいけない。その言葉は命を賭した彼らへの冒涜になる。
 必死に消そうとするも、しかし八雲の脳裏には、白衣と眼鏡、それからいくつかのナイフと拷問道具、やせ細った肉食獣のような獰猛な双眸が浮かび上がってくる。

「ダメだ、あいつのことは考えるな……っ」

 あのときのように喉で百足が動き回っている気がする。喉を掻きむしりたい衝動に駆られるも、八雲はその自殺衝動とも言うべき憎悪に抗った。
 ギリギリと歯を食いしばり、ひたすら耐える。喉を掻き切ろうと震える指先と爪がまるで死神の鎌のようだ。

「うぐっ……ハァッ、ハァ……くそっ」

 軽い吐き気もあるが、おそらくもう大丈夫だろう。憎悪は消えないが、衝動だけはなんとか消えてくれた。

 あの凄惨な拷問以来、八雲はたびたびこういった発作を起こすようになっている。いつもは自分で抑えきれるが、酷いときだと自力では抑えられず、立ち上がることさえ困難な状態に陥ってしまうこともしばしばだ。

「こんなのが原因で死ぬなんて御免だ」

 不機嫌そうに額の汗を拭い去ると、八雲は前方にひとつの影を見つけた。そこそこ大型の魔物だ。
 こちらに気づいているようだが、すぐに襲い掛かってくる雰囲気ではない。むしろ、こちらを警戒して距離を置いているらしい。

「ガルルゥァ……」

 黒獅子。黒い体毛とたてがみ、そして強靭な四肢を持つ魔物であり、その危険度は鋭爪熊(シャーベロア)を凌ぐほどだ。
 体長は約五メートル。その名のとおり獅子(ライオン)に似た魔物で、俊敏な動きで瞬時に獲物を刈り取ると言われている。

「これはまた最悪な展開になっちまった……」

 しばらくこちらを観察していた黒獅子は、しかし八雲をただの獲物として認識したらしい。
 黒毛を奮い立たせ、琥珀色の瞳に食欲を滲ませている。奈落にいた魔物とは違ってよだれを垂らすことはなく、威風堂々とした振る舞いには貫禄と気品があった。

「密林の王者とか言ってたっけ」

 ゆっくりと近づいてくる黒獅子。逃がさないと言わんばかりに睨まれ、八雲は得ていた知識を参照する。
 八雲は鋭爪熊(シャーベロア)に歯が立たなかった。それを超える黒獅子など、はっきり言って絶対に敵わない相手だ。為す術もなく喰われるのがオチだろう。

「ガゥッ!」

 八雲がちっと舌を打つ。
 それを好機と見たのか、黒獅子は強靭な四肢で地を蹴り、その前足から恐ろしい威力を持つであろう斬撃を繰り出す。

 ──ああ、運が悪かったな。

 肉薄する黒獅子は、絶対に敵わなかったであろう相手だ。
 黒獅子の動きを見極めながら、八雲はニッと不敵な笑みを唇に過らせる。

「お前は本当に運が悪いやつだよ」

 そう、絶対に敵わなかった。──昔の八雲(、、、、)ならば(、、、)

「運が悪い理由、その一」

 口中で小さく呟くと、八雲は全身に魔力を漲らせる。
 一般人ならば誰でも使える強化魔法だ。だが八雲のそれは、質は低いものの魔力の供給量が桁違いなのだ。

「俺はいま、すこぶる機嫌が悪い」
「グガッ!?」

 黒獅子は琥珀色の双眸に驚愕を満たし、回避行動を取ろうともがく。
 しかし空中に躍り出てしまった黒獅子に逃げ場はない。あとは驚異的なスピードで八雲目掛けて突っ込むだけだ、

「その二」

 八雲の手が得物の片手直剣に添えられ、鞘がカチャンと音を鳴らす。
 おそらく黒獅子には今の八雲がおぞましい存在に映ったことだろう。密林の王者の名を冠する彼らにいままで敵などいなかったのだから。狙った獲物はすべからく恐怖に慄き、彼らの速度のままに切り裂かれていたのだ。

「いくら速かろうが関係ない」

 もはや黒獅子は断末魔の叫びすら上げなかった。
 動きを見切った八雲は素早く攻撃を躱して標的の下に潜り込むと、

「俺はカウンターの方が得意なんだ」

 一閃。
 たったそれだけで真っ赤な血飛沫が撒かれ、裂けた腹から臓腑が零れ落ちていく。すでに黒獅子の瞳は光を失っていた。

「お前、運が悪いな」

 胴の真ん中で分断された黒獅子の屍骸に八雲は無感動な眼差しを向ける。特に達成感の類はない。
 確実に実力は伸びている。足りない経験や戦略、加えて臨機応変な対処が残った課題だろう。

 八雲は眉を顰めて黒獅子の屍骸を見つめる。今更になってこの魔物を自力で倒したのだと実感が湧いた。

「でも、まだまだ足りない……」

 もっと、それこそアリスに負けない実力をつけねばならない。でないと彼女らを護るなんて誓約もただの笑い種になってしまう。
 とりあえずは当面の旅で鍛錬と経験を積むしかない。いつか来る、王国に喧嘩を売るその日のために、これから経験するすべてを力に変える。

 小さな目標を掲げると、ひとり納得した八雲は固く拳を握りしめた。

「さて……」

 気を改めたところで、八雲は再び黒獅子の屍骸を見つめる。
 どうやってこれを持ち帰ろうか。こんなに面倒になるなら斬るのは頭だけでよかったかもしれない。

「嫌なことは思い出すし食材は無駄にでかいし、一日の始まりとしてはなかなか最悪じゃんか」

 八雲は頭をガリガリ掻き、仕方ないかと肩を落とした。

「……俺も大概運が悪いな」
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