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灰被りの勇者と封印されし聖女~疫病神の英雄譚~ 作者:柏もち太郎

二章:疫病神と封印された乙女

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036 俺たちのターンだ

「知ってるのか」
「……バジリスクはカルマ大陸でもなかなか見ない魔物です」
「つまりは強いってことだな」
「注意してください。バジリスクの脅威はさっきの水弾だけじゃなくて――避けてッ!」

 アリスの指示に従い、八雲がその場を飛びのく。
 ドゴッと音がして、次の瞬間にはバジリスクが岩を噛み砕いていた。

「おそるべきはあの速さと顎の強さです。それこそ毒はありませんが、一噛みで即死レベルでしょう。魔法の発動よりも先に動かれたらお終いです。それに、もし充分な魔力を注いでいなければ破られます」

 たとえ“聖壁(アイギス)”を展開させたところで、バジリスクの顎に噛み砕かれる可能性がある。対抗するには魔力を注ぎ続けるか、先ほどと同じく二重奏(デュオ)などで数で勝負するしかない。
 だがどちらも今となっては現実的ではない悪手だ。残存魔力もすでに半分を切っている。

「私がサポート、攻撃は八雲さんに任せます!」
「了解だ」

 返答を聞き、アリスは全力をサポートに向ける。まずはバジリスクの動きを観察し、一手先を読むことに専念。バジリスクは舌をちろちろ動かすと、瞳孔をカッと見開いた。

「――右へ!」

 バジリスクが飛び込んでくる。八雲の身体が飲まれそうになるも、アリスの掛けた付与魔法エンチャント・マジックが功を奏した。
 地を蹴った八雲が、

「アリスっ!」

 アリスは、口中で一気に詠唱すると、八雲の足許に魔法陣を展開。それを蹴り、八雲はバジリスクに向かって聖剣を袈裟切りに薙ぐ。

「硬ッ」

 バジリスクの鱗は強固だった。聖剣の刃を寄せ付けず、バジリスクは首を払う。
 八雲は辛うじて後ろに跳んだが、間に合わない。バジリスクの身体がぶつかって、八雲は軽石みたいに飛ばされた。

「【空に踊れ、“舞風(まいかぜ)”】」

 アリスは落ち着いて唱える。途端に八雲の身体が減速し、岩壁への衝突を防いだ。
 しかし、

 ――これはッ!?

 バジリスクの体内で魔力が増幅を繰り返している。とても聖壁(アイギス)一枚では足りないくらいの魔力量。アリスの脳裏に危機感が過る。

「【四重奏(カルテット)、“聖壁(アイギス)”】」

 アリスは八雲に指示を出し、目の前の空間に魔力を籠めた。
 白金の魔法陣が四つ重なり、八雲を護る防壁と化す。深淵のようなバジリスクの大口を見たとき、アリスの背筋を言葉にならない怖気が舐めた。

「耐えて――ッ」

 撃鉄が鳴った。
 アリスの悲鳴すらも一飲みに、バジリスクの喉奥から超高圧の水が一直線を引く。四重に構えた盾が三枚破られ、残りの一枚にアリスは全神経を傾ける。

「くっ……!」

 魔力を注ぎつつ、白金の盾をコンパクトにしてコントロール。

「アリスっ!?」

 勢いが殺せない。アリスは即断。縮小させた魔法陣を巧みに操り、角度を調整。すると水の光線(レーザー)が逸れ、八雲の脇を通り抜けて岩壁を穿つ。

 深々と空いた穴は奥が見えず、バジリスクの放った水の威力が窺い知れる。もし判断を誤っていたら八雲がこうなっていただろう。
 なんとか耐えきった安堵感にアリスは息を吐く。だがまだ気を抜いてはいけない。

 バジリスクに目を遣ると、かの大蛇はこちらを観察して舌をちらつかせていた。

「大丈夫かっ!?」
「はぁっ……んっ、だいじょうぶです……バジリスクに集中してください」

 呼吸を荒げたアリスに八雲が歯噛みする。くそっ、と毒づくと、八雲が行動を開始、アリスが再び補助に回る。
 残存魔力は四分の一程度と少ない。苦手である攻撃系統の魔法を使うにしても、相手が相手だけに甚大な魔力が必要となる。仕留められるかも定かではない魔法に頼るのは得策とは言えなかった。

 八雲が焦燥感に駆られたゆえの連戦が、ここにきて最悪の展開を引き起こしてしまっていた。

「一旦下に降りる」
「えっ!?」
「温存しておいてくれ」

 真剣な顔つきに押され、アリスは指示に従った。八雲の言うとおり、このまま魔力を使っていけばやがて枯渇して何もできなくなってしまう。
 地に降りた八雲は、

「信じるのは無理なのかもしれないが、最善は尽くす」

 と、バジリスクに向け聖剣を構える。双眸は炯炯とした眼光を放ち、その面差しに鬼気を滲ませている。
 その言葉だけで充分だった。魔力の使用を控え、アドバイスのみに専念する。

「あのバジリスクはカルマ大陸のものより強いです。特に先ほどの攻撃は、たぶん避けてもついてきます」

 バジリスクが首をもたげる。八雲が横に跳び、次いで破砕音を伴ったバジリスクの噛み砕き。水弾などの技能(スキル)はそう何度も使えないようだ。

 アリスは憂患(ゆうかん)しつつ、努めて平静を保った。魔力を温存する分バジリスクの攻撃パターンを分析し、的確なアドバイスを八雲に与えていく。

「危ないっ!」

 あわやというところでバジリスクの牙を躱す八雲。息を切らしながらも、集中を切らしていない。再び聖剣を構えると、八雲はバジリスクを凝視する。

「大丈夫だ……まだ生きてる!」

 アリスはバジリスクと八雲の戦いを見守りつつ、今の残存魔力で可能な戦術を思案する。

「うるさい蛇だっ」

 バジリスクの喉奥からいくつかの弾丸が放たれる。八雲は聖剣で危なげなく迎撃し、また位置を変える。

 クァァアア――

 大蛇は懲りずに弾丸を放ち続け、ときには自らの牙で仕掛ける。八雲はサイドステップで弾丸を躱しながらも避けきれないものは聖剣の腹で受け止めている。

 激流が飲まれる音が辺り一帯を埋め尽くしていた。いよいよ窮地に追い込まれた八雲は、しかし聖剣で冷静にバジリスクの攻撃をいなす。

「くっ」

 大蛇の牙が迫り、八雲が避ける。水の弾丸はできるかぎり回避し、回避できない場合は聖剣で弾いている。水の弾丸は聖剣にあたると甲高い金属音を鳴らす。

 ――……遅い?

 アリスは一つ気づいたことがあった。バジリスクは攻撃のあと、数秒間は動いていない。むろん首を伸ばしての噛みつき後もそうなのだが、水弾を放ったあともそうだ。

「そうだ……」

 アリスは魔王に聞いた一節を思い出していた。
 待機時間(ディレイ・タイム)。魔物が技能(スキル)を発動させたあと、少しの休憩を要する、いわば硬直の時間。

「八雲さん! バジリスクは攻撃の後少しだけ動きが止まります!」

 アリスが興奮気味に言うと、

「それくらいすぐ気づけよ……」
「気づいてたんですか!?」
「当たり前だ」
「ならどうして攻撃しないんですか!?」
「いつでも止まるとは限らないだろ。まして蛇は筋肉の塊みたいなもんだ。いきなり首が曲がってきてパクリ、ってのもあり得る」

 八雲の鋭い分析にアリスは唖然とした。内心落ち込んだのは言うまでもない。
 談笑している暇が続くわけもなく、第二波が押し寄せる。八雲は俊敏な動きでそれらの弾丸を回避し、再び口を開いた。

「だからアリス、お前は温存しておいてくれ。それと、悪かったな」
「……え?」
「ずっと忠告してくれてたのに無視してたことだ」
「そ、そんなこと気にしなくてい――」
「――チッ!」

 バジリスクの顎が大きく開かれ、獲物を飲み込まんとする。八雲は舌打ちして転がると、元の立ち位置を向いて片眉を持ち上げた。砂煙の向こうで黄色い光が瞬いた。
 悪寒が走り、アリスは叫んだ。

「跳んでください!」
「了解だっ!」

 八雲が地を蹴って宙へ。直後、砂煙の向こうからバジリスクの牙が現れる。危うく八雲の足が持っていかれそうになって、アリスは背筋に冷や汗を感じた。

「助かった」
「大丈夫ですか!?」
「アリスのおかげだよ」

 八雲は防戦一方で攻撃ができていない。
 対するバジリスクは攻撃の手を緩めず、虎視眈々と八雲の隙を狙っていた。ちろちろと牙の間を抜け出した舌が待ちきれないと空気を舐める。

 膠着(こうちゃく)状態は長く続いた。一歩も退かない八雲と常に隙を窺うバジリスク。そしてそれを見守ることしかできず、アリスは歯がゆい思いだった。

 アリスは恐ろしくなった。集中を絶やすことが許されない状態で、八雲は肩を上下させている。アリスの付与魔法エンチャント・マジックの効力もいつ切れるかわからず、今のままでは悪くなれども好転はしないだろう。

「身体が……重いな。アリスの言ったとおりだ」
「……っ! やっぱり私が!」

 どこかで切り崩さなければならない。八雲はきっと逆転の一手を望んでいる。
 アリスもそれがわかっているから、バジリスクについての情報を洗い出していた。が、いかんせん八雲が心配で上手く頭が回らない。

「大丈夫……あと一手ほしいところだ。その一手を加えられたら、反撃にしよう」

 楽観的な言葉に反し、八雲の表情は険しい。傍目にも消耗しているのがわかる。アリスは目を伏せて、

「わかりました」
「よし。ならもう少し様子見だ」

 アリスは己の不甲斐なさに項垂れた。
 するとその直後、突如としてバジリスクが威嚇の咆哮を上げる。八雲は眉をしかめ、アリスは耳を塞ぐ。平衡感覚を揺さぶるぐらいの高音だ。

「八雲さんっ!?」

 巨大な鞭が八雲の身体を打った。メキャッ、という嫌な音を伴って八雲の身体が吹き飛び、岸壁に激突。アリスの脳裏に恐怖が起こる。

 ──まさかっ!?

「心配、すんな……」

 八雲の声が届く。命を落としていないことにホッとし、アリスは八雲のそばに駆け寄った。ボロボロの格好で、呼吸をするたびに空気の漏れる音がする。
 心配するなと言う方が無理な話だった。八雲はもう、ボロボロだ。

「ダメです八雲さん! これ以上は無理です!」
「なら、どうするん……だ」
「私がやります! 絶対に仕留めますっ!」
「お前は攻撃の魔法が苦手だろうが……俺は大丈夫だ」

 フードのなかからアクアが顔を出し、小瓶を吐き出す。アクアのおかげで神聖水の入っている小瓶は割れていないようだった。
 八雲はそれを受け取って口をつける。こくりと喉を鳴らして飲むと、八雲の怪我がみるみるうちに治っていく。

「ほら、まだ大丈夫だ」
「ですがっ!」

 八雲はアリスを無視して再び立ち上がり、バジリスクへと相対する。
 戦いなんてものではなかった。これは、強者による一方的な蹂躙だ。すべてを食らい尽くす獰猛な獣が草食獣をいたぶって楽しんでいる。アリスには目の前の状況がそんなふうにしか見えなかった。

 何度も吹き飛び、そのたびに立ち上がる。
 即死するほどの攻撃だけはなんとか回避しているが、それ以外の攻撃はほとんど当たっている。掠めるだけでもかなりの痛みを伴うだろうに、八雲は弱音を吐かない。

 水の弾丸が腿を穿つとも、八雲は頑として倒れなかった。
 怪我を負うたびにアクアから神聖水を渡し、八雲はそれを飲み下す。

「もうやめてくださいっ!」

 バジリスクの咆哮が轟く。確実に仕留めようとこちらの隙を狙っている姿を見て、アリスは目許に涙を浮かべた。自然と唇を噛む力が強くなって、皮が破ける。
 不安で潰れそうだ。正直に言って、今のままでは勝てる気がしない。このままではほぼ確実に八雲が死んでしまうと思った。

「死んじゃいますよ……っ」

 だが、不安と恐怖に彩られたアリスを揺り起こしたのは八雲の声だった。

「アリス」

 アリスは泣きそうになりつつ、自分を呼ぶ方を見た。当の八雲はじっとバジリスクの動きを注視している。その顔つきに不安はなく、むしろ自信に満ち溢れているようだった。

 ――どうしてっ……。

 なぜこの状況でそんな顔つきになれるのか、アリスには到底理解できなかった。たとえアリスにまだ魔力があるからと言っても、劣勢をひっくり返すのは難しい。何か一撃、それも相手に隙を作れるような強烈なものがないと無理だ。
 にもかかわらず、八雲は諦めない。

「俺はまたお前を呼ぶ。そのときは――頼むぞ?」

 アリスは思わず息を呑んだ。
 ボロボロの格好。乾いた血と土埃にまみれた顔で、八雲は不敵に笑ったのだ。

「ここから先は俺たち(、、、)のターンだ」
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