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灰被りの勇者と封印されし聖女~疫病神の英雄譚~ 作者:柏もち太郎

一章:かくして疫病神は灰を被る

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022 敵意とけじめ

 それからは時間の流れも速かった。彼らの話を聴いたり、軽く手合せをしてみたり指南を受けたり、ラルカやリリカと引き合わせたりと、濃密な時間を過ごすことができた。
 だが時間の流れは残酷なもので、空に浮かんでいた太陽はすでに沈みかかっていた。仕方ないと言えば仕方ないのだが、彼らは明日には王城に居なければならない。

 馬車のある村の入り口近くに行くと、幾人かの生徒が武器を交えていた。彼らの手合いはとてもではないが八雲の知る戦闘をはるかに超えている。
 強化魔法を使っているからだとはわかっていても、やはりそこにあるのは圧倒的な壁。目で追うのがやっとで、身体をついていかせるのは無理だろう。

 手合せしているのは、八雲にとって苦い思い出のある人物──中田仁と相馬武。片手剣と短槍とが打ち合う甲高い金属音が激しく鳴っている。
 八雲たちは立ち止まって、しばらくその行方を見守っていた。

 中田の剣(さば)きは乱暴かつ繊細。荒々しくもあるが、その狙いは研ぎ澄まされており、ピンポイントで弱点を突いている。ザイクの言っていた(うち)に秘めた闘争心というのはこのことを言っているのだろう。一貫した攻撃的スタイルは雄々しく、しかし計算高い。中田の性質そのものを出した戦い方だ。

 対して相馬の槍使いは堅実かつ大胆だ。短槍という、武器としてはリーチの足りない槍を扱いながらも、決してリーチのある中田の剣に引けを取らない。そこには盾と言う防具があることも影響しているのだろう。安定感があり、敵の剣捌きを確実に見極めることを旨として戦っている。

 八雲が見るに、両者の実力は拮抗していた。中田の剣が胴を狙えば相馬は盾で防ぎ、カウンターを繰り出す。しかし中田はそれをギリギリまで引きつけてから躱す。危なっかしくもあるが、中田のスタイルは効果的でもある。

「これが……」

 実力者の戦い。
 だが聖也や麗華はさらにこの上を行くと言う。そうなれば、もはや八雲では視認すらもできない戦闘となるのだろう。
 壁どころではない。まるで物語を眺めているかのような気持ちだ。

 ──くそっ……。

 力の差に愕然とした。魔法があるだけでこうも違う。
 いつか魔王の軍と戦うというのだから、よく考えてみればわかったはずなのだ。魔物との戦闘ではなく、最終的には魔人との戦闘になるということくらいは。
 それはつまり、対人戦だ。高度な頭脳戦でもあり、情報戦や心理戦でもある。まさに心技体を備えた者でなければ戦う資格すら持てない、そんな戦場に彼らは向かっているのだ。

 転移当初はきっと彼らも予想していなかっただろう。
 だが眼前で繰り広げられている戦いは何だ。血と血のぶつかり合いと言えるくらいの気迫で争い、勝者と敗者に、もしこれが本当の戦闘なら死者と生者に別れる戦いではないか。しかも、彼らは覚悟を据えて鍛錬に励んでいる。

 同級生のぶつかり合いに、八雲は生唾を飲み込んだ。

 強さの違いは地力の差ではなく、魔法が使役できるかできないかだと思っていた。だが、目の前の二人を見ていると地力にも差があると思えてくる。

 ──もっとだ……。

 もっと、強くならねば。魔法は使えなくても、いつかこの身を呈してでも護ることができるように、鍛錬を積まなければならない。
 まだ足りていない。まったく足りていない。強さを求める八雲の心はすでに沸騰寸前だった。そのためにもっと見極め、彼らの動きを確実に捉えられるようにせねば。

 じっと見続けて十分ほど経ったろうか。
 中田と相馬の戦闘は、ついに終了の時を迎えた。

 中田の剣が相馬の首筋に添えられ、薄皮一枚が切れる。息も詰まる怒涛の攻めに、難攻不落であった相馬の守りが崩れた瞬間だった。
 勝利をもぎ取った中田の目はぎらついていて、いかにも獲物を狩る肉食獣。対する相馬は、悔しそうに歯を食いしばって、とうとう負けを認めた。

 両者とも、八雲を蔑んでいたころとはまるで別人である。そこにはおそらく、八雲の知り得ない事情、もしくは想いが介在しているに違いない。
 彼らの決意に根源があるのならば、それが彼らの強者たりえる要因なのだろう。なんら八雲と変わらないが、魔法という武器を手にしたことで彼らは八雲の何倍もの強さを誇る。

 だからこそ、八雲も悔しかった。魔法を使役できたのなら、今以上に鍛錬を重ね、きっと彼らに負けないくらいの実力を有することができたと思っている。
 どうしようもない、努力だけでは補えない差。あの日、ダンジョンの帰路の途中でずっと考えていた、どうすることもできない理不尽。
 その理不尽が強大な敵となって、ふたたび八雲の前に立ちはだかっている。

「服部」
「……中田?」

 思考の海に潜っていた八雲を引っ張り挙げたのは、他でもない中田だった。彼の後ろには相馬が控えていて、申し訳なさそうに八雲たちを見ている。

「お前に話がある」

 そう告げて、中田は歩き出した。
 以前であればすぐ噛みついてきていただろうに、今では平静な状態で語り掛けてくる。

 ──ついて来いってことか。

 中田の背中は雄弁だった。他の者も彼の意図に気づいただろうが、誰も止めようとはしない。きっと中田に何か聴かされていて、それを信頼したということだ。
 幼馴染が止めないと言うのなら、危険ではないはずだ。何より、八雲自身が過去のしがらみを一旦忘れてでも中田と話をしたいと思った。

 中田に連れられた先は森だった。
 辺りに人影はなく、鬱蒼とした葉の隙間からオレンジ色の明かりが射しこんでいる。どことなく不穏な空気ではあるが、八雲には恐怖の類がまったくなかった。

「座れ」
「……ああ」

 地べたに座った中田に続き、八雲もその場で胡坐をかく。正対した二人の間には静寂のみが居座っていた。津波の前の静けさというよりかは、瞑想するときの静けさに似ている。
 ややあって、中田は話とやらを切りだした。

「この瞬間だけは、前のことを忘れてくれ。俺も忘れる」
「……わかったよ、忘れる」

 中田の表情に怒りなどはなく、ただ淡々と話すのみだ。傍からすれば何とも都合のよい話としか思えないものだが、八雲はその緊迫した空気に触れて佇まいを正した。
 厳格な雰囲気で、中田は頭を下げた。

「悪かった」
「……?」

 唐突な謝罪に思わず八雲は困惑した。過去を忘れろと言ったのにいきなり謝られても何が何だかわからなくなる。

「俺が謝ってンのは転移後のこと、つまりダンジョンで起こした騒ぎのことだ」

 言われて、ようやく八雲も納得しかけて、──混乱した。
 ダンジョンで起った騒ぎは白井親義と相馬武だ。彼ら二人が謝るならばまだしも、何も関わっていない中田が謝ることではない。

「お前が謝ることじゃないだろ」
「あいつらは俺のダチだ。それに俺が焚き付けたようなもンだ。今日はけじめつけるためにここに来たンだよ」
「焚き付けたって……どうしてだよ」

 尋ねると、中田は表情一つ変えずに、

「……俺が馬鹿だったからだ」

 と言い切る。中田には一切の迷いも葛藤もないらしかった。

「……そうかよ」
「お前が身を呈して西園のことを護ったってのも聴いた。親義がなンもできねえでそれを見てたってのも知ってる。……悪かったな」

 あくまで中田は真摯な態度だった。
 八雲には中田に対する憎悪などはないし、自分が傷ついた責任を追及するつもりもない。

「別に気にしてないし、今更お前が憎いとも言わない。──ただ、」
「…………」
「そういうことは二度とするな」

 煮えたぎる憤怒を視線に乗せ、八雲は中田を睨む。
 あのときは生きていてよかったという気持ちでいっぱいだったが、今は別だ。あんなことにならなければ白井や相馬自身が危険に陥ることもなかったし、愛華が恐怖におびえることもなかったはずなのだ。
 加えて、これからも幼馴染らとともに戦うのはコイツだ。八雲だってそこに立つことを目指しているが、現状ではまだ叶わない願いだとは重々承知である。

「……俺はもうあのときの俺じゃねえ。だからこうして力つけてンだ」

 中田は一瞬だけ、傲岸な顔つきに感情を過らせた。
 悔しさ。
 あの日以来、中田はずっと悔恨を心中に秘めているのだろう。ありありと見えた彼の感情が、八雲には痛いほど理解できた。

「話ってのはこれだけだ。戻ンぞ」
「待ってくれ」

 立ち上がった中田を呼び止める。
 中田は何だと言わんばかりに一瞥を投げた。やはりと言うべきか、中田はすでに感情を切り替えている。

「俺からも話、いや、頼みがある」


    ×   ×   ×   ×


 村の入り口近く、騎士団の常駐所の前で、八雲は一人の男と相対していた。
 後ろになでつけられた短髪。細く整えられた眉と目つきの悪さは中田仁の風貌をいかにも不良だなと思わせる。

「じゃあ、始めようか」

 二人が手にしているのは木製の武器。今から始まるのは互いのプライドに懸けた、手を抜くことのできない手合せである。
 手合せを持ち掛けたのは八雲だ。中田が魔法を使役しないという条件下で自分がどれだけ戦えるのかを試してみたかったのである。

 持ち掛けられた中田は初め嫌そうな顔をしたものの、すぐに顔色を変えて了承してくれた。八雲をボコボコにしてやろうという魂胆だろう。
 八雲は自分が舐められていることも承知の上でいる。そして中田が憎悪を持って八雲との手合せに臨んでいることも予想済みだ。

 あの瞬間だけは過去のしがらみを捨てた。だが今は違う。
 中田が八雲を嫌っているように、八雲も中田が大嫌いだ。今まで抑え付けてきたものをすべて出し切ってやるつもりである。

 審判を務める聖也が手を下げると同時、二人は動き出した。

「服部ィぃいいいいい!!」

 中田は迅速な動きで詰め寄ると、初手に蹴りを繰り出す。やはり荒々しいが、かつ繊細であるために狙いは正確。首筋を狙う脚撃は八雲の意識を刈り取ろうと迫った。

 ──速いッ!

 だがギリアンに比べれば遅い。
 八雲は即座にしゃがんでそれを回避すると、中田の軸足を蹴りはらった。中田は驚愕に(まなじり)を見開くと、次いで獰猛に笑った。

「甘えんだよォオオ!」

 中田は腕だけで身体を支えると、そのまま前転し、完全に衝撃を消した。その手慣れた動作に感嘆しつつ、八雲は初撃に移る。

 木製の刀を構え、中田に刺突。こんなものが通じるとは思っていなかったが、

「ぐゥう──ッ!?」

 意外なことに中田の鳩尾に命中した。ギリアンであればこんなものは通用しないし、むしろカウンターで八雲が意識を失っている場面だ。
 ギリアンとの鍛錬はかなり役立っているらしい。すっかり勢いづいた八雲は、そのまま攻撃的スタイルに完全移行。上段や中段、そのうえ体術も交えて中田を攻めたてる。

「テメェ……ッ」

 ようやく火が付いたのか、中田は眼差しをいっそうぎらつかせた。元より強かった敵意がさらに増して、八雲の肌をビリビリと刺激する。
 中田の剣はスピードを上げた。うなりをあげながら肉薄する剣を躱し、ときに受け、弾く。一連の動作には猛々しさがあり、八雲は防戦一方になる。

 恐ろしい男だと思った。焼けつくような感覚が身体を焦がし、鮮烈な光景が網膜に刻まれる。血と肉を削り合い、精神と精神をぶつけ合い、持てる知識を引き出して、己のすべてを懸ける、それが本当の戦いなのだろう。

 神経細胞が甘くスパークしてひりつく。剣と刀が打ち合う音は快活で、そのリズムに全身が粟立っていく。網膜の奥で閃光が弾けるみたいで、脳は全身に戦えと命令を下す。
 決して楽しいわけではない。呼吸が苦しくて、腕が、足が、全身が鉛になったように重く感じる。だが八雲の胸はたしかに躍っていた。
 それは、きっと自身の予想以上に戦えているからだろう。心のどこかで惨敗すると思っていたのに、予想はまったく覆されている。

 だからこそ。

 ──勝ちたい。

 飢えている。心が勝利という甘味を渇望している。

 戦って勝つ。八雲が得たことのない、誰しもが求めてしまう甘美な栄光。
 諦め続けてきた人生を否定するように勝利を求めている。伸ばしかけた手は何度も落ちて、そして、ようやく手を上げることができた。寸前にまで迫った勝利。求めたものを得る快感。

「うぉおおおおおッ!!」

 乱舞。
 八雲の猛攻を表すのなら、それが正しかった。木刀がまるで身体の一部みたいに思うとおりに動いて、感覚が研ぎ澄まされていくのがわかる。腕が鞭のごとくしなって、強烈な一撃を生み出したかと思えば、つぎの瞬間には渾身の回し蹴りが炸裂する。八雲の凄まじい攻撃を見守る幼馴染たちは、開いた口が塞がらないといったふうだ。
 しかしそれに気づくはずもなく、八雲は状況をジリジリと優勢に持ち込んでいく。

 だが終止符はあっけなく。

「オァアアアアアアッ!!」

 中田のスピードが尋常でない伸びを見せた。一秒を十秒に引き延ばしたみたいに、八雲の反応速度を超える。
 刹那、八雲の視界は急転した。いつの間にか、すっかり焼けた空を見つめていた。

 側頭部にわずかな痛みがあって、なぜか呼吸が辛い。肺と心臓が身体の要求に応えようと収縮と拍動を限界までの速度で行っている。
 心臓の拍動音は誰かに聴かれてしまうんじゃないかと思うほどうるさく八雲の耳を(つんざ)く。幼馴染の声が遠くに聞こえて、身体がグッと熱を持っている。

「服部くんっ! 大丈夫!?」
「……麗華? 大丈夫だ、まだやれる」
「もうダメよ! かなりの強く打ったわ」

 強打と聞いても、なんのことかさっぱりわからない。八雲が首を傾げると、麗華は痛ましそうな目で見つめてくる。

「“水泡”」

 麗華が呟くと、八雲の目の前に大きめの泡が現れて、

「わっ」
「ちょっと頭を冷やしなさい。……無理はしないで」


    ×   ×   ×   ×


 とうとう麗華たちの出発時間となって、八雲は切ない気持ちながらも笑顔で見送ることにした。幼馴染はもちろんのこと、他の生徒も手を振ってくれたりと優しかった。
 帰り際、中田がずっとこちらを睨んでいたが、八雲は一瞥もしなかった。

 結果的に、八雲はものの一瞬で敗北を喫した。聖也によれば、あの異常な剣の伸びは強化魔法で自身のスピードを向上させたのだと言う。
 だが、不満は残らなかった。魔法に敗れたということは、つまり地力では勝っていたということだ。
 今日はいろいろと素晴らしい一日だったように思う。久方ぶりの幼馴染たちとの会話はなんだか新鮮で面白かったし、中田との手合せでは感慨深い収穫を得られた。

 次に会えるのはいつだろう。
 と、内心次の機会を楽しみにしながら、八雲はひとり帰路に着いたのだった。
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