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灰被りの勇者と封印されし聖女~疫病神の英雄譚~ 作者:柏もち太郎

序章:疫病神と勇者召喚

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000 プロローグ


 大地を割るようにしてできている裂け目──『竜王の咢』。荘厳な城とその城下町から少しばかり離れた荒れ地にそれはあった。

 その『竜王の咢』の淵に突き立っている十字架には黒いローブを着た男が磔にされていた。さらに十字架を中心に五十人程度の集団が扇状に広がっている。彼らは野次や暴言を飛ばし、まるで恐怖を隠すように叫んでいた。

 それら喧しい声の数々が、男──服部八雲の意識を呼び覚ました。

 ここはどこだ。口に出そうとしたとき、ひどい痛みが喉を焼いた。声が出せない。どれだけ叫ぼうとしても、掠れた喘ぎと息しか漏れない。

 ――そうだ。

 先刻までの出来事を思い出す。
 すると、悪寒がしてきた。あの恍惚とした表情。痩せぎすながらも獰猛な眼差しをぎらつかせていた。思い浮かべるだけで、口の中に胃酸の味がする。

 周囲を見渡そうと目蓋を持ち上げた。が、目隠しのせいで何も見えない。さらに拘束具がつけられているらしく身動き一つ取れない状況だ。

 半ば諦念に浸りつつ、八雲はもがいてみた。とそのとき、

「まだ生きてるっ」
「早くやれっ!」

 女の声に次いで男の声が響く。そうして八雲はようやく状況を理解した。

 ──処刑だ。あいつが言っていたように俺は今から殺されるんだろうな。

 しかし不思議と悔しさが込み上げることはない。むしろ、嬉しかった。
 やっとあの地獄を抜け出せたからだろう。苦痛と凌辱を極めた、あの苛烈な拷問を耐え抜いた(、、、、、)のだ。精神を壊さなかったのが逆に苦しかったあの拷問に打ち勝てたのだ。

 思えば、なぜ壊れなかったのだろうか。常人ならば狂ってもおかしくはない。ならばどうして――、と考えて、八雲はひとつの推論に行きついた。

 ――俺は、すでに壊れてたんだ。

 それしか考えられない。壊れ切った玩具はもう壊す余地もない。崩れ切った壁は杭を打ったところで崩れない。ただ、ボロボロの欠片になるだけだ。
 何もおかしなことはない。壊れてしまう要素なんて、いくらでもあったのだ。

 気づいていなかっただけで、自分はすでに壊れていた。そう結論付けると、可笑しさと切なさが同時に込み上げてきてつい八雲は自虐的な笑みを浮かべた。
 土臭い風が吹いている。先ほどからのざわめきはだんだんと大きくなっていく。ついに、焦燥感に溢れた声が上がった。

「ほら、早くやれよっ! そうすりゃお前は英雄だぜ!」

 どうやら姿の見えない執行人は躊躇っているらしく、それを見かねたのであろう観衆のひとりが大声で言い放った。

 ──殺すならさっさと殺してくれればいいのに。

 八雲は死によってこの辛苦の渦中から抜け出せることに喜びすら感じていた。しかし次の一言が八雲を大きく揺さぶった。

「これは王の勅命ですよ? それに、ここで躊躇するようじゃ魔王など到底倒せるはずもありません」

 くふふ、という笑い声が聞こえた。途端、八雲の顔から血の気が失せる。歯の根が合わなくなって、身体がガタガタ震えだした。全身ぞわりと鳥肌が立って、恐怖がまるで水風船のように膨れ上がる。

『これはどうでしょう?』

 ひどい臭気。仄暗く無機質な部屋。鋼鉄の枷に拘束された手足。動けない。目を動かして見渡す。笑い声。白衣。双眸に秘めた獰猛な光。向けられた手。そして眼前に迫る鉄針。次の瞬間には激痛が襲って――、

「うくっ」

 嗚咽と共に、八雲は胃液をぶちまけた。
 吐き気と悪寒は治まらず、心臓を握られたかのように動悸が速まる。ぼんやりとして、意識がふらつく。おぼつかない思考。それでも恐怖におびえる身体。

「ぅ、ぁ……」

 目を瞑り、首を横に振りながら八雲が呻く。
 もう嫌だ。二度とあんな目には遭いたくない。あんな地獄を耐え抜く(、、、、)のはもう二度と。

 ――耐え抜く(、、、、)

 ふと、違和感が生じる。

 ――どうして俺は、耐え抜こうとしたんだったかな。

 なぜ、耐え抜こうとした? どうして、屈しなかった? ――何かのために、誰かのために耐え抜こうとしたのではなかったか?

 あの男の言葉が蘇る。同時に過去の記憶が克明に閃めいて、そして走馬灯のごとく一瞬にして脳裏を過ぎ去っていった。

「……死ねない」

 声を出すと喉が火傷のように痛んだ。身体を強張らせ、八雲は大きく息を吸い込んだ。
 全身に染み込んでいた強烈な血の臭いが鼻腔をつき、おかげで曖昧だった意識がハッキリと覚醒する。

「ぐ――っ!」

 歯を食い縛って身体を揺さぶる。固く巻きつけられた鎖が手足に食い込んで皮が破けた。
 じくじくとした痛みはある。出血もしているだろう。だが八雲は一向に構うことなく拘束を抜け出そうとした。

「暴れ出したぞ!? 早くやっちまえよ! ──東條!」
「……ああ」

 その名前に応える懐かしい声を聞き、八雲は一瞬抵抗を忘れて凍った。

 ──そこに、いるのか?

 毎朝ともに登校していた幼馴染にして親友のひとり。みんなのことを考えすぎるあまり自分一人で何もかもを背負い込もうとしてしまう優しい男だ。

「何言ってんだよ聖也!? こんなのおかしいだろ!」
「そうだよ! どうしちゃったの!?」

 これもまた、聞き馴染んだ声音だった。
 鳴り止まない雑音のなかで彼らの声だけは八雲の耳によく届いた。だが一方で八雲の喉は焼けつき声が出せない。

「おかしいのは重々承知さ」
「……そんなことをしたって服部くんは帰ってこないわ」
「分かってるよ」
「分かってない! 犯人を殺したって虚しくなるだけよ! 違う!?」
「確かにそうだろうさ。それくらいは僕にだって理解できる」
「なら──」
「──それでも誰かがやらなくちゃいけない! その誰かを君たちにするわけにはいかないんだよ!」

 怒気と言うより悲愴に満ちた剣幕。押されるようにして反駁が止まり、あたりのざわめきが一気に鎮まった。
 そして、

「“燐光(りんこう)の鉾”」

 左胸を激痛が貫いた。空気を失ったかのように、八雲は目を剥き口をパクパクと開閉させる。
 鋭い刃で貫かれた痛み。脈動が加速して全身が熱を帯び、あまりの激痛に視界が白く明滅する。

 ぐらりと身体が揺れ、世界が反転した。八雲が磔にされていた十字架が裂け目に向かって傾倒し始めたのだ。

「これでいいですか。ガルムさん」
「ええ。それにしても残酷なことをする方です。頭を撃ち抜いてやればいいものを、わざわざ心臓付近に留めて苦しみを持続させるとは恐れ入ります。それとも、頭を撃ち抜いたら人を殺したと強く実感してしまうからですか?」
「…………別に、深い意味はありませんよ」

 まだ声は聞こえる。

「どうして……? なんでそんなに変わっちゃったのよ……!?」

 なら自分の声も届くはずだ。八雲は悲痛に歪んだ顔で、ありったけの力を籠めて叫んだ。

「にげ、ろ……」

 しゃがれた声が通るたび、喉が焼けるように熱を持つ。熱は痛みに変わって八雲を蝕む。

 ──んなもん知るかよ……!

 喉の痛みをおして八雲は思い切り声を張り上げようとした。

「はや、く、逃げ――かふっ」

 直後、喉から熱い液体が込み上げ八雲は喀血(かっけつ)した。穿たれた肺に溜まった血液が咳と共に放出される。
 咽喉でも出血したらしく、烈火のごとき焦熱がある。

「──! ────がほッ!」

 叫ぼうとしても、もはや声すら出なくなった。込み上げてくる血を吐き出すので精一杯になる。ごぽりと口から血塊が零れた。

「テメエ何考えてんだよ!?」
「拓哉。僕は……、やるべきことをやっただけだ」
「そうかもしれねえけど! お前、いま人を殺したんだぞ!?」
「君に……君に僕の何がわかる……ッ!」

 声がだんだんと遠のいていく。

 伝えねばならないのに。今伝えれば、救えるかもしれないのに。
 どうにもできない。自分は、また何もできない。大事なものすら守れない。

 ――ふざけるなよ……!

 怒りと悔しさ、切なさが入り混じる。

 八雲は、薄れゆく意識の中で自らの運命を呪った。今までに経験してきたのは、およそ不幸と呼べるものばかりだ。
 幼いころから疫病神と呼ばれ、親戚からも(うと)まれてきた。同級生はみな自分に怯え、大人たちは自分のことを蔑視してきた。それが八雲の日常だった。

 訳の分からないことの連続に思考は追いつかなかった。勝手に召喚されて、絶望させられて、身体を弄られて、そして今、底へと向かって落ちていく。

 落とすだけ落とされて救われはしない、哀れな末路。
 そんなふうになりたくて生きてきたわけではないのに、想いとは裏腹にことは進んでいく。何も守れないまま、他人を巻き込んで不幸にしていく。

 ――俺のせいなんだ。全部、俺のせい。

 護ったものはなく、しかし失ったものは多い。
 薄れゆく意識のなか、八雲の脳裏には走馬灯のごとく過去の記憶が映し出されていく。

 夢に見た無数の亡者の手が現実になって体全体を蝕んでいくようだった。蜘蛛の糸をひとりで掴むのは許さないと、八雲の持ちこんだ災厄に殺された哀れな亡者が八雲を地獄へ引っ張るのだ。

 ――あいつらを、助けたいんだ……っ! それだけなのに、たったそれだけのこともできないのか……!

 八雲はなにもできない自らを呪った。運命に抗おうとも負けてしまう自分自身を心の底から呪った。

 唇をかみしめたとき、八雲はまた声を聞いた。
 凛とした女性の声。あのとき、紅い魔法陣と共に響いた声。

 その、続きを。


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