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灰被りの勇者と封印されし聖女~疫病神の英雄譚~ 作者:柏もち太郎

二章:疫病神と封印された乙女

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033 初代勇者

 『竜王の咢』の底で、八雲は目を覚ました。
 柔らかくも鋭い月光が辺りを照らしており、しかし見上げても遠くに小さな三日月が見えるだけだった。

「俺、なんで生きてるんだ」

 確実に死んだはずだった。左胸を穿たれたはずで、わずかに心臓からずれてはいたものの、普通であれば出血多量で死亡、さらにあの高さから落下したのだから潰れていてもおかしくない。
 身体は正常に動くし、痛みもない。ふと辺りを見回すと、八雲の傍らには一通の手紙と小瓶が転がっていた。

「なんだこれ?」

 手紙を拾うと、その下に隠れていたのであろう一本のナイフが現れる。白刃は月光を浴びて危うげな輝きを見せた。
 瞬間、あの苛烈な時間が思い出される――、

 両手両足、それに胴体と頭を固定され、目の前には白衣の男がいた。
 ガルムはおもちゃを試すように、八雲の両肩と両腿にナイフを突き刺す。

『がっ、』

 激烈な痛みが現れたかと思えば、ナイフは回転し始めて、肉を抉り取っていく。しかし血肉が飛び散り骨が削れると同時、その部位に回復魔法が掛けられて怪我が癒されていく。

『うぁぁああああ――!?』
『いいでしょう? このナイフは私のオリジナルでして、魔力を注ぐかぎり回転を続ける優れものなんですよ。君のその首輪はエルフ共を拷問して絞り出した魔力を使っていましてね。半永久的に装着者を回復し続ける最高品です。奴らの回復魔法は他の種族の使うそれよりも優れていますから、利用してみたと言うわけですよ。
 ――ああ、あのときも素晴らしく楽しかった! 知っていますか? エルフのメスは皮を剥いでいくと良い声で()くんです……』

 ガルムは恍惚とした表情で、木箱から鉄針とハンマーを取り出し、八雲に見せつけた。

『まだまだ楽しい時間は始まったばかりですよ?』
「ァあああぁああああ――ッ!!」

 絶えることない苦痛に叫び続ける八雲。ナイフは血肉を削ぎ、骨を削り、そして首輪がその都度損傷部位を治癒していく――、

「はぁっ……うくっ、……はぁ……っ」

 目の前にある一本のナイフが凄まじく恐ろしい。いつかまた襲い掛かってくるのではないかと思うと、歯の根が合わなくなってカチカチと音が鳴る。

「くそっ……こっちは、なんだ……?」

 次に八雲は手紙を取った。封を切ると、

「熱ッ」

 いきなり高温を発し、八雲は思わず手紙を(ほう)ってしまった。
 しばらく怪訝な眼差しを送っていると、突如としてホログラムが現れる。

 ――……誰だ?

 思わず呆けてしまう。

 ホログラムは可愛らしい少女だった。目許はぱっちりしていて、白皙とした肌が綺麗である。全体的にまだ幼さが残る顔立ちは、しかし柳眉を逆立てていて怒っているようにも見える。少女の格好は、コートを羽織っているものの、白のチューブトップにホットパンツと目に優しくない。
 少女は白銀のツインテールを揺らして、八雲に話しかけてきた。

『アタシの名前はノア。ちなみにこれはアタシが一方的に話すだけだから、アンタが何か言ってもアタシには届かないよ』

 ノアの傲岸な態度に八雲は頷く。頷いても意味がないとわかっていても頷いてしまうものなのだ。

『まずは……早く助けてやれなくてごめん。でもアタシもやらなきゃいけないことがあったから……ううん、言い訳だよな』

 八雲は困惑した。どうして謝られるのか……、

 ――あ。

『アンタをそこに置いていってごめん。ナイフはせめてもの武器にしてくれるとありがたいかな。それからそこにある小瓶は神聖水が入ってる。中にある小石から湧き出す仕組みになってるから、怪我したときはそれで治して』

 リリカがいない。テグスもセリカも、ラルカもいない。
 どうして? 殺されたから? 誰に?

『ごめん。世界のバランスがおかしくなっちゃうからもう行かないと。――竜王を頼って』

 ノアが話し終えると同時、八雲は手紙と小瓶を回収してナイフを握りしめた。恐れはない。だが手が震えた。

「ガルム……!」

 憎い。どうしようもなく憎い。
 しかしそのためには力が足りない。圧倒的なまでの力が欲しい。

 八雲は唇をかみしめた。皮が破けて、血の味が広がる。憎い。憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。
 あの男を今すぐにでも殺してやりたかった。喉を引き裂き、腹を捌き、臓腑を焼き、脳漿をぐちゃぐちゃにしてやりたい。それほどまでに、八雲の憎悪は大きくなっていた。

「グルルルゥ……」

 獣の唸り声が反響したかと思えば、軽やかな足音とともに魔物の姿が露わになる。牙の隙間から舌がだらんと伸びており、片方の目だけが異様に肥大化した、狼型の魔物。よだれを垂らしてこちらを狙い見るその姿は薄気味悪く、しかし八雲は臆することもない。
 どうやらこの奈落の底はダンジョンになっているようだ。ならば、八雲がやることは一つしかなかった。

「グルァウッ」
「あああぁああああああっ!!」

 獣が飛び出すのと八雲が飛び出すのは同時だった。だが獣の瞬発力は八雲のそれとは違い、凄まじい。目を瞠るほどの速度で首を刈り取らんとする獣を、八雲はすんでのところで躱し、ナイフを突き入れる。すると自重とスピードによって獣の身体が裂かれていき、血肉が八雲の顔にぶちまけられる。
 白目を剥いて絶命した獣。臓物を取り出し、八雲はその血をローブに塗りたくる。

「もっと来いよ……」

 八雲の声に呼応するかのように、唸り声が響いた。神聖水を口に含み、獣の登場を待つ。
 果たして、現れたのは獣の群れだった。いちように唸り声を上げて、飢えた瞳で八雲を見据えている。

「グルアッ!」
「チッ」

 飛びかかってくる獣を蹴り、回転しながら首を断つ。左腕の肉を抉り、咀嚼する一匹を切断。噛みついてきた獣を殴り飛ばし、駆け寄って止めを刺す。
 絶えない激痛を無視して、八雲は獣との戦闘に興じた。すべての憎悪を向けた。苛立ちも怒りも悲しみも、すべてをぶつけて獣を殺していく。

 魔法がないのなら身を犠牲にして相手を確実に殺していけばいい。口に含んだ神聖水を少しずつ飲み、傷ついた身体を癒しながらまた殺し合う。

 左腕を噛ませて右手のナイフで心臓を穿ち、飛びかかってくる獣はすれちがいざまに引き裂く。飢えた獣は仲間の死体までもを口にし、食い終えるとまた八雲を狙って襲い来る。襲撃に次ぐ襲撃に、しかし八雲は倒れることなく応戦していく。
 ナイフの凄まじい切れ味は衰えなかった。血糊で汚れても肉が付着しても、一切を無視して獣の身体に線を描いていく。線を描き終えると開いた傷口から血液が噴き出し、獣は息絶える。 

 もし今の八雲を見た者がいたのなら、一生忘れることができないだろう。幽鬼の如くふらふらした足取りで獲物を求め、狩り尽さんとナイフを握るその姿。
 咆哮しながら縦横無尽に駆ける八雲は鬼気迫る勢いで獲物を血祭りにする。

「アァアアアアアッ!!」
「グギャッ!?」

 ゴブリンを一閃に伏す。青色の血塊をこぼし絶命。次。

「ブモォォオッ」

 オークの棍棒を躱し、懐に入る。
 キャンバスに筆を走らせるがごとく、ナイフを扱って切り刻んでいく。腸が飛び出し、白目を剥くオーク。だがまだ足りない。

「フゴッ!?」

 止めとばかりに胸の中央にナイフを突き刺すと、一捻り。固定してから、渾身の回し蹴りを叩き込む。たしかな手応えと破砕音を聞き届け、ナイフを抜く。次。

 獲物を探す。ゴブリンもオークも狼型の魔物も狩り尽した。
 敵愾心を剥き出しに歩き、洞窟の奥へと進んでいく。もう血の臭いに慣れ過ぎて、どうとも思えなくなってきた。それに、血をつけていると飢えた魔物が寄ってくる。

「グギッ?」

 ゴブリン五匹。
 八雲は走り出し、獲物を見つけたと歓喜するゴブリンの首を刈り取る。次いで首を捻じ切ると、掛け寄ってきた一匹を転ばせ、後頭部からナイフを突き刺す。残りの二体は逃げようとしたが、八雲はそれを追った。

「グギャッ!? ギギッ!」

 追われていると知ったゴブリンは二匹で同時に飛びかかってくる。八雲はそれを避けず、左腕で打撃を受ける。苦痛とともにひびが入った感触。

「死ね」

 残る右腕で片方の顎を殴り、もう一方に頭突きをかます。二匹に止めを刺すと、八雲は一息で神聖水を呷る。そうして再び歩き始めた。
 神聖水が溜まるのはだいたい五分。軽い裂傷程度ならばごく少量でも治るが、深い傷や重症となると一気に飲み干す必要がある。打撲は痛みがわずかに残るくらいだ。

「チッ」

 返り血にまみれ、あらゆる肉を削ぎ落してでも食らいつく八雲は、狂気に彩られていた。

 最悪なことに、八雲はその辺の魔物には殺されそうもなかった。いや、もしも首を刎ねられたり、頭蓋を潰されようものならば即死するだろうが、魔物たちに剣を持つものおらず、オークの動きも緩慢に感じて見きれるようになってしまっている。
 それに、神聖水がある以上、疲労もたまらない。

 だから、何時間もそうしていた。何度も血を流し、敵を殺し、鮮血を浴び、殺戮のかぎりをつくした。数にしてゴブリン五十一、オーク六、狼型魔物が十一匹程度。今までの八雲では考えられない戦果だ。だが神聖水がなければすでに死んでいる。

「くっ!」

 リリカの死に顔が浮かんで、それを掻き消すように目の前の敵を斬り捨てる。八雲を責めたてる死者の声が聞これば、かぶりを振って否定する。

「……次」

 八雲の姿はひどいものになっていた。頬はこけ、双眸だけが炯炯とした眼光を放っている。ローブはあちこちが破け、靴はすり減っている。共通点と言えば、身体中が血みどろで死臭を漂わせていることだけだった。
 いい加減精神的に限界がきて、意識も朦朧としていたとき。

「ガルルル……!」

 獣の群れが現れた。しかもそのうちの一匹は異様な大きさであり、他の獣を統率している。
 魔物の群れを指揮する、いわゆる統率個体だ。

 ――厄介だな。

 八雲はナイフを構え、小瓶の中身を一息に(あお)る。
 すると濁っていた思考は途端に澄みきって、戦略を考えるだけの冷静さが戻ってくる。

「ガルァッ」

 統率個体が首を振って指示を出すと、下っ端の獣たちが八雲の前に躍り出る。

 ――なんだ?

 警戒を強めた八雲は、注意深く動きを観察する。
 下っ端の四匹は八雲を囲うように散開、素早く足を回して八雲の四方を固めた。それから獣たちは、じりじりと距離を詰めてくる。
 飛びかかってはこない、八雲にとってはもどかしい状況だった。

 統率個体を見てみると、特に指示を出す動きはしていない。
 だが、

「グルルルゥウ……」

 八雲の周囲をぐるぐる回り始める獣たち。次第に速度を上げる獣たちは、しかしぶつかりもせず一定の距離を保っていた。じれったいが、迂闊に飛び出せない。

「来いよ」

 もう一度八雲が統率個体に一瞥をやったときだった。

「グルルアッ!!」
「なっ!?」

 すかさず獣が一斉に飛びかかってくる。不意を突かれた八雲は、なんとか切り抜けようと身体を捻る。が、それだけで躱しきれるほど甘くはない。

「うあぁああっ!」

 左肩、右腕、脇腹、右足を何本もの牙が穿っていた。爪が肉体に食い込み、さらには即席の拘束は振りほどけないように後ろ足の爪が地面に固定されている。
 もがいてみても、まったく動けない。

 八雲は恨みを籠めた視線を統率個体に向ける。のそり、のそり、悠然と近づいてくる様はまさに強者の余裕。灰色(グレー)の毛並はところどころに赤いシミができており、歴戦を勝ち抜いてきたことが窺える。
 統率個体が牙を剥く。他の個体と同じく、顔の半分を占めるほどに肥大化した瞳は血走っていて、八雲は本能的に身震いした。

「食われて、たまるかよッ」

 深く食い込んだ牙も爪も無視して、八雲は力任せに拘束を振り払った。結果、肉は引きちぎれ、左腕の腱は断裂、脇腹からは大量に出血したものの、なんとか拘束から逃れる。

「ぐぅッ!?」

 苦悶に顔を歪ませ、八雲はすでに溜まり切った神聖水を飲み干す。回復しきる前に動き出し、まずは近くの一匹の首筋にナイフを添える。

「キャンッ」

 手応えやよし。

「ガルルァアアアア――ッ!」

 洞窟内に轟く咆哮。八雲は素早く周囲で指示を待つ獣を殺していく。統率個体は怒り狂い、八雲に噛みつこうと大口を開く。
 ともすれば丸のみされそうなところを首だけで躱し、肥大化した目の縁をなぞると、八雲は距離を取った。

「グガァッ!?」

 暴れだす統率個体の目玉が落ちる。八雲はそれを確認すると、死角に入り込んでナイフを振りかざす。だが八雲が腕を振り下ろすより先に、統率個体の牙が目の前に迫っていた。

「くそがッ!!」

 左腕を差し出し、右のナイフを指先で踊らせる。

「ガウッ!」
「がぁぁああああッ!!」

 統率個体が首をひねり、八雲の腕を引きちぎらんとする。同時に八雲は、腕の傾度に合わせて跳躍し、ナイフを眼孔に突き入れて、脳天に押し入れる。

 刹那、断末魔の叫びが木霊して、統率個体の巨体が崩れ落ちた。地響きを伴った轟音が、また魔物を引き寄せる。
 激痛に苦しみつつ左腕を自由にすると、もはや使い物にならない状態になっていた。

「このタイミングでか、畜生……」

 神聖水の補充が完了していない。コルクを外していたのが災いしたのだろう。神聖水は一滴も溜まっておらず、からからと中の小石が音を立てるだけだ。
 このままでは不味い。一旦離れ、壁を背もたれに休憩する。

 だが戦っていないときには、思い出してしまうのだ。
 あの幸せだった日常を思い出してしまう。リリカたちとの生活も、元の世界での生活も、どちらも幸せだった。それを壊したのは、自分だ。

 女神ミラスティリアの掛けた呪いと、なにより自分自身のせいで、リリカたちは死んでしまった。
 そしてラルカは、今、囚われている可能性が高い。ガルムの言葉が蘇る。

 腸が煮えくり返った。自分自身に殺意が湧いた。

「俺がしっかりしてれば……っ」

 あのときヴィアラの襲撃にいち早く気づけていたのなら、リリカは死なずに済んだかもしれない。テグスとセリカは八雲を逃がすために命を賭さずともよかったかもしれない。

「ガルルル……」
「……来やがったか」

 八雲はナイフを手に、獣たちと相対する。
 だが相変わらず身体が動かなくなってきている。右腕すらも麻痺し始めて、視界が白濁としていた。意識さえも遠のいて……、

「ガルルァアッ」

 足音に覚醒する。
 すでに獣たちが近づいてきていて、しかし身体は脳の命令に従わない。

 ――不味いッ!?

 思わず目を覆った瞬間、網膜をも焦がしそうな、眩い光が閃いた。
 目を開けると、やはり視界が白濁としてきていて、真ん中にいる蒼い球体しか見えない。だがそれは八雲の足をつついてきて、ついて来いと先導する。

 なぜだか大丈夫だと思って、八雲は蒼い魔物について行った。


    ×   ×   ×   ×


「……どこだ、ここ」

 広い空間で目が覚めた。
 そこだけはなぜか空気が澄んでおり、息を吸い込むと酸素が身体を循環する感覚までもが感じられる。

 立ち上がってあたりを見まわしてみると、この大部屋がダンジョン内とは思えないくらいに綺麗な空間だったことがわかる。
 壁には魔石か鉱石か、いずれにせよキラキラと光る石が埋まっており、一角には青々とした泉がある。近くに行って掬ってみると、存外透明度が高い。ではなぜ青いのだろうと思って底を見てみると、一本の剣が突き刺さっていた。

 取るにしても、安全に潜水できるだろうか。
 もしも水生の魔物に襲われたら何もできなくなってしまう。

 考えあぐねていると、とん、と足に何かがぶつかった。
 見てみると、蒼い球体がそこにいる。ぶつかられても痛くもかゆくもないのでそのまま放置しておこうかとも思ったが、一応は魔物の類。殺しておいて損はない。

 八雲がナイフを振りかざすと、

「だめ――――っ」

 どこからか女の声が聞こえた。周囲を見ても人間らしき姿はなく、魔物の気配もない。

「……誰だ」
「あなたは命の恩人を殺すんですかっ!」
「誰のことを言ってる」
「そのスライムちゃんですよ! 血まみれのあなたをここまで連れてきてくれたんですからね!」
「……ああ、あれか」

 蒼い誰かが先導してくれていたとは思ったが、まさかそれがスライムだったとは。事実は小説よりも奇なり、ということか。

「で、あんたはどこにいる」
「ふふふふふ。私はどこにいるでしょ~」
「どうでもいい。じゃあな」
「ま、待ってくださいよぉ! ここですよ、ここ!」
「生憎と指示語だけじゃ動けないんだ、悪いな」
「泉の底です! 刺さってるじゃないですか、剣が!」

 たしかに刺さっているが、それと声の主とに何の関係があるのだろうか。
 八雲が顔を顰めると、女はさらに声高に力説した。

「その剣が私です! 私は剣に宿ってるんですよぉ~……」
「それはまた難儀だな」
「そうなんです! あなたがたが入ってきたから目が覚めたんです! せっかくですから抜いてくださいよ!」
「……」

 剣が欲しいのも確かだ。
 八雲は渋々ながらも女の頼みを聞くことにした。ローブと上着を脱ぎ去り、泉に飛び込む。
 泉の中はこれまた神秘的だった。剣の柄にはめてある蒼い宝石が輝いており、その光を反射させた泉が青々と彩られているのだ。
 光源たる剣も美しい装飾だった。古代文字が刻まれた刃と、細やかな意匠をこらされた柄。両刃の大剣は、言ってみれば美しくも力強い。

 八雲は剣までたどり着くと、一気に引き抜いた。意外にもすんなり抜けたせいで驚き、息が漏れる。苦しくなった八雲はすぐに水面を目指した。

「ぷはっ!」
「わ、ありがとうございます! 助かりました~」
「……ああ」

 本当に剣から声が発せられている。なぜ水中にいたのに先ほども声が聞こえていたのだろうか。不思議になったが、わざわざ尋ねるのも面倒だ。

 八雲は剣を担ぐと、蒼いスライムの許に向かう。

「お前が俺を助けてくれたんだってな」

 言うと、スライムは頷くように跳ねる。

「ありがとな。じゃあ俺はもう行くよ。お前は他の魔物にやられないように気をつけるんだぞ」
「え? 行くってどこへ? どこに行くんです!?」

 女を無視して歩き出すと、スライムもついてきた。右へ行けば右へ。左へ行けば左へ。

「一緒に来たいんですか?」

 女が問うと、またしても頷くように跳ねる。

「可愛いから連れてってあげますね!」
「どうしてお前が許可する」
「いいじゃないですか、こんなに可愛いんだし」
「そういうことじゃない。お前が連れて行くなら俺はお前を置いていく」

 八雲はスライムを連れる気はなかった。第一足手まといになろうものなら、八雲自身が弱い現在の状況がさらに厳しくなる。

「私を置いていくんですか!? で、でも私魔法使えるし道も知ってますよ! お得ですよ!」
「……」
「本当ですからね!?」

 本当だろうな、と視線を向けると女は声高に応答する。

「ほら見ててくださいね! “聖炎”」

 女が詠唱すると、金色の炎が現れて、剣の刃を包み覆った。しかし不思議なことに熱はなく、逆に冷たいということもない。

「聖属性魔法の“聖炎”です!」
「……どうして使える」
「だって……」

 八雲が訊くと、女は自慢げに二、三拍置いてから、

「だって私、勇者ですから!」
「……」
「嘘じゃないですからね!?」
「……」
「私は初代勇者のアリスですよぉ……。本当なんですからねっ!」

 初代勇者と名乗るアリスは、泣きべそをかきながらそう言った。
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