移籍とバイト
外は雨があがっていた。
俺たちは歩いてプロダクションを目指している。
「千賀くん…千賀啓くんだよね?」
さすがに無言は気まずかったのか武田美穂は話しかけてきた。
「親父から話がいってんのか?」
「えーと…うん。話には聞いてたから」
「そう」
「うん」
再び沈黙。
昔から二人きりっていうのは嫌いだ。何話せばいいんだろうとか、歩幅合わせたりとか、沈黙が普通よりも痛かったりとか。
「えーと…千賀くん歌うまいんだね。私泣きそうになったもん」
「まあね。少し自信あるんよ」
「少しどころじゃないよ!…あっ…ごめん」
急に声を出してきてビックリしたので思わずビクッとしてしまった。
「変わってもやっぱり人を惹きつけるんだね」
「なんか言った?」
「なんでもないよ」
声が小さくてよく聞き取れなかった。
こういうなんでもないよってのは一番腹立つことをみんなはよく知るべきであると思う。
なら言わんどきゃいいやんとか、なんか聞いちゃいけないとこに踏み込んでしまった罪悪感とか、ほぼ全てこちらに不快感を持たせるだけだ。
「そのボソボソするの無しな」
「え?」
「むかつくから」
「そういう言い方女の子に向かってしたら嫌われるよ」
「別に構わねえよ。俺は思った事はズバズバ言う派だから。」
「そうなの?」
「ああ」
「やっぱり…千賀くんって芸能人に慣れてるね。一人だけブスッとしてたし」
「芸能人の外での言動は嫌いなんだよ。猫かぶってるから」
「そっか…ならあんたの前で猫かぶってもしょうがなさそうだね。決めた私もズバズバ言う」
こいつも猫かぶってるんか…。
俺の予想通りこいつは面倒くさいやつかもしれない。
「一応うちの会社の説明しようか?」
「うん。お願いします」
「うちはプロダクションファーザー。親父の川原武が社長やってる。苗字違うのは俺が祖父母の家の養子になってるから。母親が死んでんだよ。業界から見ればそんなに大きくはない。
所属してる人たちもそんなに多くないしな。
仕事は一応マネージャーが探してきてくれたりするけど…お前は売れっ子だし名も知れてるけん向こうからオファーが来るだろうよ。
あとは着いてから説明する。」
「お菓子と飲み物は常備されてるの?」
「せんべいと茶ならあるぞ」
「…おじさん臭い」
「ほっとけ…ちょいごめん寄り道していい?」
「へっ?う…うんいいよ」
武田美穂は少々面食らった表情をした。
俺たちは道を右に曲がった。