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灰被りの勇者と封印されし聖女~疫病神の英雄譚~ 作者:柏もち太郎

二章:疫病神と封印された乙女

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038 八雲の独白

 戦闘中、知ったのは、アリスが一心に自分を護ろうとしてくれていることだった。

「本当に骨が折れる戦いだった……」

 八雲はあたりに魔物がいないことを確認して壁にもたれる。ホッと一息吐くと、いきなり膝が震えはじめた。冷や汗が背をじっとりと濡らす。

「今頃かよ……」

 八雲は苦笑して前方を見据える。今こうして見てもバジリスクの亡骸は八雲の何倍も大きい。自分が倒したとは思えないくらいだ。

 ――ま、アリスのおかげなんだけど。

「本当にありがとう」

 携えた聖剣に目を移す。聖剣に宿っているであろう八雲の相方は、返事を寄越さない。これはもしかすると、魔力の使い過ぎで言葉も喋れなくなっているのだろうか。
 八雲はナイフで服を切り裂くと、それで聖剣に付いた血糊を拭っていく。労いと感謝を込めて、丹念に。
 そうしていると、フードがもぞもぞ動く。飛び出してきたのは蒼いスライム。

「お前にも感謝しないとな。ありがとう、アクア」

 アクアを膝に乗せてなでる。ふにふにした感触ともちもち感にたまらなく癒される。凝り固まった筋肉もほぐれていくみたいだった。
 八雲の腹に身体を押し付けるアクアはどことなく嬉しそうだ。それが微笑ましくて、八雲は頬を緩ませる。

「二人がいなかったら俺、バジリスクと戦うこともなく死んでたかな」

 嘘偽りのない本心だ。もし二人がいなかったのなら、きっと道中で死んでいただろう。万が一ここに辿り着けていたとしても、バジリスクには絶対喰われていた。
 すべて、二人のおかげだ。

 八雲は先の戦闘を思い出す。アリスは八雲のことを護ろうと奮起してくれていた。八雲は何もできなかったのに、それでもアリスは全力をかけて八雲を護ろうとしていた。
 だから、己を託そうと思った。今にしてみれば、あのとき、自分はアリスに信頼を置いたのだろう。けれど本当に信じていいのだろうか、と不安になる自分もいる。

 あれだけのことをしてくれたアリスを疑うなんて、自分でもどうかしてるとは思う。だが、もう、八雲には自分の考えていることがわからないのだ。見つけようとしても霧が深まるばかりで、視界に入ってこない。まったく、わからないのだ。

「俺は、どうしたらいいんだろうなぁ……」

 アクアに問いかけてみる。もちろん答えは返ってこないが、その代わりに身体を押し付けられた。八雲はアクアから神聖水を受け取り、傷だらけの身体を癒す。

「……わからないんだ」

 言葉を解さずとも、アクアは聞いてくれていると思った。八雲はぽつりとつぶやく。

「お前らを信じていいのかな……いや、たぶんもう、信じてるんだろうな」

 認めたくないだけで、と付け足す。
 おそらく八雲自身、心の奥底では信じきっているのだろう。逼迫(ひっぱく)した状況で下した判断は、紛れもない本音だ。しかし、認めたくないと心の上澄みが邪魔をする。疑心が湧いて、また裏切られるぞと囁いてくる。

「アリスがさ、話しかけてくれるんだ。俺はぶっきらぼうに返したり、無視してばっかりだったんだけどさ。それでも、明るく話しかけてくれるんだ」

 そのたびに凍っていた心が揺れるのを感じていた。

「なあアクア……俺はさ、わかんないよ……」

 揺れ惑う感情をどうすればいいのかわからない。憎悪と殺意に沸き立つ心と、ちょっとの嬉しさと人心地に和む心。どっちが本当の心なのだろう。
 ふいに八雲は、聖剣とアクアを抱きしめた。

「俺、お前らが離れなくて嬉しいんだ……けど、認めたらあいつらのことを忘れちゃう気がして怖い……っ」

 二人は離れてくれなかった。八雲も自分から離れようとはしなかった。
 つまりは、そういうことなのだろう。人を信じるのが怖くて、けれど人と離れたくはない。身勝手な感情が、本心。そして憎悪と殺意も本心。
 同居するはずのない二つが、八雲のなかにある。
 二つとも本心なのだ。憎悪も殺意も、嬉しさも寂しさも、全部あますところなく八雲の本心なのだ。捨ててはいけない想いが、ここにあるのだ。

 ふと目を遣ると、アクアはきょとんとしている。そんなふうに映った。

「お前らは知らないよな……当然だ、俺が言ってないんだから」

 まだ言っていないことがたくさんある。どこから来ただとか、何を目的にしているのだとか……、まずはそう言ったことから話さないといけないのだろう。
 八雲はあの日常を思い出した。

「テグスってやつがいたんだけどさ、あいつ馬鹿なんだ」

 くすんだ金色の髪。二人の幼馴染に似ている男。けれど幼馴染ではない、一人の男。

「一度思い込んだらなかなか止まらないんだ。暴走列車ってやつかなぁ、でもあいつ、すげえいいやつなんだよ。だからなのか知らないけど、綺麗な奥さんもいる」

 目が眩むほどの美女。二人の幼馴染に似ている女性。けれど二人とは違う、一人の女性。

「セリカさんって言うんだ。すっごい美人でさ、俺もテグスがいなかったら惚れてたかもしれない。本当は怖い人なんだけど、たぶん、村で一番優しい人だった」

 二人とも、幸せそうだった。翌日には結婚式を挙げる予定だった。八雲もすごく嬉しくなって、二人を祝福した。きっと、幸せだったと思う。
 それを壊したのも、自分が原因だった。

「俺がいなければ二人は幸せなままだったんだ。俺がいたからガルムが村を襲わせたんだよ。あいつが指示して、ヴィアラとかいうやつが村を襲った。俺を狙ってだ」

 腸が煮えくり返る。憎悪と殺意が脳裏を埋め尽くして、八雲を支配しようとしてくる。まるで鬼のように、八雲が折れるのを待ち構えている。

「俺、何も出来なかった。ただ見てるだけで、何もできなかったんだ」

 八雲は顔を伏せた。下唇を噛んで、顎がぴくぴく痙攣している。
 助けようとした小さな命は目前で尽き、八雲は憎悪を向けられた。襲撃の理由を知った老人は八雲の目の前で命を絶った。彼らの憎悪も、八雲は背負っている。

「それからさ、俺、拷問もされたんだ。本当に痛くて、苦しくて、何度も死にたくなるんだ。でも、死なせてくれない。俺、一回はみんなのこと忘れてたんだよ。酷い話だよなぁ、俺を護ろうとしてくれた人たちを痛みで忘れたんだ」

 語る八雲は、血色を失っていた。恐怖に青くなった顔が、過去の幻影を見ているようだ。
 ガルムから受けた拷問の恐怖は、いまでも八雲の奥底に貼りついている。これもきっと、一生をかけても剥がれないだろう。

「護ろうとしてくれてたんだよ、みんな」

 八雲は顔をあげた。蒼いスライムは、じっとこちらを見つめて聞いてくれていた。

 あの窮地よりも、それ以前の笑顔が焼き付いている。
 もし自分を狙ってのことだったと知っても、彼らは護ろうとしてくれたと思う。傲慢な想像かもしれないが、そう思ってしまうのだ。

「俺は一緒に住んでた子たちがいるんだ。姉妹だよ。姉はリリカっていう名前で、妹はラルカっていうんだけど」

 身振り手振りを交えながら、アクアに言い聞かせていく。

「二人とも結構言い合いばっかりしてるんだけどな。でも、すごく仲良しなんだよ」

 何気ない日常がどれだけ幸せだったのか、今更わかった。この世界に来てからも以前の日常に幾度となく想いを馳せたが、それ以上にいま、あの日常がどれだけ幸せなことだったかを知った。

「リリカは料理上手だ。恥ずかしがり屋なんだけど、意外と怒りやすかったりする。それから、すごく妹想いの姉なんだ。笑うと、向日葵みたいに明るくてさ」

 瞼の裏に追憶が流れては消えていく。手を伸ばしても、もう届くことはない。

「ラルカは男の子っぽいけど、実は女の子でな。俺も最初は男の子かと思ってて、身体を拭いてやろうとしたらリリカに怒られたんだ。怒られたっていうか、リリカが焦ってた感じだった」

 みんながいる、あの村での生活が思い起こされる。ギリアンにしごかれ、テグスと馬鹿をやってはセリカに叱られ、帰ればリリカとラルカと談笑する。ときにはテグスに稽古をつけてもらったりもした。セリカには何度も治療してもらった。ギリアンには世界の厳しさを教わった。ラルカには毎回癒された。リリカにはいつも、支えてもらっていた。
 すべて、忘れたくない光景。これから先、何があっても、絶対に忘れない日々の風景。

 八雲は、再びあの夜を思い出す。

「リリカは俺を護ってくれたんだ。力があるわけじゃあない。ぜんぜん強くなくて、むしろ弱い、ただの女の子なんだ。それなのに、俺を護ってくれた」

 そして、微笑んだのだ。
 胸から血をこぼして、別れが近くても、それでも浮かべた微笑みに。ずっと認めたくないと拒んでいた、あの慈愛に満ちた微笑の意味に。

「俺をまもれて、うれしかったんだろうなぁ……っ」

 八雲はいま、向き合った。

「きっと俺だって、うれしくなる。まもりたいひとをまもれたら、おれもうれしくなるとおもうんだ」

 滲む視界、濡れる頬。小刻みに震える膝を抱え込み、そこに、すっかりぐちゃぐちゃになってしまった顔を(うず)めた。

「たとえしんでも、すきなひとをまもれたら、きっとうれしくなる」

 もし八雲がリリカの立場だったのなら、嬉しかったことだろう。幼馴染でもいい。村の誰かでもいい。誰か、護りたいと思える人を護って死ぬのなら、それは八雲にとって本望だ。

「……こうして、泣いちまうのも、よわさなのかなぁ」

 声が掠れているのがわかる。ひっくとしゃくり上げてしまうのを堪えて、

「だったら、おれ、よわいままでいい」

 誰かが死んで、それを(いた)まないことが強さなら、弱いままでいい。

「でも強さって、そういうもんじゃないだろ?」

 だが八雲は、強くなりたい。八雲の思う、強者へと()りたい。

 ――強くなるよ。

 別れ際に贈られた言葉への返事。
 これを乗り越えれば、少しはあいつの強さに近づけるのかもしれない。

 八雲の信じる強さは、誰かを想い、護ることだ。たとえばそう、テグスやセリカ、リリカのような強さがほしい。力が足らずとも、誰かを護ることはできるのだから。
 もちろん、力もほしい。力があれば、誰かを護り続けられるから。

「なあ」

 呼びかけると、たしかな感触がある。ここにいる。

「おれ、生きるよ。もしかしたらおれは死んだほうがいいのかもしれない。だって周りの人たちを不幸にするから。……でも、勝手かもしれないけど、おれ、生きるよ。
 あいつらが護ってくれた命だから……おれ、生きてあいつらに会いに行くよ」

 彼らが繋いでくれた。だからもう、八雲一人がどうこうしていいほど軽い命ではない。もがいて、あがいて、どれだけ苦しい状況に落ちても、這いあがって生き抜く。
 八雲は心を決めた。

 目頭が熱い。鼻腔につんとした刺激を受ける。頬が濡れるたびにすべてが蘇る。全身が暖かくなって、どうしようもない切なさが行き場をなくす。
 それでも、しゃくり上げる喉を必死にこらえて、八雲は言葉を紡いでいく。

「おれは“ありがとう”も伝えてない」

 また人から恨みを買うかもしれないし、ともすれば殺そうと襲ってくる者が現れる可能性もある。だがそれでも、八雲は足を止めたくなかった。足を止めれば、憎悪と殺意に飲み込まれてしまいそうだ。
 八雲はボロボロの襟を正すと、

「まだあいつらにお別れも言ってないんだ。ほら、お別れはちゃんと言わなきゃいけないだろ? だから、会いに行く」

 微笑んだ。
 彼らに別れの言葉を告げに行こう。そして、彼女の託した二つの願いを叶えに。
 彼女のたった一人の肉親を助けること。それから、これは八雲の願いでもある、幼馴染を助けること。
 八雲にとっての大切な者たちが、今まさにガルムの歯牙に掛けられようとしている。そう考えると、憤りが境界を通り越して憎悪に変化しそうだ。

「絶対会いに行くからさ。……もしかしたら見ててくれるのかな?」

 ふと、仰ぐ。空は見えない。見えるのは、なだれ込んでは消えゆく激流のみ。
 八雲が行動する理由なんて単純だ。何も知らない他人には自己満足だと罵られるかもしれない。だが、八雲にとっては他の何よりも大切な理由だった。
 すべては、こんな自分を助けてくれた彼らのため。

「きっと見守ってくれる。勝手だけど、俺がそう思いたいんだ」

 見据える蒼いスライムは、きっとこちらの言葉を解さずとも、想いは解していると思えた。

 だから八雲は、言った。

「俺はお前らを信じる。お前たちは、ついてきてくれるか?」

 かちゃり、と聖剣が音を立てる。蒼いスライムが身体を揺らす。

「ありがとな……本当に、ありがとうっ……」

 そう呟くと、八雲は重くなった瞼を落とした。安心か疲れか、いずれにせよ八雲の身体は休息を求めている。危険を考えることもなく、眠りについてしまう。

 硬くなっていた表情は、いまや柔らかく弛緩しきっていた。
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