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灰被りの勇者と封印されし聖女~疫病神の英雄譚~  作者: 樋渡乃 すみか
一章:かくして疫病神は灰を被る
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025 二人の報告



 弱い。何もかもが足りない。

 ただの人間に勝っても意味がない。弱い魔物に勝っても意味がない。

 強い者に勝たなければならない。しかしそのためには、足りないものが多すぎる。


 これでは何も護れない。先日は運が良かっただけであって、下手をすれば死んでいた。思い返すと、震えが止まらなくなって吐き気がしてくる。

 嫌だ。置いていかれるのは絶対に嫌だ。一人になるのは嫌だ。見放されたくない。

 護りたい。でもそれ以上に見放されたくない。


 いっそのこと、すべて騙せばいいのではないだろうか。自分の感情さえも騙しきって、そうして、誰にも見放されないように努める必要があるのではないだろうか。


 しかしそうした思考さえもが闇に隠れていく。周りは真っ暗で何もみえない。すべては暗闇のなか。心象風景とも言えるか。

 灯りを求めて走っても、歩いても、何をしても暗がりの中を行くだけだ。本当に、灯り(希望)なんてあるのだろうか。


 何もかもわからない。

 ここに呼ばれた理由(わけ)も、どうして自分にだけ魔力がないのかも。


 魔法の講義を思い出してみる。

 魔力は生命の持続に重大な影響を与えている、と言っていた。ならば、元の世界の住民であった自分たちは、どうやってか魔力を獲得したのだろう。


 だがそれは、身体の構造すらも作り変えられたということにはなるまいか。

 魔力の源である魔素が大気中にあり、それを取り込んで生きているというのなら、結果的に魔素に対応するための器官か何某かが新たに創られたということになる。


 おかしい。何か違和感があって、しかしその正体が掴めない。

 器官が新たにできたことの不自然ではない。結果的に生きているのだから、一先ずは置いておくしかない。


 なら、何がおかしい?

 魔法が使えないこと? それとも知りもしない言語を自在に扱えること? そもそもの魔素なる物質の存在か?


 深く考え詰めたとき、


 ──あ。


 不自然が鎌首をもたげる。この不自然こそが一番不可解である。

 まるで灯台を見つけた船舶のように、心が歓喜した。


 そうだ。明らかにおかしいではないか。

 知識も不足している自身ではまったく答えに行き着くことはできないが、前提である問題を読むことが出来た。


 にもかかわらず、


 ──あ、れ……めちゃくちゃ、眠い……?


 草木も眠る丑三つ刻。まったく眠れなかったところへ急速に睡魔が現れて、暗闇を照らす灯台を持ち去った。せっかく辿り着いた灯りをも持ち去って、高笑いしながら睡魔が逃げていく。

 追いかけようとしたところで、しかし意識があっけなく奪われてしまう。


 暗闇だけが、また残った。



    ×   ×   ×   ×



 魔法は便利だ。ベッドに腰掛けて、八雲はそう思った。

 こんなことを考えているのは、眼前にいる美女に意識がいかないようにするためである。


 こと便利さにおいては科学とて負けていないが、それでも魔法というシステムにはいくぶん劣る気がする。魔法にできなくて科学にできることというのもあるが、それ以上に魔法は科学にできないことをやってのけるのだから不思議である。

 物理法則を無視しているのだろうか、と考えてみたが、それはないと思われる。ただ魔素やら魔力やらが働いて、何らかの効果をもたらしているのだろう。


 そういえば、いつだか眠れなくて考え込んでいたとき、何かのヒントもしくは答えを見つけ出した気がする。

 だが、思い出そうとすると、あと少しというところで灰色の靄が邪魔をする。もどかしい。


 結論を出すこともできない考えに没頭していると、美女が八雲の両腕(・・)を握りしめた。痛みはないが、たしかな感覚はある。やはり魔法というのは便利だ。


 八雲は結局、美女に意識を向けた。

 黒と青が混じったような、濃紺の艶やかな髪を纏めている。目尻のさがった瞳は、どことなく優しい雰囲気を漂わせる。細くしなやかな指が、すぅっと傷跡をなぞった。

 八雲の視線に気づいたセリカは、小首を傾げた。


「大丈夫かしら? 痛まない?」

「問題ないです」

「……ならよかった。じゃあ抜糸するわね」


 告げて、セリカは片手をかざしつつ、もう一方の手で八雲の腕から糸を抜いていく。それを終えると、艶めく笑顔を見せたセリカはお約束とばかりに、


「これで大丈夫ねっ!」

「痛っ! 何もはたくことないじゃないですか!?」

「でも痛いなら神経もしっかり機能してるってことよ。もう激しい運動をしてもいいわ」


 真剣な面差しになったセリカ。そう言われるとどうにも弱くなって、八雲は押し黙ってしまう。


「もう激しい運動をしても大丈夫よ。……まあ、言うまでもないでしょうけど」

「……耳が痛いですね」

「もし症状が悪化していたらどうしたのかしらね」

「セリカさんの魔法を信じてのことですよ」


 八雲はさも当然であると言い放った。

 言葉と信頼自体は事実だが、セリカの指摘する危険性があったのもまた事実である。激しい運動、すなわち鍛錬を続けていたのなら、ともすれば神経にダメージをきたす可能性もあった。


「ふふ。嬉しいけど、自分の身体を大事にしてね」

「ご忠告痛み入ります」

「ならよしっ」


 村の皆に心配をかけてしまったのは重々承知である。ラルカたち姉妹などは八雲が目を覚ましたとき、いの一番に飛びついたほどだ。


「……それにしても、扉の前で何をしているのかしら?」


 セリカは半眼になって扉に視線を遣る。すると、扉が開いて、


「ばれてたか。俺も弱くなったもんだ」


 気障なポーズを取りながら、ひとりの青年が入ってくる。くすんだ金色の髪に、背負った無骨な大剣。セリカの婚約者であるテグス本人だった。


「別に隠す気もなかったでしょうに」

「まあな。それはそれとして、八雲!」

「いきなり大声を出すな……」

「いいじゃねえかそんくらい。んで、調子はどうよ」

「セリカさんのおかげで万全だ」


 八雲が両腕を動かしてみせる。痛みも残っていないし、障害などもない。セリカの回復魔法による、完全な治癒。絶大な効果だ。


「そいつはよかった」

「重傷を扱うのは久しぶりだったけど、衰えてなくて安心したわ」

「二人には本当に感謝してる」


 二人がいなければ今ごろ自分は存在していない。何度頭を下げようと、感謝してもしきれないくらいの恩ができた。


「ありがとう」


 八雲の感謝に二人はそろって目を丸くしたのち、自然な笑みをこぼす。だがお互いを意識したのか、ほんのりと頬が朱に染まる。こういうところで初心なのがまた微笑ましい。

 だから八雲は、逆に爆弾を投下してやろうと思いついた。


「まったくお似合いだよ。早く結婚すればいいのに」


 悪びれもせずに言い切る。

 すると、予想どおり面白い反応を見ることができた。


「…………」

「…………」


 二人とも、耳まで真っ赤にして黙り込んでしまったのである。しかも互いに視線をちらちら交わしては恥ずかしがってこれでもかと顔を羞恥と照れに染める。

 口から砂糖を吐きそうなくらい甘ったるくて、逆に八雲は苦々しい渋面になった。


 しかしその均衡を破るように、テグスが頷いて口を開く。


「その、な……実は……」

「う、うん」


 視線を重ねてから、二人は八雲を真っ直ぐ見据える。


「式を挙げることになったんだ」


 嬉し恥ずかし、と言った感情がありありと顔に出ている。八雲は半ば驚きながらも、祝福したい気持ちを抑えきれなかった。


「本当か!?」

「……ああ、俺もさ、やっぱり思ったんだよ。いつ危険な目に遭うともわからないこの世の中だ、ちゃんと結婚しておきたいんだ」

「うん、私もそう思えた。今までは、もし離れてしまったらと思うと不安だったんだけどね、昨夜八雲くんを治療したあと、よーく考えてみたの。そうしたらね、」


 一旦言葉を切る。

 テグスは頬を掻いて次の言葉を待っている。一拍置いた後、セリカは美麗な顔を綻ばせながら、


「この人と繋がりたい、って。一生を共にしたいって、そう思えたのよ。もし結婚したとして、何か大変なことが起こっても、どちらかが死んでも、それでも――、いえ、だからこそ、ね」


 八雲は素直にすごいと思った。そして、祝福する気持ちが奥底から湧き出す。

 この世界における婚儀は、精霊の祝福を得て、創世の神ミラスティリアへの誓いを立てることだ。誓いを立てることで、結婚する二人の魂が結びつくのだと言われている。


「だから、なんだ、……その、式に参列してくれると、ありがたい」


 テグスはいよいよ爆発しそうだ。歓喜か愛情か、セリカの言葉を聞いたとたんに口許が緩み切って、目には涙を溜めている。

 それを見ていると、八雲も嬉しくて仕方なかった。


 なにせここに来てからと言うもの、八雲はテグスにさまざまなことを教わったし、助けられた。


「なら今日は前夜祭でもしようか」

「いいなそれ! ちょうど蜂蜜酒があるんだ、一杯くらいやろうぜ!」


 テグスは喜色満面になって手を打つ。明日の本番前に、できれば八雲はテグスたちを祝福してやりたかった。というよりは、他の者を交えずに個人的なお祝いをしてやりたいのだ。

 ただセリカが許してくれるかが問題だ。テグスもそう思ったのか、八雲と同じく承諾を待つ視線を送る。

 当のセリカは唇を尖らせていて、今にも「だ~めっ」と言いそうである。

 しかし、


「もう……いつも激しくするんだから、今夜は優しくしてね?」


 と、セリカは微笑んだ。台詞は意味深に思えるが、特にこれと言って深い意味はない。


「今日はセリカも一緒に呑もうぜ! あの堅物八雲が祝福するってんだ、今日くらいいいだろ? ギリアンのじいさんもいればよかったんだけどなぁ」

「堅物ってなぁ……ま、自覚はあるが」


 いかにも心外ではあるが、そういう面があるとも自覚している。

 反論するつもりもない八雲はただ溜息を吐くに終わった。


「これで自他ともに認める堅物にレベルアップしたってわけだ」

「そんなに堅いのか、俺……ああ、セリカさん。無理に呑まない方がいいですよ。ていうか俺は呑むつもりはなかったぞテグス!」


 酒に弱い八雲だ、自ら率先して呑もうとは思わない。

 それにセリカは身体が弱いのだから、無理をさせるわけにもいくまい。おそらくテグスも本気で言っているわけではないのだろう。

 今も八雲に呑もうと誘っているが、なんのかんの自分の妻には優しい亭主なのである。


「私も今日はいただこうかしら」

「えっ!? だ、大丈夫なのか!? 無理する必要ないんだぞ!」

「お前が誘ったんだろうに……」

「まさかの返答に驚いてんだよアホ!」


 目に見えて狼狽えるテグスに、八雲は肩を竦めて閉口する。こうなると手が付けられない。一度暴走すると止まれなくなるのがこの男のダメなところだ。

 一方のセリカは口許に手をやって空咳をひとつ。すると愛妻家であるテグスは、


「ほら! 呑むなんて言うから! 待ってろ、今ヒーリアの根を取ってくる!」

「待て待て! それはこの大陸全土を探してもぜんぜん見つからない薬草だろうが!」

「うるせえ! セリカがこんな状態なのに放っておけるかよ」


 とうとうテグスはぶち切れて、八雲の胸ぐらを掴む。なにせ元冒険者だ、その腕力はすさまじく、八雲の身体は軽く宙に浮く。


 ――いい加減にしてくれ……。


 これはセリカによる茶番だ。苦しさに悶えつつ、八雲は恨めしげな視線を送る。

 夫の愛を確かめたいのはわかるが巻き込まれるのは御免こうむる。


「ふふ、やっぱり優しいのね」

「て、テグス……セリカさんは大丈夫だ、安心しろ……放せ……」

「ああん!? 嘘吐くんじゃねえよ八雲っ! だってセリカはさっき咳を……咳を……セリカ!」

「あらあら、私は大丈夫よ。ただむせただけ」


 テグスは目を見開いてセリカを見つめる。じんわりと涙が溜まって、感動に肩を震わせはじめた。

 もちろん八雲は宙に浮いたままである。必死に足掻いてもこの男の腕力には勝てないのだ。


「私のことを心配してくれたのは嬉しいけれど、八雲くんは大丈夫かしら?」

「ん? やくも……八雲っ!?」


 ようやく我に返って、テグスは八雲を放した。


「ごほっ、ごほっ……テグスお前……もう少し冷静でいてくれ」


 八雲は何度も咳き込みつつ、半眼になってテグスを睨みつける。その視線を受けたテグスは申し訳なさそうにしている。


「わ、わるい……こんなつもりじゃなかったんだが、ついカッとなってな」

「ついで殺されるなんて死んでも御免だぞ……」


 八雲とてテグスの直情的な性格は理解しているし、その行動を成功させるだけの実力があることも知っている。まだ出会って半年足らずの八雲でさえそうなのだから、セリカなどは言わずもがなだ。

 それなのにこんなことをするとは悪魔か、それとも魔女か。八雲は恐怖を抱きながら、セリカに問いかけた。


「まったく……夫の愛を確かめられて満足ですか?」

「八雲くんには見抜かれてたってことかしら」

「当たり前でしょう。こうなることくらいテグスの人となりを知ってれば誰でも予測できます」


 八雲の言葉に、セリカは頬を膨らませる。あっさりと言われたのが気に食わないのだろうが、そんなことは知ったことではない。


「もうやらないでくださいよ? 下手したら死人がでますからね」

「私だってまさかむせただけでこうなるとは思ってなかったのよぉ」


 平然と口を動かすセリカに、八雲は訝しげな視線を遣る。だがそれも柳に風、セリカは自分に非がないと言ってのける。


 ――一番怖いのはこの人かもしれない……。


 すべて計算したうえでの行動だとしたら、とんでもなく恐ろしい女性である。だが、そういった行動をするのはテグスの愛を確かめるときだけだろう。

 自分の出した推論に納得した八雲は、乱れた服を正すと一言、


「二人とも、おめでとう」

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