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灰被りの勇者と封印されし聖女~疫病神の英雄譚~ 作者:柏もち太郎

序章:疫病神と勇者召喚

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015 出立を迎えて


 夜の帳も落ちた頃、医務室のベッドわきに腰掛ける一人の少女がいた。彼女はベッドで眠る少年の顔を見て、

「もうこんなやり方、しないで……」

 彼のやり方が嫌いだった。我が身を犠牲にしてでも助けるというその執念と言ってもいい優しさ。
 一度は彼女も救われたが、それ以降はもう目を向けていられなかった。だからこそ彼女は決意して己が身に鞭打ったというのに結果は真逆。
 彼女が動かなければ彼が傷つくことはなかったのだ。震える身体をいなして心臓を落ち着かせて行動した結果がこれでは、まるで馬鹿みたいだ。

「知ってた? 私、あのときからずっと……」

 咄嗟に道路へ飛び出した彼女を救ったのはこの少年だった。
 車道の真ん中でうずくまる仔猫を見た瞬間、彼女の身体は意図せず動いた。間一髪間に合ったと思ったときには、すでに一台の乗用車が接近していた。

 彼女の腕に救われた猫は震えていて、しかし強く抱けば震えは治まって安心しきっていた。でもその代わり、迫る危険に気づいた彼女は身体を硬直させた。
 鳴り響くクラクション。路面とタイヤが織りなすブレーキの不快音。それらのすべてが、死を告げる最後通牒のように思えた。

 もうダメだ。

 と、目を瞑ったそのときだった。

 ──『大丈夫だ』

 背に受けた衝撃。目を開けて振り向いたときに見えたのは、彼女を安心させようと取り繕った笑顔だった。本来であれば彼女がそこに立っていたはずなのに。

『やく――ッ』

 次の瞬間、彼の身体は玩具みたいに吹き飛ばされた。悲鳴をあげそうになって、でも恐怖で声も出なくなってしまっていた。
 震えていた仔猫は、突き飛ばされて倒れ込んだ彼女の腕からすり抜けてどこかへ消えた。

 周囲の人々が口々に彼女に声を掛けた。大丈夫か、怪我はないか、なんて言い繕った。対して彼にすぐさま寄り添う人は少なかった。

 ──いや……。

 群がる人々の手を振り払って、彼女は彼の(もと)へと駆けだした。擦りむいたせいか、足は泥が纏わりついているように重く。
 彼の許に辿り着いたとき、彼女は言葉を失った。横たわった彼の身体。その側頭部より流れ出る鮮血が、彼女の心を真っ白に染め上げた。

 追憶から戻った彼女は、彼の髪を梳く。側頭部に残った傷跡はたしかな感触があった。

 彼女らの人生を変えた転移の日に言われた、──『きっと俺のせいだった』。
 あんな台詞は言わせたくなかった。事故は彼のせいではないのに、周囲からの罵詈雑言で彼には自傷癖が生まれてしまった。
 彼に助けられたのに、他ならぬ彼自身にそれを否定されてしまうのはひどく辛い。

 ベッドわきのランプ。明かりを生み出している火は、彼女の心を(あぶ)るように揺れていた。

「あんなことにしたくなかったのに、また私は……」

 ──選択を間違えてしまった。

 けれど、もう大丈夫。危険な目に遭うことなんてもうないはずだから。
 レスティアに向かえばそこでは彼を敵対視する人もいないし、護衛もつけてくれるとつい先ほど会った白衣の男が言っていた。

 ──戦場には私たちが行く。

 だから、彼には待っていてほしい。待っていて、帰ってきたときにただ一言声を掛けてくれるのなら、それだけで充分だ。

「八雲くん」

 口調を崩して昔と同じように名前で呼んでみる。不思議と胸が安らいで、顔が熱くなってくる。
 最後に八雲の頬に手を添えた。体温が肌に伝わってきて心地いい。

「待っててね」

 そう告げてから医務室を出た。
 冷たくなり始めた夜気に包まれる廊下に人影は見当たらない。

 ──もう危険な目には遭わせない……!

 これまでは八雲に護られてきた。これからは自分たちが護る番なのだ。
 もしまた誰かに非難されたり、八雲を侮辱する輩が出てきたりしたのなら、そのときは全力で相手をしよう。
 愛華や拓哉、そして聖也とともに決めた、内密な盟約。きっと八雲が知ったら阻止しようとするはずだからこそ、だ。

「あなたは私たちが護るから」

 確固たる決意を秘め、ひとりの少女──南條麗華は歩き出した。


    ×   ×   ×   ×


 事故の後、ひとりが怖くなった八雲を救ったのは拓哉だった。祖父母の家に引きこもっていた八雲を無理矢理さまざまなところへ連れていった。
 拓哉と遊んでいるうちに、八雲にも友達が増えた。麗華や愛華、それに聖也だった。それから五人はいつも一緒に遊ぶようになった。だんだんと八雲の恐怖は薄れていった。

 そうしていくうちに、今度は拓哉たちまでもが非難され始めた。八雲と一緒にいるから、一緒に遊んでいるからという理由だけで、だ。
 そのことに苦悩した八雲は、拓哉たちを傷つけないためにも離れようとした。遊ぼうと誘われても断り続け、どこにいても自分からひとりになろうとする。
 だが、拓哉たちは離れてはくれなかった。せっかくできた友達を傷つけたくない一心で避けようとしてきた八雲は、ある日ついに堪え切れなくなって泣きだした。みんなにいじめられるよ、やめてよ、なんて話した。
 返ってきたのは、シンプルな言葉だった。

 友達と一緒にいて何が悪い。

 全員まだ幼かった。幼いからこそ言えたのかもしれないし、そうではないかもしれない。八雲はきっと後者だと考えている。そしてその言葉は、重く八雲の中に残っている。
 思えば、あのころからだったのだろう。八雲が友達を護りたいと思い始めたのは。


    ×   ×   ×   ×


 残された時間を、八雲は幸せに過ごせた。愛華や麗華、拓哉や聖也の助けを得て八雲は外に出て、さまざまなことをした。
 図書館の森閑とした雰囲気に包まれながらの書籍漁り。活気に押し負けながらの朝の市場巡り。王城のなかを探検したり、街の子供たちを遊んだりもした。
 八雲自身楽しかったが、それ以上に幼馴染たちが楽しんでくれていて、本当に嬉しかった。

 そして今、出立のときを迎える。快晴の空の下、八雲は城の正門裏手に居た。

 守衛により門は閉められている。八雲の前には、王都のそこら中にあるような、いかにもみすぼらしい荷運び馬車が三台停めてある。一つは八雲を乗せるため、もう二つは八雲の乗る馬車を道中護衛するために数人の騎士団員が乗るものである。
 なぜそこら中にあるような馬車かと言えば、ひとえに、反乱因子に襲われないようにするためである。王城から人乗せ馬車が出たとなれば反乱因子は不審がるだろう。

 言いたいことはすべて、二日の間に言ってある。
 八雲が馬車に向かおうとしたところ、拓哉が声を掛けた。ほとんど耳打ちに近い小さな声で、

「待ってるからな」

 と、拓哉は宣言する。拓哉の肩に拳を当て、八雲は当たり前だと返した。
 待っていてもらわねば意味がない。この別離が一生を別つわけではあるまいし、八雲は今も沸々とした熱意に満ちている。
 これからの期間でなるたけ鍛えぬいて、必ず旅に同行すると決めているのだ。

 八雲は最後、みなを見た。
 今朝の出立には、幼馴染たちはもちろんのこと、クルトやセルグなど騎士団員たちなど王城に常勤している者たち、さらにはクラスメイト数人までもが見送りに来てくれていた。

「じゃあ、またな」

 そう言って踵を返す。少し歩くと、また止められた。弱々しい力に袖をつままれて、八雲は振り返る。
 愛華は喋らず、目尻に涙を溜めていく。下唇を噛んで涙を堪える愛華は、無言のままで訴えている。いかないで、と。

「……大丈夫だ、絶対に戻ってくるから」

 愛華はそれでも、ぎゅうっ、と袖を握りしめる。だが八雲がごめんと謝ると、込められていた力が弛緩していく。そうして愛華は八雲を放した。

「行ってくる」

 静かに泣く愛華をなでつつ、八雲はみなに挨拶をする。クルトなどはなぜか涙ぐんでいて、情けない顔つきをしている。
 麗華は終始思案顔で文句を言うことはなかった。八雲としても、出立前に幼馴染たちが波風立てる様は見たくない。

 ただ、聖也は別だった。八雲が手を振ると、なにか言いたげな、悔しそうな面差しになった。逡巡したのち口を開こうとした聖也を、肩に手を置いて止める存在がある。

 その男は白衣を着こんでいて、まるぶちの眼鏡を掛けている。学者然とした男は、痩せぎすながらも、その顔にはしかし獰猛と呼べそうな、なんともおかしな微笑を湛えていた。
 男は八雲に決心するきっかけを与えた存在でもある。名をガルムと言って、王城に勤めている研究者だ。

 ──何を話してるんだ?

 ガルムは聖也に何か一言二言告げていた。ちょうど馬車に乗ろうとしていた八雲には聞こえないほどの、小さな声だ。
 八雲は不思議に眉を曇らせるが、御者がしきりに急かすので荷台に乗り込んだ。荷台の扉が閉められて、とうとう外が見えなくなる。

 まるで、繋がりが断ち切られたかのようだった。

 寂寥感に沈みながら、八雲は積み荷に背中を預ける。
 荷台のなかは暗く、木材の匂いが充満している。湿気の嫌な感じが八雲の肌を舐めた。

 ガラガラと音を立てて馬車が動き出す。これから向かう先は、魔物のほとんどいない地域であり、また、住民も少ない、レスティアという村だ。
 ザイクいわく、そこには騎士団の何人かを常駐させているらしい。もしかすると、鍛錬を積むことができるかもしれない。

 努力だけでは補えない。けれど、努力しなければ置いていかれるだけ。

「……情けないよなあ」

 先の幼馴染たちを思い浮かべると、つい涙がこぼれそうになる。心のよりどころが失われて、胸にぽっかりと穴が空いたかのような感覚を得る。

 馬車が行くと、そのうち活気にあふれる喧騒が聞こえ始める。今朝の市場も騒々しいようだ。八雲はそれをBGMに、一眠りすることにした。これ以上考えていても嫌になるし、もう少し経ったら何も聞こえないような平野を行くことになる。
 それまでは、このうるさくも暖かい街を堪能しようと思い至った。
 八雲は寝転がり、目を閉じる。間もなく睡魔がやってきて、八雲は眠りに入った。

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