移籍とバイト4
「さっきの話やけどさ、俺とお前会ったことあんの?」
車内案内中俺は武田美穂に尋ねた。
「昔にね〜」
「俺は覚えてないっぽいんやけど…」
「うん。最初の反応の時から分かってたよ」
「いつ会ったっけ?」
武田美穂はニコッと笑うと。
「自分で思い出して。話すのも面倒だから」
どうやっても教えてくれないらしい。自分で思い出すしかないのか…
案内も大体終わり最後の部屋へと向かう。
するといきなり武田美穂は立ち止まった。
「ここって…」
「ここはうちの所属していたり、現所属の人たちのポスターとかDVDとか賞状とか保管するとこ。」
過去には有名な人も多かったこの事務所は多くの保管物を所有している。
武田美穂はある賞状とポスターの前で立ちすくんでいた。
「thousand days 知ってるのか?」
「…そりゃ超がつく有名人でしょう。」
「でも…二人とも亡くなってるんだ。知ってたか?」
「もちろん」
thousand days…川原美奈と日高陽子による女性デュオグループだ。
彼女らはこの事務所でナンバーワンだった。
「美奈さんって社長の奥さんだよね」
「ああ。」
「じゃあ、あんたのお母さん?」
「…」
俺の母親川原美奈旧姓千賀美奈は数々の記憶と記録を残した。
俺が芸能活動をしていたのも母親の影響によっていた。
忙しい母親に褒められたくて、近づきたくて、一緒にいたかった。
また、仕事でも家庭でも、母親の変わらない笑顔が大好きだった。
その笑顔を見るために一番母親の身近で、そばに居られる芸能活動を始めたのだ。
マザコンとかそういうのじゃなくてやっぱり子供にとって母親はとても重要な存在なんだとしみじみと今でも思い知らさせる。
武田美穂は俺の沈黙を肯定と思ったらしく。
「芸能活動やめたのってお母さんが亡くなったのと関係あるの?」とさっきの話の続きと絡めてきた。
「関係あるけど、絶対的な理由じゃないかな。第一俺は母さん死んでも芸能活動は続けてた」
そう俺は母さんが死んでも芸能活動を続けていた。
ただなんとなく、目的もなく。
そんなモチベーションは続くはずもないと分かってはいたけれど芸能活動をやめたら母さんとの最後の繋がりが切れる気がしてやめられなかった。
そして何より母さんの最後の言葉が俺を捉えて離さなかった。
ーあなたは日本一になれる。安心して芸能界のトップを狙いなさい。そして私を…私たちを超えなさいー