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灰被りの勇者と封印されし聖女~疫病神の英雄譚~ 作者:柏もち太郎

二章:疫病神と封印された乙女

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040 竜王と対面


 『竜王の(あぎと)』。
 そこは、アルス王国の民から魔境と恐れられている大地の裂け目だ。恐れられるようになったのは、その昔、初代勇者が魔王討伐の旅に出て三年後のことだ。
 王都の研究者が何某(なにがし)かの目的で裂け目に近づくと、突如として漆黒の竜が現れ、自らを竜王と名乗ったらしい。そして竜王は一人の人間を食らい、また裂け目に戻ったそうな。
 この事件が所以で裂け目は『竜王の咢』と呼ばれ、民に恐れられるに至ったのである。

 そんな『竜王の咢』を進む影が一つ。笑顔で談笑しながら歩いている。しかし傍らに人影はない。

「なんでからかうんですかっ!」
「そう怒るなって」
「だって悔しいんですもん……わたし、いつもからかわれてばっかりです」

 不貞腐れた声音は、影ではなく剣が発していた。つまるところ、影――八雲は、剣と談笑しているのである。八雲はクツクツと笑いながら、

「なに、アリスを嫌ってるわけじゃないんだぞ? むしろ好きじゃなかったらこんなふうに話したりはしないさ」

 鈴が鳴るような、綺麗な声音。聖剣に宿る少女の名はアリス。
 初代勇者の肩書きをもった少女であり、今は八雲のパートナーとなっている。聖剣に宿っていたアリスはダンジョンの部屋に封印されていた。それにも理由があるようだが、八雲はまだ聞いたことがない。

「そ、そういうことじゃなくてっ! ていうかよく軽々しく言えますねそんな台詞!?」
「普通じゃないか?」
「…………」
「アリス?」

 突然黙り込んだアリスに、八雲はどうしたものかと戸惑った。もしかすると気に障ることを言ってしまったのかもしれない。

「あー……その、なんだ。俺はアリスもアクアも信じることにしたんだ。だから俺は気兼ねなく接するし、これからも一緒にいてほしいんだよ。もちろん、嫌ならアリスは竜王のところにいてくれていいしさ」
「いや……別に嫌がってるわけじゃないんですけど」

 そうは言うものの、アリスは不機嫌そうだ。心なしかフードのなかでアクアが抗議しているような気もしてくる。
 八雲はますます原因がわからなくなった。

「違うのか?」
「違います! ……八雲さんはもう少し自分の発言に責任を持つべきです」
「俺の発言、か……」

 アリスの言葉を受けて、八雲は少し振り返ってみる。人を怒らせるような発言はおそらくないはずなのだが……。

 ――……あ。

 ようやっと気づいた八雲は、しどろもどろになって、

「その……わ、わざとじゃないんだぞ?」
「やっと気づきましたか」
「……あまり人に言うべきじゃなかったよ」
「ご理解いただけて何よりです」

 アリスがくすりと笑う。八雲はたちまち顔を紅潮させた。
 友達だからと言って誰にでも好きと言うな、とよく言われたものだ。当時の八雲には不思議でならなかったが、今になって考えてみるとかなり恥ずかしい。

「顔が真っ赤ですよ? 大丈夫ですか?」
「い、いや、別になんでもないぞ?」

 ならいいんですけど、というアリスの言葉にはまったく憂慮がない。むしろ悪戯を成功させた子供みたいな言い方だ。

 ――こいつめ……。

 八雲は半眼になって聖剣を睨む。しかし実体のないアリスを睨んだところで意味がない。力なく項垂れた八雲は、

「んんっ!」

 軽く咳払いをして、場を持ち直す。アリスのふわふわした雰囲気に呑まれるのは御免だ。

「で、あとどれくらいで着くんだ?」
「ええと……もうちょっとですね。本当にちょっとですよ」

 いまいち信用ならない言葉に八雲はジトッとした目つきになる。なにせあと少しと言われてから、八雲の体感で丸二日は経っている。

「なんですか、その『信用ならない!』的な目は」
「よくわかってるな、そのとおりだ」
「わかるのが逆に辛かった!」

 やっとだが、八雲にもアリスの性格が掴めてきた。寂しがり屋で、しかし明るく、ときにはナルシストかと思わせる言動もある。あとは、だいたい何も考えずに行動している。

 『考えるな、感じろ』を地で体現しているような女性だ。聞こえはいいが、アリスの場合少し意味合いが違う。簡単に言えばアホの子である。

 八雲は込み上げる笑い声を噛み殺す。もし笑っているとばれたら、それはそれで面倒なのだ。

「どうせまだかかるんだろ? ていうか、お前あれだろ」
「……なんですか」

 不貞腐れたアリスが訊き返す。なんとなく、頬を膨らませている姿が想像できた。
 単純と言うか純粋と言うか、とにかく子供みたいな印象を抱かせるのもアリスの特徴かもしれない。だが、かえってその方がありのままをさらけ出せるから都合がいい。
 八雲は唇の端を吊り上げて、

「今まで距離がわからなくてテキトーに言ってただけじゃないのか?」
「し、ししし心外だなぁ! 八雲くんは、わ、私の言ったことが信用できないのかね?」
「だからそうだって」

 おかしな返答に八雲は思わず破顔してしまう。しかしアリスは馬鹿にされていると取ったのか、涙ぐんだ声で抗弁した。

「ひどくないですか!? 信用するって言ったじゃないですかぁ!」
「それとこれとじゃ話が別だよ」

 のらりくらりと躱してみる。最近ではアリスをいじるのが楽しくて仕方がない。まるで、昔の、まだ八雲たちが(、、、、、)子供だったころみたいだ。

 ――なんか、懐かしいな……。

 冗談を飛ばして愛華を困らせたり、それで麗華に怒られたり。拓哉と一緒に馬鹿をやっては両親に叱られた。聖也は勉強も教えてくれたし、いつも相談相手になってくれていた。
 今でこそ人と話すときに一歩引いて接するものの、昔の八雲は意外とやんちゃだったのだ。と言っても幼馴染や家族と接するときだけだったが。

 幼馴染のことを考えると、どんよりとした暗鬱な気分になる。しかし八雲は、その不安を一旦消し去った。見捨てたのではなく、信頼しているから消し去るのだ。
 彼らならば自分がいなくとも上手くやれる。もし何が起こったとしても、だ。もちろん助けには行くが、今から気を()いてもかえって危険が高まる。
 急ぎ過ぎず、しかし着実に足を進めるのだ。

 涙ぐみそうになるのを堪える。懐かしさで胸がいっぱいになっていた。

 ――いまはとにかく、目の前だよな。

 八雲は、忠告をくれた相棒に目を遣る。すると、今までぐぬぬと唸っていたアリスが自信ありげに言った。

「今度こそは本当ですよ!?」
「……墓穴掘ってるけど大丈夫か?」
「はうっ」

 八雲の指摘が急所を突いたらしい。アリスはそれきり黙ってしまって、反対に八雲はカラカラと笑い始める。
 可笑しくて仕方がない。本当にくだらないやり取りばかりではあるが、こういった何気ない日常を少しずつ取り戻していこう。そして、テグスたちにも報告してやるのだ。
 前までは、きっと他の村人のように自分を恨んでいると思っていた。けれど今は違う。リリカたちは護ろうとしてくれたのだから。自分を救うために、命を懸けていたのだ。
 ならば、きっと笑うべきだ。彼女らへの哀悼を忘れず、しかし感謝も胸に抱く。

 八雲は、そうするべきなのだと、やっと気がつくことができた。

 そして、この復讐心はこのままにしておく。復讐をしても彼女らは帰ってこないとわかっている。ともすれば、無益なものなのかもしれない。あとには何も残らないだろう。
 リリカたちは望んでいないかもしれないし、もしかすると私心から来た身勝手な願望かもしれないが、それでも。
 それでも、八雲はあの男たちを殺そうと己に誓った。でないと、気が狂いそうだ。

 八雲の在り方は、傍目からすれば異常かもしれない。哀悼、感謝、憎悪、殺意、さまざまな感情が同時に存在している。だがこうすることが八雲にとっての最善なのだ。

 ――絶対に。

 八雲は改めて目的を確認する。それから、目的を達するためのプロセスも。
 真剣な面差しで黙考する八雲に、立ち直ったアリスが声を掛ける。軽やかで、喜びに満ちている声音だった。

「ほら、見えてきました!」
「ん?」
「あれですよ、あれ! ずっと前です!」

 言われたとおり、遥か前方を見据えた八雲は、思わず嘆息を吐いた。

「……なんだよ、あれ……」

 煌水晶(レイクリスタル)が道の左右を彩り、その終着点には荘厳な扉があった。それも、巨大だ。ここから見てもかなり大きいのだから、間近で見るとさらに大きいのだろう。

「あそこが竜王さんのお家ですよ」
「……すごいな」

 ダンジョンの最奥に作られた居宅は門からして凄まじい迫力だ。なにせ門が道を塞いでいるくらいである。仮に人が住むとしてもここまで大きな門は作るまい。
 ほうけている八雲をアリスが急かす。

「早く行きますよ!」
「どうしてそんなに急いでるんだ」
「だってすぐそこですよ? ……わたしの身体」
「俺が身体目当てみたいな口振りだな!?」

 とんでもない発言に八雲が目を剥く。アリスはとぼけて、

「違うんですか?」
「違うに決まってるだろうが……」

 八雲は苦虫を噛み潰したような顔になって否定する。
 人差し指を唇に当てているアリスが見えた気がした。加えて小首を傾げていそうである。想像がしやすいから逆に疲れるという体験は初めてかもしれない。

 ――弄るのは面白いけど、ペースに乗せられると疲れるな……。

 自然と顔が俯きがちになるのも仕方がない。

「ていうか、アリスの身体ってまだあったんだな……」
「あれ? 言ってませんでした?」
「言われてないな、たぶん」

 ますます八雲は項垂れる。てっきり身体を失ったから聖剣に魂を移したのだと思い込んでいたが、どうも違うらしい。

「私の身体は竜王さんのところで冷凍保存してあるんですよ~」
「コールドスリープってことか。そりゃまた近未来的だな。ファンタジーなのに」
「こーるどすりーぷ? 冷凍保存ですよ?」

 アリスに言ってもわからないだろう。なにせ八雲と同じ現代っ子の拓哉でさえも「コーラとスリッパ? 発音良いな八雲!」とか言い出す始末だ。
 それを聞いているこっちが恥ずかしくなったのは記憶に新しい。

「まぁ、俺らの世界でもそういうのがあったんだよ」
「冷凍保存ですか? 変な習慣があるんですね、八雲さんたち」
「鏡見てから言えよ。それに習慣づいてないからな」

 アリスの怪訝な顔を思い浮かべて、八雲は無表情に返答する。
 まず言い方が変だと気づいてほしい。冷凍保存と聞くと、まるでアリスの身体が冷凍食品みたいだ。いやまあ、生ものではあるのだろうが。
 頭が痛くなってきた八雲をよそに、アリスは鼻歌まじりで機嫌をよくする。

「ふふ、私は確かに可愛いと思いますけど、鏡を見るのは嫌いなんですよ」
「なんだそのドヤ顔……あと冷凍保存って聞くと食べ物みたいだから言い方を変えてくれ……」
「食べ物!? や、やっぱり私の身体目当て……」
「絶対ない」

 とも言い切れない。
 アリスがもし身体を取り戻したのならかなりの戦力だ。むろん戦力としてだけ見ているわけではないが、それを本人に伝えるのはこう、少し恥ずかしい。
 しつこいくらいだったが、アリスは急に声のトーンを落として、

「ま、八雲さんがそういうひとじゃないことくらいはわかってるつもりです」

 と照れくさそうに言った。そんな何気ない一言に驚いて、八雲は担いだ聖剣に苦笑を投げかける。少しだけ、嬉しく思う自分がいた。

 他愛もない話をしながら、煌水晶(レイクリスタル)に彩られた道を進んでいく。角度によっていろんな光を見せる煌水晶は美しく澄み切っていた。
 アリスの語りを聞き終えると同時、遠く見えていた扉の許に辿り着く。

「本当に大きいな……」

 重厚そうな漆黒の扉。王城の扉のように華美な装飾はないものの、見る者を魅了する何かがあると思える。事実、八雲も少しの間魅入っていた。

「どうやって知らせるんだ?」
「え? ああ、あそこに小さいボタンがあるのでそれを押してください」

 言われて、探してみる。だが、見つからない。

「そこ、目の前の剣に埋め込まれた宝石の部分です」
「これか?」

 ピンポーン。

『どちらさまじゃ?』

 聴こえてきたのはしゃがれた感じの声だった。おそらく、老人だろう。
 どう答えたものかと八雲が考えあぐねていると、それを見かねたのかアリスが元気よく名乗った。

「お久しぶりです、アリスですよー!」
『ん? ――おお、待っとれ! 今開けるからの』

 八雲は大いに困惑した。もはや訳がわからないことだらけである。 
 辛うじて口を開くと、まずは一言。

「インターホンあるのかよ……」

 ほとんど落胆に近い声音だった。ここまで来ると、もう何が起こってもおかしくない気がしてくる。

 とそのとき、扉が重低音を伴って開かれる。人が入れるくらいの隙間ができて、そこから顔をのぞかせたのは――、

「久しぶりじゃなアリス。歓迎するぞい」

 立派な白の顎髭を生やした、お爺さんだった。

「お久しぶりです竜王さん!」
「この人が!? 竜王って竜じゃないのか!?」
「……ふむ。説明しとらんかったのか、アリス」

 八雲と老人がそろってアリスに目を向ける。
 すると、二、三拍置いてからアリスが、

「て、てへぺろ?」

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