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灰被りの勇者と封印されし聖女~疫病神の英雄譚~ 作者:柏もち太郎

序章:疫病神と勇者召喚

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014 近づく別れ

 二日後、八雲は王城内医務室のベッドに横たわっていた。ゴブリンやオークとの戦いで受けたダメージは相当大きかったらしい。
 今、ベッドわきにいるのは愛華と麗華だ。つい先ほどまでは拓哉と聖也がいたのだが、入れ替わりにいなくなってしまった。聖也の思いつめた表情が気になっているが、今それを考えても仕方がない。

 聖也と拓哉に聞いたところ、騒動の発端である相馬と白井はザイクにこっぴどく叱られたと言う。しっかりと反省していたらしいから、きっともう危険な真似はしないだろう。
 それに付随して尋ねたのは、生徒たちの精神状態についてだ。あの子供の死体を見て、相当のショックを受けた者もいるはずである。ましてやその死体をゴブリンが食べている場面を目撃してしまったのだから。

 だが幸い、心に深い傷を負った者はいないらしかった。むしろ、あんなことをする連中が許せないと憤激しきって、今も鍛錬に打ち込んでいると言う。

「今回は運が良かったよな、ほんと」
「私たちがオークばかりに向かいすぎたのも原因よ。……本当にごめんなさい」
「いいさ。お前らだって大変だったんだろ? ハイオーガの群れにまで襲撃されたって聞いたぞ」
「ええ、まあね。でも、それにしたって聖也か私が残っていれば……」

 八雲たちと別れてオークを狩りに行った麗華たちは、その先でハイオーガの群れに遭遇したらしかった。
 ハイオーガはオークよりも一回り大きく、その身体は堅牢というなかなか厄介な魔物である。むろん麗華や聖也ならば普通に倒せるのだろうが、圧倒的な数だったから苦戦したのだとか。

 ゴブリンやオークにしてもそうだが、基本的にさして強くない魔物は一対一ならば容易に倒せる。が、群れを成すから厄介なのだ。
 八雲のように魔力を持たない者にとってはオーク一体も充分脅威となる。群れとなれば八雲には対処のしようがない。ゴブリン数体を相手取るのであればまだしも、オーク数体を相手にしたら即ミンチコースだ。
 そういえば、黒木場は何度も死にそうな場面になりつつも笑顔で戦っていたと言う。あの凄まじい速度の双剣で強者を薙ぎ倒していったと言うのだから恐ろしいものである。

 しかしまあ、生徒内に犠牲者が出なかったのは本当に運が良かった。素直に喜ぶべきことだろう。

「だれも死んでないんだ、気にする必要もないさ」
「……優しいのね、ずいぶんと」
「今はそうとしか考えられないんだ」

 理解できないとばかりに麗華は柳眉を吊り上げる。
 麗華の言わんとすることがわからないでもないが、今の八雲にはそういう感想しか抱けないのだ。生きているだけでよかったと思えることはきっと素敵なことだ。
 柄に合わないと自覚しつつ、八雲は大仰に首を竦める。

「命があるからこうしてお前らとも話せるんだしな」

 そう言うと、麗華は呆れたものねと苦笑を交じらせる。愛華は力ない笑顔で、

「早く治ればいいのにね」

 と寂しげに呟く。明らかに取り繕った笑顔だったから、八雲はつい語りだした。

 愛華の治癒魔法で少しは回復していたのだが、医者によると治癒魔法はあまり使わない方がいいと言う。
 治癒魔法は、対象の回復能力を格段にあげて、自己修復を行わせる魔法である。つまり、対象の身体には結構な負担がかかる。よって、複雑骨折などは、骨の形を治癒魔法で戻してからは安静に過ごした方がいいのだとか。
 だが、愛華に魔法での応急処置をしてもらっていなかったら、治るのが遅れたかもしれないし、場合によっては骨が歪んで形成されていた可能性もあったようだ。

 そのあたりの知識はまだ調べていなかったから、八雲には理解が難しかった。また図書館に行こうかと思うが、これからはそういったことができない。

 そんな内容のことをつらつらと話していると、愛華はなにやら不満げな様子になる。とりあえず愛華の自責を和らげることには成功したらしい。
 ただ、失言もあった。むろん、言おうとしていたことではあるからさほど気にしなくてよいのだが。

「松葉杖でもダメなの? それかわたしが肩を貸せばいいだけだと思うんだけど」
「いいや、そういうことじゃない」

 八雲は肩を落とす。すると愛華は途端に訊きづらくなったようで、それを見かねた麗華が愛華の意を汲んだ。

「なら、どういうことなのよ」
「この城を離れることになったんだよ」

 八雲がそう告げると、麗華と愛華は揃って驚愕と困惑をない交ぜにした表情を見せる。
 揃いも揃って信じられないという顔だ。と言っても、内容を信じないのではなく八雲を信じていないふうだが。

「嘘でしょ」
「いや、それが嘘じゃないんだ」
「本当に?」
「本当さ」

 八雲は昨晩セルグが訪ねてきたときのことを話した。

 昨夜ここに来たセルグは、八雲に城を出るよう王が命じたと語った。なんでも王の言うには、勝手に召喚したのだから命だけは安全に、とのことらしい。
 八雲ははっきり言って迷惑だった。
 だが、セルグの一言にはさしもの八雲も参った。むろんセルグとて本心からではないのだろう、苦々しい渋面でこう告げたのだった。

『君は戦闘には向いていない。それに騎士団だって、いつかは庇っていられなくなる』

 それは王の言葉らしかった。つまるところ、八雲はこの国のトップから、勇者という集団にとって邪魔だとの通達を受けたのである。
 拒絶しても、おそらく強制的に連行されてしまうのだろう。八雲を危険な目に遭わせないように、との名目で。もはや逃れようがなかった。

 八雲は渋々それを了承した。了承せざるを得なかったと言えないのは、八雲自身そう感じていたからである。自分が居続けては聖也たちが危険になる可能性もあり得なくはない。
 セルグの言っていた、勇者に対して負の感情を抱いている者からすれば、八雲は使い勝手のいい交渉道具になる。
 そうなってしまうのは八雲も嫌だった。足手まといになるくらいならば最初から同行しない方がいい。

 そう締めくくると、目に見えて麗華は憤慨した。腕を組んで八雲を睨むさまは可憐であるが棘もある薔薇のようだ。

「ふざけてるわ」
「でも理屈は通ってる」
「私たちの意思を介在させていないのに?」

 う、と八雲は言葉を詰まらせる。たしかに麗華たちの意思確認はしていない。すべて八雲ひとりが下した決断だ。

「けど、俺がいたら邪魔になるのはたしかだろ」
「ならこの城に居続ければいいだけじゃない。それなら戦わなくたっていいわ」

 麗華の隣では愛華がこくこくと頷いている。なるほど麗華の言うとおりではある。だが、結局は意味のないことだろう。
 王はおそらく何かにつけて八雲のことを離すだろう。たとえばそう、テロリストにさらわれる可能性があるから、なんて言うはずだ。

「いいさ。きっと会いに行くからな。それかお前らが来てくれればいい」

 難しいことではないはずだ。きっとそれなりの自由は保障してくれるだろう。
 それでどうだと視線を送ると、麗華は半眼で八雲を見つめ、愛華は感動の眼差しを注いでくる。

「……まあ、許容範囲かしら」
「どんな範囲なんだよ……」
「知らない」

 麗華は顔を背けて唇を尖らせる。子供っぽい仕草が麗華の大人びた風貌に似合わなくて、八雲はつい笑ってしまった。
 すると麗華はまた半眼で、

「どうして笑っているのかしら」
「可愛いなと思っただけさ、他意はない」
「なっ……」

 八雲が冗談めかすと、麗華は耳まで真っ赤になる。言葉の選択を間違えただろうか、と心配した八雲だったが、おそらくは照れ隠しだろうと推察するに終えた。
 言葉少なになる麗華に心を和ませつつ、八雲は愛華に視線を移す。
 こちらはこちらで子犬のように純粋な瞳を向けてくるから逆に困ってしまう。

 今も愛華は瞳を輝かせて八雲を見つめていた。口許は綻んでいて、すごく嬉しそうだ。

「で、愛華はどうしたんだ? ……なにかいいことでもあったのか」
「うん!」
「そ、そうか。そりゃよかった」
「うんっ!」

 終始眩しい笑顔を浮かべる愛華に悪戯心が動いた八雲は、

「そういえば、会いに来れないかもしれないな。そのときはごめん」
「えっ……これないの……?」

 途端に涙ぐんで、愛華は悲しげになる。少し面白いが、やはり胸がちくりと痛む。
 愛華は感情表現が豊かでいい子なのだが、それだけに裏切ってしまったときなどの罪悪感は拭うに拭えない。麗華とは別の厄介さを持った少女なのである。

「嘘だ。絶対会いにくる」
「ほんと!?」
「たぶんな」
「ふぇ……」

 ニコニコしたり気を落としたりと忙しい少女だ。そんな愛華を弄るのが楽しい八雲だったが、復活した麗華のひと睨みに気圧される。蛙くらいなら睨むだけでも殺せるのではないだろうか。

「大丈夫だ。必ず会いに来るさ」
「……ほんとうに?」
「約束したっていい」
「じゃあ、待ってるね」

 ああ、と八雲は愛華の頭をなでる。くすぐったそうに笑う愛華は、本当に子犬みたいで微笑ましい。
 洞窟での一件以来、愛華は八雲に対して依存しているような節がその行動に垣間見えている。現に今も、愛華は八雲の裾を握りしめている。ベッド横に腰掛けてからずっと、である。

 だが、気にすることでもない。きっと愛華は自分でそれを解決するだろう。もし自分一人では無理だとしても、麗華たちがいる。

 八雲が苦笑を投げかけると、麗華は軽く顎を引いて首肯する。その双眸は真っ直ぐに八雲を見つめ返していた。
 意図はたしかに伝わったようだ。ならば、これ以上心配しなくても大丈夫だろう。

「いつ発つの?」
「明々後日だ」
「……随分と急な話ね」
「でもまた会えるもんね!」

 八雲を見上げる愛華の瞳には一抹の不安も見られないが、それが危うくもある。
 今の愛華はただ信じることしかできなくなっているのでは、という疑念が八雲の中に起こった。

 ──けどまぁ、麗華もいるしな。

 安心して、いや、麗華を信頼して愛華を任せるべきなのだろう。

「ま、幸い持っていくような荷物もないからな。荷積みが楽になるのはいいことだ」
「どうせその身体じゃ無理でしょうに……」
「言わぬが花ってやつさ」
「まったく。どこにも花なんてないわよ」
「それもそうか」

 麗華の指摘を受け、八雲はクツクツと笑う。
 荷物がないことなど言っても言わなくても花にはならない。だが、と思いついて八雲は上機嫌になる。クルトも言っていたことだ。

「今は両手に花だよな」
「……恥ずかしいことをよくもまあぬけぬけと言えるわね」
「クルトに言われたことを思い出しただけさ」

 ──いや、両手に華、だな。

 くだらない洒落を考えつつ、八雲は現状を俯瞰してみる。
 これからは離れ離れになるが、こうして自らを心配してくれる幼馴染がいる。であれば、それでいい。……本当に?

 違う。

 八雲の本心は、そんなことを望んでいるのではない。これから幼馴染とともに在れなくなるというのに、それでいいはずはない。せっかく覚悟を決めたのに、命を懸けると誓ったのに、ここで引き離されるのだ。納得がいくはずもない。
 聖也や拓哉とともに戦おうと、惨めでも這いつくばって戦おうという意志をようやく持てたのだ。それを砕かれたくはない。

 いつしか医務室には静謐な雰囲気が満ちていた。真剣な顔つきになった八雲を慮ってか、愛華と麗華は黙りこくっている。
 窓から吹き抜ける風が、少し伸びた八雲の前髪を揺らす。すがすがしい気分にはなれないが、それでも鬱々とした空気は窓の外に逃げていく。

 ──いつか、また。

 八雲は己の左足を見る。包帯をグルグル巻きにして、天井から垂らした布で支えている。
 こんな怪我をしたのは八雲が弱いからでもある。強化魔法が使えていたのなら、きっと怪我はしなかったろうし、愛華を危険にさらさずにも済んだかもしれない。

 客観的に見て八雲は邪魔でしかない。ともに戦いたいが、ともに在れば邪魔になる。大切な者たちを護るどころかかえって傷つける可能性すらある。
 どうしようもなく、歯がゆい。自分は何もできないのかと嫌になる。いや、幼馴染たちを無用に傷つけないために八雲が今できるのは、離れることだけ。

 そう、今は(、、)離れるだけ。

「愛華、麗華」
「なに?」
「もうそろそろ着替えるからさ、ちょっと出てくれるか」

 八雲が言うと、愛華はきょとんとして小首を傾げる。小さな唇に添えられた人差し指がなんともあざといが、これが愛華の自然体だ。

 しかし、どうして小首を傾げるのかわからなくて八雲も困惑する。

「どうした?」
「わたし、八雲くんの着替え手伝うよ」
「なっ」

 驚愕したのは八雲ではなく麗華である。
 ある意味初心であるから、麗華にとっては八雲の着替えを手伝うことすら恥ずべきことなのだろう。麗華の家は古風であるから仕方がないと言えば仕方がない。

「だだだだめよ愛華! 私たちは出ていましょう」
「え? どうして?」
「だ、だって着替えよ? 裸になるのよ!?」
「上半身だけでしょ?」
「そ、それはそうだけれど……」
「なら問題ないよね」

 笑顔の愛華は、不思議な威圧感で麗華に迫る。ずい、と顔を近づけると、麗華は上半身を反らす。その顔は火を噴きそうなほどに真っ赤である。
 居たたまれなくなった八雲は、思わず助け舟を出した。

「別に手伝いはいらないんだけどな……」
「ほら愛華! 服部くんもこう言ってるじゃない!」
「でも八雲くん、背中とか拭けてないでしょ?」
「いや、メイドさんに頼もうと思ってるんだが」

 愛華の笑顔が固まった。ついでに言えば空気そのものが凍ってしまっていた。心なしか、八雲の背筋に冷たいものが流れる気がし始める。
 戦慄に震えながら、八雲は愛華の視線に自らの視線を重ねる。とびきりの笑顔だ。だが、目は確実に笑っていない。

「メイドさんがいいの?」
「いや……別に、そういうわけじゃないんだが……」
「なら、わたしでも問題ないよね?」
「あ、ああ……」

 頬を引きつらせて八雲は答えた。すると硬い雰囲気は途端に弛緩して、愛華はほんわかとした顔つきになる。
 八雲はほっと一息つくが、よく考えるとかなり恥ずかしいのではないかと思い直した。だが、今断ったら大変なことになりそうなので、諦めて肩を竦める。

「じゃあ、わたし用意してくるねっ」

 楽しげに言い残して愛華はベッドを離れる。麗華はぷるぷると震えて、小動物のようだった。八雲は麗華を慰めつつ、もう一人の女の子を待つことにする。
 しかし間もなく愛華は戻ってきた。ちょうど身体を拭く時間だったから、近くまでメイドさんが来ていたのかもしれない。

 愛華は開口一番に

「じゃあ、八雲くんは服を脱いでね」

 と声高に言う。八雲はげんなりとしながらも、着ていた絹製の肌着を脱ぎ去った。その身体には幾筋かの傷跡が残っている。すべて昔に付いた傷だ。
 露わになった八雲の上半身を見て、麗華は痛ましげに目を伏せる。

「はぁ……背中だけな」

 八雲が背を向けると、すぐに冷たい感触。「ひっ」と漏れ出そうな声を抑えて、冷たさを堪える。愛華は丹念に八雲の背を拭いていて、それを傍観する麗華の顔は真っ赤だ。
 優しい手つきは、少しばかり震えている。まるで別離の辛苦を耐え忍ぶかのように、震えている。ふいに、ぐっと力が籠められる。

 振り返らず、八雲は肩越しに呟いた。

「また戻ってくるさ」

 返事はないが、たしかに頷いてくれた気がした。八雲は背に当てられる布の奥に、柔らかな暖かさを感じて、涙が出そうになる。

 離れたく、ない。

 八雲は秘めた願いを捨てず、新天地への希望を膨らませる。まだ時間はある。レスティアで肉体を鍛え、なにがなんでも認めさせてみせよう。
 冬来たりなば春遠からじ。これから冬が来るのなら耐え忍ぶまでのこと。そのすぐ先にあるはずの春を夢見て、主役になれない草木はもがき苦しみ足掻き続けよう。暗闇で光を求めるのならばただ己を信じて進むのみ。

 もしかすると冬は長くなるかもしれない。だがそれでも、いつか春は来る。この幼馴染たちが旅立つまでに、八雲も幾分かマシになっておかねばなるまい。
 そんな旅立ちの日を想像しつつ、八雲は目を瞑った。背に伝わる感触はまだある。冬の前には冬支度を、と八雲は苦笑を過らせる。

 もう少しだけ、この日常を。
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