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灰被りの勇者と封印されし聖女~疫病神の英雄譚~ 作者:柏もち太郎

一章:かくして疫病神は灰を被る

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023 森へ

 森林内を歩いているうちに、八雲はふと身体に疲れがないと気づく。森の新鮮な空気を吸っているからというわけではなく、セリカの魔法によるものだということは疑う余地もない。
 以前にも一度かけてもらったことがあるのだが、セリカの治癒魔法は傷の回復だけではなく、そのものの疲れすらも取り除くようだ。なんでもそれは精霊の力を借りているらしい。

 精霊は、常人には見えぬ存在であり、限られた者しか目にすることはできない。
 勇者のなかでは、愛華のみが精霊の存在を視認し、対話できるとのことである。むろん、愛華もその能力を理解しきっていないために、まだ才能が開花していないが、種は元より植えてある。芽吹くのも時間の問題だろう。

 そして精霊は、あらゆる場所に存在する。荒れ地などにも一応はいるのだが、その多くは緑化した土地に住まうとされている。それゆえ人々は森林を大切にし、精霊の御加護がありますようにと祈りを捧げるのだ。

 精霊信仰、いわゆるアニミズムだ。太古の日本でも行われていたそれらに効果があったのかはさておき、この世界ではわずかながらも効果があると言う。
 事実精霊の存在が確認されているのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、八雲にはまだそれが本当だと信じきるのが難しい。信心深い外国人であったならばいざ知らず、生憎と神を信仰したこともなければ信心深くもない八雲には信じがたいのである。

 ともあれ、精霊の加護という存在があるから、今この瞬間、八雲の身体は疲労を残すことなく動けているのだろう。
 それにしても、この世界における神の存在はどうなっているのだろうか。
 神が実在すると信仰している宗教は元の世界にもあったが、正確な史実として神が記されたものは少ないだろう。

 この世界では、神は概念のみの存在ではないらしい。世界に降り立っていた、というのが歴史として刻まれているのである。これは八雲の敬愛する著者『ユー・ロウ』もその著作にて論じている。

 しかし神に肉体があるのだとすれば、それはもう人なのではないか? そう考えていた八雲は、ある本にて見つけた記述に目を丸くしたことがあった。その本はボロボロで、作者名は、八雲の記憶が正しければ『ソティス』。ところどころページが欠損していたが、それでも書いてある内容は興味深いものだった。

    ×   ×   ×   ×

 神々は先の戦にて相撃ちとなった。最後の力を振り絞って、創世神ミラスティリアは自らを封印とし、敵を封印せしめた。予言の神と謳われたインクレディスは私の目の前で辞世の句代わりに一つの予言を残した。
 『いつかミラの施した封印は崩れ去る。それを予見していたミラは、ある残酷な希望を託した…………』。

 ……

 大戦より幾星霜を経た今日、私はこれを書くこととした。とは言っても、私の意思は私のものであって私のものではない。命令を下されればそれに従わねばならず、もしこれの存在に気づかれれば私の命は一分ともたないだろう。
 だから私は、これを旅の者に託すこととした。初め、旅人は訝しんでいたが、私が涙ながらに説得すると旅人は了承してくれた。まだ虚無は目覚めておらず、私以外の(しもべ)もまだ本来の力を取り戻していない。これから起こる争乱は、きっと義父とリュートが止めてくれる。そのときには、私のことも躊躇わずに殺してほしい。最愛の彼と私たちの息子を、初めてできた家族を傷つけたくはないから。
 誰か、もしこれを読んだのならば、忘れないでいてほしい。この世界にはもう神の力を持つものなどいない。いるのは、ただ虚しさゆえに世界を滅ぼそうとする神と、ミラスティリアに宿命を与えられた神の一族だけだ。他の神はみな、死んだ。
 ……
 どうして私には、ひとを愛する感情が生まれてしまったのだろう。

    ×   ×   ×   ×

 本には、そんなことが書いてあった。しかしこれは本の序盤部分とあとがきのみが残っていて、中盤は欠損してしまっていた。
 神々が相撃ちになった敵というのは、もしかすると魔王のことなのかもしれない。ただ、封印が解けたならば魔王はすぐにでもこちらに攻めてくるのでは、とも考えた。そうなると、不可思議なものに見えてくるのだった。

 世界を滅ぼそうとしているのが神ということは、魔王はイコール神ということになる。八雲は記憶から神の名前を探していって、ある神に行きついた。
 魔神。戦いを好む神であり、魔の眷属を従えているとされている。そんな魔神であれば、世界を滅ぼそうとして魔王となるのも道理だ。

「魔王を倒しに行った初代勇者の話はどうなるんだ?」

 八雲たちは、王城にてさまざまな講義を受けてきた。そのなかには、むろん歴史学も組み込まれていた。とは言っても、事細かなところまでは入らず、おおまかな流れだけをくみ取ったのだ。
 その中にあったのが、二代目勇者である八雲たちの先代、つまりは五百年前の初代勇者の話である。名をアリスと言って、当時のアルス王国第二王女だったらしい。
 が、神託により勇者の力を秘めていると発覚。アリスは自ら民を護るために魔界――カルマ大陸に向けて旅立ったという冒険譚は有名だ。

 しかしアリスは魔王を討つことができなかったのだとされている。よくて相撃ち、もしくは魔王に甚大なダメージを与えて死亡という説が有力である。
 もし魔王がアリスと相撃ちであったのであれば、八雲たちが召喚されたのはおかしな話だ。ということは、魔王は確実に生きているということになる。
 だが、生きているのだとすればなぜ攻撃してこないのかがわからない。アリスが甚大なダメージを負わせた、というのが事の顛末なのだろうか。

 そのあたりは、当事者でない八雲が考えても無意味に思えた。しかし、ソティスの描いた物語がただの空想ではなく、現実に起きていたことなのだとすれば?
 神々を皆殺しにした魔王と、神託に選ばれただけの一人の勇者が、はたして対等に戦えるのだろうか?

 だがやはり、推測は推測の域を脱せない。時間軸がわからない上に、空想物語なのかそれとも正規の歴史であるのかも定かではない。結論を出すには、いささか情報が少なすぎる。

「ふぅ……もうこんなところまで来てたのか」

 思考を巡らせているうちに、八雲は秘密基地の近くまで来ていた。あたりは薄暗く、しかし八雲の前方には柔らかな陽だまりが溶け込んでいる場所がある。鬱蒼と茂った森にできたギャップ。樹木は一切生育しておらず、芝生のような雑草が地を覆う絨毯となっている。
 これがラルカの見つけた秘密基地であり、ここ最近八雲が心を休めるのに使っている場所だ。

 そんな、うららかな春を思わせる場に目を向けて、八雲は片眉を持ち上げた。
 いつもであればラルカがはしゃいでいるのだが、今日は声ひとつ聞こえてこない。もしかすると、お腹が減って一度帰っているのではないだろうか。
 しかし。

 グルァアアア──

 八雲の暢気な考えは、獰猛さをうかがわせる咆哮によって掻き消された。

「今のはっ!?」

 ほぼ確実に魔物だ。しかも他生物を捕食する肉食系に違いなかった。威嚇もしくは激昂して叫んだ、といったところだろうが、八雲はこれが威嚇の咆哮であると直感した。

 ──ラルカ……!

 秘密基地は目の前だ。邪魔な葉を振り払いつつ、八雲は必死の形相でその休息地へと飛び込んだ。すぐさまあたりを見まわして──居た。
 小さな身体を掻き抱いて、幼き少女は怯えていた。そんなラルカの隣には、小鹿。先日見かけたアーディの子供だ。一人と一頭の周囲に大きな個体はいない。
 八雲は素早く駆け寄って、ラルカを抱き寄せる。

「大丈夫かッ!?」
「え……あ、や、やくもぉ……」

 すっかり怯えきっていて、顔からは血の気が失せている。ラルカは八雲の胸許に顔を押しやって、泣き出した。八雲としてもラルカを宥めて落ち着かせてやりたいが、今はこの場を離脱する方が先決である。
 緊迫感に焦りつつ、ふと八雲は隣の小鹿を見た。こちらは後ろ足から出血していて、走るのも辛そうだ。それにしても、親の牝鹿はどこへ。

 今は武器の一つももっていないのだ、無闇に動いて、もしもその先に魔物がいたらあっという間に捕食されてしまう。
 八雲はあえて動き出さず、ラルカに恐怖を与えないようゆっくりと問いかけた。

「ラルカ、何があった」
「く、くまがきたの……」
「どっちの方向だ」
「……あ、あっち」

 ラルカが指さす方向には、まだ何も見えてこない。木々の間に不気味な薄暗闇が立ち込めているだけである。そこに何かが迫ってきている、と想像するだけで、半紙に薄墨を垂らすがごとく恐怖が広がっていく。

「こいつの親鹿は……」
「くまと、たたかってっ! それでっ、それで……」

 最後まで言い切れず、ラルカは涙をあふれさせる。八雲はすべてを察し、ラルカを抱く腕に力を籠めた。それから八雲は隣の小鹿に視線を向け、

「死にたくないなら俺たちに着いて来い」

 小鹿は八雲の意を介したのか、力なく立ち上がる。ふらふらとしていて、今にも転びそうだが、それでも生への渇望で歩き出す。
 そして、八雲も走り出そうとしたときだった。再び咆哮が轟いて、森中を震撼させる。

 次いで、ギャリン、と金属が擦れる甲高い音がした。八雲のすぐ横を通り抜けた刀状の金属が、地面に突き立つ。
 それは、あのアーディの角だった。そこいらの鉱石よりも高い硬度を誇るアーディの角は、折られていたのではなく根本より抉り取られていた。角の根本部分には鮮血と肉片がこびりついている。これではどれだけの強度でも形無しだ。
 八雲が驚愕に目を見開くと、

 グルルゥ……。

 地の底から這いあがってきた亡者を思わせる唸り声が耳朶を震わせた。

 そこで八雲は咄嗟に判断した。ラルカを下ろして小鹿に乗せると、自身の服の袖を破り、小鹿の裂傷部分にきつく巻き付ける。

「悪いがこいつを連れてってくれ」

 八雲はアーディの背をさすって嘆願する。このまま八雲がラルカを抱えて逃げようとしても、おそらくはすぐに追いつかれてしまう。
 それならば、こうしてアーディにラルカを託した方が彼女の生存率が上がると考えたのだ。

「え? ……やくも?」
「ラルカ。誰か呼んできてくれ。ギリアンさんでもテグスでもいい。村に着いたら、とにかく強い奴を呼べ」
「やくもはっ!?」
「俺はなんとか逃げるさ。ラルカが誰か呼んできてくれれば、きっと俺は助かる」

 八雲は微笑んで、不安がるラルカを宥める。一瞬の間を置いて、幼い身体を奮い立たせるようにラルカは頷いた。まだその瞳には不安が宿っているものの、それを塗りつぶす決意があった。

「お前にかかってるんだ」

 八雲の言葉はラルカではなくアーディに向けられていた。アーディもそれを解してか、八雲の顔を見つめ返す。
 アーディは“森の案内人”と呼ばれている。それはあくまで物語のなかでのみだが、それでも、事実彼らにとってこの“誓いの森”は庭のようなものだろう。
 八雲は、この小さなアーディの瞳に信頼を向ける。たった今母を亡くしたこの子鹿に、八雲は護るべき少女の命を預ける。それは両者にとって酷なことかもしれないが、八雲はなぜか全幅の信頼を置いてもいいと、子鹿の未発達な角をなでる。

「……頼んだ」

 するとアーディは、軽く顎を引いた。それが首肯したように見えて、八雲は場違いにも気分が和らぐのを感じる。
 ──頼んだぞ。

「行けっ!」

 アーディの背を叩き、八雲は村へと急がせる。村へ行ってくれるという保証はまったくないが、それでも八雲にはあの小鹿が信頼に応えてくれる気がしていた。
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